俺、他の運び方ちょっと思いつかないんで
起き上がってファイクを見ると白目をむいて、口から泡を吹いていた。
これならしばらくは起きないだろう。
「リーリャ!」
こんなやつのことはもうどうでもいい。俺はリーリャのもとに駆けた。
「リーリャ、大丈夫か? 悪い、遅くなった」
「いや……そんなことより、貴様は一体何者――」
「ん? どうした、そのあざ!」
俺はリーリャのむき出しの手足に痛々しいあざを見つけた。
「ん、ああこれか……。ファイクの顔につばを吐きかけたり、罵ったりしたらやられたのだ。……心配するな。問題ない」
「問題……ないわけ、ないだろうがっ……!」
あのクソ野郎!
「もう一発ぐらいかましたいが時間がないな。リーリャ、立てるか?」
「残念だが、手かせと足かせがついている。それにほら、鎖も。動くことはできない」
確かにリーリャの手足には大きな手錠のようなものがついていた。
俺はそれを強引に外そうとした。
「くっ! 固っ!」
……くっそ、少し時間がかかりそうだ。でもそんな時間無いぞ。
「この鎖は……」
手かせから伸びた鎖は手錠とつながっており、その手錠はベッドの装飾につけられていた。
これくらいなら……。
「ふっ……助けに来てもらえてとてもありがたく、嬉しいのだが、それがある限り我はここからは――」
「ふんっ!」
俺はその鎖と手かせがつながっている部分を、引きちぎった。
「……へ?」
「よし。これで大丈夫だ。ん、なんだその間抜け顔は?」
「誰が間抜け顔だ! 呆れただけだ……」
「そうか。じゃあ、ちょっとじっとしてろ」
俺はそう言って、リーリャの膝の下に左手を、首と肩の後ろあたりに右手を入れリーリャを持ち上げた。
このように人を持ち上げることを正しくは横抱きと言うが、まあ俗に言うお姫様抱っこってやつだな。
「な……な……!」
「手足が使えないんじゃこうやって運ぶしかない。じっとしててくれ」
「な、なんか……なんかやだ! なんか、むずむずする! ほ、ほかに方法はないのか?」
リーリャは顔を真っ赤にしていやいやと首を振った。
「悪いが他の方法を探す時間はない。嫌なのはわかったけど、我慢してくれ。ごめんな」
「うううぅぅぅ……」
リーリャはうめいたあと、おとなしくなってくれた。
「じゃあ、部屋を出るぞ」
しかし、ドアの向こうはどうなっているのだろうか。
両手がふさがっているので足でドアを少し開け、様子を見た。
そしてそのドアの隙間から見えた光景。
それは一言で言って、地獄だった。
「な、何だこの女は!」
「慌てるな! 向こうはたったの二人。数はこちらが圧倒的だ。それに一人はただじっとしているだけだぞ! 押し潰せ!」
「ダメです! 狭くて同時に三人しか近づけません! だいたいこの兵舎はこんな事態想定してないんだ!」
「それにあの女、とんでもない動きです!」
床や壁には顔や腹を押さえてうめく男たち。
立っている男たちも、次々と吹っ飛ばされていく。
その男たちの中心には、修羅がいた。
「このっ!」
「待て撃つな! 女の足元に味方が倒れているんだ。そっちに当たるぞ!」
「じゃあどうすりゃ――ぐはあああ!」
また一人、ラリアットを受けて床に倒れ伏した。
「部屋の中ではまだ十代の少年が、文字通り身を削っているんだ! 私がここで倒れては、大人として、彼に示しがつかない。さあ、次はどいつだあああ!?」
メグミさんはそう叫び、突き進んでくる男たちをバッタバッタとなぎ倒していった。
「あっちの、先にあっちでしゃがんでいる女を狙え!」
「させるかあああ!」
メグミさんは近くにいた男をボディスラムの要領で持ち上げ、ヒナミに向かって走り出した男に投げつけた。
「うわあああ!」
「ぐはっ……!」
その二人は激突し、壁にもたれかかるようにして静かになった。
「ヒナミ! メグミさん!」
俺が部屋から出て声をかけると、二人がこちらを向き、俺の腕の中にリーリャがいることを確認した。
ヒナミとメグミさんは俺のもとに駆けてきた。
俺は二人の顔を見てうなずいた。
「行きましょう!」
「ああ。ソウマ君。ここを突破するのを、手伝ってくれるかい?」
廊下を見れば、まだ立ち上がってくるやつらがいた。
俺の腕の中にはリーリャがいる。正直言って、いつもより動きにくくはなっている。
しかし。
「大丈夫です。手はふさがっていますが、俺には足があります」
「そうか。ではリーリャは君が守ってくれ。ヒナミちゃんは私に任せろ。ヒナミちゃん、私の後ろを離れずについてくるんだ。いいね?」
「はい。わかりました」
「よし。村長、聞こえますか?」
『聞こえておる』
メグミさんが呼びかけると、胸につけた葉から村長の声が聞こえた。
「今から屋上に向かいます。枝を屋上につけておいてください」
『リーリャは、リーリャは無事なのじゃな!?』
「ええ、大丈夫です」
『そうか、そうか。わかった。では、準備をしておく』
「お願いします。では、行くぞ!」
メグミさんが言うと同時に、俺はメグミさんと横並びで走った。
「逃がすな!」
「向かい討て!」
目前に男たちが立ちふさがる。
「邪魔だ!」
メグミさんがラリアットやエルボーでなぎ倒していく。
「どけっ!」
俺は立っている男の側頭部になんとか強引にハイキックを入れ、メグミさんが倒してまだ動くやつにサッカーボールキックを叩き込んでいった。
「「うおおおりゃあああ!」」
俺とメグミさんは雄叫びを上げながら廊下を突き進んでいった。
リーリャはぎゅっと目を閉じて俺の腕の中で小さくなっている。
ヒナミは必死にメグミさんの後ろをついて行った。
そして、メグミさんがドロップキックでふっ飛ばした男を俺がジャンピングニードロップで叩き潰したところでちらりと後ろを振り返ると、そこには立ち上がろうとするものは誰もいなかった。
「メグミさん、やりましたよ!」
「よ、よし……では、早く屋上に、上がろうか」
メグミさんは疲れたのか、少し苦しそうにそう言った。
そして俺たちは階段を上り、屋上のドアに通じるドアを開けた。
汗ばんだ体に夜風が当たって気持ちがいい。
俺たちはゆっくりと屋上の真ん中あたりまで歩いて行った。
途端、メグミさんが前のめりに倒れた。
「え……? メ、メグミさん!」
ヒナミが慌てた様子で倒れたメグミさんのもとに行った。
「メグミさん、どうしたんですか? って……血が、血が出てるじゃないですか!」
ヒナミが言う通り、メグミさんのお腹のあたりの服が、血でぐっしょりと濡れていた。
「う……ぐう、だ、大丈夫」
「大丈夫じゃありませんよ! お腹を見せてください」
「私は、いいから」
「見せなさい!」
そう言うヒナミの声は今にも泣きだしそうで、でも今まで聞いたことのないような厳しい声で、俺が言われたわけじゃないのにビクッとなってしまった。
ヒナミは強引にメグミさんのシャツをまくった。
「これは……ひどい。いつ、こんな……」
「たぶん、さっき廊下を、強引に突破した時だな」
ヒナミはかばんからガーゼなどを取り出し、止血しようとしていた。
「だめ……止まりません!」
「私は、もういいよ。ほら、迎えが来たよ」
頭上から、俺たちをここまで連れて来てくれた枝が下りてきた。
「さあ、早く乗って、行きなさい」
「だめです! メグミさん、このままではガラ村に着く前に間に合わなくなってしまいます!」
「だから、私はいいって、言っているじゃないか。三人で、行けばいい」
「いやです! わたしはもう二度と、家族を喪いたくありません!」
「ヒナミちゃん……」
ヒナミは一度、目元を腕でぐいっとぬぐった。
「よく、見せてください。……ごめんなさい、メグミさん。傷口、触りますよ」
ヒナミは手に消毒液を吹きかけ、手袋をはめると、メグミさんのお腹のあたりに顔を近づけ、傷を確かめるように触った。
「ぐ、くうぅぅ……!」
メグミさんは歯をくいしばり、痛みに耐えていた。
「ナイフによる切創でしょうか……。さいわい血管に損傷はないのか、出血量は少ないです。でも、放っておけば危険なことに変わりはありません」
ヒナミはそこでゆっくりと深呼吸をして続けた。
「メグミさん……ここで、傷口を縫合します」
「なん、だって……。それは、無茶だ。いや、ヒナミちゃんの腕が、確かなのは知っている。だが、いつまた、やつらが来るか……」
「俺が、やつらを食い止めます」
ほとんど無意識のうちに俺はそう言っていた。
「ヒナミ、俺がここを全力で守る。だからメグミさんを助けてくれ」
俺が言うと、ヒナミは一瞬寂しそうな顔をした。
「……無茶は、しないでくださいね?」
「ああ、そっちも任せたぞ」
俺は抱えたままだったリーリャを床に座らせた。
「リーリャ、早く帰りたいだろうけど待っててもらえるか?」
「もちろんだ。それよりも、我に何かできることはないのか!?」
「でもリーリャ、手動かないじゃん」
「手首から先なら動く! ヒナミ殿、我に何かできることは!」
「それなら、この懐中電灯でわたしの手元を照らしてください」
「わかった!」
俺はリーリャをもう一度抱えてヒナミの横に座らせた。
「時間はどのくらいかかる?」
「……十分で終わらせます」
医療の知識を持たない俺にはそれが早い方なのか遅い方なのかよくわからないが、まあ十分なら持ちこたえられる。
「それじゃ、頼んだ」
そう言って俺は、四階に降りる階段の踊り場に行った。
下からは小銃を持った男が三人上がってきていた。
この踊り場が、今日の俺のリングだ。
制限時間十分。
一対多数のハンディキャップマッチ。
上等だぜ。
さあ、出てこいや‼
どこを、どれだけ撃たれただろう。
どこを、どれだけ斬られただろう。
服はボロボロで、かなりパンクな服装になっていると思う。
でも、俺は倒れていない。
まだまだ、戦える。
「うおらぁっ!」
目の前の男のあごにエルボーを入れ、後ろに回り込んできたやつの頭にオーバーヘッドキックを入れる。
「お前で、最後だぁぁぁっ!」
階段を駆け上がってきた男を、ジョン・ウーで吹き飛ばした。
「がはぁっ……!」
男は体をくの字にして階下まで落ちていった。
「ソウマ! もう大丈夫です! 終わりました!」
すると、屋上からヒナミが大きな声でそう言ったので、俺は屋上に駆けあがった。
「大丈夫なのか!?」
「ええ、なんとか。ですが村に戻ったらもっとちゃんと治さないといけません」
「わかった。それじゃあ早く――」
戻ろうかと言いかけたとき、俺の脇腹を何かが貫き、メグミさんの横に座っていたヒナミが、一メートルほどごろごろと転がっていった。
「くそっ、外しましたか! 悪運のいい小僧ですねえっ!」