俺、どえらいイケメンに出会うんで
俺とメグミさんは訓練場に隣接している休憩スペースに向かった。
そこにはヴェンディングマシーン、もとい自動販売機が並んでいた。ベッティングマシーンではない。ベッティングマシーンって何だよ。はいはいエロいエロい。
「君は何を飲む?」
メグミさんは財布を片手に俺に聞いてきた。
「あ、いいんですか?」
「何を遠慮することがある。君は子どもだろ」
「そうですか。じゃあお言葉に甘えて」
俺は炭酸飲料を、メグミさんはブラックの缶コーヒーを選んだ。
ここには長机と丸椅子がいくつか並んでいて、俺とメグミさんは机をはさんで対面で座った。
濃い茶色の液体が入ったペットボトルのふたを開ける音と、缶コーヒーを開ける音が同時に鳴る。
訓練で乾いたのどにしゅわしゅわと心地よい刺激が下りていく。
「……っ! なんだこの味!」
ルートビアをドクペで割ったような味がした。要するにケミカル感とクスリ感がすごい。やばい。結構好きだ、この味。癖になる。
「それはこの国で最も人気の飲み物だ。まあ、私はあまり好きではないが」
この国の人達を沖縄のA&Wに連れて行ったら大喜びするんじゃね? ちなみにあそこは俺にとって飲み物界の聖地。
「……ふぅ」
メグミさんもコーヒーを一口飲んで一息ついた。
とてもブラックコーヒーが似合っている。
こうして黙っていると、かっこよくて綺麗な大人の女性なんだけれど。黙っていればね。
……そういえば付き合っている男の人とかいないのだろうか。
顔はかなり良いし、それに軍人だからだろうか、そこらのモデル顔負けの引き締まったスタイルをしている。男の一人二人いても不思議じゃ……。
あ、でもヒナミがいるからなあ。どうなんだろ。この人まじでヒナミ溺愛してるから。
「ん? どうしたんだい? 私の顔に何かついているか?」
「あ、いえ、別に」
知らず知らずのうちにじっと見てしまったようだ。ちょっと恥ずかしい。
「あ、本当にいた。メグミ、何してるの?」
突然、休憩スペースの入り口から、若い男の人の声が聞こえた。
爽やかな、春の草原を吹き抜ける風のようなイケメンボイスだった。
声のした方に目を向けると、そこにはピシッとスーツを着こなし、穏やかな微笑みを浮かべた銀髪の美青年が立っていた。
瞳はラピスラズリのごとき藍色。つーか、まつ毛長っ!
肌は透きとおるような驚きの白さ。あまりにも白くて、病気では? と思ってしまうくらいだ。
体つきは線が細くて華奢な印象を受ける。
もう少し髪が長かったら女性だと言われても疑わないレベル。
プロデューサーさん、イケメンですよ! イケメン! SideMとかに出てんじゃね?
「ん? なんだ、ユウヤか」
「なんだとはご挨拶じゃないか。僕たち一応恋人だろ? ここにいるって聞いて、顔を見に来たのに」
そのイケメンは眉を八の字にして困ったような笑みを浮かべた。
つーか、え?
「恋人って……メグミさんのですか!?」
「そうだ」
そう言うとメグミさんはすくっと立って、イケメンの横に立った。
「紹介しよう。羽佐間ユウヤだ」
「はじめまして、羽佐間ユウヤです。君は?」
俺も立ち上がって二人に近づく。
「俺は、な……い、依上ソウマです。はじめまして」
「こいつはヒナミちゃんの弟で、今はヒナミちゃんと暮らしているプー太郎だ」
メグミさんの言うプー太郎は、きっと港湾労働者のことではないんだろうなあ。でもその通りだから反論もできない。
ちなみにヒナミとメグミさん以外の人間に対して、俺はヒナミの弟ということにしてある。ほら、俺って特殊だから。スペシャルだから。……うぜぇこいつ。
「へえ、ヒナミちゃんの弟さんか。よろしくね、ソウマ君。あ、僕のことは好きに呼んでもらっていいよ」
そう言って手を差し出してきた。
「じゃあ、えっと、ユウヤさん。よろしくお願いします」
出された手を俺は握り返した。
「……!」
その瞬間、俺は態度にこそ出さなかったが握った手に驚いた。
俺が握ったその綺麗な手は、まるで氷のように冷たく、そしてガラス細工のように少しでも力を入れたら崩れそうなほど脆そうな印象を受けたから。
もちろん実際は力を入れても崩れることはなく、しっかりとむこうも握り返してきたが。
なぜだか俺は彼の手から、亡くなる少し前の母さんを思い出した。
握手をした後、立ち話もなんだということで、元の位置に座りなおした。
メグミさんとユウヤさんが隣り合って座り、机をはさんで正面に俺が座った。
「僕は、王国軍の情報総合統括部に所属している。簡単に言えば、パソコンの前で情報を整理する仕事だね」
「こいつは情報しょう合ちょう括部のエースだ。こいつにかかれば、どんな情報も探し出せるし、逆にどんな情報も完璧に隠し通すことができる」
それは……! 俺はヒナミの両親のことを思い出した。
メグミさんはヒナミの両親の記録を自分で抹消したらしいが、ユウヤさんはそのことについて知っているのだろうか?
だがそれを本人に直接聞くのはできない。聞いたことがきっかけとなり調べられてしまっては、どこかでぼろが出てしまうかもしれないからだ。
「やめてよメグミ。僕はそんな大したことはできないよ。買い被りすぎだよ」
ユウヤさんは困ったよう笑みを浮かべて謙遜した。
「それよりも、メグミはまだ難しい言葉はかむんだね」
「……っ! し、仕方ないだろ! 王国軍の組織名がどれも長くて難しすぎるのがいけないんだ!」
そう言ったメグミさんの表情は、ヒナミや俺といるときのものとはまた違っていた。少し顔を赤らめて、拗ねたように口をとがらせている。
そこにはブラックコーヒーが似合うかっこいい大人の女性ではなく、好きな人にからかわれて拗ねる幼い乙女がいた。
しかしメグミさん年齢不詳すぎる……。
「ところで今日、二人は何をしていたんだい?」
「…………」
メグミさんはそっぽを向いたままだった。
「あらら、拗ねちゃった」
ユウヤさんは困ったような笑顔で言った。
ってか、あんた子どもかっ!
「俺とメグミさんはさっきまで、格闘の訓練をしていたんです」
メグミさんが答えようとしないので、代わりに俺が答えた。
「君が!? メグミと!?」
するとユウヤさんは目を大きく開いて驚いた。
「ソウマ君……よく生きているね」
「え? どうい――」
「どういう意味だっ!」
俺が言おうとしたことを、今度は代わりにメグミさんが言った。
「どういう意味って、そのままだよ。君のスパーリング相手はみんな再起不能にさせられるって、隊員の間では有名だよ? 知らない?」
「失礼な! 私だって力の使い方ぐらい……ま、まあ確かに、たまに、まれに、時々、やりすぎてしまうことがなくはないかもしれないが」
「まじっすか……」
地味にリアルがちに生命の危機だったのか。
「だがユウヤ、聞いてくれ。ソウマ君は特別でな。実は死な――」
「わあああああああああ!!」
俺は大声を出してメグミさんの言葉を遮った。
「何なんだ急に、大声を出して」
何なんだじゃない! と、俺は必死にアイコンタクトで伝えた。
俺が死なない体質だっていうのは、あまり詳しいことははっきりしてないし、軽々しく言うことではないと思う。
伝わったのか伝わってないのかメグミさんは首をひねりながら、とりあえず会話を俺に預けてくれた。いや多分伝わってないな、あの顔は。
「あ、えっと、俺は実はその、格闘技にはそこそこ自信があって」
「へえ、そうなんだ。メグミと渡り合えるなんて、そこそこじゃなくてかなりだと思うけど。でもまあ、君みたいな人がいるなら安心かな。メグミも心置きなく訓練ができるだろうしね。僕が相手できればいいんだけど、あいにく運動のほうには恵まれなくてね」
ユウヤさんはまた困ったような笑顔で言った。
「銃の扱いも得意じゃなくって、小さい拳銃を扱うのが精いっぱいなんだ」
「そうなんですか」
「うん」
確かに体の線も細いし、あまり体を動かすことが得意ではなさそうだ。
「じゃあ僕はそろそろ行くよ。またね、メグミ、ソウマ君。あ、ヒナミちゃんによろしくね」
ユウヤさんは腕時計をちらりと見ると、そう言って休憩スペースを出て行った。
「では私たちも再開しようか」
「そ、そ、そうっすね」
「どうした? 声が震えていないか?」
「き、気のせいじゃないですか?」
や、やばい。マジで本気でいかないと再起不能にされてしまう。怖いっ! 超怖いっ!
その後の訓練の様子は、あまり思い出したくない。
メグミさんは休憩する前よりも、なぜか顔が明るく体がキレッキレで、俺は何度も何度も三途の川を遠目に見た。へえ、こっちにも三途の川ってあるんですねえ。っていう現実逃避をするくらいやばかった。
夕方の五時くらいになり、そろそろヒナミが大学から帰ってくるというので俺たちも帰ることにした。
この王国軍の訓練場は、アパートから車で二十分ほどのところにある。
歩いて行けないこともないが、今日はメグミさんの車でアパートからここまで来た。
車は真っ黒なツーシーターのスポーツカーで、マニュアルだった。いちいちかっこいいなおい。
「では帰るか。シートベルトはしめたかい?」
「はい。大丈夫です」
ドッドッドッと重低音を鳴らしながら、しかし丁寧な走りで訓練場を出た。
「この世界では、マニュアルが普通なんですか?」
「いいやほとんどオートマだ。だが私はやはりこちらの方が好きだ。この車と一体になる感じが、私は好きだ」
メグミさんは慣れた手さばきでギアを変えながら答えた。
きゃあ~男前~! 俺が女だったら絶対に惚れてた。って、あれ? でもメグミさんは女性で、それで俺が女だったら惚れて……あれれ? 百合と薔薇とXとYが染色体で……。教えて、メンデル先生! メンデル先生は違ったっけ?
「それにしても今日は勉強になったよ。ありがとう。また頼むよ」
思考の迷路にいた俺をメグミさんの声が引っ張り上げた。
「まあ、いいですけど。今度はもうちょっとお手柔らかに。それより、メグミさんに恋人がいたなんてびっくりしました」
びっくりぽんやわ。じぇじぇじぇ。
「驚くほどのことでもないだろ。私だって大人だ」
大人かどうかはちょっと怪しいところがあると思う。
「何か?」
「何も」
エスパーかよ。カバンから出てくるのかな? はいー。
「とんでもないイケメンでしたね、ユウヤさん」
「そうか? まあ確かに顔は少しばかり整ってはいるが、まあ普通だろ」
言葉だけ聞くと、この顔面富裕層がっ! と思うだろうが落ち着いてほしい。待て、灰皿は危ない。待て。落ち着け。
メグミさんのほほが赤らんで、少し口元が緩んでいるのを見れば、本当はどう思っているのかわかるだろう。
ほほが赤いのはあれかな? 夕陽のせいかな? 夕陽かな 夕陽のせいかな 夕陽かな? あれあれあれ~? どったのかな~?
「じろじろ見るな」
「がふっ……」
メグミさんは運転しながら器用に俺の首元に、逆水平チョップをかました。照れ隠しの技でも威力でもない。
「げほっげほっ……。あ、そういやなんだか、困ったように笑いますよね。ユウヤさんって」
さっきユウヤさんと話をしていて、俺はそれが印象に残った。
笑うとき、彼はいつも眉が八の字を描いている。
「へえ、気づいたのか」
メグミさんは意外そうに言った。
「そうだ。あいつはいつもあんなふうに笑う。困ったようにな」
メグミさんは、少し寂しそうに言った。
「あれはあれであいつの魅力なのだが」
この時ばかりは真面目な表情で。
「私はあいつの笑顔が、本当に腹の底からの笑顔が見てみたい」