019 ルール
今にも泣き出しそうな、そんな顔をした可愛い顔の子供――よく見たら男の子がボクの腰にくっついている。
突然の事でびっくりしたけれど、この子の言葉からお父さんが怪我をしているのだろう事はわかった。
瀕死の重傷をほんの数秒で治したボクの魔法を見て、治して欲しいと思うのは極々普通の事だと思う。
それを直線的にお願いに来るのは子供の浅はかさとも素直さとも言える。でもボクはそんな浅はかさは嫌いじゃない。むしろ微笑ましいと思うし、ボクに実害がないのならこんな純粋なお願いは聞き届けたい。
……でも――
「す、すみません! チギット、やめなさい! すみません、本当にすみません!」
「なんで!? だってアッドお兄ちゃんだって治してもらったよ!? なんで!?」
男の子――チギット君のお母さんが彼をボクからすぐに引き剥がして謝ってくる。
でもチギット君は引き下がらない。
目の前で治療を施されたアッドを見ている。治せる人物がいるのに治してもらえない。
そんな彼に困ったようにしながらチギット君のお母さんはゆっくりと言い含めるように理由を説明している。
理由は単純だった。
――お金の問題。この一言に尽きる。
でもまだまだ子供なチギット君には理解できていない。見た感じ5歳くらいの男の子には少し難しかったのかもしれない。
現代日本だったら違ったのかもしれないが、ここは異世界の小さな村だ。
保育園なんてあるわけがないし、小さな子でもたくさんの情報に触れられるような場所では決してないのだ。
「僕だってお金もってるもん! 持ってるもん!」
「あ、チギット! 待ちなさい!」
そんなチギット君は零れる涙をゴシゴシと拭ってどこかに走っていってしまった。
走り去るチギット君の後を追うようにして、ボクにペコリと頭を下げてお母さんも走り出す。
ボクとしては別に治療してもよかった。
お金なんて払える人が払えばいいと思うし、彼の必死なお願いは零れた涙の量でよくわかっている。
きっとお父さんが大好きなんだろう。そんなお父さんが怪我で苦しんでいるのを見てチギット君なりに何かしたいと、子供らしい純粋な行動力でボクに突撃してきたんだ。
微笑ましいじゃないか。
――でもボクのそんな考えはこの世界では問題が多いらしい。
一連の状況を一緒に見ていたビックスがボクの横に並んでその理由を教えてくれた。
「ソラさん、すまないが彼の父親を治療するのはやめておいてくれないか。
彼等に治療費を払えるほどの金はないんだ……」
「お金なんてボクは……」
「……やはり、そうか。失礼だがソラさん、あなたは治療をする際に費用を自分で取り立てた事があるかい? ないだろう?」
突然なんだろうとは思ったが、これは重要な事なんだろう。ビックスの顔はすごく真剣だ。
その隣のアッドも何かを理解したように納得していたが、やはりビックス同様に真剣な顔をしている。
「……えっと、はい。ありません」
ないのも当然だ。ボクは他人を治療したのなんてアッドが初めてだし、治療自体もまだ2回目なんだから。
……でもそれを考えるとよく治せたなぁ。異世界人にもボクのイメージが効いてくれてよかった。いやもしかしたら魔力の万能性がうまいこと働いたのかな?
「すまない、咎めているわけではないんだ。治療者にはよくあることなんだ。
掻い摘んで言うと、王国法で決まっていて治療をする事は最低限の契約に引っかかるんだ。
その契約内容というのは『治療する際に発生する支払額の最低限度』というものだ」
王国法……。
そういえばステータスカードのルールには『リトリス王国法』とあった。
つまり領域内――村の中での治療には最低限の支払いが必須ということ?
「えっとつまり……」
「最低限の支払いが出来ない場合はルール違反となる。
牢に飛ばされるし、そこで決められた保釈金が払えなければ罪人となってしまう。
治療費が発生している場合は、保釈金に加えて治療費も上乗せされる。
……払えない者は多い。ほとんどの場合は奴隷落ちだ」
「……奴隷」
ボクがよくわかっていないことを理解しているからか、ビックスの説明はわかりやすく端的だ。
この世界――ミジェスギラはご多分に漏れずほとんどの国が封建社会であり、最底辺には奴隷が存在する。
奴隷には人権など当然存在しない。物として扱われ、どのように扱おうと主の自由だ。それは生殺与奪にも及び、奴隷を殺しても罪にはならない。
もちろん公共の場で処刑をするような事は、美観や衛生などの観念からある程度の罪にはなるが、決して殺人にはならない。
自分の物を壊して街を汚した、その程度の犯罪とも言えないような軽犯罪なのだ。よってルール違反にもならないし、それが常識だ。
「ソラさん、あなたにそんなつもりはなくてもあの場合は治療を受けた側が治療費を支払えないならば……問答無用でそうなるんだ。
もう1度言う、彼等に治療をするのはやめてくれ。頼む」
頭を下げるビックスにボクはなんとも複雑な思いを抱かざるを得ない。
治せるのに治してあげられない。チギット君の涙。彼の純粋な願い。
……そして――
「だったら村の外で治療をすればいいんじゃないですか?」
「「……は?」」
常識に囚われすぎている彼らの狭い考えに。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お姉ちゃん! お金! ボクの全部あげる! あとボクの宝物もあげるから!
お願い、お父さんを治して!」
「待ちなさい、チギット!」
チギット君は息を切らせて戻ってくるなりその両手に握り締めたお金――14ラル――をボクに渡してきた。
お金のほかにもチギット君の宝物だという、木の短剣も。
遅れて戻ってきたお母さんが必死に彼を引き離すけれどもうお金も短剣もボクに渡した後だ。
「すみません! ほんとうにすみません! 子供の言う事ですので本当にすみません!」
このまま治療されれば治療費が払えなくて奴隷落ちしてしまう。
だからお母さんは必死で頭を下げてボクに治療をしないでくれと懇願してくる。
……これがこの世界の実情。なんとも言えない気持ち悪さがこみ上げてくるけれど、すでにボクは回避策を提案し、ビックス達にも確認を取り終えている。
ボクの提案を受けて呆けた様な唖然とした顔をしていたビックスとアッドだったが、盲点というか発想の転換というか、とにかく常識だと思い見ていなかった部分を目の前に引っ張り出され混乱した。
でもそんな混乱もほんの少しの間だけ。すぐさま彼等は黎明の雷のメンバーを集めて話し合い『問題ない』という結論に達した。
こういった盲点を突く発想というのは長い間常識として刷り込まれた人達にとって本当に気づきにくいものだ。
例え気づいても常識が邪魔をして実行に移す事を躊躇わせる。
今回の治療に関しては特にそうだ。
間違っていればルール違反で牢屋行き。最悪奴隷落ちだ。人生を賭けるには無茶が過ぎる。
さらには周囲の状況や黎明の雷の反応からしても、『魔法:光』というスキルの所持者は稀有な存在だとわかる。
そんな稀有な存在が必要なのだから実験するにも簡単にはいかない。
常識や状況が事実を覆い隠しており、さらに『治療費の強制』は王国法で定められた立派な法。
どう考えても上が状況と情報を操作して、下に疑問を抱かせないようにしていた可能性が高い。
……つまりはこの辺は『王国の闇』の部分に該当するんじゃないだろうか。
バレたらただじゃすまない、と。
その辺まで考慮に入れて真剣に検討してくれた黎明の雷には感謝してもし足りない。
知識はあっても常識が欠けているボクにこんな大きな話の判断は正直手に余る。
でもその辺は冒険者として、様々な経験をしている黎明の雷が協力してくれるので問題ないのだ。
「チギット君、残念ながら今のボクは君のお父さんを治してあげられない」
「なんで!? お金が足りないの!? ボクなんでも」
「聞いて、チギット君」
「えぐ……うん」
ボクの言葉にポロポロと大粒の涙を零しながらも必死に訴える小さな男の子。
ちょっと胸が痛い。でもこれは必要なことなんだ。
「チギット君のお父さんを村の外に連れてきてほしいんだ。
連れて行くのはビックスさんが手伝ってくれるから、いい?」
「連れて行ったら治してくれる……?」
「もちろん」
「わかった!」
……王国の闇とか大げさに言っては見たけれど、要するにバレなければいいのだ。
このニルギル村で黎明の雷への信頼は身内レベルに高い。
そんな彼らの一員であるアッドを瀕死の重傷から救ったボクを売るような事はないだろうけれど、念のためにビックスとアッド以外のメンバーが村人を全員集めてその上で村長さんに口止めをさせている。
一応それだけでは足りないと思うので、その上で恩も売る。
村にはチギット君のお父さん以外にも怪我人が数人いるそうだ。怪我の大小でいえばチギット君のお父さんが1番重傷だけど、それでも仕事に支障をきたしている。
その人達も治してしまおうというわけである。
お金がなく、ポーションや傷薬なんかもいざという時のために取っておける家も少ない村なのだ。
大事な働き手である人達の怪我は生活に直結しかねない。しかし治療の基本は安静にして自然回復を待つしかない。
ただでさえ稀有な『魔法:光』による治療は大きな大きな恩になる事は疑いようが無いだろう。
小さな村の結束力というのは非常に高い。
家族でない者への治療でも村人全員に恩を売れるのだ。
かくして村ぐるみでの『強制治療費回避作戦』は実行された。
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