俺、自分の体より大事なものがあるんで
「さいわい鍵は掛かっていない。入るぞ」
メグミさんは屋上から階段に通じるドアをそっと開け、すばやく中の状況を確認した。
「問題ない。二人とも、入ってきなさい」
メグミさんに言われ、ヒナミ、俺の順で中に入った。
「階段を下りて右の廊下の突き当りの部屋に、やつはいると私は思う」
「どうしてですか?」
「そこはこの兵舎の中でも一番大きな部屋なんだ。やつが小さい部屋に縮こまっていると思うかい?」
うーむ、たしかに大きな部屋で大きな椅子にふんぞり返っているイメージかな。
「ここからは多少音を立てても構わないから急いでその部屋に行く。部屋についたら、ドアを強引にぶち破る。さすがに部屋に鍵がかかってないとは思えないからな。あとは兵舎にいるやつらが事態に気づいてこちらに来てしまう前に逃げる。いいな?」
俺とヒナミは無言でうなずいた。
「では、行くぞ」
その声とともに俺たちは階段を下り、薄暗い廊下を駆け、ファイクがいるであろう部屋を目指した。
そして俺たちは両開きの大きなドアの前にたどり着いた。
「ここだ。……むう、やはり鍵がかかっている。ソウマ君」
「はい?」
「この前教えてもらったあの蹴り。あれならこのドアを蹴破れると思うのだが」
この前……トラースキックのことか。
「わかりました。やりましょう」
「この真ん中に同時にいくぞ。……せーのっ!」
メグミさんの掛け声とともにトラースキックをドアにぶちかますと、勢いよくドアが部屋の内側に開いた。
「動くな! こちらは銃を持っている! 動けば撃つ!」
ドアが開いた瞬間、目にも止まらない速さでメグミさんが部屋に入った。
俺とヒナミも後に続いて入る。
煌々とついた電気の下には、大きな椅子に座っているファイクと、
「リーリャ!」
「リーリャさん!」
まるで奴隷服のようなみすぼらしい服を着せられて、天蓋付きの豪奢なベッドに座っているリーリャがいた。よく見ると、リーリャの手足には手かせと足かせがつけられていて、手かせからは鎖がのびており、それはベッドの枕元の装飾につながれていた。
「……ヒナミ殿、メグミ殿、それに貴様まで。どうして……ここに?」
リーリャの声は、村にいたときとは比べ物にならないほど弱々しかった。
「なんですか、あなた方は? ……まさかこの娘を助けに? ったく今から楽しもうと思っていたのに。見張りは何をしている」
ファイクの声は、不機嫌さを隠そうともしていなかった。
「おや? あなたは城之崎大尉ではないですか。上官に向かって銃を向けるとは、何を考えているのですか?」
「お前なんぞ上官とは思ってない。ただ階級が上というだけで偉そうにするのはやめてもらおうか」
メグミさんは油断なく拳銃をファイクに向けて言った。
「ファイク大佐。おとなしくその子を解放しろ」
「嫌だと言ったら?」
「……撃つ」
「そうです……か!」
ファイクはそう言うと同時に椅子ごと後ろに倒れこんだ。
そして椅子の座面を盾にし、拳銃を持った手だけを出した。
「まずいっ! 二人とも部屋から出ろ!」
メグミさんが早口でそう言い、俺たちは急いで部屋の外に向かった。
バンッと後ろから、鉄板を思いっきりぶっ叩いたような音が聞こえた。
「あの野郎撃ってきやがった!」
「二人ともドアの陰に伏せろ!」
俺たちはなんとか、開きっぱなしになっていたドアの陰に隠れた。
「今の銃声を聞いて、私の部下が駆けつけるまでにどのくらいかかりますかねえ! 部下が来たら、あなたたちはどうなってしまうんでしょうかねえ! はっはっは!」
部屋の中からファイクの嘲笑が聞こえた。
「クソがっ! だったらこっちも」
「メグミさん、待ってください」
メグミさんがファイクに向けて銃を撃とうとしたところを俺は止めた。
「何だソウマ君。何かあるのか?」
メグミさんは急に止められたことにイライラした様子で言った。
「俺がファイクを片づけます。ですからメグミさんは、今から来るファイクの部下を何とかしてください。すいません、無茶なこと言って」
「……それはかまわない。この廊下は少し狭いから、たとえ大勢で来ても対処できると思う。ヒナミちゃんを守りつつ、やつらを牽制しよう。しかし、君はどうするんだ?」
「『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』ってやつですよ」
俺が某メガネパイロットからパクった言葉を言うと、一瞬二人はキョトンとしたがすぐに目を見開いた。
「何を言ってるんですかソウマ! そんなこと、させられるわけないでしょ!」
「ヒナミちゃんの言うとおりだ。子どもにそんなことさせられるか!」
「じゃあほかに何かあるんですか!」
俺が聞くと、二人とも苦い顔をした。
「……正気か?」
「正気ですよ」
「ぐっ……!」
メグミさんは歯をくいしばり、床を思いっきり殴った。
「……一つだけ、アドバイスだ」
うつむいたままメグミさんは言った。
「やつの持っている銃はおそらく大口径の回転式拳銃だ。装弾数は六発だと思う」
「わかりました。ありがとうございます。じゃあ俺からも一つ。もし敵が遠くから撃とうとしてきたら、あえて敵の中心に飛び込んでください。同士討ちを恐れて混乱するはずです。では……」
俺はそう言ってドアの陰から立ち上がろうとした。
しかし、服の裾をキュッとヒナミに掴まれた。
「ソウマ……」
「大丈夫だ。心配するな」
「でも……」
「いいんだよ。俺がしたいからするだけだ。じゃあ、行ってくる」
俺は優しくヒナミの手を服から離し、ドアの陰から出、再び部屋に戻った。
ああ、部屋にはリーリャがいるんだった。
俺の体のこと、ばれちゃうな。
部屋に入った俺は、後ろ手でドアを閉めた。
俺とファイクの退路を断つために。
ヒナミとメグミさんのことが気にかかるが、きっとメグミさんが何とかしてくれると、俺は自分に言い聞かせた。
「おや? 一人でのこのこと出てきてどうしたのですか?」
「貴様、よせ。早く逃げろ……」
「待ってろリーリャ。もうすぐだ」
ファイクは椅子の陰から少しだけ顔をのぞかせた。
「と言うか、知らない顔ですね。君は一体誰なので――」
「ごちゃごちゃうるせえよ下衆野郎が」
「……生意気な小僧ですね。口の利き方を教えてあげましょうか?」
ファイクが言うと同時に俺の耳元をヒュンっと何かが飛んで行った。
そしてほんの一瞬おくれて銃声が聞こえた。
「次は……当てますよ」
「ぷっ、おいおい、今のも当てる気だったんじゃないのか? 俺の堂々たる振る舞いにビビって震えて外したんじゃないのか? ぷーくすくす。それでよく大佐なんて名乗れるもんだぜ。はっずかしー!」
俺は両腕を横に広げてできる限り馬鹿にした声で言った。
「なめるなよ……小僧があああ!」
ファイクは声を荒げると立ち上がり、憤怒の表情でこちらをにらんできた。
「大人なのに煽り耐性皆無かよ。まあ扱いやすくてちょうどいいわな。まあそれじゃあ、行くぜ?」
俺はそう言ってファイクのもとに全力で駆け出した。
ファイクは俺に向かって一発発砲した。
銃声と同時に、右腕が吹っ飛んだ。
しかし、ちぎれた右腕が床につくかつかないかのうちに煙のように消失し、俺の右腕は元に戻った。
「ひっ……!」
リーリャは驚きと恐怖がないまぜになったような顔をしていた。
「お前、何者だああ!?」
ファイクは焦りと恐怖を顔に浮かべ、全力で走る俺の体に次々と弾丸を打ち込んできた。
左腕が、右目が、顎が、吹っ飛ばされる。
しかしそれらはまばたきをするかしないかのうちに、まるで手品のように治っていった。
「ば、化け物がっ……!」
ファイクはカチリカチリと弾の出ない銃の引き金を引いていた。
「てめえのほうがよっぽど、化け物だ!」
俺はそう叫んで飛び上がり、弾が尽きて焦っているファイクの顔面に膝蹴りをくらわした。
「があっ……!」
ファイクは後ろに仰向けに倒れたが、やはり腐っても軍人か。すぐに起き上が
り銃を捨て、懐からナイフを抜いた。
「お前、吸血種か?」
「違えよ。俺は人間だ」
「お前のような人間がいて、たまるかあ!」
ファイクはつばを飛ばしながらナイフで切りかかってきた。
「この女を助けに来たのか! 人間が!? 訳がわかりませんよ!」
「てめえみたいなカスに女の子が汚されようとしてるんだ。助けに来て当然だろうが」
「この……! さっきから下衆だのカスだのと! 他種族の女を道具扱いして何が悪いというのです!?」
「悪いに決まってんだろうが!」
「人間以外の種族は、我々偉大なるアーデル王国に、高貴な人間に敗れた劣等種ですよ! そんな虫けら同然のやつらを、せめて慰み物として使ってやっているのです。 むしろありがたいと思われたいものですねえ!」
俺はファイクの言葉に、この世界の歪みの一端を見た気がした。
「ふっざけんな!」
俺はナイフをかいくぐり、ファイクの首元に渾身のラリアットをかました。
「げふぅ……!」
ファイクは頭から床に思い切りたたきつけられた。
俺はまだ起き上がろうとしてくるファイクの頭を強引に左わきに抱え、右手でズボンのベルトをつかんだ。
「な、なにをするのです!? このっ……!」
ファイクは俺の脇腹にザクザクとナイフを刺してきた。
だが、こんなもの、痛くない。
全然、痛くない。
「うおおおおああああ!」
俺は雄叫びを上げファイクを逆さまになるように真上に持ち上げた。
「は、離せ! 離しなさい!」
ファイクは何をされるのかわからないのか、ひどく焦った声を上げた。
その体勢、慣れないとすっげえ怖いからな。
でも、お前が今まで連れ去った森精種の女性に与えてきた恐怖は、こんなものじゃないはずだ!
「ブレーン!」
俺はファイクを持ち上げたまま後方に倒れこみ、
「バスター!」
ファイクの脳天を床に対して垂直に落とした。
ドン、というすさまじい音がしてファイクは仰向けに倒れた。