俺、もう抑えられないんで
声のした方を向くと、左手で頭頂部を押さえたファイクが階段に通じるドアから出てきていて、右手に煙のたなびく自動式拳銃を持っていた。
「まさかそっちの女に当たるとは……まあいいでしょう。どうせ全員殺すんですからねえ! ぎゃっはっはっは!」
ファイクは下品に笑い、俺に向かって次々と発砲してきた。
心臓に、眉間に、肺に、胃に次々と撃ちこまれる。
「確かに殺しても死なない。だが、殺し続けて死なないかは、やってみなくてはわかりませんよねえ!」
どうして、最後に確認しなかったんだろう?
どうして、誰も動けないことを、誰も追ってこないということを、確認しな
かったんだろう?
どうして、ヒナミが撃たヒナミれなヒナミきゃヒナミいけないヒナミんだヒナミヒナミ!
俺の脳内から、ブチリと、何かが切れる音がした。
そして、その切れた何かの中から、ドロドロと醜い汁が溢れてきて、脳のあらゆるところに染み渡っていった。
……ナツカシイナ。コノカンカク。イツブリダロウ。チュウガクノトキカ?
「ぎゃははは! 抵抗しないんですかあ? 的ですかあ!?」
……ブチ……コロス。
「あは、あはははは! 死ね死ね死ね死ね死ね、この私を愚弄したお前は死ぬべきなのだあああっ!」
……ウルサイナ。マズハ、ソノクチ、コワシテヤル。
俺はファイクのもとに全力で駆け、その顎に右の掌底を叩き込んだ。
「ごはっ……⁉」
俺の右手に顎の骨のくだけるいい感触が感じられ、耳には骨のくだける心地よい音が届いた。
「歯……! 歯があああ⁉ お、おは、こ、こほうがああ!」
……マダシャベンノカヨ。
俺はファイクの胸や顔に次々と掌打を打ちこんだ。
胸骨や頬骨が折れる音が、美しいハーモニーのように感じられる。
「あああ! うわああああ!」
ファイクは至近距離から何発も何発も俺の体に銃弾を撃ちこんだ。
……フザケンナヨ。
俺はファイクの右手首をつかみ、ひねり上げた。
「いいいいぎぎぎ!」
……マダソノジュウ、ハナサナイノカ。
俺は手首をつかんだままファイクに背を向け、ファイクの肘を俺の肩に勢いよく叩きつけて、腕を、折った。
「ああああがああああがああ!?」
ボキリと、いい音が満天の星空のもとに響き渡った。
ファイクはぶらぶらと揺れる右腕を左手で押さえ、喚き声をあげていた。
……ダカラ、ウルサイッテ。
……モウ、オワラセヨウ。
……コイツノコエナンテモウキキタクナイ。
俺はファイクの後ろに回り込み、ファイクの両腕を巻き込む形で体に腕を回し持ち上げた。
「ふぁあ、あぁあ、はあああ!?」
ファイクはなんとか抜け出そうと足を醜くばたつかせていた。
「……シネ」
俺は一言そう告げ、ブリッジをするように反り投げた。
ファイクは折れていない片腕での受け身すら取れず、頭から固いコンクリートに突き刺さった。
俺はヘッドスプリングで起き上がり、ファイクを見下ろした。
「ひゅー……ひゅー、し、死ぬ……。たすけ……」
……マダイキテイル。
俺は仰向けになったファイクの腹に馬乗りになり、顔面に掌底を交互に入れていった。
……シネ、シネ、シネ、シネシネシネ!
……ヨクモ、ヒナミヲ、ヒナミヲ、ヒナミヲヒナミヲヒナモヲヒナミヲヒナミヲヲヲヲヲ‼
「ヨクモ……ア、アアア、アアアアアアアアアアアア‼」
「もうやめてください! ソウマ!」
その声とともに俺の首に、柔らかくて、あたたかいものが巻き付いてきた。
「わたしは、メグミさんのくれたアーマーで無事です。生きてます! だからお願い。目を覚まして! ソウマ!」
俺のすぐ後ろから、優しい声が聞こえてきた。
俺の脳内に広がる醜い汁が、その声で、浄化されていく。
「ヒ……ナミ……」
後ろを向くと、ヒナミの顔がすぐ近くにあった。目線を下にやると、俺の首にヒナミの腕が巻き付いている。
「わたしは、大丈夫です。さあ、帰りましょう?」
「……ア、アアあ、あああ、あああああっ……!」
ヒナミが優しく微笑んでそう言った瞬間、俺の目から滂沱と涙があふれてきた。
俺の涙が止まるまでヒナミは俺を抱きしめ、背中をゆっくりとさすってくれた。
『すまんが皆疲れてしまって速度が出せん。村までニ、三時間はかかると思う』
『いえ、大丈夫です。メグミさんの容体はある程度安定していますから』
俺たち四人は、枝に乗ってガラ村への帰途についていた。
ヒナミはメグミさんの容体を見るため同じ枝に、俺はリーリャが手足を使えないため同じ枝に乗っていた。落ちるとシャレにならないからね。
ファイクの撃った弾丸は、ヒナミに当たる前に俺の脇腹を貫通していた。そのため弾丸は失速し、ボディアーマーでも防げたのだ。直撃していたら、いくらボディアーマーを着ていようとも、きっとヒナミはただでは済まなかった。
「……」
俺はじっと、自分の両手を見つめていた。
俺の手はファイクの血で真っ赤になっていた。
俺はあの時本気でやつを殺そうとしていた。
もしも……もしもヒナミが止めてくれなかったら、俺は本当に人殺しになっていたのだろうか?
もしもヒナミが死んでいたなら、俺はファイクを殺していたのだろうか?
「……貴様らが、いや、貴様らとガラ村のみんなが我を助けに来てくれるなんて、思わなかった」
考え込んでいる俺に、不意にリーリャが話しかけてきた。
「ん? 何言ってんだ。当たり前のことだろ」
「そうか……」
リーリャはそう言うと、俺の目をじっと見て、直後に俺の胸の中に顔を埋めてきた。っておおい! なんだこれ? ご褒美か!?
「怖かった……」
「ん?」
「とても、怖かったのだ。今も思い出すだけで体が震える。もしあのままだったら、我はどうなっていたのだろう。そう思うと、と、とて、も……うっ、う、うわあああああん! ひっ、はあああん! ひぐっあああああ……!」
リーリャは堰を切ったように突然大声で泣き始めた。
「お、おい、リーリャ?」
「えぐっはあっう、わあああああん!」
どどどどうすりゃいいんだよ……。泣いてる女の子の扱い方とか漸化式よりムズイぜ。あっちの方が答えがあるだけまだましだ。まあ俺漸化式解けませんけれども。
「はあっひっ……すまない。迷惑だろ? でも、頼む。もう少しだけ、このままでいさせてくれないか……」
「いや、別に迷惑じゃないし、いいけどよ……」
「ひぐっ、あ、ありがとう……ソウマ」
リーリャがそう言った瞬間、俺の心臓がルチャドールのラ・ケブラーダくらい飛び跳ねた。
な、な、な、名前で呼びはった!
俺のこと 名前で呼んだぜ リーリャっち!
「リリリリーリャ! もう一度俺のことを呼んでくれ! ワンモアプリーズッ!」
「な、何だ貴様そのテンションは!」
「やだなあ。『貴様』だなんて無粋よ。リーリャちゃん?」
「だ、誰が『ちゃん』だっ!」
リーリャは真っ赤になってそう言ったあと、はあっとため息をついた。
「貴様と話していたら、泣いているのが馬鹿らしくなった」
「そりゃよかった」
「よくは……いや、これでよいのか? ……む、まさか貴様、我が泣き止むようにわざとあんなことを言ったのか?」
「んぐっ!? んんんなわけねえだろ……。か、勘違いしないでよねっ!」
「何だそれは……」
リーリャは呆れたようにそう言ったあと、くすっと笑った。
「……貴様のそういうところは、我の兄に似ているな」
「リーリャの、お兄さん……」
ガラ村での夜を思い出す。
「いい機会だ。話しておこう。貴様の両親の話も聞いたからな」
「え……いや、無理して話すことはねえよ」
「うるさい。我が話すと言うのだ。黙って聞け」
「う、うっす……」