017 黎明の雷
「こんなもんかな」
完成したシンプルな木製の髪留めで、耳がよく見えるように髪を留める。
これでいちいち耳を見せる必要がなくなる。
結構面倒だったんだよね。以前は髪を長くしたことなんてなかったし、意識してないとすぐ忘れちゃう。
現にお店に行ったときは覚えていたけれど、村長さん宅に行った時は忘れててお嬢ちゃん扱いをされて思い出したほどだ。
門番くまさんや村人同様村長さんもいい人だったのですぐ謝ってくれたけれど。
そんないい人な村長さんに紹介してもらった空家で髪留めを作ったのだ。
『木細工』スキルLv5を持ってすればただの髪留めも一級品になる。
細かい装飾まで楽勝で入れられるけれど、さすがにそれはやめておいた。それでも丁寧にヤスリ掛けをしたような触り心地のとてもよい一品に仕上がっている。
これくらいならば手にとって良く見なければわからない。隠れた名品って感じだ。
紹介された空家は1晩で500ラルと言う値段にも関わらず、中は綺麗に掃除が行き届いていて気になるところは一切ない。
もちろん小さな村の空家なので相応の家具と広さだ。そう、空家でも旅人や冒険者用の宿として活用されているからか、最低限の家具は揃っている状態なのだ。
ほとんど木造の家具ばかりだがそれはソレでなんとも趣があってよい。
ベッドはさすがにスプリングの効いたものではなく、藁の上に毛皮が敷かれたものだった。
まぁ今まで土を固めたベッドに毛皮の布団だったんだから幾分かマシなのは確実だ。
もちろんこの藁のベッドの上にボクが使っている毛皮の布団を敷いて寝る予定だけど。
これだけ揃って一晩500ラルは非常に安いと思う。
でもニルギル村は行商も年に数えるほどしかこないような場所だ。家も人が住んで使った方がいいってどこかで聞いたことがある。
無料で貸すのは村の体裁的にもあまりよろしくない。この村では家を無料で貸してくれるなんて噂が広まったら善からぬ輩が集まってきかねないだろう。家具も揃ってるしね。
だから最低限、大部屋雑魚寝の宿屋と同じ程度の料金をとっているのだろう。
ちなみに大部屋雑魚寝はベッドもクローゼットも何もない部屋で床に寝るっていう方式。 毛布も枕もないし、貸してもらうなら有料。雨風凌げればいいっていうレベルの人向けのものなのだそうだ。所持品なんかの管理も自己責任だし、ルールではただの盗難は防げないわけだしね。
あ、ちなみにトイレは所謂ぼっとん便所と呼ばれる、小さな部屋に穴が開いているだけのトイレだった。
あんまり借りる人がいないからなのか、臭いはほとんどしなかった。
トイレットペーパーは当然なく、柔らかい葉っぱが何枚も置いてあるだけだった。もちろんボクは自作のトイレットペーパーを使うけどね。
あと残念なことにお風呂はなかった。まぁこれは予想してたけどね。
自作のお風呂を設置するほどのスペースもないのでさすがに村にいる間はお風呂には入れそうもない。『魔法:生活』でなんとか凌ごう……。
お昼は台所――竈と水瓶が置いてあるだけ――で、村長さんがご厚意で分けてくれた塩と香草で味を調えたお肉を焼いてみた。
今まで塩すらもなかった焼肉が劇的に進化したのは言うまでもない。『調理』Lv5もまだまだ不満そうではあったが、それでも塩も何もない状態よりは力を発揮できていたようだ。
思わず頬に手を添えて溜め息が漏れそうになる焼肉を、お腹一杯食べた後は万屋で眺めるだけだった品物を作り始める。
ボクは生産系のスキルで材料さえあれば大抵の物は作れてしまう。
だから別に買う必要もないのだ。
まぁ材料集めが面倒だったり、時間がなかったりしたら買ってしまう方がいいだろうけれど。
髪留めの他にも細々とした日用雑貨を作っていく。
サバイバル? していた時にもある程度の物は作っているので、万屋で見かけた作っていなかった物が中心だ。
髪の事を気にしだしたのもあって櫛を作ったり、髪留めをいくつかバリエーションを変えて作ってみたり。
『アイテムボックス』に収納していた木材の残りもそれほど多くもないので木工品は小さい物を中心としている。
あとは毛皮の糸を使ったバスタオルだとか、ハンドタオルだったりだとか。
それほどの量ではなかったが時間はあっという間に過ぎ去り、いつの間にかおやつ時になっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
大体の物は作り終えたので村の散策にもう1度出かける。
娯楽なんてなさそうな小さな村だが、見るもの全てがボクにとっては新鮮で飽きない。
村を軽く一周してから、村の外――柵よりも外側――に出てステータスカードが出せるかどうか試してみる。
思ったとおりに柵が村の境界線となっているようで、ステータスカードは柵を境にして出す事ができなくなっていた。
ステータスカードを出したまま柵を越えると、柵を越えた瞬間にステータスカードが消滅していたりもした。
ステータスカードや領域に関して疑問に思っていた事を試していると、何やら村の方が騒がしくなっているのに気づいた。
若干の悲鳴や戸惑いの声、それに混じって悲痛な色を伴った大声も聞こえる。
……何かあったのだろうか。
村の中に入ると中央の広場になっているところに人だかりが出来ている。
こんなに人がいたのかと思うほど集まっている人だかりの中央には金属の鎧や革の鎧で武装をした人達が居て、その中心にはお腹に穴が空いた人が横たわっていた。
周りの武装している人達はその人をここまで運んできたのだろう、返り血に塗れている。
よく見ればボクが入ってきた村の入り口ではない方に向かって血の跡が続いている。
あの方角は確か森があったような。
つまりはこの人達はオーク討伐を請け負っていた黎明の雷?
その予想は当たっていたようで村の人達が心配そうに話している内容にも黎明の雷という名前が何度も出てきている。
「ビックスさん! これ使ってください!」
「こっちも持ってきたぞ!」
「うちのも持って来たよ!」
周りの声を拾って情報収集をしていると、そんな人だかりを割って何人もの村人達が手に手に緑色の液体の入った小瓶を持ってきてはビックスと呼んでいた人やその周囲にいる武装した人達に渡している。
あれは万屋で見た下級生命のポーションだ。
1本6000ラルもする物を惜しげもなく渡している事からも彼等が村人達に慕われているのがわかる。
ボクが集めた情報でも彼等は村人のために色々な事をしていたし、それが報われている形なんだろう。
万屋のおばちゃんも店にあった2本の下級生命のポーションを持ってきて渡していたが、下級生命のポーションではやはり効きが悪いようだ。
お腹に空いた穴はどうみても致命傷にしか見えない。
だが勢いのあるPTだとも聞いていたのでそれなりに強いのだろう。ぎりぎりのところでまだ命を落とさずに済んでいるようだ。
それでもポーションを持ってくる村人の数はそう多くない。
ポーションの数自体が少ないのだ。特にニルギル村は小さな村だし、おばちゃんの話ではポーションを買える家はそう多くないって話だった。
それでも惜しむ事無くポーションを渡している村人達。
……かなりいい人達なんだろうなぁ、黎明の雷。
それでも現実は非情だ。
大量のポーションを使用――患部にぶっかけていた――しても傷はまったく塞がっていない。ただ出血量は目に見えて減ってはいた。
……血自体がなくなってきているだけかもしれないけれど。あれ? 出血死ってどのくらいの血液が流れ出たらなるんだっけな。
「ビックス! 村長さんが虎の子の中級をくれた!」
「本当か!? アッド! しっかりしろ! こんなところで死ぬのは絶対に許さないぞ!」
半獣種の犬族の戦士が人だかりを飛び越えて転がりながらも着地を決める。
ビックスと呼ばれている血で鎧も服もすごいことになっている人に、緑色が深くなっていて青汁みたいな色になっている液体が入った瓶を勢いそのままに投げ渡した。
人だかりを飛び越えてくるなんてすごい身体能力だ。……あ、でもボクもできるかな。
彼らの話からしてあの青汁みたいな色なのが、中級生命のポーションなのだろう。
中級になると治せる範囲がかなり広くなる。
複雑骨折でもなければ骨が折れていても治るくらいにその治癒能力は高まる。
……でも体に空いた穴までは塞がらないだろう。
彼らの様子から中級生命のポーション以上の物はもってなさそうだ。村長さんのも虎の子だったみたいだし。
青汁――中級生命のポーションを患部にまたもやぶっかけると今度は目に見える変化がおきた。
患部から煙があがり、肉が蠢いているのだ。ぶっちゃけ気持ち悪い。
でもやっぱり傷が塞がるようなレベルではない。
だが効果は確実にあったのか、ぐったりして意識を失っていた体に穴の空いた人――アッドが意識を取り戻した。
「ゴホッ……グ……あぁ……ビックス……すまねぇ……どじっちまったなぁ」
「アッド! アッド! 黙ってろ! 絶対助けてやるからな! お前を死なせてたまるか!
頼む! なんでもいい! ポーションをもっと! 頼む! お願いします!」
地面に頭を叩きつけて懇願するビックスだが、周囲を囲む村人にはどうすることもできないみたいだ。
それもそうだ。家に下級生命のポーションを備蓄している人すらこの村には極少数で、その備蓄していた人達は言われるまでもなく進んで提供したあとなのだから。
ビックスの悲痛な願いを聞き届けることができない村人達は悔しそうにして俯いてしまう。
アッドの治療をしている黎明の雷のメンバーだろう武装した人達も状況を理解しているのだろう、悔しそうな悲痛な表情だ。
「……ビックス、オレはどじっちまったがオークなんて楽勝だったよな……?
オレ達は……ゴホッ! オークしか……オークだけしか、いなかった群れをきっちり楽勝で殲滅したよな!」
「アッド……」
アッドが血を吐きながらも口にした言葉にはボクは違和感しか感じなかった。
死にそうになっている今この瞬間に言う言葉だろうか。
まるで黎明の雷が討伐したのがオークだけではないような言い草だ。
「……あぁ……アッド、オレ達が殲滅したのはオークだ。オークだけしかいなかった。
……ばかやろう……」
「へへ……そうこなきゃな……ゴホッゴホ」
アッドの言葉に額に土をこびりつけたビックスが泣きそうになりながら声を絞りだしている。
違和感しか感じない言葉だけど、彼らにとってはとても大事なことなんだろう。
こんな死にそうになっている時にまで確認しなければならないほどに。
「アッド殿……なんという……ビックス殿……」
「すみません、村長。オークの群れは全て殲滅しました。だから依頼は大丈夫です」
「そんな事は今は!」
「いいえ! 大事な事です! 大事な事……なんですッ!」
「ビックス殿……」
奥歯を砕かんばかりの悲痛な表情で村長に答えるビックス。
正直ボクにはまったく意味がわからなくて彼らのテンションにいまいち追いつけない。
しかし状況がいまいち飲み込めなかったボクだけれど、周囲を囲む村人の小さな話し声でやっと少しずつだけれど理解する事ができてきた。
黎明の雷はオークの群れの討伐という依頼を受けていた。
しかし対象外となる何か他の魔物がいたのだろう。そのせいでアッドが瀕死の重傷を負ったがなんとかその魔物も含めて殲滅できた。
肝心なのは、オーク以外の危険な魔物がいた場合は追加料金が発生する事らしい。
どうやらこの村はボクの見立てと違って貧乏だったみたいだ。
もしくはオークの討伐が意外と高いのか。
まぁどちらにしてもそんな追加料金を支払う金はない。では金がないならどうするのか。
それは大きな借金となり、大きな借金はこんな小さな村では待ってもらえず、即座に回収される事になる。
……それはつまり、身売り。奴隷だ。
この異世界ミジェスギラにはご多分に漏れず奴隷制度が存在する。
借金や口減らしのために奴隷に身を落とす人はかなり多いのかもしれない。そして当然ながら奴隷に人権など――人権と言う概念すらこの世界にはないみたいだけど――存在せず、奴隷は基本的に物扱いだ。
ギルドからわざわざ馬車を借りたりしてまで村に貢献していた黎明の雷がそんなことを許すはずが無い。
だからアッドはこの状況、タイミングであんな話をしたんだろう。
というのが小さな声で話していた村人の声を断片的に集めて考えたボクの結論。
もちろん違っている可能性もある。
でも大体合ってるのだろう。
村人達、村長さん、黎明の雷のメンバー達の表情を見ればわかる。
……これは思った以上にいい人達だなぁこの人達。
心を打たれるというのはこういうことを言うんだろうね。
ボクの足は自然と絶望に染まっているその中心へと踏み出した。
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