俺、ロリコンじゃないんで
「そういえばまだ、私たちの名前を言っていませんでしたね。私は、城之崎メグミといいます」
「あ、俺は、依上ソウマです」
「メグミさんにソウマ君かい。二人ともいい名じゃ」
俺とメグミさんは、スミさんに家まで案内してもらっていた。
「メグミさんはヒナミちゃんとはお友だちかい?」
「ええ。大学の同じ学部で、そこで知り合いました」
「そうかいそうかい」
あ、今この人たぶんサバ読んだ。なんの意味があんだよ……。
「ソウマ君はヒナミちゃんの弟だってのう。驚いたわあ。お父さんとお母さんは元気かい?」
「え、ええ。まあ」
「そうかい。そりゃあなによりじゃ」
「ちょっと、メグミさん」
俺はスミさんに聞かれないように小声でメグミさんに話しかけた。
「なんだい?」
メグミさんも小声で返してくる。
「この村の人たちはヒナミの両親のこと、知らないんですか?」
今も、そしてさっきもこの村の人たちは、ヒナミの両親は生きていてどこかに引っ越したと思っているようだった。
「ああ。本当のことを伝えるわけにはいかないからね。この村の人たちには、依上家は引っ越したと伝えてある。住所は言ってないがね」
「あ、それじゃあ、お墓も……」
「ああ。お二人のお墓は、無い」
お墓も、建ててあげられないのか。そんなに悪いことなのか、戦時中に敵国の人を助けることは……。
ヒナミは両親に、手を合わせることもできないのか……。
「そうだったんですか……」
……ん、あれ? ちょっと問題があるんじゃね?
「あのメグミさん。それって大戦中の話ですよね」
「そうだが?」
「俺が引っ越してからできた弟だとしたら、俺十歳くらいってことになっちゃうんですけど」
「……あ!」
おいおいまずいぞ。ちょっと考えたらすぐわかるバレバレの嘘だったじゃねえか、弟設定は。
「あ、あの。スミさん」
「ん、どうしたんじゃい?」
このままではちょっともやもやする。ばれているのにそのままにされているだけっていうのは、あまりよろしくない。どちらかはっきりさせておこう。
「あ、あの、今まで一人で来ていたヒナミが急に連れてきた俺たちのこと、不審に思ったりしないんですか?」
「ちょいと不思議には思ったが、不審に思ったりなどせんよ。なんせあの子の知り合いじゃ。悪い人ではなかろうよ」
「そうでしたか」
「ああ。それに、人にはみんな事情があるからのう。ちょいとつじつまが合わんでも、わしらは気にせんよ」
あ、やっぱばれてた。
「その、すいません」
「何を謝ることがあるんじゃ。ソウマ君はヒナミちゃんの弟じゃ」
「……ありがとうございます」
「メグミさんもヒナミちゃんの大学のお友だち、じゃな」
「うぐっ……」
こっちもばれてたのか……。
まあ、とりあえずこの村では俺はヒナミの弟だ。ついでにメグミさんは大学生だ。いったい何浪したんでしょうか?
「えっと、それじゃあヒナミが今日どうしてこの村に来たか知っていますか?」
俺たちは本当の目的を知っているが、この村の人たちはどうしてヒナミがこの村に来たと思っているのだろうか?
「いんや、知らんよ。それにそんなことは別に気にならんしのう」
「え、そうなんですか?」
「あの子が来てくれる。顔を見せに来てくれる。それだけでわしらは満足じゃ」
あの歓迎ぶりは、そのためか。
「この村には見てのとおり年寄りしかおらん。若いのはみんな都市部に行ってしまうからのう。じゃからかのう、小さい時からヒナミちゃんはみんなの孫みたいな存在なんじゃ。おっと、そうなるとソウマ君もかのう」
「あ、なんかその、どうも」
「孫といえばユイちゃんは、いいお孫さんですね」
メグミさんがそう言うと、スミさんは嬉しそうに笑った。
「そう言ってもらえると嬉しいわい。ありがとう。でもユイちゃんは、あたしの孫ではないんじゃ」
「え、でも羽見って?」
「あたしが引きとったんじゃよ。ほれ、ここがあたしの家じゃ。その話はまたあとにしようかね」
そう言ってスミさんは家に入っていったので、俺たちも後に続いて入っていった。
そこは二階建ての木造一軒家で、周りには少々広めの畑があった。
「おじゃまします」
「おじゃまします。でも、本当にいいんですか? 私たち三人も一晩泊めてもらうなんて」
「若いのが遠慮するでないよ。それにユイちゃんが喜ぶしの」
すると、とてとてと廊下の奥からユイが出てきた。
「おにいちゃん、おねえさん! いらっしゃい! おばあちゃん、おかえりなさい!」
「あ、スミさんごめんなさい。お台所使わせてもらってます」
ユイの後ろにはエプロンをつけたヒナミが立っていた。
「いいんじゃよ。ヒナミちゃんの料理はおいしいからのう」
「もうすぐできますから」
「そうかい。それじゃユイちゃん、二人を台所に案内してあげてくれるかい?」
「うん、わかった。おにいちゃん、おねえさんこっちだよ」
そう言うとユイは俺とメグミさんの手をつかんで引っ張ったので、中腰になって歩いて行った。
「おっとっと」
「はあ……手ちっちゃいしすべすべ……かわいい……」
メグミさんは小声でなんか言ってたが、ユイは気づかずに俺たちを引っ張って台所に連れて行ってくれた。
「ここだよ。座って座って!」
そこには流しと、部屋の中央に大きめのテーブルが一つと、椅子が五脚あった。
「昔は夫と子どもがいてねえ、家具は全部そのまま。椅子が足りてよかったよ」
スミさんは安心したように言った。
「出来上がったので、みなさん座ってください」
「ユイなにかおてつだいしたい!」
ヒナミの足元でユイが飛び跳ねていた。
「そう? じゃあテーブルの上を拭いてもらえますか?」
「わかった!」
ユイはそう元気よく返事をして、布巾を持ちテーブルに向かった。
しかし。
「むー」
ユイの身長ではテーブルの端は拭けるのだが、テーブルの中央付近は布巾で拭けないのだ。
……あの、言っとくけどシャレとかじゃないよ? 『付近』と『布巾』とかそ、そんなくだらないこと、か、か、考えるとか、あ、あり、ありえねえし。
ユイは不満げにうなると、テーブルを見上げたまま止まってしまった。
まあ、仕方ないよな。物理的に届かないんだから。
手伝ってやるかと思い、ユイを抱えて届くようにしてやろうとすると、肩をがっと掴まれた。
「ソウマ君。それはいけない」
振り返ると、メグミさんが真剣な表情で俺にそう言った。
いけないって……ご、誤解だ! 俺は別に手伝うことを口実にユイの体を触ろうとしたわけじゃない! 勘違いもはなはだしいわ! どっかの偉い人が言ってたの覚えてるぞ。『イエス変態、ノータッチ』って。何猫だよ。
「どういうことですか?」
俺が聞くとメグミさんは肩から手を離した。
「テーブルを拭く仕事は、ユイちゃんがヒナミちゃんに頼まれた仕事だ。私たちはそれに横から手を出してはいけない。それはあの子に対して失礼だ。私たちができるのは、危ないことがないように見ていることだけだよ。ほら、見てみなさい」
「うんしょ……」
ユイは椅子を持ってきて、布巾を手にその上に上った。そして。
「おねえちゃん! テーブルふけたよ!」
「ありがとう、ユイちゃん」
「えへへっ」
ユイは椅子に乗ることで足りない身長をカバーし、テーブルを隅から隅まで拭くことができた。
「メグミさん、なんでちょっと涙目なんですか?」
「う、うるさい。というか、君もじゃないか」
俺とメグミさんは、ユイの成長物語に感動してちょっとうるっとなっていた。
「あんたらはちと阿呆なのかもしれんのう」
横でスミさんが俺たちを見て呆れたようにそう言っていた。
とりあえず今わかったこと。
俺とメグミさんは最近のアニメとかラノベのヒロインよりもちょろい。なんならアバンで攻略される。ただし幼女に。