021 恩
村まで戻る間に何度も何度も村人達にお礼を言われた。
『魔法:光』による治療を初めて受けた人たちばかりだったので、あっという間に治った怪我やら病気やらに頻りに感動していた。
「村の皆を治していただきほんとうにありがとうございます。
小さな村ですので大したもてなしはできませんが、これから宴を開きたいと思います。
楽しんでいってください」
たくさんの村人達からの感謝の言葉を受けていると村長さんが宴開催を宣言し、村人達は歓声を上げて用意に走り出していく。
用意に走る村人達を見て黎明の雷のメンバーも何やら少し相談したあと村長とも話し、半数の4人が彼らの借りていた馬車に乗ってどこかに行ってしまった。
そんな彼らを横目にボクはずっと尊敬のまなざしを向けてくるチギット君と手を繋いで和やかに話しながら――ほぼ一方的にチギット君が喋っていたが――村の中央広場までやってきた。
せっかくの宴なのでボクも何かお手伝いをしようと思ったけれど、これはあなたへの感謝の宴なので、と断られてしまった。
でも何もしないのもアレなので食材を提供することにした。
借りている空き家から鞄を取ってきてその中から取り出す振りをしてそこそこの量の燻製肉を取り出す。
「ソラさん、これは?」
「リーファグルホーンラビットの燻製肉ですよ」
「「リーファグルホーンラビットの!?」」
ビックスの興味津々な質問に答えると黎明の雷のメンバーだけでなく、村長さんや近くにいた村人達からも驚愕の声が上がる。
突然あがった大声にびっくりしてしまったけれど、村人達のざわざわとした声を拾ってみるとその理由もわかった。
どうやらリーファグルホーンラビットのお肉は高級品みたいなのだ。
まぁそれなりに美味しいお肉だしねぇ。
「ほ、ほんとうによろしいのですか?」
「えぇ、あんまり量はないですけれどせっかくの宴ですし」
彼らにとっては高級品でもボクにとってはそうでもないので、取り出したそこそこの量の燻製肉はそのまま提供してしまうことにした。
恐縮する村長さんだったけれど、その目は燻製肉に釘付けだ。
今にも涎が垂れそうなほど凝視しているのに提供しないというのはちょっと可哀想だしね。
チギット君に至っては本当に涎をたらしているし。
キラキラの瞳で涎を垂らしながら燻製肉を見つめていたチギット君の口を絹のハンカチで拭いてあげる。
燻製肉を受け取った村長さんはといえば、燻製肉を高々と掲げながら村人達と大盛り上がりを見せている。
……すげぇ、子供みたい。
苦笑しながらそれを眺めていると興奮した村人達からまたもや感謝を……いやさっきよりも熱烈に感謝されてしまった。
驚愕の言葉を村長さん達と一緒に発した後は割りと静かにしていた黎明の雷のメンバーの半数――ビックス、アッド、半獣種のくまさん、獣人種のリスさん――だったけど、ついに動きを見せた。
「ソラさん、ちょっと話したいことがあるんだ。
宴の開始にはまだかかるだろうから、少し時間をもらえないだろうか?」
そういって口火を切ったのは黎明の雷のリーダーであるビックス。
いつ来るかと待ち構えていたので当然ボクは了承の言葉を返すが、チギット君がどうにも離れたがらなかった。
キラキラの尊敬の眼差しとあの可愛らしい顔で離れたくないと言われてしまうと、とてもとてもぐらぐらと心が揺れてしまう。それでもこれから話す事は純真な子供に聞かせるような話ではないだろう、と簡単に予想がつく。
離れたがらないチギット君にボクの宴のお手伝いをお願いすると、ボクの役に立てるのが嬉しいのか目を輝かせてあっさりとチギット君のお母さんと一緒に走っていってしまった。
あのくらいの子を上手に動かすには役に立っていると思わせるのが一番簡単なんだよね。
あとでいっぱい褒めてあげないとね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ソラさん、ずばり聞くけれどこれからどうするんだい?」
場所を村長さんの家のリビング――ここくらいしか大きな部屋がない――に移しての話し合いはそんな言葉から始まった。
ここにいるのはボクの他には馬車でどこかへ行ってしまった黎明の雷のメンバーの残りの4人だけだ。
村長さんは遠慮――燻製肉を掲げて大盛り上がり――して宴の準備の指揮を執っている。
「どうする、ですか?」
「あぁ、ずっとニルギル村に滞在するわけじゃないだろう?」
「あぁ、そういうことですか。
とりあえず近くの大きな街あたりにでも行ってみて色々見て回ろうかと思ってます」
「そうか、ならギルドマスターに紹介させてくれないだろうか?」
ボクの言葉を聞いて1つ頷いたビックスは色々とすっ飛ばした発言を口にする。
ビックスのあまりにも言葉足らずの発言に彼以外の3人が大きな溜息を吐いているのにはボクも苦笑を返すしかない。
「すまん、ソラさんちょっと待っててくれないか……」
「えぇと、はい」
くまさんが肩を落としながら許可を求めてくれるのを苦笑しながら返事を返すと、3人がビックスをリビングの隅に引きずっていってお説教を開始してしまった。
どうにもこのリーダーさんは交渉ごとには向いていない気がする。
リスのお姉さんにお説教を任せて戻ってきたアッドとくまさんがもう一度不出来なリーダーさんのことを謝罪し、話し合いが再開される。
「言葉足らずなリーダーですまない。あれでも普段は頼りになるんだがな……きっとソラさんがあまりにも綺麗だから緊張してしまっているんだ。許してやってくれ。
ん、ここからはオレとアッドで話を進めさせてもらうよ、ソラさん。
おっとそうだ、オレはミラーという。よろしく頼む」
「えっと……はい。こちらこそよろしくお願いします」
なんかさらっと褒められたけれど、ここは空気を読んでスルーして進める。
くまさん――ミラーさんも仕切りなおしとばかりに一度咳払いをしていたしね。
「緊張しなくてもいいぜ、ソラさん。あんたにとって悪い話ではないはずだからな」
「あぁ、だがその前に済ませなければならない話を先にしておこう」
「だな」
ミラーさんの済まさなければいけない話というのは端的に言うとアッドの治療に関する事だった。
本来あの場で交わされた契約というのは『重傷者への継続治療――近場の街までもたせる程度の治療』であって、『完治させる治療』ではなかったそうな。
そもそもがボクにそこまでの『魔法:光』の腕前は期待していなかった。するわけがなかった。
体に穴があくほどの怪我を瞬時に治せるほどの腕前というのは近場の街――ラバドゥーンにもいないほどの腕前なのだ。
それほどの腕前をもった光魔法使いがこんな小さな村にたまたま居合わせる、という方が奇跡的だとまで言われてしまった。
無論、完治を前提とした治療費の場合と重傷者への継続治療では当然違ってくる。
しかしあの場で交わした契約では支払う必要性がある金額は重傷者への継続治療の治療費となってしまうそうだ。
王国法で決まっているのは最低限の治療費の強制であって、それ以上の金額の場合は各個人間で交わされる契約が優先されるそうな。
だが命の恩人に対してそんな不義理はできない、ということで契約上は払う必要がない治療費を支払うという話だった。
しかし問題はその金額。
支払ってもらったお金は最初の契約で決まった金額――重傷者への継続治療で20万ラルに緊急依頼として契約したのでそれに1.5倍され、合計30万ラル。
しかし完治を前提とした治療費はなんと……30倍の900万ラルとなるそうだ。
本来ならばラバドゥーンまでもたせ、そこからは時間をかけて治療してもらう予定だったのだそうだ。
その間、アッドは当然安静にしていなければいけないので依頼などは参加できない。その分普段やっている依頼よりもランクを下げなければいけない。
ラバドゥーンの治療院――病院みたいなもの――で受けられる治療では完治までに1ヶ月以上――致命傷と言える怪我にしては驚くべき速度だが――はかかるだろうと予測できていたし、リハビリなどの時間も当然必要になる。
30倍かかろうが完治を前提とした治療を受けられるなら、彼らならば受けた方がいいそうだ。
黎明の雷はラバドゥーンを拠点としていて、そこまで戻れば蓄えと予備の予備の装備――予備は持ち歩いているので予備の予備――などを売って支払いはできるそうだから。
「なるほど。話はわかりました。
でも受け取れません」
「いや、しかしソラさん、あなたはアッドの命の恩人だ。何度も言うがオレ達にそんな不義理な真似はできない」
「頼む、受け取ってくれ、ソラさん!」
いつの間にお説教が終わっていたのかビックスも加わって頭を下げてくる。
でもボクとしては受け取れない。そんなつもりで治したわけじゃないし、予備の装備まで売ってしまったら何かあったときに問題が起こる事はわかりきっている。
蓄えどころか予備の装備まで売ってしまったら次にこんなことが起きたら奴隷行きまっしぐらとなってしまうだろう。
そうでなくても装備というのは消耗品なのだ。予備をもたないなんてありえない。
……ボクの杖はフェイクだからいいのだ。
一向に頭を上げようとしない4人には言っても聞かないだろう。
ならば方向を転換しよう。
もともとボクはお金が目的ではなく、恩を売る事を目的にしていたのだしね。
「わかりました」
「ほんとうか! ありがとう、ソラさん!」
「でも!」
ボクの言葉に顔をガバっと上げて喜ぶ4人にすぐさま続きを言い渡す。
「お金は要りません。その代わりボクに力を貸してください」
「……ソラさん、それは当然の」
「わかった、約束する」
「おい、アッド……」
ビックスにはうまく伝わらなかったけれど、アッド達には伝わってくれたようだ。
ボクがお金よりも恩を売りたいということがちゃんと伝わってくれてよかったよ。
でも……ビックスほんと大丈夫か……君、リーダーだろう……。
「ありがとう、ソラさん。
さっそくだが力にならせてほしい」
「はい、お願いします」
正確にボクの意図が伝わったミラーさんが何か言いたそうにしていたビックスを抑えて話題を次の段階へとシフトさせる。
村の外で彼らが相談していたときに聞こえたちょっと不安になる言葉達。
ボクの『魔法:光』の腕前の程。
それらから導き出せる答えは、とても簡単だ。
彼らもソレを危惧してこうして話し合いの場を設けてくれたのだ。
本来は彼らが進んで行ってくれようとしていたものだが……そう、ここからはボクからのお願いとなるのだ。
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