003 憎いアイツ
色々と『魔法:風』を試した結果、オーソドックスなところに落ち着く事になった。
所謂『風の刃』である。またの名をおまいた……かまいたち。
イメージするのも簡単で螺旋的なアレよりももっと少ない魔力で使えるという利点もある。
さらに風の刃なので当然のように見えない。
イメージも簡単で魔力消費も非常に少ないので、何度も練習した結果命中精度も大幅に向上した。
最初は明後日の方向というほどではないけれど、狙ったところに当てるのは難儀した。
一先ずコレで戦う準備は整ったといえる。
あ、ちなみに戦うために取得したスキルは『魔法:風』だけじゃない。
魔法での戦闘を前提とはするけれど、もちろん逃げ足も確保しておくのは忘れていない。
でもスキルポイントは10しかないので色々考えた。
結果として振り切るほどの脚は要らないだろうと考えて、『体力強化』Lv1、『身体能力強化』Lv2、『魔法:風』Lv1、『魔法イメージ強化』Lv1という構成になった。
魔法関連のスキルには『魔力強化』や『魔力回復量強化』や『魔法効果強化』などもあったけれど、どれも高い魔力で補えてしまう。今のところまだ必要ないだろう。
それでも次に優先して欲しいのは『魔力強化』かなぁ。残弾は多いほうが安心するし。
新たに取得した『魔法イメージ強化』はそのまんま魔法をイメージするときに補正がかかる。
種族特性のおかげもあり、かなりイメージがしやすくなっているのがわかる。
これでLv1なんだから恐れ入っちゃうね。
種族特性なしだとここまで顕著に違いはでないらしい。
ちなみに『魔法イメージ強化』Lv1ありとなしでは魔力消費もイメージする時間も段違いだ。
魔法を使うならこれから必須だね!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……目標発見、作戦を実行する。おーばー。
ボクの視線の先には額から雄雄しく1本のアレを猛らせる、大型犬サイズの憎いアイツがいる。
角を使って獲ったのだろう小動物的な何かをグロ動画している真っ最中というやつだ。
丸々と肥えたお尻をフリフリしながら時折お食事を止めて周りを気にしている。
でもボクには気づいていない。
背の低い草に隠れるように伏せて、且つ憎いアイツとの距離は相当離れている。
ぎりぎりグロ動画が何やってるのかわからない距離だ。これ以上近づくと精神的に負ける。
それでも時折飛び散る液体やキョロキョロする時に口の周りにこびりついたアレやソレがちょっと……いやかなりきついけど……。
種族特性のおかげで通常よりもずっと効果の高い魔法関連スキルと練習の成果で、風の刃を形成するまでにかかる時間は5秒くらいにまで縮まっている。
瞬時に、というレベルでは決して無いけれどこうして距離を取り、尚且つ不意打ちする分には十分だ。
この距離だと命中精度に不安が残るのでそこは数で対処することにしている。
形成された風の刃は5つ。
見えないけれど作り出したボクにはわかる。
鎌の刃のように緩くカーブしたような形状をした10センチメートルほどの刃が、ボクの意思に従って前方のグロ動画発生地点に殺到する。
戦闘中に相手から目を逸らすのは危険だと頭ではわかっていても見たくないものは見たくない。
だったらやらなければいいとも思うが、それはソレ。
スマホを確認すると作戦が無事成功し、ボクの初陣は勝利で終わった事がわかった。
スマホにインストールされていたアプリの1つ『ログ』にはボクの行動の結果が文章として表示されるのだ。
そこにはこう書かれている。
『仮称一角兎へ3790のダメージを与えました。
仮称一角兎の殺害に成功しました。
ベースレベル経験値28を取得しました。
スキルレベル経験値1を取得しました。
スキルレベルへの経験値蓄積が無効化されました。
以降ログへのスキルレベル経験値取得表示を非表示にできます。
Yes/No』
憎いアイツの名前が『仮称一角兎』となっているのはボクがアイツの正確な名前を知らないからだろう。
ていうかこのダメージの数値は……。
4桁ダメージってどうなんだろう? きっとこれオーバーキルだよね? 死骸を見るのはちょっと精神的に怖いので確認しないけれど……。
ベースレベルはスマホのステータスバーの電池表示の横に表示されていたアレだろうか。
スキルあり、レベルあり、ログメッセージ機能あり。うん、実にゲーム風異世界。
スキルレベル経験値の蓄積ができないというのは、きっとボクはスマホを使ってスキルを取得するからなんだろう。
じゃあ他の人は違うってこと? このスマホの機能はみんなが使えるわけじゃなくてボクのオンリーワンなんだろうか。
……やはりオレTUEEE街道まっしぐらですね!
とりあえず意味のないログなら非表示でいいよね。Yesっと。
ちなみにログにないようにベースレベルの経験値は取得できてもレベルアップはしていない。
ステータスバーの数値も1のままだ。
スキルポイントはベースレベルが上がったらもらえるのかなぁ?
まさかこのまま10ポイントをやりくりしろっては言わないだろう……。いやでも今現在のボクの魔法は4桁ダメージを与えられる上に連発だって可能だ。
……いやいやまさか。
と、とにかく憎いアイツを倒せば――殺せばとは言いたくない、主に現実逃避的な精神的な安定のアレのために――経験値が手に入る。
きっと経験値を一定量溜めればレベルアップしてくれるはず。
動物愛護団体がもしいるなら怒られそうな気もするけど、ここは異世界。きっと大丈夫。
……大丈夫だよね?
今のところファンタジーな追っかけてくる生物しか発見していないし、自分の身を守るためにもここは先手必勝。犠牲になってもらおう。
もし倒しちゃだめな保護対象だったら、知らぬ存ぜぬしながら愛護団体から逃げ足構成でどこまでも逃げよう。
……よし、覚悟完了。
4桁ダメージできっと大変なことになっているだろう憎いアイツに背を向けて、次のアイツを探し始める。
初陣のアイツは実は結構簡単に見つかっている。
魔法の練習をしたあの場所から走ってきた方に少し戻るだけで簡単に。
そしてやはりこっち側は追いかけてくるファンタジーなアイツらがうじゃうじゃいるようだ。
境界線というには曖昧だけど明らかな線引きがあるような気がする。あ、縄張り的な?
とにかく得物はうじゃうじゃ。
いやうじゃうじゃは……
「ひっ!」
1匹に見つかったのを契機にうじゃうじゃいるファンタジーなアイツら――同種っぽいの限定――が一斉にこちらにその視線を向ける。
まだ大分距離があるのに口から漏れる唸り声や涎がはっきりとわかる。
……やばっ。
一角兎のアイツはこんなにうじゃうじゃと群れてはいなかった。
今ボクに狙いを定めたこの集団は確かに『群れ』なんだろう。同時に一斉に駆け出す『6本脚の野犬』は動きだけ見ても統率されている。
統率されているということはリーダーがいるだろうから、ソレを倒せば……とか思っても実行できるわけがない。まずどれがリーダーだかわからない。
とにかく迷ってる暇はない……!
「三十六計! 逃げるに如かずー!」
このために残しておいた『身体能力強化』Lv2が火を噴く。
後ろを確認せずに全力で逃走すると『疾走』Lv2と『脚力強化』がなくても逃げる事だけはできた。
というか一定距離走ったら諦めてくれた。
やっぱり縄張り的な境界線があるんだろうか。
とにかく数は力だ。
4桁ダメージの魔法が使えても数は怖い。
戦闘経験なんて憎いアイツへの不意打ち1回だけなんだからなお更だ。
全力で走ったから乱れた息をなんとか整えて、今度は1匹でいる得物を探す事にする。
さてここで出番となるのがコレ。
みんなご存知『鷹目』さん。
望遠鏡として使える便利なスキルさんなので、これで索敵しようというわけです。
……一応『気配察知』のスキルもあったんだけど、範囲がとても狭かった。Lvを上げれば範囲が伸びるみたいなんだけど『鷹目』の方が低いLvでも遠くまで見えて……圧倒的だ。
とはいえ、所詮はLv1ある程度までしかズームは出来ない。それでもあるのとないのとでは雲泥の差なんだけどね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
6本犬の縄張りには近づかないように獲物を探しているとさっそく発見。
周りも確認して1匹しかいないことも確認済みだ。よし、コイツにしよう。
得物は一角兎くらいのサイズの芋虫だ。
なんか体表が白くて毛はないみたいだけどあんまり気持ちのいいものではない。芋虫だし、脚は遅いだろうと判断して戦うことを決める。
といっても基本は不意打ち。先手必勝、4桁ダメージだ。
音を立てないように気をつけながら近づき、風の刃が届くぎりぎりでやっぱり数で攻める。
5秒の集中のあと、一斉に飛来する見えない刃。
「ふぅ……」
ログに流れる経験値などの文章を確認して一息吐く。
あっけないけれどまだまだ戦闘経験が足りないボクにはこれくらいで十分だ。
相も変わらず死体の方は確認もしないで次の得物を探す。
……素材とかドロップアイテムとか、そういうものがあるかもしれないけれど死骸が自動的に消えるわけではない事は移動中にみつけた大型犬サイズの角が付いた骨格標本でわかっている。
そこまでこの異世界は優しくないご様子。
まぁつまりはご飯を手に入れるにはいずれは解体とかして、肉なりなんなりを手に入れる必要性があるということなんだろうけど……。
その前に街やら村に行ければそこでアルバイトでも日雇いでも何でもいいので仕事を見つければいい。
異世界ということで言葉はどうなるんだろうと思っていたが、コレもスキルにありました。
しかもいっぱい。
1番使えそうなのは『大陸共通語』。
他にも『○○国古語』とか『竜語』とか色々あった。
とりあえずコレだけあればどれかヒットするでしょう。なので言葉に関してはあんまり不安はない。
あとは一般常識とかかなぁ。
そんなことを考えながらも『鷹目』で得物を探し続けた。
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