俺、初めて体を穴に入れるんで
「はぁ……はぁ……」
「ヒ……ヒナミ、大丈夫か?」
「え、ええ。だい……大丈夫……です」
「そ、そうか。それにしても、くっ……狭いな。キツキツじゃないか」
「んん……はぁ。そうですか」
「それに、けっこうビチャビチャしてるな。ほら、もうこんなに濡れてる」
「そ、そうですね……痛っ!」
「あ、おい、ヒナミ」
「大丈夫、です。別に、初めてってわけではないですから。今までも、最低月一回は」
「そういえばっ、ちょくちょくやってるって言ってたな」
「ええ。あっ……そこ」
「どうした?」
「とがった石があったはずです。気を付けてください」
「おおホントだ。ありがとう。でもやっぱ狭いな。この地下道」
「ソウマはわたしよりも体が大きいですから、余計そうですよね」
「それに着てきた合羽もだいぶ濡れちまった。ぬかるんでるな、ここ」
「近くに川があるので、おそらくその影響かと」
「この地下道、何度も通ってるんだよな。森精種の村に行くために」
「ええ。他の人と行くのは初めてですけれど。あ、そこにも石があります。わたしさっき別の石を膝で踏んじゃいました」
「まったく、気をつけろよ」
「君たち、そろそろ出口が見えてくるはずだぞ」
先頭を行くメグミさんがそう言った。
俺たちはヒナミがときどき、月一回から二回程度、ちょっとした健康診断を行っているという森精種の村に向かっていた。
アーデル王国とリェース皇国の国境を超えるため、ヒナミの両親が作った地下道を、メグミさん、俺、ヒナミの順で進んでいたのだ。
ベッドシーンかと期待したみんな、ごめんね! また今度ね! あるかどうか知らないけどね! 待ちきれない人はあれだね、美少女文庫とか読めばいいと思うよ! ちなみに俺はそう言う本を買うとき、カモフラージュ用の本で挟んで買ったりしない。なんなら四、五冊まとめて買う。きゃー男らしい抱いて。
「はあ、やっとか。何時間くらいかかったんですかね?」
俺は前にいるメグミさんに聞いてみた。
「休憩入れて三時間くらいか。日付が変わるくらいに地下道に入ったから、外はまだ暗いだろうね」
そんなにかかっていたのか。地下を四つん這いで進むのは相当疲れたぜ。俺もヒナミも息を切らしている。
しかも医療器具とかいろいろ荷物持ってるから重いのなんのって。
まあ、俺はずっと目の前で揺れるメグミさんの引き締まった尻を眺めていたので、体感的には一時間もなかったがなっ!
もし一人だったら、この真っ暗な地下道を永遠に思えてしまっただろう。
「わたし一人の時は、もう少しかかったと思います」
そんな地下道を、一人で何度も往復したヒナミはとんでもないよ。ぱないっす。ヒナミさん、ぱないっす。
「よし、出口だ。君たちは、ここで少し待っていなさい」
真上にマンホールのようなふたがあり、それを慎重にメグミさんがずらして先に出て行った。
まず先にメグミさんが外に出て、周囲の安全確認をするのだ。
こういうところはやはり、軍の人って感じがして頼りがいがある。
「周囲には誰もいない。出てきても大丈夫だ」
順番的にまずヒナミより先に俺が出た。
国境の地下道を抜けると森林であった。みたいなごめんなさい読んだことないっす。読んだことないくせに使っちゃいました。ごめんなさい。
吹き抜ける風が、汗ばんだ体に心地よい。木に囲まれてマイナスイオンがむんむんだ。……マイナスイオンって何なんすかね。俺の中ではかなり意味わからない言葉だ、マイナスイオン。
アーデル王国のほうに目を向けると、木々の間から遠くにかすかに明かりが見える。大都市は夜も明かりが多く煌々と輝く。
反対側のリェース皇国のほうは、対照的に真っ暗だった。月明かりしかない。本当にこの先に人が住んでいるのか少し不安になる。
上を見上げると、ダイヤモンドを散りばめたような満天の星空だった。空気がきれいな証拠だ。ちなみにダイヤって叩くとくだける。ダイヤモンドはくだけないっていうのは嘘らしい。ドラララララー!
「うん……よいっしょ」
俺は地下道から出るのにてこずっているヒナミに、手を出して引き上げようとした。
「ほら、ヒナミ」
「あ、すみません。ありがとうござ――」
「その役目は私のものだぁぁぁ!」
「ごあっふ!」
俺がヒナミの手をつかもうとした瞬間、思いっきりメグミさんにタックルされた。
「いきなりなにすんですかっ!」
「こっちのセリフだ! まったく、君は油断も隙も無いな。ヒナミちゃんにナチュラルなボディタッチを目論むなど」
「目論んでねえよ……」
「いいや、君の目はヒナミちゃんの細くしなやかな白魚のような手に夢中だった。まさしく獲物を狩る狩人のごとく」
「まさしかねえよ……」
さっき頼りがいがあるとか言ったの、撤回していいかな。
そう。この人はヒナミLOVEなのだ。ヒナミPとかヒナミ提督とかそんな感じだ。たぶんヒナミのSSレアガチャとかあったら課金額は青天井。
「私は最近ヒナミちゃんの肌に触れられていないのだ。ご無沙汰なのだ。だから悪いがここは譲ってもらうよ。ほら、ヒナミちゃん。私の手に――」
「あ、もう出られたので大丈夫です」
そこには、すでに地下道から出て顔をタオルで拭っていたヒナミの姿があった。
ああそっか。いつもは一人なんだから一人で出られるよな、と思っていると。
ピシっ、バキっ、と。
近くから氷が割れるような音がした。
「そ、そんな……。私がヒナミちゃんの手を引いて、
『ありがとうございます、メグミさん』
『いやいや気にするな。おや、きれいな顔に泥が。拭ってあげよう』
『メグミさん……優しい』
『ほら、顔を貸しなさい』
『やっ、くすぐったいです』
みたいなふうになるはずだったのに……。なんてことだ」
あ、さっきの音はあれね。希望がくだける音ね。ダイヤモンドだけじゃなくって希望もくだけやすいんだね。へえ。
メグミさんはKONOYONO NO OWARIみたいな顔をしていた。いや、大げさすぎんだろ。
「それじゃ少し休んだら村に向かおうか」
「そうですね」
「…………」
へんじがない。ただのしかばねのようだ。
メグミさんは口が半開きになって目は白目をむいていて、魂が抜けたかのような状態になっていた。
「メグミさん? 疲れたんですか?」
「たぶんヒナミが体のどっか触ったら復活するから、触ってあげて」
「え? どういうことですか?」
とりあえずヒナミにメグミさんを再起動してもらっておこう。
今は八月の上旬。
あの事件から、約一か月がたっていた。
「ローリングソバットっ!」
「ふん! どうした、当てる気でなければ当たらないよ!」
「じゅうぶん当てる気ですよ! なんで今のよけられるんですか」
「なめてもらっては困るな。私はこれでも、王国軍オスト地方方面隊第……えっと、えーと、た、隊長だぞ」
「自分の役職はちゃんと覚えておきましょうよ!」
今から一か月前、ヒナミがさらわれた事件から五日後。
俺はメグミさんと王国軍の訓練場で格闘の訓練をしていた。勝手に入ってよかったのかな?
「メグミさんは、王国軍オスト地方方面隊第三特殊部隊隊長でしょ」
「そう、そうだ。私は、王国軍オしゅト地ほほめ隊第しゃんちょく殊部たったう長だ」
「かみっかみじゃないですか!」
ちょっとかわいいと思っちゃったけど!
今日ここで訓練をしようと誘ってきたのはメグミさんだった。
『君の持つ技術、たしか、プロレス? だったか。ぜひそれを、私に教えてほしい。これから旅をするにあたって、それはきっと有益だ』
と言って誘ってきた。
俺もヒナミの家でリェース語の勉強をしてばかりで体がなまっていたので、そのお誘いは素直にありがたかった。
……ふと思ったんだが、『年上のお姉さん』という言葉と『誘う』という言葉の親和性は、とてつもなく高いのでは――
「隙あり!」
「あべしっ!」
俺の意識が高尚な言語学のほうにそれた瞬間に、メグミさんの長い脚からくりだされたトラースキックが、的確に俺の顔面を打ちぬいた。
「訓練中に気を抜くとは、君もまだまだだな」
「その通りでございます」
俺は顎をさすりながら答えた。
「まあいい。それよりも私の今の、トラースキック? だったか、はどうだった?」
「威力は申し分ないですし狙いも的確で、よかったです」
俺がそう評価すると、メグミさんは怪訝そうな顔をして俺を見た。
「……聞いといてなんだが、君はその、あれか? その」
「煮え切らないですね。なんですか?」
「君は、痛いのが好きとかそういう……」
「そういう意味でよかったって言ったんじゃねえよ!」
冗談はさておいて、メグミさんの身体能力は目を見張るものがあった。
俺が教えるプロレス技を、着々と自分のものにしていくのだ。
まあ確かに、この前の事件では……ってやめろ! メグミさんの悪口はやめろ! 全く役に立ってなかったとか言うのやめろ!
この前のはヒナミが人質に取られていたから、本来の実力が出せなかったんだなと、今日一緒に訓練して改めて思った。
「そろそろ休憩にしようか」
「そうですね」