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俺、異世界平和にするんで  作者: 圭
邂逅編
16/73

俺、異世界平和にするんで

「はあ……せっかく作ってくれた料理、冷めただろうな」

 「また改めて作りますよ」


 俺たちは彼らを見送った後、帰路についていた。


 俺は気を失っているメグミさんを背負っていた。もう疲れて、背中に当たる感触とか楽しんでる余裕ない。背負い損だぜ。


 「あんな奴らが、この世界にはまだまだいっぱいいるんだよな」

 「ええ。きっと、もっと複雑なものを抱えている方がいると思います。ですから、わたしたちに何かできることがあるのなら」


 「なあ、ヒナミ」

 「何ですか?」


 俺は立ち止まった。ヒナミも立ち止まってこちらを見た。


 俺を見るこの女の子は、とても優しい子だ。

 俺みたいなやつのいうことを信じてくれて、この世界で俺の居場所を作ってくれた。

 自分をさらって、殺そうとまでしてきたやつらに向かって、そいつらのために真剣に怒っていた。

 それに自分の命を危険にさらしてまで、他国に人助けに行っているそうだ。


 そんな優しく強い女の子に、俺は、こう言うしかなかった。


 「さっきの話だけどな、俺は他の国をまわって困っているやつらを助けようと思う。でもな……ヒナミは、無理についてこなくてもいい」


 「え……?」


 俺がそう言ったとき、ヒナミは何を言われたかわからないというような顔をしていた。


 ああ、やっぱり、そんな顔をするよな。


 「ヒナミにはこの世界の生活があるしさ。俺にそれを奪う権利はないし」

 「でも、一人でなんて無茶ですよ」

 「二人でだって無茶なことだろ」

 「そうかもしれないですけど……でも」

 「メグミさんだって心配するだろうし」

 「でも……わたしは」

 「……ああっもう! わっかんないかな⁉」


 俺はもう耐えきれなくなった。


 「もう、今日みたいなことは起きてほしくないんだよ! お前が傷つくようなこと、もう嫌なんだよ!」


 突然声を荒げた俺に、ヒナミは目を丸くしていた。


 「これから他の国に行くってことはさあ、今日あったことよりももっと危ないことがあるんだ。そんなところにヒナミについてきてほしいなんて言えるかよ」


 もちろんこの世界を一人で生きていくなんて不安だ。

 でもヒナミと一緒なら、俺は不安に押しつぶされずこの世界で生きていける気がする。


 俺がついてきてほしいと言えば、ヒナミは絶対に断らないだろう。

 それは別に俺が頼んだからじゃない。


 ヒナミが優しいから。


 でもその優しさに俺は、簡単にすがってはいけない。


 「今日でさえ、俺怖かったんだぜ⁉ 二人とも死んじゃうんじゃないかと思って……」


 もう……もう俺は……。


 「俺はもう、大事な人を、喪いたくないんだ」


 俺が傷つくのは構わない。亜人種のためならどんなことだって耐える。でも……。


 「俺以外の人が傷つくのは、それだけは、耐えられないんだ。わかってくれよ」


 ヒナミは下を向いて、何か言葉を探しているようだった。


 「何で、そんな言い方……。わたしは……わたしは……」


 「ほら、日も沈んでだいぶ冷えてきた。とりあえず帰ろうぜ」


 何かを言われると心が揺らぎそうだ。俺はさっさと歩いて行った。


 俺たちの間を、冷たい風が吹き抜ける。


 道中、俺たちの間に会話は、もうなかった。


 「なんてことだ! ヒナミちゃんの前で醜態をさらしただけでなく、君のような少年を危険な目に合わせてしまったとは!」


 ヒナミの部屋に入ってメグミさんを寝かせて、しばらくするとメグミさんが起きだした。


 「それに何? 君がやつらを倒してしまって、しかも更生させただと! 何者だ君は!」


 メグミさんには、事件の顛末のほとんどのことをそのまま伝えた。

 それにしても元気だなこの人。さっきまで気絶してたのに。


 アメリカ人ばりのオーバーリアクションをしているのが、疲れている身には少々うっとうしいので、さっさと自分の部屋に帰っていただいた。


 「…………」

 「…………」


 俺とヒナミは二人きりになった結果、さっきのこともあり気まずい空気になったので、ろくに会話もせずにさっさと寝てしまった。


 明日には、荷物をまとめて出ていこう。


 メグミさんには言わなかった。言うと絶対止められると思うから。なんだかんだで優しい人なんだよな。


 俺は寝ているヒナミのほうを見た。


 ありがとな。この世界で初めて会ったのがヒナミでよかったよ。本当に。


 まぶたを閉じれば、この二日間で見てきたヒナミの顔が浮かんでくる。


 笑った顔、怒った顔、泣いた顔、照れた顔。


 どの顔も素敵で、特に俺は笑った顔が好きだった。


 でも、俺がついてくるなと拒絶した時のヒナミの顔。


 あれだけは、見たくなかったし、させたくなかった。


 明日は陽が昇っていない暗いうちに早めに起きて、気づかれないように出ていこうか。


 別れ際とか苦手だし。


 もうあの、単純な悲しみとも言えない複雑な表情を、見たくないし。






 翌朝。

 陽は昇り、外では鳥がちゅんちゅん鳴いている。


 いやいや、ぐっすり寝ちまいましたね。普通にヒナミが先に起きていたぜ。


 「おはようございます、ソウマ」

 「あ、うん、おはよう」


 出ていくタイミングを悩みながら、顔を洗ったりして、朝食を迎えた。

 これが最後か。うまかったんだけどな。

 そう思いながら食べていると、テレビで朝のニュースが始まった。


 『おはようございます。速報です。本日未明、シーワン帝国国境付近で、先日起きたテロの実行犯が発見されました』


 その言葉を聞いたとき、ぞくりと、何かが背を撫でていった。


 『王国軍によりますと、実行犯は三名で二名はシーワン国内に逃亡。残り一人は』


 やめろ……やめてくれ。


 『王国軍がその場で射殺したとのことです。射殺されたのはライオン型の獣人種であり、実行犯グループのリーダー格と思われ――』


 そこまででヒナミはテレビを消した。


 この射殺されたのは、あいつしか考えられない。


 「まさか……嘘だろ。シャンが?」

 「……うっ、そんな……シャンさんが」


 ヒナミは、両手で顔を覆って泣いていた。


 きっとシャンのことだ。二人が逃げられるように二人をかばったんだろう。


 そして、死んだ。


 殺された。


 「なあ、ヒナミ。他の国に行き来するってことは、こういうことが起きるんだ。だから、連れていきたくないんだ」


 ふとヒナミに目をやると、まだ泣いていると思ったが、ヒナミは泣いていなかった。


 いや、目の端に涙をためているが、弱々しく泣いてはいなかった。俺に母さんのことで怒ったときや、工場でシャンたちに怒っていた時のような、毅然とした表情をしていた。


 「ソウマ。わたしは、わたしはあなたに連れて行ってもらうんじゃないんです。一緒に行くんです。わたしが、わたしの意志で」


 その言葉は、昨夜言えなかったことだろうか。


 ヒナミの表情からは、鋼のような硬い意志を感じた。


 「シャンさんは、救えるのは君たちだと言いました。わたしとソウマ、どちらか一人欠けちゃいけないんです。二人だからできるといったんです。わたしは、お父さんとお母さんとそして、彼の遺志を継いであなたと一緒に行きます。それにソウマはほうっておいたら、また昨日みたいに無茶をしてしまうかもしれませんし」


 「でも、危険なんだ。本当に、死ぬかもしれないんだ! 嫌なんだよ、もう。知ってる人が死ぬのは!」


 「だったら君が守り通せばいいじゃないか!」


 その声とともに、玄関の戸が開いた。


 「メ、メグミさん?」


 「朝ごはんの材料がなくてね、食べさせてもらおうと思って来たんだ。……今までの話、悪いが聞かせてもらったよ。世直しの旅に出るんだって?」


 間違っているのかどうかわからない解釈をしたメグミさんは、そのまま部屋に入ってきた。


 「ヒナミちゃんのこと、君が守ればいい。言っただろ? 騎士になってもらおうかと。それでも守りきれないときは、私がサポートする」


 「え? メグミさんも来るんですか?」


 ヒナミが聞くと、メグミさんはうむとうなずいた。


 「もちろんだ。ヒナミちゃんの行くところ私ありだ」


 え、なにそれ? 言うてあんた断片的な事情しか知らないだろ。


 しかしこれが理由になってしまっても納得いくのがこの人だ。


 「まあこれは冗談だが」


 いや、本気だと思う。少なくとも十割は本気だと思う。


 「子どもだけで危険なことをさせるわけにはいかないし、それに私も、今の世界の現状は間違っていると思う」


 メグミさんもまた、芯の通ったまっすぐな声で言った。


 「いいことをした人が、その功績をたたえられずに、消し去られなければならない世界。正直者が馬鹿を見る世界なんて、一度壊れてしまえばいい。それに、今の王国軍は立身出世が第一となってしまって、過去最高に腐りきっている。私は、それも改めたい。軍とは、人を守るための組織だ」


 「でも、それでもやっぱり……」

 「ええい! うじうじと悩むんじゃない!」


 メグミさんは、俺の正面に座って俺の肩を両手でそれぞれつかんで、俺の目を見てきた。


 昨日風呂で見た目と同じような、まっすぐな目を俺に向けてきた。


 ごまかしの通じないまっすぐな目だった。


 「君の技術はお母さんからのものだそうだな。君はお母さんを信じられないのかい?」


 「いや、そんなことは……」


 「そうだろう。それに私は直接見たわけじゃないが、とんでもない技術だそうじゃないか。自信を持ちなさい。大丈夫だ」


 そう言ってバシッと背中を叩いてきた。


 「そ、そうですか」

 「ああ」


 なんだかもう、この人たちが決めたことを覆すのは出来ない気がしてきた。


 ……あんたら阿呆だ。馬鹿だ。


 「本当に、いいのか?」

 「もちろんです」


 「大学とか、あと仕事とかは?」

 「休学届を出してきます。必ず帰ってくるつもりですから」

 「私は、あ、でも、どうしよう。まずいな。う~ん」


 頭を抱えて悩み始めたメグミさんはほうっておく。


 「じゃあ、また、その、えっと、よろしくお願いします」

 「はい。よろしくお願いします」

 「ああ。よろしく」


 結局この三人で行くことになるのか。


 「最初はどこに行くんですか?」


 「実は決めてなかったんだが……ヒナミが来てくれるなら、最初はとりあえず、ヒナミが行ってるっていうリェース皇国の村に行こうと思う。魔法に詳しいのは森精種だろ? 俺の体のことについて何かわかるかもしれない」


 「たしかにソウマ自身のことは、まだわからないことが多いですね」


 「え! 何それヒナミちゃんが行ってるってどういうことだ⁉ 私知らない!」


 これから始まるのはきっと、途方もない旅になるだろう。


 なにしろ世界に平和をもたらす旅だ。


 その途中でもしかしたら、俺がなぜこの世界に来たかとか、死なない俺の体のこともわかるかもしれない。


 「あの、二人とも」

 「ん? まだ何か言うつもりかい?」

 「もうわたしたちは覚悟を決めました。何を言っても無駄ですよ」


 「いや、そうじゃないんだ。一緒に行くんだから、俺の目的を言っておこうと思って」

 「目的?」

 「困っている人を助けること、じゃないんですか?」


 「それもある。けどそれだけじゃない。俺は、この世界を平和にする」


 俺は二人に向かって、俺の夢を伝える。


 「俺は、亜人種がいるこの素晴らしい世界で、平和に暮らしたい。だから俺はこの世界を平和にする。この世界に、俺の平和を押し付けてやる」


 正直どうやっていいかわからない。


 何から手をつけていいかもわからない。


 だいたい平和って何だよ。あまりにもふわふわした概念で、それを実現しようだなんて夢物語もいいとこだ。


 でも、そんな夢を見てしまったんだからしょうがねえや。


 やってやろうじゃねえの。


 俺みたいなちっぽけな人間が、世界を変えるだって?


 馬鹿なことだって? 不可能なことだって?


 だが、馬鹿なことを、不可能なことを言わずして何が夢か。おいこれ誰が言ったんだすっごくいい言葉じゃないか。


 「それでも、ついてきてくれるか」


 一応聞いてみたものの、これは愚問だったようだ。

 二人とも、馬鹿にせず、しっかりと聞き入れてくれた。


 俺は二人に向かって、全力でかっこつけてこう言った。


 「俺、異世界平和にするんで」


 ふと窓を見ると、温かな朝日が射し込んでいた。







 俺は気づいていなかったんだ。

 ピースが揃ってパズルが完成したとき、そこにどんなに美しい景色が描かれていたとしても、そこにパズルの作り手は絶対に入れないってことに。

 とりあえずこれで一章は終わりです。読んでくださった方ありがとうございます。次から二章に入るんでよかったらそちらも読んでみてください。

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