俺、メグミさんの真名を知るんで
「おかえりなさい、ソウマ、メグミさん」
「ただいま、ヒナミ」
「ただいま、ヒナミちゃん」
「いやただいまじゃないですよ。なんで自然にこっちの部屋きてるんですか」
「気にするなよ。というか家主は君じゃない。ヒナミちゃんがいいと言っているんだからいいんだ。この部屋ではヒナミちゃんがルールだ」
俺とメグミさんが帰ってくると、ヒナミはもう大学から帰ってきていた。
「ソウマ、今日はリェース皇国に行くための最初の話し合いをするんですよ。メグミさんがいる方が自然です」
「あ、それもそうか」
「ん、そう言えば今日だったな」
「二人とも忘れないでください」
ヒナミが少し呆れたように言った。
今日はリェース皇国に行くにあたっての、計画やらなんやらの話し合いをするんだった。
俺たちは部屋の中央にある丸い机についた。円卓会議ってやつかな。
机の上にはレモンの蜂蜜漬けが置いてあった。
「二人とも訓練で疲れてると思って」
俺とメグミさんはありがたくいただいた。
「さて、ではまずリェース皇国について話しましょうか」
計画うんぬんの前に、行く国のことを知っていなければならない。
「リェース皇国はアーデル王国の東にあって、森精種が暮らしている国です。産業は林業や農業など、自然を相手にするものが盛んです」
「彼らは自然をうまく使う魔法が得意だからな。あと弓矢も得意だ」
そこらへんはイメージと変わらないな。
「首都はプリローダ。現皇帝はツィラン・ビッスミェールツィエ皇帝で、戦前から変わっていません。というか、三百年間変わっていません」
「三百年っ!」
たしかにエルフは長命だと言われているけど。超長期政権じゃないか。ところで数か月スパンで首相が変わる国があるそうじゃないか。どことは言わんがな。見習え。
「彼らの寿命はだいたい千年と言われているからね。その代わり数が増えすぎないように、自分たちできちんと管理している」
異世界感半端無ぇ……。たまにここが異世界だって忘れるときがあるからな、最近。
「戦時中は、広大な森林に紛れての戦いをしていたんですが、物量にものを言わせた爆撃によって森ごと焼きはらわれました」
ヒナミがそう言ったとき、メグミさんは眉間にしわを寄せて渋い顔をしていた。
まあ、確かにそれによってヒナミの両親は亡くなったわけだしな。当然か。
「亜人種の国の中で一番早く降伏したのも、リェース皇国です。お国柄が比較的温厚で、争い事を好まないので。大戦中も森精種側から攻めたことはあまりなかったそうです。ほとんど味方を逃がすための戦いをしていたとか」
「逆に一番抵抗したのが獣人種の国のシーワン帝国だ。あそこは好戦的だからな」
獣人種か……どうしてもシャンのことを思い出してしまう。
「現在は焼かれた森を取り戻して、林業や農業を足掛かりに国を復興させようとしています」
「だが監視の目があって魔法を使うことが制限されているから、進み具合はあまりよろしくないようだが」
「監視の目?」
「王国軍ミッテ独立大隊のリェース皇国特別派遣部隊だ」
かまずに言えたね、えらいえらい。
「私はミッテにいる軍のやつらは好かん。どいつもこいつも出世しか興味のない連中だ。派閥争いに、賄賂に、武器の横流し、なんでもござれだ。国民のことを考えている隊員はあそこにはいない」
ふんと鼻を鳴らして、メグミさんは不機嫌そうに言った。
ミッテとは、アーデル王国の中央に位置するアーデル王国の首都の名前だ。そこには王の居城、シュロス城がある。
「王国軍も一枚岩ではないんですか?」
「戦前はそうでもなかったらしいが、戦中戦後でだいぶ変わってしまった。ミッテ以外の四つの地方の王国軍は比較的クリーンらしいが、それもどこまで本当か……」
王国軍もいろいろ複雑らしいな。
「リェース皇国についてはこんなところですね。ソウマ、何かありますか?」
「ああ。その、リェース皇国とは直接関係ないんだが……ヒナミは、ユウヤさん知ってるよな?」
「ええ。ソウマ、会ったんですか?」
「今日訓練場でな」
俺はメグミさんのほうを見た。
「これはヒナミにというより、メグミさんに聞きたいことなんですが」
「ん? なんだい?」
「メグミさんは、ヒナミの両親の記録を抹消しましたよね」
メグミさんは真面目な顔をしてうなずいた。
「ああ、そうだ。私がした」
「そこに、ユウヤさんは関わっていますか?」
「どういう意味だ?」
メグミさんは厳しい顔をして聞いてきた。
「ユウヤさんが記録の抹消にかかわっているのかということです」
ユウヤさんは情報の捜査、隠ぺいに優れているという。メグミさんにエースと言わせたほどだ。おそらく相当の腕前だろう。
別に関わっているからどうということはない。ただ、彼の前での振る舞いに気をつけなければならないのかどうかを知りたい。
メグミさんは少し表情を緩めて答えた。
「いや。あいつは全く関係ないよ。このことを知っているのは、ここにいる三人だけだ」
「そうですか。じゃあ仮に、ユウヤさんがヒナミのことを調べたら……」
「おそらくあいつなら、本気になって探せば見つけられるだろう」
俺は息をのんだが、メグミさんが安心しなさいと言って続けた。
「ユウちゃんは仕事と関係ないことを調べるような、積極的な性格じゃないよ。それどころか、仕事と関係あることでさえ面倒くさがって――」
「ユウちゃん?」
「うっ!」
ヒナミの両親のことをユウヤさんは知らないし、心配しなくてもいいことはわかった。うん、それはわかった。でも、ちょっと今のセリフで引っかかるとこがね、あったんだよね。
「ユウちゃんって、もしかしてユウヤさんのことですか?」
「あれ、知らないんですか?」
「あ、ヒナミちゃん待っ――」
メグミさんの制止の声もむなしく、ヒナミは続けて言った。
「二人きりの時、メグミさんはユウヤさんのことをユウちゃんまたはユウユウ、ユウヤさんはメグミさんのことをメグちゃん、またはメグミンと呼んでいます」
メグミさんの顔が夕陽のようにかあっと赤くなった。
「へえ、メグミンにユウユウか……」
爆裂魔法とか撃つのかな? エクスプロージョン! みたいな。
そう言えばメグミさんはユウヤさんのことを恋人なのに『あいつ』とか『こいつ』って呼んでたな。うっかり口が滑らないように対策していたのかな? でも今言っちゃったね。お口がトリプルアクセルしちゃったね。っていうか何で二人だけの愛称をヒナミが――
「記憶飛べっ!」
「がだふっす!」
――知ってんだろな? と思っていると、いきなりメグミさんが俺の脳天に全盛期の馬場並みのチョップをかましてきた。
「な、なにすんですか! いきなり! ぎゃふっ!」
と、今度は後頭部に力道山ばりのチョップをくらった。
「忘れろっ! 忘れろっ! 忘れろぉぉぉ!」
なおも続くチョップの嵐。
どうやらメグミさんは俺の脳内からユウちゃんメグミンの記憶を消し去りたいようだ。というかやばい。たぶんもうすぐ頭蓋割れる。なんか変なお汁出ちゃうぅぅぅっ! いやそれたぶん出ちゃいけないやつだから。脳漿とかなんかそういうやつだから。
「ヒナっミ……助け……」
「あ、もうこんな時間! 夕飯の支度しなくちゃ」
「ま……待って……」
ヒナミはすたすたとキッチンのほうに歩いて行ってしまった。
「やめて……ください。メグちゃん……メグミンさん……」
「うわあああああ! 言うなあああああ!」
それからヒナミが夕食を作り終えるまで、俺はひたすら頭をチョップされ続けた。
「この肉じゃがは絶品だな」
「そうですね。この揚げ出し豆腐も最高ですね、メグミさん」
「うむ。全くその通りだ」
「二人とも、ありがとうございます」
ヒナミが夕食を作ってくれたので、メグミさんを交えて夕食をいただいていた。
俺は疲れていたのかヒナミの部屋で寝てしまっていて、夕食ができたところで起こされた。
それにしてもいつ寝たのかな? ユウヤさんはヒナミの両親については関係ないという話をしていたところまでは覚えているのだが、そこから……あれ、記憶が無いような? そこで寝ちゃったのかな?
「ソウマ君、どうしたんだい?」
「あ、いえ、なんでもないです」
「私の名前は?」
「急に何です? メグミさんでしょ」
「よし、うまくいったようだ」
「な、何の話ですか……」
なんだろう。俺の体に何か深刻な事態が起きた気がする。
「ご、ごほん。そ、そうだ。他に何かリェース皇国について、聞きたいことはないのか?」
「今はないですね。あとは、日程とかの計画についてだけなので」
「そうか。また何かあったら聞くといい」
「ちなみに日程は、一か月後くらいを予定しています」
「一か月か。それまでにリェース語ができるようになっとかないとな」
「そうですね。がんばってください」
そのあとは他愛もない話をして、夕食は終わった。