018 奇跡
ボクが足を向けたその先には悲しそうに俯き、悔しそうに歯を食いしばっている武装をした人達が7人。
村長さんは隣にやってきた奥さんの肩を抱き、目を瞑って胸に手を当てている。
そんな皆の中心にはお腹に穴の空いた男性が1人。
虚ろな目をしているがそれでもその顔には力のない笑みが浮かんでいる。
ボクが近づく間にも武装した人達に消え入りそうな声で最後の言葉を託そうとしている。
そんな彼の言葉を一字一句逃すまいと武装した人達は目に涙を溜めながらも聞いている。
今からボクがすることはこのシーンをぶち壊すことになるけれど、ぶち壊した方が彼等も喜んでくれるだろう。
だから声をかけるのすら躊躇われるこの瞬間にボクは1歩を踏み出す。
「あの~」
「……! ポーションがあるのか!?」
ボクのかけた声に地面に力なく座っていた黎明の雷のリーダーと思しき男――ビックスが急激な動作で顔を向けると掴みかからんばかりに迫ってきた。
「わわ、ちょ、ちょっとまって!」
「頼む! 少しでもいいんだ! ポーションでも傷薬でもなんでもいいからわけてくれ!」
明らかに村人とは違うボクが声をかけてきたのだから、ポーションなり傷薬の持ち合わせがあると思ったのだろう。
その勢いはまさに鬼気迫るといったもので、ボクの周囲3センチメートルに張られている『魔力障壁』がボクへのダメージを感知して障壁として機能しているのにすら気がつかないほどだ。
『魔力障壁』はLv3になったことで新たな機能を獲得している。
それは様々な条件設定という機能だ。
この条件設定がとても便利で、今さっきのようにボクへダメージとなるような接触に対してのみ発動するような設定も出来る。
それ以外では『魔力障壁』は機能せず、素通りできてしまうのだ。
この機能により村での活動がとても楽になったのは言うまでもない。
閑話休題。
「ちょ、まって! 落ち着いて! ボクは光魔法が使えるんです!」
「……えっ」
かなり力が入っていたのだろう、両手で肩の部分の『魔力障壁』を掴み耐久力をほんの少しずつとはいえ減らしていたその手から若干力が抜けて、ビックスの動きが完全に止まる。
「ほ、ほん」
「頼む! アッドを治してくれ!」
「お願い! 治して!」
「金ならある! 頼む!」
呆然とし、掠れた声を出そうとしたビックスを押しのけてアッドの遺言を聞いていたほかのメンバーがボクに迫ってくる。
その勢いは押しのけられたビックスが地面を転がるほどの勢いだったし、体重の軽いボクは完全に足が地面から浮いていたりもした。
……まぁ足が浮いていたのは板金鎧を着たくまさんがボクを逃すまいと持ち上げていたからだったんだけど。
そのまま有無を言わさず――地面を転がされたビックスは放置したまま――アッドの傍まで運ばれて――今回はダメージは発生しなかったようで『魔力障壁』は機能していない。くまさんは出来る人のようだ――、なぜだか料金の相談になってしまった。
瀕死の重傷でいつ死んでもおかしくないアッドの治療よりもまずお金の話というのはどうなんだろうか。
あれほどアッドを救ってくれと言っていたのに一転してこれだからボクも呆気に取られてしまう。
「……緊急依頼でもちろん処理してくれ。重傷者への継続治療料金で、だ。これがオレ達のギルド証だ」
「……あ、えっとはい」
なんだかよくわからないまま話は進み、ドッグタグみたいな金属板を7枚押し付けられて話は終わった。かなり一方的なものだったけれど、終わってみれば20秒もかかっていなかったと思う。
ほんとなんだったんだろうか。
とにかくこれでやっと治療が出来そうだ。
意識が混濁し始めたのかブツブツと独り言を呟きはじめているアッドの傍で膝を突いて傷を確認する。
……遠めに見ていたらそこまでではなかったけれど、ここまで近くでみるとやっぱり気持ち悪い。『耐性:精神』Lv2がなかったら大変なことになっていただろうなぁ。
傷口は砂利やら木片やらがこびりついていて、このまま治療したのでは感染症が怖そうだ。
ボクが腕を抉られた時はよほど運がよかったんだろう。あの時は『魔法:光』の治療だけで特に問題はなかった。万全を期すなら『魔法:生活』で汚れや異物を除去して解毒を済ませてからやるべきだったのだ。
だから今回はそうする。
まずは『魔法:生活』で傷口を綺麗にする。
「なんですぐに治療をはじめ」
「やめろ! 俺達は彼女に任せたんだ、口を挟むのは契約違反だぞ!」
「うっ……」
ボクが治療を始めずに『魔法:生活』を使い始めたのを見て、魔法の種類をすぐに悟った弓を肩にかけた半獣種のネズミ族の女性が険しい声を出した。
しかしすぐにそれはボクを持ち上げて逃がさないようにしていた半獣種の鎧くまさんが遮る。
あれ、いつ契約なんてしたんだろう? さっきの一方的な料金の相談がソレだったの? どゆこと?
でもおかげでネズミ族の女性は引き下がってくれた。
何はともあれ今は治療に専念しよう。
……ボクの膨大な魔力に物を言わせた複数回数の『魔法:生活』の連続使用により、汚れはすぐに除去し終わった。
解毒やら滅菌やらのためにこれまた魔力を大盤振る舞いで『魔法:光』を使用する。
ボクを取り囲んで様子を見ている黎明の雷のメンバーからは息を呑む雰囲気が伝わってくる。まぁこれから治療開始だし緊張もするよね。
使う魔法のイメージはボクの腕を治すときと同じ――某国民的RPGの完全回復呪文。
ボクのイメージをスキルが補助し、そのスキルを種族特性が後押しする。
一般人では到底賄えない量の魔力がイメージを現実に反映させる。
――人体に大きな穴が空く。
それは紛れもなく致命傷であり、地球だったらほとんどの人が即死である可能性が高いほどの怪我だ。
この世界――ミジェスギラでも致命傷ではあるが、それでもアッドは未だ生きている。
ポーションやら傷薬やらで命を繋いでいるとはいえ、驚異的と言っていいはずだ。
……ゲームのようにベースレベルが上がればHP……生命力が上がり、今のアッドのように死にづらくなるのだろうか。
とても試す気にはならないので後で検索しよう。
そんな考えが一瞬だけ過ぎり、穴の空いた人体に奇跡が起こる。
その光景はまさに奇跡としかいえないものだった。
自分の腕を治した時はその光景をまったく覚えていないし、それ以降は大きな怪我なんて負っていない。
必然的にこんな……まるで映画やアニメの中でしか見れない――骨と内臓と血管が穴の奥から順に再生されていくような、とても一言では言い表せない光景を見たのは初めてだ。
……ほんの数秒で最後に皮が再生され、大穴が空いていた人体は今や完全にその痕跡を消していた。
周囲からは先ほどまでささやく様に聞こえていた声が完全に消えている。
ボクを囲んでいる黎明の雷のメンバーも信じられないものを見たように呆然としている。
……あぁ、やっぱりやりすぎだったみたいだ。
まぁでもそれを差し引いてもボクはアッドを助けようと思ったんだ。後悔はない。
彼のあの清い行いにあの瞬間、紛れもなくボクは心を打たれたのだから。
「ビックス! 馬車とってきたぞ! 早くアッドを乗せ……あれ?」
馬の嘶きと共にガラガラと音を立ててやってきた馬車――幌のない荷台タイプのやつ――の御者席で、人垣を飛び越えて着地したあの獣人種の犬族の男性が間抜けな声をあげた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ほんとうにありがとう。あなたのおかげでアッドは助かった。ほんとうにありがとう」
「いえいえ、礼には及びませんよ~」
「今ナル達……あぁ、私のPTのメンバーに金を取りに行かせているから少しだけ待ってくれ」
ボクの魔法での治療を目の当たりにして思考停止になっていた彼等――黎明の雷のメンバーは割りとすぐに再起動を果たした。
なぜならすぐにアッドが意識を取り戻したからだ。
造血作用や体力の回復作用もあるはずなので別に驚きはしない……ボクはだけど。
それに比べて黎明の雷はというと……一頻りアッドをもみくちゃにして泣き、喜び、回復を大いに、本当に周囲を気にすることなく大いに祝った。
アッドも自分に何が起こったのか最初はわかっていなかったが、すぐに傷が完全に治っている事を理解して驚愕していた。
まぁその間も仲間達にもみくちゃにされていたわけだけど。
しばらくそうしてアッドがボロボロ――そうみえるだけで別に怪我なんてない――になった頃、改めてリーダーであるビックスがボクに頭を下げてきてやっと自己紹介が終わったところだ。
彼の言うとおり純人種の女性――ナルさんとやらが村長さんの家の方に走っていったのもチラッと見ていた。
彼女が戻ってくるまでにまだ時間もあるみたいだ。
ビックスは何やら他にもボクに言いたそうにしているがなかなか言い出せない。なんというか、とても気まずそうだ。
……一体なんだろう?
「あー……その、なんだ。もしあなたが」
「あんたがオレの恩人か! オレはアッドだ。本当に助かったぜ、礼を言わせてくれ!」
「……おい、アッド」
「なんだよ、リーダー」
「今私は大事な話をだな」
「やめとけやめとけ。ミラー達から聞いたぞ。大神官を軽く凌ぐ腕だってな。オレたちには無理だ」
話し始めたビックスを遮るように彼を押しのけたアッドはやれやれといった具合だ。
あぁ、コレは流れ的にボクの勧誘といったところだろうか。でもそれをアッドが無理だからやめろと止めた、という感じだろう。
……無理っていうのは黎明の雷では分不相応という意味なのだろうか。大神官がどれほどのものなのかは知らないが、やはりボクの『魔法:光』は相当なようだ。うん、チートすごい。
「……あぁそう、だな」
「そういうわけだ、今のは忘れてくれ。
だがあんたはオレの命の恩人だ。どんなことでも言ってくれ、力になる。たとえ何が相手だろうとかまわねぇ」
俯くビックスとは対照的に頼もしそうな笑みを浮かべてそう言ってくれるアッドにやっぱり助けてよかったと心から思う。
ボクの見立て通りに恩には恩で報いてくれるいいやつだ。
「初めまして……っていうのもなんか変ですね、でも自己紹介しますね。
ボクの名前はソラです。じゃあいつか困った時にはお願いしてもいいですか?」
「もちろんだ、なんなら今からでもいいぜ? ソラさん」
「今は特に困ってないですね~」
「そうか、でもいつでもいってくれ」
なんだろうか、ボクは特に今困っていないのだけれど困っているように見えるのだろうか?
まぁ確かにちょっとしか話してはいないが彼らの話の中にわからないことはいっぱいあった。
あんな状況でも不思議そうにしていたボクの事は周りのメンバーがしっかり覚えていたのだろう。
……やはり検索して得られるだけの『情報』では、『常識』を補完するのは難しい。
「わひゃっ」
日本人お得意の曖昧な笑みで誤魔化そうとしていたら、背中に何かが激突してきてびっくりして変な声をあげてしまった。
「おねえちゃん! 僕のお父さんも治して!」
首を捻って腰の辺りを見てみると、そこには5歳くらいのなんとも可愛らしい顔の子供が泣きそうな顔をしてくっついていた。
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