俺、森精種にやっと会えるんで
「まず先に村長さんにあいさつに行きましょう。村長さんのお宅は村の真ん中にあります。こっちです」
ヒナミの後ろを俺とメグミさんがついていく。
「村長さんは魔法のことについてとても詳しいんです。魔法の専門家みたいな感じですね」
「へえ、そりゃ頼も――」
すると俺のほほを、ひいふっと何かがかすめていった。ってなに! 危ない!
俺が恐る恐る後ろを振り返ると、地面に斜めに突き刺さっている矢が見えた。
「や、や、矢ー⁉」
矢ー矢矢ー矢ー矢矢矢ー♪ などと今から一緒に殴りに行こうとしている場合ではない。え何タイムスリップしたの? 群雄割拠の時代に? ここには引き出しもドラム式洗濯機も電子レンジもないのに! それとも弓道部の練習場にワープしたのか! 俺は弓道部を舞台にした青春グラフィティに巻き込まれるのか!
「はわわぁぁ……」
「ソウマ! けがはない? 落ち着いて」
「いったいこれはどういうことだ!」
「そこの二人! 何者だ!」
芯のまっすぐ通った凛々しい声とともに、俺たちの正面の木の上から一人の女性の森精種が下りてきた。
年齢は俺と同じくらいの十代後半に見える。
まぶしいほどの金の髪はポニーテールのように結ばれている。そしてその金の輝きを際立たせるような美しい白色の肌。強い意志が感じられる切れ長の目とエメラルドのような瞳。さらに何より特徴的なのは頭の左右から伸びる森精種特有の長い耳。
その森精種は弓矢を構えたまま俺たちに近づいてきた。
「ヒナミ殿。そいつらは何者だ。アーデル王国の間者のものか?」
「ち、違います、リーリャさん! 二人はわたしが連れてきたんです!」
「……ヒナミ殿。まさか我らを裏切ったのか!」
「ど、どうしてそうなるんですか? 違いますよ!」
「ヒナミ殿は、他の人間を連れてくるなど何を考えて――」
「ひゃっはー本物だー! 本物の森精種様だー!」
二人が何か言い合っているがそんなこと気にしている場合ではない。だって目の前に森精種がいるんだぜ⁉ 落ち着いていられるか!
「うわっほほーい! はじめまして! ぼぼぼ僕はソウマっていうものなんです」
「な、なんだ貴様! 離れろ離れろ近寄るな! このっ下郎、手を握るな!」
「何を言うんです。親愛の握手ですよー」
「くそっなんて力だ!」
「あああ貴女はリーリャさんとおっしゃるんですか? いやーいいお名前ですねー! あ、そうだ。そのへんでゆっくりお茶でも――」
「いいかげんにしなさいソウマ!」
「んごほっ!」
後頭部に衝撃を受け、俺は前のめりに倒れた。
「ごめんなさいリーリャさん。この人ちょっと変わってて」
「はあっはあっ。この無礼者がっ!」
「はっ! 俺は一体何を⁉」
「ほっほっほ。若いのは元気がよいの~。リーリャよ。この方々はわしのお客じゃ。手荒な真似はするでないぞ」
「あ、村長さん……」
すると近くの家から腰の曲がったお年寄りの男性の森精種が出てきた。
肌は浅黒く、髪は雪のように真っ白で、顔には深いしわがいくつも刻まれていた。
「うちのものがすまないの。どれ、三人とも上がってきなさい。ゆっくり話がしたい。リーリャも来るかの?」
「……はい」
リーリャは俺たちをにらんだまま、しぶしぶといったていでそう言った。
「ほっほっほ」
そう言って村長さんが家に入っていったので、俺たちも後に続いて入った。
「狭くて申し訳ないがの。楽にしてくれてかまわんよ」
通された部屋の中には机も椅子もなく、タンスが一つに弓矢がいくつか壁に立てかけられているだけだった。
「殺風景に見えるかの?」
「え、あ、はい」
部屋の中を見回していた俺を見て村長はそう言った。
「前はもっといろいろあったよ。だがまあ、人間にいろいろ持っていかれたわい」
「あ、すいません」
「気にすることはないぞ。ほっほっほ」
そう言うと村長さんが床に直に座り、その横にリーリャ、順にヒナミ、メグミさん、俺が座り、ちょうど円になるような形になった。
「では改めて。よく来てくれたの、ヒナミ」
「いえいえ。わたしこそ最近来ることができなくて」
「気にするな。来てくれるだけでこちらはありがたい。さて、まずは詫びなければならないの。うちのやんちゃ娘が失礼なことを」
「誰がやんちゃ娘だじじい」
「口が悪いの。これでは嫁の貰い手がないのもうなずける」
「うるさいわ!」
リーリャは村長さんをにらんで言った。
「こちらこそいきなり失礼な真似をしてすみません。ほらソウマも謝って」
「う、その、舞い上がってしまって失礼なことをしてしまい申し訳ないです」
ヒナミに促される形で俺は頭を下げた。
「我に二度と近寄るな!」
「これ! お客人に向かって。まったく困ったもんじゃわい。この子はリーリャ。ほれリーリャ、あいさつ」
「ふん、我が名はリーリャ。リーリャ・クラッシーヴィだ。覚えておくがよい」
不機嫌そうにリーリャは言った。
「わしは、このガラ村の村長、ヴィーゾフ・クラッシーヴィじゃ。よろしくの」
「ん? クラッシーヴィ?」
「リーリャさんは村長さんのお孫さんなんです」
「へえ。そうなのか」
「おぬしの名前は?」
「あ、はい。えっと、ん? ヒナミ、俺どっちの名前言えばいいんだ?」
「もう村長さんにはソウマのことはある程度話してありますから、本当の名前でいいです」
「ああそうか。俺は内東ソウマです」
「ソウマ君か。おぬしには少し聞きたいことがあるのじゃが、まあ後でよかろう。ではそちらの女性は?」
「…………」
メグミさんはなぜか無反応だった。自分のこと言われたって気が付いてないのかな?
「メグミさん、どうしたんですか?」
「む、どうしたとは何だ、ソウマ君?」
「何だじゃないですよ。メグミさん、名前聞かれてますよ」
「え、そうだったのか」
メグミさんは心底驚いているようだった。
「あ、もしかしてメグミさん」
するとヒナミがはっと声を上げた。
「リェース語、まったくわからないですか?」
ヒナミがそう聞くと、メグミさんはしゅんとして下を向いた。
「……ああ、まったく、全然わからない。もう村に入ってから森精種の二人の言葉どころか、君たちの言葉も何を言っているのかわからなかった。君たち言語をナチュラルに切り替えすぎだ」
メグミさんの目をよく見ると、少し潤んでいた。
あ、今まで会話から置いてけぼりにされてたんだ。しかも言い出せる雰囲気じゃないし、誰も気づいてくれないしで散々だったんだ。
ん? おいこらだれだ! 駄メグミンとか言ったやつは! たしかにちょっと今までいいとこ無しだがきっとこの先活躍するんだ! たぶん……そのうち……いつか。
「ご、ごめんなさいメグミさん! 今からはわたしが通訳しますから!」
「うん……ぐすっ、ありがと……ヒナミちゃん」
「えっと、こちらは城之崎メグミさんです。王国軍の方ですが、わたしの面倒を見てくれているんです」
「ぐす、すん……はじめまして。よろしくお願いします」
メグミさんが若干涙目のままあいさつすると、リーリャが不満そうに鼻を鳴らした。
「ふん、王国軍の人間がヒナミ殿の面倒を? 罪滅ぼしのつもりか?」
「メ、メグミさんは軍とかそういうのは関係なしでわたしのことを大事にしてくれているんです! リーリャさん、そういうことは言わないでください」
するとヒナミがメグミさんに通訳することもなく、即座にそう言った。
リーリャはそんなヒナミを見て申し訳なさそうな顔をした。
「ああ、その、すまないヒナミ殿。ヒナミ殿が不快に思うことは言うつもりではなかったのだ」
「なあ、ソウマ君」
「なんです、メグミさん?」
「ヒナミちゃんが言ったそばから通訳してくれないんだが……」
「ああ、わかりました」
要は俺に代わりに今の会話を訳せということだ。
俺はメグミさんに今の内容を伝えた。
するとメグミさんは眉間にしわを寄せ、手をぎゅっと握りしめた。
……まああんな言い方されたら腹立つわな。
でもこれとよく似た表情見たことあるような。いつだっけ?
「ほっほっほ。よろしくの、二人とも」
思い出そうとしていたら、村長さんの言葉にさえぎられた。
「さてヒナミよ。今日はどうして一人ではなく、このお二人を連れてきたのかな?」
「はい。先ほど少しお話ししましたが、ソウマのことについて」
「たしか、異世界から来たと言っておったの」
「何、異世界だと?」
リーリャが俺に訝しげな目を向けてきた。
「はい、そうなんです。信じられないかもしれませんが、ある日ソウマがわたしの部屋に突然やってきたんです」
「ほほう」
村長さんは興味深そうに相づちを打った。
「それで今日来た一つの理由は、ソウマのことについて何かわからないかと……」
「なるほどのう。ちょっと、ソウマ君」
「はい?」
「ちょっとこっち来てくれるかの?」
「ええ」
俺は村長さんの近くに座った。
「すまんが、服を脱いでくれるかの?」
「……え?」
おっといつからそういう流れになった?