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俺、異世界平和にするんで  作者: 圭
森精種編
36/73

俺、感謝されるとか性に合わないんで

 「……我の父と母はな、我が小さい頃に亡くなっている。我は顔も覚えていない。我にとって家族とは、じじいと、そして兄だった。兄はなんと言おうか、不器用な人だった。我が落ち込んだりしていると、兄は我をからかって怒らせるのだ。今思えば兄は、我を元気づけようとしてくれていたのだと思う。ちょうどさっきの貴様のようにな」


 「そういうのいいから。いやまじでホントに」


 俺はごまかすように顔をごしごしとぬぐった。赤くなってねえよな?


 「ふっ……。兄は我にだけではなく、その不器用な優しさを村の皆全員に与えていた。もちろん表面上はこれっぽっちも優しい行動はしていなかった。人をからかったり、危ない真似をしたり、兄はいつも怒られていたよ。……我が小さい頃、村の中の家が火事になったことがある。その時期は雨が少なくてな。消火に回せるほど水に余裕がなく、ただただ家が燃え尽きるさまを見ているしかなかった。村の皆が落ちこむ中、兄は長い枝の先にイモを刺して持ってきて、なんと火事の火で焼いて食ったのだ! はっはっは!」


 げ……まじか。さすがにそれはどうなんすか……。


「兄は言ったよ。『せっかく火があるのに使わなくてどうするのです? この家の方は……ああ、そちらですか。火、貸してもらいました。ごちそうさまです!』とな。もう村中の大人に怒られたよ。まさに烈火のごとくな」


 「そりゃそうだろ」


 「でも、兄がそう言ったことで大人たちは『あの坊主に二度と火事という悲劇を利用されてたまるか!』と一致団結して、とうとう火事にならないように木を加工する魔法を大人たちが編み出したのだ。おかげで、それ以来村で火事は起きていない」


 「何だよそのオチ」


 「兄がそこまで考えてイモを焼いたかは知らない。ただ腹が減っていただけかもしれないな。でも我はこう思うのだ。兄はきっと人一倍、すべてを燃やし尽くす火事に対して悲しんだのだ。さらにそれに対してただ見ているだけの大人たちに怒ったのだろうな。だから、あんな挑発みたいなことをしたのだと思う。ああ、そうだ。他にも……」


 それからしばらく、リーリャはお兄さんの武勇伝を披露してくれた。その話をするリーリャは、本当に楽しそうだった。いや、でも洪水で浸水した時に村の端から端までバタフライで泳いだり、川下りごっこしたりしちゃダメだろ……。


 「兄は本当によく怒られていた。自分が怒られるくらいで皆が奮起するのなら安いものだとでも思っていたのだろう。兄は、自分より他人だった。他の人のためになるのなら、自分はどうなってもいいと本気で思っていたのだ。そこも、貴様と似ている」


 だからやめてっ! 僕恥ずかしっ! 内面探られて超恥ずかしっ!


 「……そういう考えを持っていたから、大戦が始まったとき、自ら戦火に飛び込んで人を助けようとしたのだ」


 リーリャはどこか遠くの方を見て続けた。


 「我は兄に行ってほしくなかった。そばにいてほしかった。でも兄は村から出て行った。『リーリャ、こんなお祭り騒ぎが起きているときに村に閉じこもっていてどうする? 僕はこの戦争で、英雄になって帰ってくるぜー! フハハハハー』と言ってな。……本当は人一倍怖がりなくせに。それが、我が聞いた最後の兄の言葉になってしまった。……大戦が終わって、いくら待っていても、兄は帰ってこなかった」


 そう言うリーリャの声には、寂しさが垣間見えた。


 「大戦が終わってしばらくして、他の村の者に我は兄のことを訪ね歩いた。すると、いたるところで、『どこからともなく現れた青年が、王国軍の接近を知らせ、避難の誘導をしていた』という声を聞いた。確証はないが、おそらく兄だろう」


 「なんだか、ヒナミの両親みたいだな」


 他人を助けるために、自らを犠牲にするようなところが似ている。


 「確かにそうだな」


 俺の言葉にうなずくと、リーリャは少し溜を作った。


 「……しかし兄の優しさも、ヒナミ殿の御両親の優しさも、身内や家族に対しては優しいものではないな」


 「うーん、それもそうだな。残される側の気持ちってものがあるよな」


 「……貴様もだ」


 リーリャは再びこちらを向き、俺の目をじっと見つめてきた。 


 「え、俺が何?」


 「貴様のあのやり方も、身内をないがしろにしている」


 「え? いや、でも俺はほら、犠牲っていうほどじゃないだろ。すぐ治るし。見てたんだからわかるだろ?」


 「そういう問題ではない。貴様が傷つくことそれ自体に、心を痛める人がいるのだ」


 リーリャはちらりと少し離れた枝にいるヒナミを見た。


 「貴様は、自分を想ってくれる人がいるということを自覚すべきだ」


 「うん……」


 リーリャの声音は真剣そのもので、俺は素直にうなずいた。


 「なんだか説教じみてしまったな。助けられた側が偉そうなことを言った……。これは年長者としての(さが)かな」


 「いや別にいいんだけどよ。っていうか年長者って、失礼ですがリーリャっておいくつ?」


 「来月でちょうど百八十歳になる」


 ……ん?


 「ごめん、ちょっと聞き間違いかも。もう一回」


 「百八十歳だ」


 「……はああっ!?」


 その見た目で百八十だと! 百六十三歳年上女性だとっ!


 「ちなみにじじいは先月、九百二十三歳になった。いや、九百二十四歳だったか?」


 「もうそこまで行ったら一歳二歳なんて誤差だろ!」


 まじかよ。さすが森精種様。


 「あ! 見えてきた」


 そう言ってリーリャが指さす先に、小さく明かりが見えた。


 「……帰ってきたのだな」


 「ああ……」


 『こちらからも見えてきたぞ!』


 胸の葉から村長さんの弾んだ声が聞こえた。


 その時、地平線から太陽が顔を出してきた。


 陽光が優しく俺たちを照らしてくる。


 「ほぅ……」


 その美しい光景に、知らず知らずのうちにため息がこぼれた。


 「まさかもう一度、日の出を拝めるなんて……」


 リーリャは目を細め、しみじみと言った。

 

 「……ありがとう……みんな。本当に、ありがとう……」


 俺は朝日を眺めながら、嗚咽を漏らすリーリャの背をゆっくりとなでていた。






 「リーリャ!」


 「じじい!」


 俺たちの乗った枝が村に下りていくと、そこには村の方々が総出で迎えてくれていた。


 「リーリャちゃん!」

 「リーリャ!」

 「リー姉!」

 「お帰り、リーリャ!」


 「みんな……」


 枝が少しずつ地面に近づいていき、そっと地面に着地した。


 「ありがとうございました。あなたがいなかったら、俺たちは助けに行くことすらできなかった」


 俺は今座っている枝に手を添えて静かにそう言った。


 「リーリャ、降りるからもう一度抱えるぞ」


 「ううう……またか……」


 俺はリーリャをお姫様抱っこして、地面に降りた。


 「誰か、メグミさんを運ぶのを手伝ってください!」


 ヒナミも乗っている枝から降りて大声で言った。


 何人か森精種の方がヒナミの方に行き、メグミさんを診療所に運んだ。


 「あとでリーリャさんも診療所に来てください。あざとかを診ますから」


 「わかった。ありがとう、ヒナミ殿」


 「む! なんじゃリーリャ! その恰好は!?」


 村長さんはリーリャのみすぼらしい服と、そして手かせと足かせに目を丸くしていた。


 「誰かわしの家から服を持て! しかしその手かせはどうすれば……」


 「ふんぬうううっ! おりゃっ! ふぅ……はあああっ! てやあっ!」


 俺が掛け声とともに力をかけるとバギッ、バギッと音を立ててリーリャの手かせと足かせが外れた。はあ、結構硬かった。


 「……なあ貴様。それはふざけているのか? 本気なのか?」


 リーリャは手首をさすりながらそう言った。


 「大まじめだよ」


 「そうか。……まあ礼は言う。ありがとう」


 「リーリャちゃん!」


 呆れ顔のリーリャに俺が答えていると、女性がこちらに走ってきてリーリャにぎゅっと抱きついた。


 「ピャトゥカ!」


 リーリャもしっかりと抱きしめ返した。


 その女性、ピャトゥカには見覚えがあった。昼、ファイクに連れて行かれそうになっていた人で、リーリャを助けに行く俺たちに最初に力を貸すと言ってくれた人だ。


 「リーリャちゃん、ごめんね。わたしなんかの代わりに……」


 「気にすることはない。それよりもあの時、怪我はしていなかったか?」


 「何も、大丈夫だよ」


 「そうか。お前が無事ならよかった」


 「わたしよりもリーリャちゃんだよ! リーリャちゃん、こんなに、ぼろぼろになって……う、うっ、ううううう……!」


 「泣くなよ。お前が泣いたら、わ、我も、泣いて、しまうではないか……!」


 そして二人は抱き合いながらお互いの肩に顔を押し当てわんわんと泣いた。


 「あれらは小さい頃からずっと一緒でのう。親友と言ってよい関係じゃ」


 「へえ……」


 ……リーリャだって、親友を守るために自分を犠牲にしていたんじゃないか。まったく、偉そうに説教したくせに。でも、だからこそ、俺にああやって言ったのかな? 自分がわかっているから。このやり方は自分の大事な人に心配をかけるんだってことを。


 「ぐすっ……リーリャちゃん、着替えに行こう? 女の子がいつまでもそんな恰好でいたらだめだよ」


 「あ、ああそうだな。では、家で着替えた後ヒナミ殿のもとに行くとしよう。……あの、その、ソウマ!」


 突然リーリャが俺の名前を大声で呼んだ。


 な、な、なにかな!? もももしかしてプププロポーズとか! きゃー! この子みんなの前で大胆! ゼ○シィ買いに行かなきゃ!


 「本当に、ありがとう……!」


 リーリャはそう言って深々と頭を下げた。


 「きゅ急に改まって、な、何をしている!? らしくないぞやめろ!」


 「わしからも礼を言う。本当にありがとう」


 「わ、わたしからも! わたしの大切な友達を助けてくれて、ありがとうございます」


 リーリャに続いて村長さんとピャトゥカまで頭を下げた。


 「俺からも!」


 「あたしも」


 「僕も! リー姉をたすけてくれてありがとう!」


 そして次から次へと村の方々が俺に頭を下げ、礼を言ってきた。


 「や、やめろやめろ! 俺はほとんど何もしていない! お、お、俺じゃなくて、あっちの、今診療所にいるあっちの二人に言え!」


 もうなんか体のあちこちがむずがゆくなってしょうがない!


 「もちろんヒナミ殿とメグミ殿にも感謝している。だがソウマにもしっかり礼を言いたい。それにソウマが何もしていないわけがない。ソウマがいたから、みんな無事に帰ることができたのだ」


 「だからやめろっちゅうに! ああもうっ! 俺は疲れたから寝る! 村長さん、リーリャ、二階の部屋借りるんでよろしく!」


 俺はそう言って全力で村長の家に走った。


 「……そのあざ、ちゃんと診てもらえよ。それじゃ!」


 村長の家に上がる前にそれだけ言い残してドアを閉め、二階に上がった。

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