俺、大胸筋取られるの嫌なんで
「あの、どういうことですか?」
「服を脱いで、体をすこし触らせてほしいということじゃが」
「嫌ですよ! いくら森精種だからってそれとこれとは……」
村長さん……まさかそのようなご趣味が⁉
「ん? ああ、いやいやそういう意味で脱げと言っているのではない。異世界から来たおぬしの体、調べるには直接触らないとわからないのじゃ」
「まあ、そういうことなら……」
俺の体のことについてはわからないことが多い。森精種に魔法の観点から見てもらうとわかることがあるかもしれない。
「じゃあ、お願いします」
「脱ぐのは上だけでよいぞ」
俺は服に手をかけ……。
「あの、女性の方々。こっち見られるとちょっと……」
ヒナミは目を手で覆っているがそれ絶対指の間から見えるだろって感じだし、メグミさんは目をそらしたり顔が赤くなったりしたりすることなく普通にこっち見てるし、リーリャは俺が服に手をかけた瞬間体ごと向こうを向いたがチラチラ横目で見てきて長い耳が少し赤くなっている。
やりづらっ……!
「はあ、もういいや。気にしない」
俺は来ていたシャツを一気に脱いだ。
「きゃっ……!」
「ほう……」
「ぁっ……!」
「ほほう。なかなかいい体をしておるのう」
ヒナミはかわいらしく小さな悲鳴を上げ、メグミさんは興味深そうに目を細め声を漏らし、リーリャは驚いたような声を上げ、村長さんは感心したようにそう言った。
「はあ、どうも」
「では、失礼するぞ」
そう言うと村長さんの手が淡く光り、俺の体に触れた。いやん、くすぐったい!
「ふむ、ほう……ぬっ、おぬし!」
「な、なんですか?」
「おぬしの体からは『星霊』が感じられん!」
「『星霊』?」
「じじい、それは本当か⁉」
すると後ろを向いていたはずのリーリャがこちらを見た。その表情は驚きに満ちていた。
「ああ。まったく、これっぽっちも感じんわい」
「あの……『星霊』って何ですか?」
「『星霊』というのはこの星におるすべての生き物がその身に宿しているものじゃ。命の源で、この星からわしらの体に流れ込んでいる」
「俺の体にはそれがないんですか?」
「そう、無いのじゃ。流れ込んできておらんということかのう。しかしそうなるとおぬしは生きていないことになってしまう」
「いや俺は生きてますよ」
「そう……なんじゃよなあ」
むむむっと村長はうなって考え込んでしまった。
「未知の体質……異世界から来たからかのう……」
「き、貴様……その、なんだ。あれだ」
するとリーリャが村長さんを押しのけ俺に近づいてきた。つかさっき自分から俺に二度と近寄るなとか言ってたような。
「ん? なに? ま、まさかやっぱり俺とお話がしたいのでは⁉」
「ち、違うわ! その……な」
リーリャのほほは少し赤らんでいて、自分の服の裾を指でいじりながら、上目遣いで俺の目を見て言った。
「その、我にも体を少し、触らせてほしい」
「触ってくれさあ触ってくれ俺の体がペラペラにすり減るまで思う存分触ってくれ!」
なんだよそういうことかよまったく早く言ってくれよなあ。突然の好感度の変化に少し戸惑うがいやいやそんなこと気にしていられないっしょ。
「いいのか?」
「いいに決まっているいやむしろこちらからお願いする!」
「そ、そうか! では……」
ぱっと笑顔を浮かべると、リーリャは俺の腹から下腹部にかけてを指でなぞるように触ってきた。って、な、何と大胆な子だ! ま、まだ午前中ですよ⁉ ヒナミとかメグミさんが見てるから! そ、そいうことにゃらば場所を変えませんか⁉
「な、な、なんという腹直筋だ!」
「ん?」
「ただむやみに鍛えているのではない。バランスもしっかりと考えられた腹直筋だ!」
「あの、リーリャさん?」
今度は手のひらで俺の胸を押してくる。
「それにいい大胸筋をしている。切り取って枕にしたいほどだ」
「こわっ!」
さらに俺の腕をぐっぐっと握ってくる。
「ん……ほほうわかっているな貴様。この腕の筋肉……上腕二頭筋だけでなく、つい忘れられがちな三頭筋までしっかり鍛え上げてある。おい、後ろを向け」
「は、はい……」
俺は言われるがままに後ろを向いた。
「ほほうやはり予想通り、いやそれ以上だ。服の上からでも何となくわかっていたが僧帽筋がやけによく鍛えられている! おい」
「あ、俺?」
おいだけじゃわかんねえよ。
「貴様しかいまい。貴様、どうして僧帽筋をこんなに鍛えたのだ?」
「ああ、えっと受け身をとる時に僧帽筋が鍛えられていないと頭を持ちあげられなくて、頭を打ってしまうから」
「そうかそうかなるほどなあ。受け身のためか。見た目だけでなく実用性も十分に素晴らしい。やはり筋肉はいいものだなあ」
「なあ、ヒナミ。どういうことだ?」
俺はいまだ顔を手で覆ったままのヒナミに聞いた。
「えっと、リーリャさんは筋肉が大好きなんです。きっとソウマのその体を見て気に入ったんじゃないかと」
「おい貴様!」
「は、はい!」
「下も脱げ」
「は、はい?」
「聞こえなかったのか。下も脱いで我に大腿四頭筋を見せるのだ! それと、下腿三頭筋がきちんと鍛えられているかどうかも確認してやる」
そう言うとリーリャは無理やり俺のズボンを脱がそうとしてきた。
「いやーやめてー! そういうのはもうちょっとお互いのことを知ってからがいいって俺は思うな!」
「何をわけのわからないことをっ! こらっ抵抗するな!」
「きゃああああ!」
結局俺はこのあと昼休憩をはさんで六時間ほど、リーリャに全身の筋肉を触られまくった。
……もう、お嫁にいけない。うっ……ぐすっ。
「いつもありがとう。ヒナミちゃん」
「いえいえ、お大事になさってください」
俺がヒナミのいる家に入るのと入れ違いに、森精種の女性が出て行った。
「お疲れ、ヒナミ」
俺は、椅子に座って書類を片づけているヒナミに声をかけた。
「あ、ソウマ。お疲れ様です」
「今日はもう終わり?」
「ええ。まだ診ていない人はまた明日です」
ヒナミは俺がリーリャに弄られている間、ガラ村の家を一つ借りて村の方々の健康診断をしていた。
「リーリャさんはもういいんですか?」
「ああ。やっと満足したようだ……」
「でも仲良くなってよかったです」
「いや、残念だが仲良くなってはいない」
ヒナミが不思議そうに首を傾げた。
「リーリャは俺の筋肉が好きなだけで俺自身の評価は上がっていないんだ」
流れで仲良くなるやつかと思ったが、『我は貴様の筋肉に興味があるだけで貴様自身には興味ない。いやむしろ筋肉だけ残して死ね、下郎が』って言われた。軽く傷ついた。トイレの個室で五分くらい泣いた。
「なあヒナミ。森精種の人って温厚って言ってなかったっけ?」
「ええ、言いましたね」
「リーリャさん俺に厳しすぎるんだけど……」
「……リーリャさんはちょっと事情があるので」
「事情?」
「ええ。リーリャさんは――」
「ああいや、言わなくていい」
ヒナミの言葉を俺は強引に遮った。
「え……?」
「リーリャの事情をヒナミから聞くのはちょっと違う気がする。いつか本人が言ってもいいと思ったら、本人から聞くよ」
「そうですか。たしかに他人が人の事情をしゃべるのはあまりよくないですね」
「そういうことだ。ところでメグミさんは?」
「村の小さい子たちの遊び相手をしていると思います。その間、村の大人たちは自分たちの仕事ができるので」
「言葉はどうしてるんだ?」
メグミさんはリェース語がさっぱりのはずだが。
「『言葉は通じなくとも心で会話する。それに働かないのにこの村に世話になるわけにはいかない』と言っていました。ですからまあ、大丈夫だと思うんですけど……」
変なとこ真面目だな、あの人。
するとどこかから子どもたちの笑い声が聞こえてきた。
「きゃーにげろー!」
「あははっ! おねえさんこっちだよー」
「ま~て~たべちゃうぞ~!」
家の窓からのぞくと五人の子どもを、がおーとか言いながら追いかけるメグミさんの姿が見えた。
……まあ、ちゃんと相手できてるとは思われる。センスとかは置いといてな。
「本当は、この世界のどの国でも、ああやって遊ぶ光景が見られるのが理想だよな」
「ええ。きっと来ますよ。そんな時代が」
小さい頃から種族の壁を感じると、大人になってもそれを引きずってしまう。でも逆に、小さい頃から他種族との交流があれば、壁を感じなくなるかもしれない。
「夢……なんでしょ?」
ヒナミは立っている俺の顔を下から覗き込むようにして言った。
「この窓の光景を世界中に広げて、みんなと平和に暮らすことが、あなたの夢、ですよね?」
「ああそうだ」
「きっと、叶えましょうね」
「ああ」
「おーい二人とも、なんの話だい?」
家のドアを開けながらメグミさんがそう言った。
「いいえ大した話じゃ。つーかなんですかその恰好?」
メグミさんは一人を肩車し、両腕両足にそれぞれ一人ずつコアラのように子どもをくっつけて家に入ってきた。
「もう遅いから家に帰りなさいと身振りで伝えるのだが、首を振ってしがみついてくるんだ。それはもうかわいいのだが、さすがに親御さんが心配するだろう。ヒナミちゃんから言ってやってくれないか?」
たしかにもうそろそろ暗くなってくる頃合いだ。
「みなさん。今日はもうおうちに帰りましょうか」
「えーもっと遊ぶー」
「わたしたちはしばらくここにいますから、また明日遊びましょうね」
「えー」
子どもたちは不満の声を上げて、なかなか帰ろうとしない。
「おい、小僧ども。早く帰れ」
すると家の入り口からリーリャが顔を出した。
「あ、リー姉だ!」
「みんな、はやくかえらないとまたリー姉におこられる!」
「じゃあまたあしたねー!」
リーリャが来た途端に子どもたちは帰っていった。
「やはり子どもでも五人は少し重たいな」
メグミさんは肩に手を当てほぐすようにまわしながらふうっと一息ついた。
「ふん、まったく。またとはなんだ。まるで我がいつも怒っているような言い方を……」
リーリャはなんだか不満そうに口を尖らせた。
「リーリャさん、どうしてここに?」
「ヒナミ殿を呼びに来たのだ。じじいの家に泊まれるように用意しておいたのでそちらにうつってほしい。いつもどおりこの家は診療所としてこのままにしておいてくれればいい」
「わかりました。いつもありがとうございます」
「いや、こちらこそいつも助かっている。おい貴様」
「ん? あ、俺か」
「特別に貴様もじじいの家に泊まることを許可する。感謝しろ」
「はあ、どうもありがとうございます」
とりあえず礼を言う俺は人間ができてるなあと思いました。
「貴女も、一緒に泊まってもらっていい」
リーリャはメグミさんにも声をかけた。
ヒナミが間で通訳をする。
「そうか。ありがとう」
「いえ。あと、先ほどは失礼なことを……」
「気にしなくていいさ。まあできれば私のことは王国軍の人間としてではなく、対等な人として見てほしい」
「ああ。わかった。メグミ殿」
「あれ、俺と扱い違くない? 違くなーい?」
「黙れ下郎。会って早々、我に不埒な真似をしておいてよくもまあそんな口がきけるものだ。……馬小屋で寝るか?」
「不満など何一つありませぬ」
「では、行きましょうか」
ヒナミが若干苦笑いでそう言った。まるで、ご愁傷さまとでも言うような苦笑い。
ああヒナミ、わかってくれるのはお前だけか……。