俺、ツンデレ相手に詰んだんで
「残念だがこの家には寝室が二つしかない。じじいの部屋と我の部屋だ。しかしじじいの部屋は書物だらけでじじい一人寝るのが限界。ということで、我の部屋で寝てもらう。少々窮屈だが、勘弁願いたい」
「いきなり大勢で来たのはこちらですから、泊めてもらえるだけでありがたいです」
村長さんの家の二階には、一人で寝るには広すぎるが、四人だと少し手狭なくらいの部屋が一つあった。
「おい貴様」
「なんでございましょう?」
「ちょっとそこの壁の前に立て」
俺は言われるがままに入り口から見て一番奥の壁の前に立った。
リーリャは、俺から約一メートルのところにひもをのばして置いた。
「壁からこのひもまでが、この部屋で貴様が使える場所だ」
……ん?
「え、うそ……こんだけ?」
そりゃまあ女性三人と同じ部屋で寝るんだから、区切られるとは思ってたよ。いやいやでもさ。
「狭くないっすか?」
「嫌ならかまわない。まあほかに寝るところがあるかは知らないが。この時期外は蚊がひどいぞ? それにここなら最低限布団くらいは出してやるが?」
「うぃっす。もう十分な広さ、環境、空間でございます。ありがたく存じます」
「お、そうか? 無理強いはしないが?」
「全然問題ありませぬ」
「ちなみにトイレや食事以外でそこから出たら、大胸筋を一つもらう。その幅だと寝返りも打てそうにないなあ。はっはっは!」
「……だ、だ、だいじょびでう」
こここ怖い怖い怖い!
なんでこの人はことあるごとに俺の筋肉を切り取ろうとするかなあ。
「リーリャさん、さすがにちょっと……」
「ヒナミ殿。我をひどいと思ってもらって構わない。しかし我は、我らの貞操を守らんとするため、心を鬼にしているのだ」
「ソウマはそんな人では……」
「騙されてはいけない。村の女が皆言っていた。男はいつなんどき野獣になるかわからないから用心するように、と」
「でも……」
「いいよヒナミ。屋根があるだけ十分だ」
「そうですか?」
「ああ。だから気にするなよ。……はっ!」
その瞬間、俺の頭に降りてきた悪魔的発想……………………っ!! リーリャに反撃することができる必勝の策!
「まあそれにしてもリーリャは優しいよなー」
「……は⁉ 貴様何を言って!」
俺が発した一言に、リーリャはすぐに動揺した。予想通りだ。
「いやー優しいよ。あんな不埒な真似をした俺を同じ部屋に泊めてくれるんだから」
「貴様の頭はお花畑か⁉」
俺の策。
その名も『褒めて褒めて褒めちぎれ! 気になるあの子の照れ顔ゲット大作戦!』だっ! いつのバラエティー番組のコーナーだよ。
「さらに食事や布団まで用意してくれるとは、至れり尽くせりじゃないか」
「それは貴様がヒナミ殿の付き添いだから仕方なくだ!」
リーリャは俺の言葉に顔を赤くして反論してくる。
「それにトイレの時はここから出てもいいんでしょ? 筒でも渡してここで済ませって言わないところに優しさがちらりと見えるよね。優しさのチラリズムにグッとくるよね」
「ここは我の部屋だぞ⁉ ここでそんな……言えるか!」
「そういやさっき子どもたちを叱って家に帰らせていたよね。あれって子どもたちが心配だからでしょ? ああそれに親御さんたちも心配するからだよね?」
「い、いや、それは……あ、あいつらがあの時邪魔だったから!」
「ほらまたそう言う~。素直じゃないなあ、リーリャは。まあでも、表に出さない優しさっていうのもあるよね~」
「ぐっぬぬぬ……」
リーリャの顔は熟れたリンゴのように真っ赤だった。その長い耳も真っ赤になっていて、ぼくはとてもいいと思います。眼福眼福。
「リーリャは厳しい態度をとりながらも、内心ではみんなのことを想っている優しい性格なんだー。ねえ知ってる? 俺が元いた世界では君みたいな人のことをツンデ――」
「もう……いい加減にしろ、バカー!」
「んんごふっ!」
リーリャは突然俺の腹に腰の入った正拳突きを入れてきた。
「ごがはあっ!」
俺は真後ろの壁に叩きつけられ一気に空気を吐き出し、ばたりと倒れた。
「この、バカバカバカ! 一生そこで寝ておれ、バーカ!」
「げほっ、一生、ここにいさせてくれるなんて、やっぱりやさし――」
「口を開くなバカ!」
「ぎゃばっ! …………」
倒れている俺のあごをリーリャが思い切り蹴り上げ、俺の意識は一瞬で刈り取られた。
「なあなあ、おめえの親父■■■だってな!」
「ああ、俺も聞いたことあるぜ。やべえよな! ぷっくっくっ、こえー!」
……やめろ。
「なーに考えてんだろうな? おめえの親父は!」
……やめろって。
「ぷっ、ああこれ言っちゃっていいのかな? そんな旦那選んだおめえの母ちゃんも、相当イカれ――」
……ブチコロスゾ……クソガ。
「あ、なんだよいきなり立ち上がって。たてつく気か? もしかしておめえも■■■なんじゃねえのか?」
俺の頭の中に、コールタールのように真っ黒でどろどろの薄気味悪い何かが、湧き出してきた。
「んだよその目は? やろうってんならかかってがはっ⁉ ちょっと待てよいきなりごふっ! げほっ……や、やめろって、死ぬ、から……」
「おい何してんだ! やめろ!」
……ジャマスンナ。
「やめろって、そいつホントに死ぎゃっ⁉ げふっ……あっあああ!」
ハア……マタヤッチマッタ。
……キレチマッタ。
「……はっ! あれ、真っ暗? ってかあご痛っ!」
そのあごの痛みで俺は自分に何が起こったのか思い出した。
ねえもうほんとどういうこと? 俺、異世界に来てから出会った女性二人にそれぞれ一回ずつ気絶させられてるんだけど。暴力系ヒロインは最近の流行りじゃないってぼく聞いたことあるよ?
今までやられたのはヒナミとリーリャと……あれ? もう一回あったような?
たしかメグミン……痛痛痛! 頭が痛い! なんだ? 思い出そうとすると頭に痛みがっ⁉
はあっはあっ、ふう……なんとか落ち着いた。それにしても一体……ああ、考えるな! また痛みが戻ってきてしまう。
他のことを考えるのだ。他のことを……。
そのとき、俺の腹がぐうっと鳴いた。
ふむ、今何時? そうねだいたいね。わからないね。まあたぶん夜中だろうね。窓の外真っ暗だからね。
きっと俺が気絶している間に他の皆様は夕食も何もかも済ませ、ご就寝になったということでしょう。近くからいくつか寝息が聞こえる。
せめて何か食べるもの残ってないかな? このままじゃ寝れねえ。一階に何かあるかな?
そう思い俺は体を起こそうとした。しかし何かが俺の体に引っかかっている。
「ん、なんだ?」
それでも強引に体を起こそうとする。
「なんだ? 引っ張られてるのか?」
なんだか左腕が引っ張られている気がする。
ようやっと暗がりに慣れてきた目で、そちらをよく見てみる。
「んんん? ……ってリーリャ!」
「ううん……待て、どこへ……」
するとリーリャが俺の左腕にぎゅっと抱きついていた。
な、何だこの夢・シチュエーションは! バンダイか! いやそれはクリエイションだな。じ、じゃなくて、ど、どうしてリーリャが……はっ!
ひもは? ひもはどこだ⁉ 俺はまさかあの絶対境界線をホライゾンしてしまったのか⁉ まずい、俺の大胸筋がピンチだ! 切り取られる!
俺は必死にあのベルリンの壁並みに危険なひもを探した。
「あれ? でも俺の場合切り取ってもまた再生するのか? だったら……いやいやそれでもいやでしょ! ……あ、あった!」
そいつは壁と組んでしっかりと俺を囲んでくれていた。そうか、このひもは危ないものなんかじゃない。むしろ俺を守ってくれるミラーなフォースだったんだ。
でもそれならリーリャがひもを越えてこちらに来たことになる。おいちょっとどういうことだよ……はうあっ!
その瞬間、俺はあることに気が付き絶望の底に叩きつけられた。
これさあ、俺詰んだんじゃね?
どういうことか説明しようか。あんまりしたくはないんだけど。
まず今俺が強引にリーリャを引きはがしたとする。まあ当然リーリャは起きる。起きたらなぜか至近距離に俺がいる。……はい俺終わった。
では強引に引きはがさずに優しく起こしたとする。リーリャが目を覚ますとなぜか俺の腕に抱きついている。リーリャが顔を上げると俺の顔が近くにある。……はい俺THE・END。
じゃあ今無理に起こさずに朝まで起きるのを待てばいいんじゃね? では待ってみたとする。窓から朝日が射し込みリーリャだけでなくヒナミとメグミさんも起きる。みんなが目にするのは俺にリーリャが抱きついている場面。リーリャはそんな場面を見られて恥ずかしさに耐えられるだろうか。いや無理だろう。その矛先が向かうのは……俺無事死亡。
ああ終わった。もう嫌だ、もう嫌だ! どうしようどうしよう⁉
別に死ぬわけじゃないんだけど暴力とか嫌なのは嫌なの! っていうか暴力で済むの? まじで何されるんだろ? 怖すぎる⁉
『おい、なあおい聞いてるか、俺?』
すると脳内に悪魔みたいな恰好をした俺が出てきた。
「あ? なんだよ?」
『もうどん詰まりだろ? どうしようもないだろ? だったらよう、おいしい思いしちゃえよう』
「おいしい思い?」
『部屋を見回してみろ。同じ部屋に、寝ている美女が、三人もいるんだ。……俺が何を言いたいか、わかるよな?』
何を言いたいか……はあ⁉
「んな、馬鹿なことできるか⁉ なに言ってんだ!」
『そうですよ。いけませんよ』
今度は天使みたいな恰好をした俺が出てきた。よし、がんばれ!
『こんなDTが三人も同時に相手にできると思えますか? せめて一人にするべきだと思います』
「そういう問題じゃねえよ!」
『うーん、言われてみればそういう話じゃないかもしれませんよね』
「うんうん、そうそう」
よかった、わかってくれた。普通天使って止める側だよね。
『DTが寝ている女性相手に上手にできるとは思えませんね。どうしましょう?』
「そういう問題でもねえよ! 天使馬鹿じゃねえの⁉」
『いいんだよ、そういうのは。流れでどうにでもなるんだよ。ほら……やっちまえよ』
『まあそうですね。案外どうにでもなるかもしれませんね。やっちゃってください』
俺の脳内で天使と悪魔が肩を組んで俺を煽ってくる。
横を見ると、すやすや寝息を立てているリーリャがいる。
「はあ……はあ……!」
徐々に、徐々にリーリャの顔が、唇が近づいてくる。
「う……ん、おにい、ちゃん……」
「えっ……?」
そっとその唇が動くとともに、リーリャの閉じられた瞳から、一筋の涙がこぼれてきた。
その涙を見た瞬間、俺の理性がよみがえり、天使と悪魔をダブルラリアットでなぎ倒した。
なんてことだ。俺は涙を流している女の子を、無理やり襲うなんていうわけのわからないことをしてしまうところだった。
俺はそんなことしたくない。そんなことをしたら、人として、終わりだと思うから。
もう少しでそんな最低の行為をしてしまうところだった。危なかった。はじめては、てとりあしとりなかよくが、ぼくはいいとおもいます、まる。
「おにいちゃん……行かない、でっ!」
俺の腕にかかる力が、ぐっと強くなった。
リーリャの目からはまだ涙があふれている。
「行かないで……お願い……」
……俺にはきっと、この涙を止めることはできない。たぶん、リーリャにとって唯一無二の存在の誰かにしかできない。
俺にはできない。
でも俺は、流れ落ちる涙をぬぐってあげることはできる。
俺の腕から、温もりを、たとえそれが偽りの温もりだとしてもあげることができる。
これは、今ここにいる俺にしかできないことだ。
俺はリーリャの涙が止まるまで、その綺麗なほほをつたうものをぬぐっていた。
はあ……それにしても、腹減った。