俺、リーリャのもとに向かうんで
「準備が整うまで少し時間がかかる。おぬしらも準備をしておいてくれるかの?」
「はい、わかりました」
俺たちは一度村長の家に戻り、身支度をすることにした。
二階に俺たちの荷物がまとめられていて、それぞれが自分に必要なものを用意している。まあ、俺は用意するものないんだけどな。俺の腕が、足が、体が武器だ。やだちょっとかっこいい!
ヒナミはかばんに包帯や薬なんかを丁寧に詰めている。
メグミさんはどこかに携帯端末で電話をしていた。
「携帯ってここでも通じるんですね」
「大陸のどこにいようが通じるよ」
まじかすげえな。
「ちょっとした保険をかけておいた」
そう言ってメグミさんは自分のかばんから拳銃とホルスターを取り出し、太ももに装着していた。
さらに灰色のベストのようなものと、もう一つ拳銃を取り出した。
「ヒナミちゃん。これを」
そしてそれらをヒナミに渡した。
「これは?」
「ボディアーマーと、拳銃だ。どちらもまあ、念のためといったところか」
「……ありがとうございます」
「つけてあげよう。少々重いかもしれない」
メグミさんはヒナミにボディアーマーをつけてあげた。
「……胸が苦しくないか? その……大きいから」
こういうときにそういうのいいんだよ。
「少し、ですが大丈夫です。……あとすいません。こっちは、いりません」
ヒナミは拳銃をメグミさんに返した。
「これは人を傷つける道具です」
「そう重くとらえることはない。お守りみたいなものだ」
「メグミさんの心づかいには感謝します。でもわたしは、わたしの手は、人を守るためのものです」
ヒナミの真剣なまなざしを見て、メグミさんはあごに手を当てた。
「ふむ……それもそうか。ごめんね、押しつけるみたいで」
メグミさんはヒナミに手を合わせて、拳銃をかばんにしまった。
「では二人とも、用意はできたかい?」
メグミさんの言葉に、俺とヒナミはうなずいた。
「おぬしら、こちらは用意できたぞ」
「こっちも大丈夫です」
「では来てくれるかい」
俺たちは再び木の根元に来た。
「これを、胸のあたりにつけておくれ」
村長はそう言って俺たちに葉っぱを一枚ずつ渡した。
「これ、なんですか?」
「この大木の葉じゃ。同じ木から採れた葉に魔法をかけると、葉の持つ『星霊』が共鳴して、離れていてもその葉を通して会話ができるようになるのじゃ。上空やむこうの施設に着いた時に役に立つじゃろう」
ふーん、なるほど。無線機みたいなものか。
俺たちは言われたとおりに葉を胸につけた。
「その葉にはおぬしらが上空でも呼吸できるようにする魔法もかかっておる。ああ、そうじゃ。ちょいと後ろを向いておくれ」
俺たちが後ろを向くと、背中をポンポンと叩かれた。
「な、なんすか?」
「魔法をかけた綿毛じゃ」
「わ、綿毛?」
「枝に乗ったままでは目立ちすぎる。ある程度の高さから降下すれば、こっそり忍び込めるかもしれん。そのための綿毛じゃ」
「どう使えば?」
「わしに降下するときに合図を送ってほしい。その合図で綿毛を肥大化させる。そうすればおぬしらはふんわり着地できる」
「合図はどうやって?」
「わしもおぬしらと同じ葉を持っている。それを使えばよい」
村長さんは俺たちのと同じ葉をひらひらと振ってみせた。
「到着するまでにおよそ一時間あるから、移動中に作戦を伝える。さいわいこんな便利なものをいただいたしね」
「では、木の枝を動かすぞ。皆の者、準備はよいか!」
「「「はい!」」」
村長さんの言葉に気合の入った声が返された。
村長さんは木の根元の地面に直接座り、木に両手を押し当てた。
「我らを古来より見守りし大いなるデェーリヴァよ。矮小なる我らの力にどうかなりたまえ」
村長がそうつぶやくと同時に両手が淡く光始めた。
「大いなるデェーリヴァよ。どうか、どうかわしの、優しくて大馬鹿な孫娘を助ける力になってくだされ……!」
すると一斉に木から鳥が飛び出し、頭上からずずずっと、かの有名な空き地にある土管くらいの太さの枝が三つ、俺たちのもとに降りてきた。
「さあ、乗りなさい!」
俺たちはそれぞれ枝に乗った。
うわ……すっごい安定感。
「どうか……どうかリーリャを!」
「任せてください。村長さん」
「頼む……では、ヴェルフ!」
村長さんがそう言うと俺たちのまたがった枝が徐々に上へあがっていき、木の上まで出た。
頭上には満天の星空が広がっていて、こんな時でなければいつまでも見ていたいほどだった。
『あー、あー、聞こえるか。三人とも』
胸につけた葉から村長さんの声が聞こえた。
「聞こえます」
『よし。では、加速するぞ。しっかりつかまっておれ。……ウスカリーニャ!』
村長さんの声とともに、一気に周りの景色が後ろへと流れていった。
無事でいてくれよ……リーリャ!
『施設の直上から屋上に降下。私、ヒナミちゃん、ソウマ君の順で屋上から侵入。ファイクはグラウザム家という名門の出身だから自尊心が高い。そのため、自分の居室は最上階に置きたがるはずだ。つまりファイクは最上階にいる可能性が高い。屋上から直接ファイクの居室に行ってリーリャを救出。村長さんに合図して枝を屋上まで下ろしてもらう。それに乗って脱出。これが一連の流れだが、かまわないかい?』
葉を通してメグミさんが作戦を説明してくれた。
「いいと思います」
『わたしも、大丈夫です』
『何か質問は?』
「今向かうのは、どういった施設なんですか?」
『王国軍の駐屯地だ。と言っても、飛行場もないし、建物も私たちが行く兵舎と整備工場が一つずつあるだけだ。基地というのもはばかられる程度のものだな。だが、そういうところだからこそ、やつは好き勝手なことができるのだろうな』
「人数はどのくらいいるんでしょうか?」
『はっきりとは言えないが、二、三十人はいると思う。囲まれたら終わりだな』
思っていたよりも少し多いな。いけるだろうか?
いや、そうじゃない……やるんだ。できるできないの話じゃない。やるしかないんだ。
『他に、何か聞きたいことは?』
「もう、大丈夫です」
『そうか。……もう少しで到着だ。二人とも、死ぬな』
いやいや俺は死なないっすよー何言ってんすかー、とは言えなかった。その声からは、本当に俺たちのことを案じてくれているというのがわかったから。
『見えてきた。あれだ』
メグミさんの言うように草原の真ん中に、四角くて白い四階建ての建物と灰色の屋根の低い建物が見えた。おそらく白い方が兵舎。灰色のほうが整備工場だろう。
『私が合図したら枝から降りなさい。綿毛の魔法? のタイミングは私が合図したら全員のものを一斉に発動してください』
『了解じゃ』
少しずつ、兵舎が近づいてきた。
『……、……、今だ、降りろ!』
メグミさんの合図と同時に、俺は枝から降りた。
う、うわーふわっとするー! ない、内臓が、ふわっとするー! こえー!
二人は、大丈夫だろうか?
そう思い首をめぐらすと、ヒナミは医療器具が入っているかばんをぎゅっと抱え目を閉じている。メグミさんは厳しい目で兵舎の方を見ている。
『……村長! 今です!』
『クラップルゥーク!』
メグミさんの合図に合わせ村長さんが呪文か何かを唱えると、落下速度が一気に落ちた。
上を仰ぎ見ると、タンポポの綿毛のお化けみたいなのがふわふわと浮かんでいた。
『方向や速度はある程度こちらから操作が可能じゃ。メグミよ、指示を』
『わかりました。ではあともう一、いや、二メートルほど前へ。……もっと速度を落としてもらえますか? ヒナミちゃんが怪我をしてしまう』
『了解じゃ』
『はい、いい感じです。まもなく着地します。三、二……着地しました』
メグミさんと村長さんとの協力で着地するときはトン、と足裏に軽く衝撃を感じるだけですんだ。
『よし。綿毛は軽く抜けば取れるから、抜いてその辺にでも捨てておけばよい。さて、あとはわしらができることはほとんどない。気をつけておくれ』
『脱出の際にまた連絡します。では』
メグミさんは村長さんとの会話を切り上げた。
「二人とも。怪我はないかい?」
「俺は大丈夫です」
「わたしも大丈夫です」
「よし。では説明したとおりに。行くぞ」
メグミさんがホルスターから拳銃を取り出し、屋上から下に降りる階段に走った。それに続いて、ヒナミ、俺の順で後をついて行った。