俺、幼女との別れとか号泣するんで
「すまないねえ。こんなことまで」
「いえいえ。一宿一飯の恩義ってやつですよ」
「おにいちゃんすごーい! ちからもちだー!」
翌日俺たちは羽見家の手伝いをしていた。
屋根の修繕や雨樋の掃除なんかの高所作業に、畑仕事などの力が要る仕事。
これらはお年寄りの方には難しい仕事だ。
「ここに置けばいいですか?」
「一つはそこじゃ。もう一つはむこうに持って行ってくれるかい」
「わかりました」
俺は今、畑に使う土を倉庫から畑に運んでいた。
一袋にだいたい五十キロほどあり、俺は一度に二つ運ぶので精いっぱいだった。
「本当に助かるよ。普段は少し離れた村の男衆に頼みに行くんじゃが」
「へえ。まあ確かにこれは少し重たいですね」
「少し……かのう?」
「ん? なんか俺変なこと言いましたか?」
「いんやなんも。それよりもそろそろいい時間じゃ。仕舞いにしてくれてかまわんよ」
「そうですか。わかりました」
「あとは自分の身支度をして、出発に備えるんじゃな」
「…………」
スミさんの隣でその言葉を聞いたユイは、悲しげに下を向いてしまった。
「みなさーん、少し早いですけど夕食の用意をしますね」
するとヒナミが家の窓から顔を出してそう言った。
「ありがとのう。ヒナミちゃん」
今日は夜の七時にこの村を出る。だから早めに夕食をとるのだ。
昨日と今日の二日間。予定外の滞在だったが、悪いものではなかった。
ただ一つ気になるのは、この村を救った謎の男のこと。
思い出すと何となく腹が立つと同時に、一人で複数の亜人種と戦ったということに親近感も覚えてしまう。
もしもこの先会うことがあったら一発殴ろう。殴った後、ユイのもとに連れてこよう。
そう心に決めて羽見家に戻った。
「お世話になりました。スミさん、みなさん」
「いんやあたしらが引き留めたようなもんじゃわい。こっちこそありがとうのう。また来んしゃい。待っとるからね」
「そうだよ。いつでも待ってるからね」
「今度来るときはヒナミちゃんの子供が見られるんかいのう」
「あんた、そりゃ気が早すぎるわい」
俺たちが村を出発するとき、スミさんを含め村の人が大勢見送りに来てくれた。出発する俺たちに、というかヒナミに口々に声をかけていた。
「ユイちゃんも、また会いましょうね」
「……うっ、うう、おねえちゃん……」
ユイはヒナミの足にしがみついて泣いていた。
そりゃそうだ。小さい子供にとって別れとは、その人と永遠に会えないのではないかと思わせることだ。
「ユイちゃん。わたし、また絶対に帰ってきますから。だから、いい子で待っていてくださいね」
ヒナミも上ずったような声で言った。
「うん……うん……ばいばい、おねえちゃん」
ユイは鼻をすすりながら、それでも気丈に別れの言葉を言った。
「ふぐっ……ふっ、うううう……」
ちなみにメグミさんは俺たちのいる方とは反対の方に早々に体を向けて、自分の顔が見られないようにしていた。
でも口元押さえてるし、嗚咽聞こえるしでバレバレっすよ。なんならこの場にいる誰よりも泣いているレベル。
メグミさんに直接別れを告げさせるのはあまりに酷だろうと思い、俺が代わりにあいさつしておいた。
「スミさん、ありがとうございました。ユイちゃん、俺もあっちのお姉さんもきっとまた会いに来るから」
「うんっ……わかった。またね……おにいちゃん、おねえさん」
「うん、いい子だっ……。ふぐうっ……おぐっ、んんんっ……」
あ、だめだ。俺やっぱこういうの無理だわ。
俺も目と鼻から盛大に液体を流し、村の外に体を向けた。脱水症状になるレベルで水が失われていってる。
「もう……いごうか。ビナミぢゃん……」
「そうですね。もう行きましょう。あとメグミさん。顔拭いてください」
ヒナミはメグミさんにタオルを差し出して言った。
「では、みなさん。さようなら」
「さようなら。ヒナミちゃん!」
「おねえちゃん、またね!」
俺たちは別れを惜しみつつ、地下道の入り口に向かった。
ボッカ村から歩くことおおよそ三時間。
俺たちは打ち捨てられた小屋の中にいた。
ヒナミはまっすぐ地下道の入り口に向かうつもりだったようだが、それをメグミさんが止めて、目に留まったここに入った。
「どうしてここに?」
俺はメグミさんにそう聞いた。
「リェース皇国との国境を監視する監視員の交代時間が、十一時半から十二時の間にある。そのとき監視はどうしても手薄になる。その時に国境に近寄ろうと思ってね。私たちには一度のミスも許されない。可能な限りリスクは下げよう」
「なるほど。了解です」
俺たちはそこでしばし身を潜め、十一時ごろに小屋を出た。
道なき道を進むことおよそ三十分。
「ここです。ここが地下道への入り口です」
「ん? どこ?」
ヒナミが指さす先は草むらしかない。
「ここですよ」
そう言ってヒナミが草を分ける。
するとそこにペンキか何かで緑色に塗られた木のふたのようなものが見えた。
ヒナミがそれを持ち上げると、その下に人が一人下りられそうな穴があった。
「ここから入るんです。では行きましょうか」
いよいよ俺たちはアーデル王国の国外に出、リェース皇国に向かった。
というのがまあ、今、地下道から出てきた今までにあったこと。
「メグミさん、もう大丈夫ですか? ずっと先頭を進んでもらって疲れたんですよね。ごめんなさい」
ヒナミは、とある理由で魂が抜けていたメグミさんの手を握って話しかけていた。
「いいよいいんだよヒナミちゃん。ヒナミちゃんの手が触れただけでここまで来た意味があるってもんだよ。でもまだちょっと大丈夫じゃないかなー。もうちょっとこのままでいてほしいかなー」
「わかりました。これでメグミさんが元気になってくれるなら」
「ほっほ~。ユイちゃんの手も小さくてかわいらしくて気持ちよかったが、ヒナミちゃんの手はもっちもちで私の手に吸い付いてくるようだ~」
なんかやばいこと言ってる気がするけど気にしない。気にしたくない。
「よっし充電完了だ! ありがとうヒナミちゃん」
「いえいえ。では二人とも、行きましょうか」
「そうだな」
ここから森精種の住む村、ガラ村まではヒナミが先頭に立って進むことになる。俺とメグミさんでは道がわからないからだ。
「ここからだいたい二、三時間くらいで着くと思います」
「じゃあ村に着くのはだいたい六時くらいになるのか」
「そうですね」
それから俺たちは適当な会話をしながら村を目指した。
しばらく歩くと周囲の木はまばらになってきた。
「この辺りは戦争で森が焼かれて、当時は焼け野原だったんです」
「ああ、そうなのか」
今は草原のこの場所も、昔は大森林が広がっていたのだろうか。
「あ、そうだソウマ君」
二時間ほど歩いただろうか。そのとき足を止めずにメグミさんが顔だけこちらに向けて、俺に呼びかけた。
「なんですか?」
「君は、元の世界に帰りたいとは思わないのかい?」
「あ……」
ヒナミも後ろを振り返り俺の方を見てきた。
「元の、世界ですか。そういや考えたことなかったですね」
「む、そうなのか?」
「ええ。だって未練なんかありませんし、亜人種がいるこの世界から出て行くとかちょっと意味わかんないんで」
「ふっ……そうか。それならいいんだ」
メグミさんは安心したように息を吐いた。
ヒナミもなんだか安心したように目を閉じ、再び前を向いた。
「私はね、君が無理をしていないかと心配になっていたんだ」
「そんな心配無用ですよ。俺は十分この世界のことが気に入ってますし」
そうさ。俺はこの世界が好きだ。だから平和にしたいんだ。
ただここで俺は一つ、嘘をついた。
未練が一つもない、というわけではない。
母さんの、お墓のこと。
訪れる人は、掃除してくれる人はいないかもしれない。
そのことが少し、心残りだった。
「着きました。この先がガラ村です」
ヒナミが指さす先は、俺が思い描いていた理想の森精種の村だった。
そこには木々に囲まれた円形の広場があった。
その外周の地面に木造の家が建てられているだけでなく、それらを囲む木のまたにも家が作られていた。
朝日が射し込むその村は、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「ソウマとメグミさんはここで待っていてください」
「何でだよヒナミ。ここまで来て森精種に会えないとなったら俺は泣くぞ。十七の男が、人目もはばからず泣きじゃくるぞ」
「なんですか。その悲しい脅迫は。違いますよ」
「じゃあ何で待つんだよ」
「ソウマ君。考えてもみなさい。私たちは村の方からすれば知らない人間だ。ヒナミちゃんの紹介がなければ、村に入ったところでおびえさせるか、下手をすれば攻撃されるかもしれない。いわば私たちは、招かれざる客なのだよ。ヒナミちゃんと違ってね」
「ですから今わたしが村長さんと話をしてきます」
「わかった。じゃあここで待ってるから」
「大丈夫です。きっと歓迎されますよ。みなさんいい人たちですから」
そう言ってヒナミは村の中に入っていった。
それから待つこと十分ほど。
俺とメグミさんが交互に『ユイのかわいいところベストテン』を発表していると、ヒナミが戻ってきた。
「お待たせしました」
「お疲れヒナミちゃん。ではソウマ君。残りの上位三つはまた近いうちに」
「そうですね。楽しみにしていますよ。それでヒナミ、どうだった」
「大丈夫です。入ってもいいそうです。ですが二人のことを説明するときは、本当のことを言いました」
「本当のことというと……」
「ソウマが異世界の人だということと、メグミさんが王国軍の人であることです」
「そうか。それでも入っていいって言うんだから寛大な人たちだな」
「そうだな。私はてっきり歓迎されないと思っていた。なにせ王国軍の人間だからな」
「村長さんは、人は肩書きで判断できるほど単純ではないというようなことを仰っていました。ですから王国軍でも関係ないのです。では、行きましょうか」
俺たちは荷物を背負い直し、ガラ村に入っていった。
いよいよ亜人種に、森精種に会える!