008 油断
生産系スキルLv5のすごさを知ったボクは今後何かを作る時にはなるべくLv5にしてスキルを使うことに決めた。
でも糸にする前の粘着糸や、加工前の毛皮なんかはその場で加工しておかないと色々大変だ。
具体的には粘着糸はべたべたになっちゃうし、毛皮は臭い上に若干血肉がついているので汚い。蚤や虫なんかもいるのでそのまま鞄で運搬するのはきつい。
……異世界名物のアイテムボックスはどこにいってしまったんだろう?
それっぽい魔法もないし、このままでは解体して得られる素材やら何やらで荷物が大変なことになってしまう。
今はまだレベル上げのためにここを拠点にしているからいいけれど、それもたぶん数日のうちには移動を再開する事になると思う。
だってもう当初の目的である『耐性:精神』Lv2は手に入れたわけだしね。
どうしたものかと思いながら肌触りで天にも昇りそうな極上絹のパジャマを着て毛皮の布団に包まった。
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極上絹のパジャマはとてもとても素晴らしい寝心地を齎してくれた。
もうコレは手放せない。
極上絹のパジャマから最初から着ていたチュニックとズボンに着替えた時のがっかり感は筆舌に尽くしがたいものがあったけれど、パジャマで外へ行くのは憚られる。
ひと気なんてこれっぽっちもないとか、ファンタジー生物しか見てないとか、そんな問題ではなくボクの気持ちの問題だ。
さて今日も昨日に引き続きレベル上げである。
『耐性:精神』Lv2さんがいい仕事してくれるので死骸に群がってぐっちゃぐっちゃしているファンタジー生物達を直視しても多少は平気になった。
でもやっぱり気持ち悪いとは思う。
吐き気や血の気が引いていくような実害がないので、今回は無限ループを試してみる事にする。
ぐっちゃぐっちゃやっている塊に向かって風の刃をいつもよりも増量して突撃させる。
死骸やら何やらでぐっちゃぐっちゃのぐっちょぐっちょになってしまうだろうから、最初から解体は諦めてレベル上げの効率重視でいく。荷物の問題もあるし。
断末魔をあげる暇さえなく、お食事中だった塊は次の得物へのお食事に変貌した。
それを『鷹目』で確認してから次の場所へ移動する。
待っててもいいけど2箇所か3箇所くらいに無限ループポイントを置いて巡回する方が効率がよさそうだと思ったのだ。
少し離れた3箇所に無限ループポイントを作り、1番最初のポイントに戻ってくると狙い通りファンタジー生物がお食事をしていた。
お食事の分量が増えた事により、お食事に来たメンバー数も増えている。
これぞ無限ループ。
『耐性:精神』Lv2がなければあまりの地獄絵図に吐きながら気絶していたことは言うまでもない光景が広がっている。
狙って作り出した光景ではあるが頬が引きつるのを感じる。
そっと目を逸らしてさらに大量に増量した風の刃でお食事増量作業を開始した。
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あまりにお食事の量が増えたからだろうか……3回目のお食事増量作業から2時間が経っても3箇所の無限ループポイントには一向にファンタジー生物が近寄らなくなった。
別にファンタジー生物がいなくなったわけではない。
『鷹目』で確認したところこの3箇所を明らかに避けているのがわかった。
……野生の勘かな? とか思ったけれど、どうも違うようだ。
さすがにここまであからさまだと、危険地帯だと1発でわかってしまうらしい。
見くびってたよ、ファンタジー生物。
もちっと何も考えずに餌に群がるものかと思ってた。
とにかくもうこの3箇所は意味を為していないので、悪臭も酷いし見た目にも酷すぎるので『魔法:土』で壁を作って『魔法:火』で一気に燃やしておいた。
魔力に物を言わせた高火力によりあっという間に骨まで燃やし尽くし、最後に壁を作った分の土で埋めておくのも忘れない。
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。
君達の犠牲は無駄にしないよ。
まぁ、それでも合計9回は回れたのでかなりの効率で倒せたと思う。
……レベルはあがってないけどね。
待ってる間は暇だったので今日も10秒チャージでお昼は済ませてある。
なのでこのまま『鷹目』で見つけた獲物を倒して回る。
レベル上げ作業にも慣れてきて、確かに油断もあっただろう。
しかし同じ場所でファンタジー生物を倒しまくって小さい範囲とはいえ生態系とか縄張りとか、そういうものを崩してしまったのも原因だと……後になって思う。
始まりは羽音。
なんだろうと思う暇もなく右腕にすさまじい熱を感じてボクは悲鳴をあげた。
熱は直後に激痛になり、ボクの思考はまともに働かなくなった。
視界が一気に滲んでも見えるほどの赤が右の二の腕から溢れていた。
まともに働かなくなった思考の中、想いはただ1つに集約された。
それは、『死にたくない』……だったと思う。
――こういう状況は考えなかったわけではない。
いやむしろ絶対にありえる未来として何度もシミュレートしていた。
だからこそまともに働かない思考は事前に準備していた行動予定を愚直に躊躇もなく、手加減なしで全力全開で行った。
――のだと冷静になった今だから、思える。
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『魔法:光』は怪我や病気を治療できる魔法だ。
大量出血により朦朧とし始めた意識の中で周囲に意識を向ける余裕すらなく、必死に治療を行った。
初めて魔力が枯渇寸前まで減少したけれど、怪我は傷跡すら残さず完治してくれた。
造血作用もあったのか失った血も元に戻っている感じがするし、体力もそうだ。
イメージとしては某国民的大作RPGの完全回復呪文だったんだけど、たくさん漫画化や小説化、さらにはアニメ化された時にそんな副次効果もあった気がするのでたぶんその影響だと思う。
治療が終わって余裕が出てくると周囲の状況にも目がいくようになる。
そこには幾重にも刻まれた、幅が広く深い溝があった。
溝はボクの周囲を蹂躙するように掘り込まれており、目測で大体半径20メートルにも及ぶ領域に幾重にも刻まれている。
……うろ覚えながらコレはボクがやったことだと覚えている。
命が関わるような状況でどう行動するか、というたくさんのシミュレートの中で昨晩考えた方法がたぶんこれだ。
『『魔法:風』を使った緊急安全確保方法』。
ボクが1番使っているのは『魔法:風』なので自然とその系統にシミュレートが偏る。
安全確保方法とは何か。
まず安全ではない状況とは敵対勢力による攻撃を受けている場合が最も多く予想され、その状況下で安全を確保するにはどうしたらいいのか。
昨晩考えたのは実にシンプルなものだった。
ボクのイメージできる最強の魔法で周囲を蹂躙して敵対勢力を壊滅させる。
具体的には某国民的大作RPGで風系統最強の魔法を複数発生させ、竜巻の壁を大量に作りつつ敵対勢力を潰すというものだった。
……要するにバ○クロスを連発して根こそぎ全滅させる、という作戦。
ただ考えた時にはもうちょっと冷静にやれていたはずなんだけど……現実となったときにはやっぱり冷静さなんて消し飛んじゃうようで……。
ボクの魔力量から考えて周囲20メートルの範囲で済んでいる時点で、イメージ不足だったんだと思う。
イメージ不足を補うために魔力を大量に消費して可能な分だけの範囲を蹂躙した、と。
『魔法:光』を使う前にすでに7,8割は魔力が減っていたと思うのでかなりむちゃくちゃだったんだろう。
なんとも反省点の多すぎることで……。
一先ず何を置いても現状はよろしくない。
何よりも魔力が枯渇寸前なのがよろしくない。ボクの生命線は魔法なんだから当たり前だ。
あの始めに聞こえた羽音を調べるよりもまずは急いで拠点へと逃げ帰る。
幸いにもボクのお城パートツーにつくまでに襲われることもなく、無事に辿り着く事ができた。
多少回復した魔力で中に急いで入り、すぐにいくつかスキルを解除して『魔力回復量強化』を取得する。
ホッと一息吐つくと体が震え、今更ながらに恐怖がやってきた。
耐え切れずに涙が零れ、ボクはしばらくの間恐怖に身を震わせながら声を押し殺して泣いた。
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一頻り泣き、大分すっきりした時には体の震えも治まってくれていた。
目が腫れぼったい。
かなりの時間泣いていたようで魔力も全回復していたので、『魔法:光』を腫れた目に使って治してみた。
うん、魔法ってすごいね。
気持ちも落ち着いたので、この先生き残るためにはすぐに対策を立てる必要がある。
まずあの羽音。
たぶん虫、だと思う。
すごい速さで突っ込まれて二の腕を抉られたんだろう。
たぶんそのあとすぐにバ○クロス祭りが開催されたから倒したとは思うけれど油断はできない。
ボクは今まで防御というものを全然考慮していなかった。
なぜならファンタジー生物から奇襲されることもなかったし、近寄らせる事もなかった。
心のどこかで主人公だから大丈夫とか思ってたに違いない。いやごめん、思ってましたごめんなさい。
そんな慢心というか自殺行為がこの結果だ。
いやきっとこれでも幸運だった方じゃないだろうか。
もし二の腕じゃなくて頭や首だったら即死の可能性だってあったんだから。
勉強代は高くついたけど、払った分以上の価値はあった。
これからは防御に比重を置く。
いや……過剰なくらい守りを固める方向でいった方がいいだろう。
今回でよくわかったけれど、グロ耐性の低さだけじゃなくてボクは痛みにも弱いし、思考能力が低下すると直近の思考に安易に飛びついて後先考えない行動に出るみたいだ。
わかった以上はきっちり対策しないとね。
その日はもう外に出ず、スキル辞典と睨めっこしながら頭を捻りまくった。
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