俺、白子とか無理なんで
「どうだろう……。信じてもらえるだろうか」
「………………」
真剣に話をするにあたって俺とヒナミは、部屋の中央にある小さな机に移動した。ベッドにいながらする話でもないし、それにずっとヒナミのベッドにいると、変な気分になってしまいそうだから何言ってんだこいつ。
俺も彼女も正座。
俺の話を聞いた後、机をはさんで俺の正面に座っているヒナミは目を閉じて黙っていた。
やっぱりいくらなんでも異世界とか、信じられるわけないか。
しばらくしてヒナミはすっと目を開けた。
「わかりました。あなたのお話、信じてみます」
え、うそ、まじ?
「ここでソウマがうそをつく意味がありませんし、話しているときのあなたの目は澄んでいました。あんな目で人はうそをつけません」
……まあ、なんだ。結構真剣に話したからな。そんな目をしていたかもしれない。でも、そんなこと直接言われると、ちょっと照れるし恥ずかしいからまじやめて。
「まあ、少し疑問に残ることはありますが」
「ん、疑問?」
「うーん、でも少し長くなりそうですしお昼を食べてからにしましょう」
「え、昼? もうそんな時間なのか」
部屋の時計を見るとちょうど十二時だ。時計は元いた世界のものと同じだった。
ヒナミは立ち上がると壁にかけてあったかばんを持った。
「じゃあ、スーパーに材料を買いに行くんですがついてきてもらえますか? 二人分買うと多分重たくなっちゃうので」
「え、何? ごちそうしてくれるの?」
てっきり俺は俺でどっかで適当に食べるのかと。
「どうやってお代を払うつもりですか……」
それもそうだ。
「なんか悪いな」
「もう。こういう時言う言葉は違います」
「じゃあなんて……」
「ありがとう、って言えばいいんです。さっきは言えてたくせに。素直じゃないですね」
そう言って笑ったヒナミに俺は、不覚にも見とれてしまった。
ヒナミの部屋はワンルームのアパートらしい。アパートは二階建てで、ヒナミの部屋があるのは二階の一番奥だ。部屋から外に出ると、隣にも同じドアがいくつか並んでいる。トイレと風呂は一階にある。共用なのだそうだ。
ちなみに俺の靴はリュックに入れて持ってきてある。ついでに制服から普段着に着替えた。
ヒナミも出てきて、二人で近くにあるというスーパーに向かった。
道すがら町の様子を見ているが、なんか、こう。
異世界感みたいなのがあまりない。ここ本当に異世界かよ……。町並み普通。超普通。自動車走ってるし。馬車とかじゃねぇんだ……。
ただ、歩いている人を見ると少し違和感があった。
別に服装が変とかじゃなくて。
肌や髪の色がばらばらだ。黒、白、黄に、黒髪、茶髪、金髪、銀髪。
顔のつくりも、アジアな感じの人もいればヨーロッパ系の人もいていろいろだ。京都の観光名所歩いてるみてぇ。
「そういえば午前中用事なかったのか?」
「いえ、今日は土曜日ですので。特には」
土曜日か……。むこうでカレンダー確認したときは水曜日だったはずだ。学校嫌だなって思ったからな。
「ちなみに今は何月なんだ?」
「六月ですが、あと一週間で七月になります」
元の世界との時間はそこまで違っていないようだ。むこうも同じような日にちだった。
「土曜日休みってことは学生? やっぱ学校は異世界にもあるんだな」
勤め人で土曜日休みは考えられないので最初からその可能性は捨てた。いやありえないでしょう、土曜日休みの職場とか。なにそこ楽園? もし存在するならぜひ俺を雇ってくれ! 完全週休二日制万歳!
それにヒナミは見た目とか雰囲気からいって、俺と同い年か少し下ってとこだろうしな。高校生ってとこだろう。
「はい、学生ですよ。まあ土曜日でも、たまにレポートを提出しに行ったり、補講があったりしますけど」
ん? 耳慣れない言葉が。いや、それは高校生の俺だから耳慣れないのであって。え、もしかして。
「ヒナミって……大学生?」
「あ、そちらの世界にも大学ってあるんですね。そうですよ。看護系の学部です」
「ヒナミ歳いくつ?」
「二十歳です。ってソウマ、女性に年齢を聞くなんて……」
「年上ぇ⁉ そんなまさか!」
うそだろおい……。こんなぽわっぽわって擬音が似合いそうな子が成人だと。
「そんなに驚くなんて失礼じゃないですか!」
確かに話し方からなんかは落ち着いた雰囲気は感じるが……。
うーん、でもね。
頬をフグのように膨らまして、両腕を上下に振って怒る姿からは年下感しかしませんよ。
しかし両腕を振ることで一緒に揺れる胸からは、大人な感じがすごく出ている。ま、その部分を見ると、
「まあ、年上でも納得かなぁ」
「どこ見て言ってるんですか!」
「お、着いたぜ。スーパーってここだろ」
これまた超普通のスーパーだ。超マーケット。
「そのさらっと人の話を受け流すのは何なんですか!」
まあまあと宥めながら俺たちはスーパーに入った。
「なあ、歩く魚とかしゃべる野菜とか置いてないのか?」
「なんですか、その気持ち悪いものは? ありませんよ」
なんだ、つまんねーの。
俺の中のイメージだと、マンドラゴラとか売っていたり、足の生えた超巨大魚がさばかれていたり、キョエーみたいな声を出す怪鳥が逃げ回ったりしているのが異世界の市場なんだけど。
「ソウマは嫌いな食べ物はありますか?」
「いいや、特には」
小さい頃から母さんが献立をしっかりと考えてくれていたせいか、嫌いな食べ物は無い。
「でも食べたことないやつはちょっとわかんねえな」
「食べたことのないもの?」
「やっぱ未知の食べ物って怖いじゃん。どんな味かとか食感かとか。うーんそうだな、例えば、アボガド」
「アボカドのことですか?」
どっちでもいい。なにが、しょうゆをかけたらマグロの味だ。だったらマグロを食わせろ。
「あとは、白子」
「え、どうして? おいしいのに」
「だって、あんなのいわば金――」
「それ以上はいけません!」
俺が言葉を続けようとした瞬間、ヒナミは俺の口を自分の手で覆った。
「もがっ! むごっ!」
「お昼のスーパーでそんなこと口走ってはいけません!」
「だ、だって、あんなの俺にもついてるぜ! なのになんで魚のだけ高級食材なんだ! 納得いかねえ。あんな精むごごおっ!」
「だからだめですって!」
ヒナミの力が緩んだ瞬間、俺はまた自分の意見を主張したが、再びヒナミに止められてしまった。
店内で騒いでいる俺たちを、近くを通りかかった奥様方が見て、
「若いっていいわねえ」
「きっと今夜はお楽しみよー」
などと言っていた。
今夜? 今夜何をするんだ?
まさか白子か! 今夜は白子鍋をするのか! い、いやだ。魚とはいえ他人のタンクを食うなんて男のこか……じゃなかった、沽券にかかわる!
その後スーパーでヒナミは白子を買うことなく、俺が見たことのある食材だけを買っていた。
「そういやなんで丁寧語なの? 俺一七歳だし、年下だぜ」
「年下なのはわかっています。これは癖です」
「へき?」
「くせです! どんな聞き間違いですか」
買い物を終え、他愛もない会話をしながらアパートに戻ると、ちょうど女性が
一人アパートから出てきた。
俺よりも少し背が高く、スレンダーな感じだ。ストレートの髪は黒く腰のあたりまである。ああいうのを烏の濡れ場、違った濡れ羽っていうんだろうな。烏の濡れ場って誰得だよ。
筋の通った鼻梁とつり目が相まってかっこいい大人の女性だ。
歳は二十代半ばだろうか。あるいは三十代だろうか。女性の年齢はよくわからん。ヒナミで大外ししたしな。
「あ、メグミさん。こんにちは」
「おー、ヒナミちゃん」
そう言ってメグミさんとやらはこちらに歩いてきた。
「ん? その子は誰だい?」
するとメグミさんは、むふっと笑ってこう続けた。
「あ~わかった彼氏だなぁ。一緒に買い物とは。ほぅ、なかなかいい面構えだ。ヒナミちゃんやるじゃん」
「ち、違います! この人は、えーと、その」
まさか異世界から来た人なんて言えないだろうしな。どうすっかな……。
「あー、俺はですね……」
「弟です!」
はあ?
「今まではちょっと別々に暮らしてたんですけど、やっぱり一緒がいいよねってことになって」
「ちょ、ヒナミ何言って」
ちなみにヒナミが年上だと判明したところで言葉遣いは変わらない。いまさらさん付けとか、ちょっと、ほら、なんか恥ずかしいじゃん。
「ほらソウマ、あいさつ」
ここは空気読まなきゃいけないんだろうな。たぶん一生懸命考えてくれたんだろうしな。
「あ、えっと。ない……い、依上ソウマです。姉がいつもお世話になっております。どうぞよろしくお願いします」
「へぇ……ヒナミちゃんに弟が、ね。私はメグミ、城之崎メグミ。ヒナミちゃん家の真下に住んでいる者だ。王国軍に勤めている。階級は大尉だ。よろしく、ソウマくん」
そう言うと右手を差し出してきた。どうやら握手のようだ。俺がメグミさんの手を握ると、その手を引っ張られた。
まあ美人のお姉さんに手を引かれて抵抗するのもあれなので、されるがままに引っ張られると、メグミさんに抱きしめられた……。って、え!
「ちょっと、メグミさん! 何を……」
いやいやいやちょっと待って。
少し俺のほうが背が低いのでメグミさんの胸がちょうど俺の顔の位置にあってやばい。あ、ヒナミとは匂いも大きさもまた違った感じだな。大きさはヒナミよりも無いが、これはこれで。とか思っている場合じゃない。やばい。
「辛かっただろう……。お父さんと、お母さんのこと」
え、なんのことだ?
「もう二度とあんなことは起こさせない。君たちは、私が守る」
そう言ってより強く俺を抱きしめた。
その腕からは強さと優しさを感じ、ちらりと見えた瞳からは哀しみを感じた。
そうしてしばらくメグミさんは、俺を離してくれなかった。