俺、異世界平和にするんで
「はあ……せっかく作ってくれた料理、冷めただろうな」
「また改めて作りますよ」
俺たちは彼らを見送った後、帰路についていた。
俺は気を失っているメグミさんを背負っていた。もう疲れて、背中に当たる感触とか楽しんでる余裕ない。背負い損だぜ。
「あんな奴らが、この世界にはまだまだいっぱいいるんだよな」
「ええ。きっと、もっと複雑なものを抱えている方がいると思います。ですから、わたしたちに何かできることがあるのなら」
「なあ、ヒナミ」
「何ですか?」
俺は立ち止まった。ヒナミも立ち止まってこちらを見た。
俺を見るこの女の子は、とても優しい子だ。
俺みたいなやつのいうことを信じてくれて、この世界で俺の居場所を作ってくれた。
自分をさらって、殺そうとまでしてきたやつらに向かって、そいつらのために真剣に怒っていた。
それに自分の命を危険にさらしてまで、他国に人助けに行っているそうだ。
そんな優しく強い女の子に、俺は、こう言うしかなかった。
「さっきの話だけどな、俺は他の国をまわって困っているやつらを助けようと思う。でもな……ヒナミは、無理についてこなくてもいい」
「え……?」
俺がそう言ったとき、ヒナミは何を言われたかわからないというような顔をしていた。
ああ、やっぱり、そんな顔をするよな。
「ヒナミにはこの世界の生活があるしさ。俺にそれを奪う権利はないし」
「でも、一人でなんて無茶ですよ」
「二人でだって無茶なことだろ」
「そうかもしれないですけど……でも」
「メグミさんだって心配するだろうし」
「でも……わたしは」
「……ああっもう! わっかんないかな⁉」
俺はもう耐えきれなくなった。
「もう、今日みたいなことは起きてほしくないんだよ! お前が傷つくようなこと、もう嫌なんだよ!」
突然声を荒げた俺に、ヒナミは目を丸くしていた。
「これから他の国に行くってことはさあ、今日あったことよりももっと危ないことがあるんだ。そんなところにヒナミについてきてほしいなんて言えるかよ」
もちろんこの世界を一人で生きていくなんて不安だ。
でもヒナミと一緒なら、俺は不安に押しつぶされずこの世界で生きていける気がする。
俺がついてきてほしいと言えば、ヒナミは絶対に断らないだろう。
それは別に俺が頼んだからじゃない。
ヒナミが優しいから。
でもその優しさに俺は、簡単にすがってはいけない。
「今日でさえ、俺怖かったんだぜ⁉ 二人とも死んじゃうんじゃないかと思って……」
もう……もう俺は……。
「俺はもう、大事な人を、喪いたくないんだ」
俺が傷つくのは構わない。亜人種のためならどんなことだって耐える。でも……。
「俺以外の人が傷つくのは、それだけは、耐えられないんだ。わかってくれよ」
ヒナミは下を向いて、何か言葉を探しているようだった。
「何で、そんな言い方……。わたしは……わたしは……」
「ほら、日も沈んでだいぶ冷えてきた。とりあえず帰ろうぜ」
何かを言われると心が揺らぎそうだ。俺はさっさと歩いて行った。
俺たちの間を、冷たい風が吹き抜ける。
道中、俺たちの間に会話は、もうなかった。
「なんてことだ! ヒナミちゃんの前で醜態をさらしただけでなく、君のような少年を危険な目に合わせてしまったとは!」
ヒナミの部屋に入ってメグミさんを寝かせて、しばらくするとメグミさんが起きだした。
「それに何? 君がやつらを倒してしまって、しかも更生させただと! 何者だ君は!」
メグミさんには、事件の顛末のほとんどのことをそのまま伝えた。
それにしても元気だなこの人。さっきまで気絶してたのに。
アメリカ人ばりのオーバーリアクションをしているのが、疲れている身には少々うっとうしいので、さっさと自分の部屋に帰っていただいた。
「…………」
「…………」
俺とヒナミは二人きりになった結果、さっきのこともあり気まずい空気になったので、ろくに会話もせずにさっさと寝てしまった。
明日には、荷物をまとめて出ていこう。
メグミさんには言わなかった。言うと絶対止められると思うから。なんだかんだで優しい人なんだよな。
俺は寝ているヒナミのほうを見た。
ありがとな。この世界で初めて会ったのがヒナミでよかったよ。本当に。
まぶたを閉じれば、この二日間で見てきたヒナミの顔が浮かんでくる。
笑った顔、怒った顔、泣いた顔、照れた顔。
どの顔も素敵で、特に俺は笑った顔が好きだった。
でも、俺がついてくるなと拒絶した時のヒナミの顔。
あれだけは、見たくなかったし、させたくなかった。
明日は陽が昇っていない暗いうちに早めに起きて、気づかれないように出ていこうか。
別れ際とか苦手だし。
もうあの、単純な悲しみとも言えない複雑な表情を、見たくないし。
翌朝。
陽は昇り、外では鳥がちゅんちゅん鳴いている。
いやいや、ぐっすり寝ちまいましたね。普通にヒナミが先に起きていたぜ。
「おはようございます、ソウマ」
「あ、うん、おはよう」
出ていくタイミングを悩みながら、顔を洗ったりして、朝食を迎えた。
これが最後か。うまかったんだけどな。
そう思いながら食べていると、テレビで朝のニュースが始まった。
『おはようございます。速報です。本日未明、シーワン帝国国境付近で、先日起きたテロの実行犯が発見されました』
その言葉を聞いたとき、ぞくりと、何かが背を撫でていった。
『王国軍によりますと、実行犯は三名で二名はシーワン国内に逃亡。残り一人は』
やめろ……やめてくれ。
『王国軍がその場で射殺したとのことです。射殺されたのはライオン型の獣人種であり、実行犯グループのリーダー格と思われ――』
そこまででヒナミはテレビを消した。
この射殺されたのは、あいつしか考えられない。
「まさか……嘘だろ。シャンが?」
「……うっ、そんな……シャンさんが」
ヒナミは、両手で顔を覆って泣いていた。
きっとシャンのことだ。二人が逃げられるように二人をかばったんだろう。
そして、死んだ。
殺された。
「なあ、ヒナミ。他の国に行き来するってことは、こういうことが起きるんだ。だから、連れていきたくないんだ」
ふとヒナミに目をやると、まだ泣いていると思ったが、ヒナミは泣いていなかった。
いや、目の端に涙をためているが、弱々しく泣いてはいなかった。俺に母さんのことで怒ったときや、工場でシャンたちに怒っていた時のような、毅然とした表情をしていた。
「ソウマ。わたしは、わたしはあなたに連れて行ってもらうんじゃないんです。一緒に行くんです。わたしが、わたしの意志で」
その言葉は、昨夜言えなかったことだろうか。
ヒナミの表情からは、鋼のような硬い意志を感じた。
「シャンさんは、救えるのは君たちだと言いました。わたしとソウマ、どちらか一人欠けちゃいけないんです。二人だからできるといったんです。わたしは、お父さんとお母さんとそして、彼の遺志を継いであなたと一緒に行きます。それにソウマはほうっておいたら、また昨日みたいに無茶をしてしまうかもしれませんし」
「でも、危険なんだ。本当に、死ぬかもしれないんだ! 嫌なんだよ、もう。知ってる人が死ぬのは!」
「だったら君が守り通せばいいじゃないか!」
その声とともに、玄関の戸が開いた。
「メ、メグミさん?」
「朝ごはんの材料がなくてね、食べさせてもらおうと思って来たんだ。……今までの話、悪いが聞かせてもらったよ。世直しの旅に出るんだって?」
間違っているのかどうかわからない解釈をしたメグミさんは、そのまま部屋に入ってきた。
「ヒナミちゃんのこと、君が守ればいい。言っただろ? 騎士になってもらおうかと。それでも守りきれないときは、私がサポートする」
「え? メグミさんも来るんですか?」
ヒナミが聞くと、メグミさんはうむとうなずいた。
「もちろんだ。ヒナミちゃんの行くところ私ありだ」
え、なにそれ? 言うてあんた断片的な事情しか知らないだろ。
しかしこれが理由になってしまっても納得いくのがこの人だ。
「まあこれは冗談だが」
いや、本気だと思う。少なくとも十割は本気だと思う。
「子どもだけで危険なことをさせるわけにはいかないし、それに私も、今の世界の現状は間違っていると思う」
メグミさんもまた、芯の通ったまっすぐな声で言った。
「いいことをした人が、その功績をたたえられずに、消し去られなければならない世界。正直者が馬鹿を見る世界なんて、一度壊れてしまえばいい。それに、今の王国軍は立身出世が第一となってしまって、過去最高に腐りきっている。私は、それも改めたい。軍とは、人を守るための組織だ」
「でも、それでもやっぱり……」
「ええい! うじうじと悩むんじゃない!」
メグミさんは、俺の正面に座って俺の肩を両手でそれぞれつかんで、俺の目を見てきた。
昨日風呂で見た目と同じような、まっすぐな目を俺に向けてきた。
ごまかしの通じないまっすぐな目だった。
「君の技術はお母さんからのものだそうだな。君はお母さんを信じられないのかい?」
「いや、そんなことは……」
「そうだろう。それに私は直接見たわけじゃないが、とんでもない技術だそうじゃないか。自信を持ちなさい。大丈夫だ」
そう言ってバシッと背中を叩いてきた。
「そ、そうですか」
「ああ」
なんだかもう、この人たちが決めたことを覆すのは出来ない気がしてきた。
……あんたら阿呆だ。馬鹿だ。
「本当に、いいのか?」
「もちろんです」
「大学とか、あと仕事とかは?」
「休学届を出してきます。必ず帰ってくるつもりですから」
「私は、あ、でも、どうしよう。まずいな。う~ん」
頭を抱えて悩み始めたメグミさんはほうっておく。
「じゃあ、また、その、えっと、よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
「ああ。よろしく」
結局この三人で行くことになるのか。
「最初はどこに行くんですか?」
「実は決めてなかったんだが……ヒナミが来てくれるなら、最初はとりあえず、ヒナミが行ってるっていうリェース皇国の村に行こうと思う。魔法に詳しいのは森精種だろ? 俺の体のことについて何かわかるかもしれない」
「たしかにソウマ自身のことは、まだわからないことが多いですね」
「え! 何それヒナミちゃんが行ってるってどういうことだ⁉ 私知らない!」
これから始まるのはきっと、途方もない旅になるだろう。
なにしろ世界に平和をもたらす旅だ。
その途中でもしかしたら、俺がなぜこの世界に来たかとか、死なない俺の体のこともわかるかもしれない。
「あの、二人とも」
「ん? まだ何か言うつもりかい?」
「もうわたしたちは覚悟を決めました。何を言っても無駄ですよ」
「いや、そうじゃないんだ。一緒に行くんだから、俺の目的を言っておこうと思って」
「目的?」
「困っている人を助けること、じゃないんですか?」
「それもある。けどそれだけじゃない。俺は、この世界を平和にする」
俺は二人に向かって、俺の夢を伝える。
「俺は、亜人種がいるこの素晴らしい世界で、平和に暮らしたい。だから俺はこの世界を平和にする。この世界に、俺の平和を押し付けてやる」
正直どうやっていいかわからない。
何から手をつけていいかもわからない。
だいたい平和って何だよ。あまりにもふわふわした概念で、それを実現しようだなんて夢物語もいいとこだ。
でも、そんな夢を見てしまったんだからしょうがねえや。
やってやろうじゃねえの。
俺みたいなちっぽけな人間が、世界を変えるだって?
馬鹿なことだって? 不可能なことだって?
だが、馬鹿なことを、不可能なことを言わずして何が夢か。おいこれ誰が言ったんだすっごくいい言葉じゃないか。
「それでも、ついてきてくれるか」
一応聞いてみたものの、これは愚問だったようだ。
二人とも、馬鹿にせず、しっかりと聞き入れてくれた。
俺は二人に向かって、全力でかっこつけてこう言った。
「俺、異世界平和にするんで」
ふと窓を見ると、温かな朝日が射し込んでいた。
俺は気づいていなかったんだ。
ピースが揃ってパズルが完成したとき、そこにどんなに美しい景色が描かれていたとしても、そこにパズルの作り手は絶対に入れないってことに。
とりあえずこれで一章は終わりです。読んでくださった方ありがとうございます。次から二章に入るんでよかったらそちらも読んでみてください。