025 旅立ち
「うぐ……えっぐ……おねえぢゃんぜんぜぇ……」
「うぅ……チギット君……」
「うわぁぁん」
ボクは今可愛らしい顔を歪ませて涙と鼻水で大変なことになっているチギット君を抱きしめて貰い泣きしている。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
オークの解体作業開始からさらに5日。
ボクと黎明の雷のメンバーはついにニルギル村を旅立って迷宮都市ラバドゥーンに向けて出発することになった。
オークの解体作業はその数の多さからそれなりに時間がかかった。
もちろん解体だけではなく、長く保存するために塩漬けにしたり、燻製にしたりと様々な作業が必要だ。
それらはもちろん村人達だけでもできる。
でも気のいい黎明の雷のメンバーはとても手伝いをしたそうだった。
なるべく早く後ろ盾を手に入れた方がいいのは確かだけれど、そこまで急ぐ話でもない。
それにギルドマスターを後ろ盾とするかどうかはまだわからない話だし、この村から話が外に漏れてしまうのはある程度仕方ないにしても相当時間がかかるはずだ。
ニルギル村は一番近くの村までそれなりの距離があるし、交流があるといってもそこまで頻繁ではない。
行商も年に数えるほどだし、大草原、またはリーファグル大森林への挑戦者も減少の一途であり、最近では黎明の雷くらいしか冒険者は訪れていないほどだ。
そんなわけでもう少しお手伝いをしていくことに。
とはいっても塩漬けや燻製には普通は時間がかかるものだ。
なので手伝う作業も肉体派の黎明の雷らしく、力仕事関連だ。
今一番勢いのある冒険者PTだけあってオークの解体作業時にも見せた一般人を明らかに超える力と体力で、どんどん仕事をこなしていく。
ボクはといえば、子供達に色々と新しい遊びを教えたり、ハイオークの魔石を使った道具の作成をしたりと結構忙しくしていたりもした。
でもそんな忙しくも楽しい日々はあっという間に過ぎ去り、無情にも出発の日はきてしまったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
泣きじゃくるチギット君を抱きしめていると、見送りにきていた一緒に遊んだ子達も泣き出してしまった。
そしてチギット君と同じようにみんなボクに抱きついてきて我慢していたボクも我慢ができなくなってくる。
……でもだめだ。ここで子供達と一緒に泣いてしまってはいけない。
だってボクはチギット君のお姉ちゃん先生なのだから。
「ぐす……チギット君、みんな、泣かないで」
「おねえぢゃんぜんぜぇえぇぇ」
「おねえぢゃぁぁあん」
「うあああぁぁん」
だんだん収拾がつかなくなりかけてきたところで一番泣いていたチギット君が落ち着いてきた。
このままではいけないと小さいながらも思ってくれたのかもしれない。ただ泣きつかれてきただけかもしれない。
だけどとにかく今がチャンスであることには変わりない。
「チギット君、先生として命じます。
毎日この砂時計が落ちるまでこの短剣をもって魔力を感じる練習をしなさい」
「ぐす……これ……僕のたんけん……まりょく……?」
「そう、魔力だよ。
チギット君が立派な魔法使いになるための修行です。
でも無理はしちゃだめ。毎日1回だけこの砂時計が落ちるまでしかやっちゃだめだからね?」
「うん」
チギット君に渡した物は彼がお父さんを治すために支払ったあの木の短剣だ。
でもあの時もらったただの木の短剣では当然ない。
この短剣こそが、『魔力感知』を取得するために必要な一般的な方法とは別の方法に必要不可欠なものなのだ。
見た目はチギット君がお父さんに作ってもらった宝物の木の短剣ではあるが、その中身がまったくの別物になっている。
ハイオークの魔石を液体状になるまで魔力を流してこんで溶かし、木の短剣に『木細工』Lv5を駆使して内部に空洞を作る。
その際に特殊な形状――まるで立体的な魔方陣のような特殊な形――の空洞を作るのが大事だ。
この特殊な形状の空洞を作るのに『木細工』のLvが最低でも3以上はいる。今回は大事を取ってLv5で作ったけれど。
作った空洞の中に液体状にしたハイオークの魔石を『魔道具作成』Lv5で特殊加工を施してから流し込む。
さらに外部から見ても、特定の人物以外には魔力を感じることができないように『魔道具作成』Lv5で加工を施して完了だ。
見た目はただの木の短剣。
その実は高Lvスキルによる細心の注意を払った特殊加工が施された立派な魔道具――『共鳴喚起の短剣』なのだ。
ちなみに世界にたった1つしかない貴重品、とかではない。
貴族なんかの富裕層あたりが子供に魔法の訓練をさせるときに作らせる物でもある。
もちろん彼らが使うような物は装飾やら何やらでもっと豪華でゴテゴテしてとても大きなものだけれど。
……ボクの作ったこの共鳴喚起の短剣は遥かに小さくて高性能だけどね。
共鳴喚起の短剣は所持することにより、内部の特殊加工した魔石が所持者の魔力と共鳴して非常に魔力を感知しやすい状況を作り出してくれる。
だが何の訓練もせずに長時間所持するのはあまりよろしくない。
なので始めは砂時計が落ちきるまで、としたのだ。
砂時計と共鳴喚起の短剣はチギット君のお母さんに管理してもらうことになっている。
毎日少しずつ共鳴喚起の短剣をもたせてゆっくり『魔力感知』を取得してもらうのだ。
チギット君はまだまだ幼い。
急げば彼の資質にもよるだろうけれど、半年かからずに『魔力感知』を取得できてしまうだろう。
でも例え魔法使いの第1歩である『魔力感知』といえど、幼い子供に取得させるべきものではないのだ。
スキルというのは様々な恩恵が得られる。
だが同時に危険も付きまとってしまう。一歩間違えればスキルはたやすく凶器となってしまうのだから。
だから修行には制限を設ける。
それに何よりもまず、チギット君には子供時代というそのときにしか体験できない日々を謳歌してほしい。
この世界の子供時代というのは非常に短い。
だからこそそんな貴重な時間を修行で潰してほしくないのだ。
……だったら共鳴喚起の短剣を渡さなければいいのだろうけれど、それはソレ。これはコレ。だってボクの初めての可愛い弟子なんだもの。
「一ヶ月か、二ヶ月したら必ずもう一度来るから、ちゃんとボクの言いつけを守るんだよ?」
「はい!」
「うん、いい子だね。チギット君ならちゃんと守ってくれるってボクは信じてる。
毎日1回、砂時計の砂が落ちるまで修行して、その他はお父さんとお母さんの言うことをちゃんと聞いてお手伝いして、みんなといっぱい、いっぱい遊ぶんだよ?」
「はい、お姉ちゃん先生!」
「よし、じゃあみんなもチギット君といっぱい遊んでいっぱいお手伝いするんだよ?」
「「はーい!」」
いつの間にかチギット君も他の子達も泣きやみ、ボクの周りには大輪の花を咲かせた子供達がいっぱいだ。
チギット君のお母さんには修行について詳しく話してあるが再度お願いする。
「昨日お話したように無理をさせないようにお願いします。
普段の保管にはお渡ししたあの箱を使ってもらえば大丈夫なはずです。
もし修行中に何か異変があった場合はお渡しした物をすぐに使ってくださいね」
「はい、何から何まで本当にありがとうございます。
言われた通りに絶対に無理はさせませんし、頂いた箱にしっかりと保管させていただきます。
何かあったらすぐにあのポーションのようなものをすぐに飲ませます」
「よろしくお願いします」
渡した保管用の箱は特殊仕様で、これも魔道具だったりする。
盗まれないように一度設置すると特定の人物以外が持とうとすると重量がかなり上がり、蓋が開かなくなる。
ルールではただの盗難は防止できないので念のためだ。
まぁ見た目はただの木の箱なのだけどね。
あと念のために体内の魔力を調整して整える特殊なポーション――『魔力調整ポーション』をいくつか渡してある。
これは黎明の雷も見たことも聞いたこともないポーションらしい。
検索して得られた情報から『錬金術』Lv5を駆使して作成した物だ。
効果についても体内で狂った魔力を正常にするだけのもので、怪我や病気が治ったり魔力が回復したりもしない。
魔法使いの訓練で極稀に使われるだけの物なので知らなくても仕方ないだろう。彼らのPTには魔法使いは1人もいないのだし。
さぁ、これでボクも何の憂いもなく出発できる。
もう二度と戻ってこないわけではない。
それどころか長くても二ヶ月。早ければ一ヶ月くらいでまた来るのだ。
少しの間のお別れに過ぎない。
黎明の雷のメンバーと共に馬車に乗り込み、見えなくなるまでずっと手を振って見送ってくれるチギット君や子供達、村人達にボクも手を振り続けた。
これで2章終了となります。
3章開始はしばし時間を置かせてもらおうかと思います。
開始するときには事前に割烹で報告したいと思います。
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