016 万屋のおばちゃん
自分以外からは手帳にしか見えないスマホを鞄――新たに作った紙ではない革の鞄――に仕舞う振りをして手に収納すると、肩にかけられるようにつけた紐を引いてフェイク用の杖を肩から降ろす。
門番くまさんはボクのこの杖をみても特に何もいってこなかった。チラッと一瞥だけくれただけで気にするそぶりもなかった。
発動体の象徴である特殊加工された魔石はねじれた杖の先で覆われているので見えにくい。
一見しただけでは発動体には見えなくても仕方ないかもしれない。
でもそんなんでいいのか門番くまさん。小さな村だしいいんだろうなぁ。
ちなみに今のボクの格好は一角兎の毛皮をそのまま『紡績』で糸にして、さらに『製布』で布にしたものを『裁縫』で加工したものを着ている。
簡単な上下で、検索して調べた一般的な頑丈な旅装風の衣装だ。そしてその上に増幅体である純白のケープを羽織り、さらに同じ毛皮製の布で作ったフード付きのマントを羽織っている。
純白のケープはちょっと目立つと思うのだ。
何せ染み1つ穢れ1つない真っ白な光沢だ。一目見て上等な代物だとわかる。
要らぬ面倒は避けたいのでこうして前をしっかりと留められるマントを用意してみたのだ。
スマホのカレンダー的には初秋に入ったばかりのようだが、夜以外は別段寒くない。
でも陽が出ていないときに吹く風はちょっと涼しいを越し始めている。マントを羽織っていても不思議ではないだろう。
何よりも、旅人といったらマントだしね。
村の中を散策し始めるとよくわかる。まだお昼前だからか、村人は畑の世話に出ているようで人影はかなり疎らだ。
でもその少ない村人はボクが軽く会釈すると笑顔で同じように会釈を返してくれる。
こういう小さな村は排他的な印象があるけれど、この村――ニルギル村はそうではないみたいだ。
門番くまさんもそうだったように、村人の印象は長閑で温かい。居心地のよさそうなところだ。
村の家々も木造で簡素ではあるが、隙間風や雨漏りなんかはしてなさそうだ。
裕福ではないが特に貧乏というわけでもなさそう。
鶏のような生物――鶏冠が鮮やかな緑色だった――や、山羊のような生物――尻尾がかなり太い――などが放し飼いにされていたりはしているが、中世時代の村や街でよくあるような汚物が垂れ流されていたりするような事はないようだ。
汚臭なども全然せず、村の道――石畳ではなく土の道――も割りと手入れされていて大きな凸凹は見受けられない。
村の周囲に広がっている畑ではたくさんの人達が農作業に従事していて、その道具1つを見てもそれなりに文化水準は高そうに思える。
鍬の先には鉄の刃が取り付けてあるようだし、鋤なんかもあるようだ。
鋤を引っ張っているのは牛のような生物――短い角が頭の側面と額の合計3本あった――だ。農耕用の家畜? を使っている事からも村にある程度のお金があるのがわかる。
ボクが思っていたよりもずっと裕福そうな村だ。
ボクが異世界物の主人公だったら、最初の村あたりでNAISEIして発展させてーって感じもありなはずだ。
でもボクがNAISEIしようにも文化水準が思ったより高そうなので手の出しようがない。
……この村でのNAISEIはないっぽいなぁ。
畑で作業をする村人を眺めたり、村の中を眺めたりと軽く散策をして教えてもらった村に1軒しかない万屋までやってきた。
行けばわかるという言葉は本当で小さな村に1軒しかない店に相応しいこじんまりとしたものだった。
でも他の家とは違い、正面が大きく開いていて陳列してある品物が見えるようになっているので1発でわかった。
中を覗いてみると恰幅のいいおばちゃん――純人種――が店番をしていて眠そうにしていた。
「あのぅ……」
「……いらっしゃい! おや? 見かけない顔だね。旅人かい?」
「はい、ちょっと見ていってもいいですか?」
「もちろんさね。見ての通り暇だからね。ゆっくりみていっておくれ」
「ありがとうございます」
船を漕いでいたおばちゃんに話しかけると眠そうに目をこすりながらも反応してくれる。
門番くまさんの時の失敗はしないように、さりげなく耳が見えるように髪を耳の後ろにかけながらお店の中に入った。
店内は外からの光が入るように設計されているようで、明かりがなくてもそれなりに明るい。
置いてあるのは村で必要となりそうな生活雑貨が大半だ。
でも中にはそういったものではなさそうなものもいくつか見られる。
薄い緑色の液体の入った小さな瓶とか、とても心をくすぐられる。
「こんな小さな村ではポーションもそれくらいしかなくてねぇ」
ボクが熱心に小瓶を見ていたのでおばちゃんが気を利かせたのか少し説明してくれた。
やっぱりこの小瓶は異世界名物――『下級生命のポーション』だった。
ボク以外には手帳にしか見えないスマホでさっそく検索したところ、下級生命のポーションで治せる範囲の怪我や病はそう多くはないみたいだ。せいぜいが骨折か軽い病気程度らしい。
でも自然回復に任せていたらそれなりに時間がかかる怪我や病気が数秒で治ってしまうのだからすごい。ポーションすごい。
「在庫も少ないからねぇ、残っているのはそこの2本だけなんだよ。
行商も年1回しかこないしねぇ。ほんと『黎明の雷』のみんなには感謝してもしたりないよ」
「黎明の雷?」
おばちゃんと世間話を交えつつ相場情報を聞き出していると、そんな如何にもな中二ネームが飛び出してきた。
突然の中二ネームにコテンと首が傾く。
「ここ1年くらいこの村に何度も来てくれてる冒険者のPTだよ。みんな気さくでねぇ。
村に行商があまりこないと聞くと、わざわざギルドから馬車を借りてまで色々持ってきてくれたりもしてるんだよ。本当に助かってるよ」
「へぇ……いい人達ですねぇ」
「ほんとだよ。荒くれ者の多い冒険者にはすごく珍しいタイプさね」
冒険者――異世界物ではよくある定番の何でも屋さんだ。
ご多分に漏れずこのミジェスギラにもこの職業はあるのだ。もちろん早い段階で検索した単語だったのでボクは知っている。
それに関連してギルドの事も知っている。
ギルドは様々な職業の互助組織だ。
その中でも冒険者ギルドと魔石ギルドは協力関係にあり、規模が大きい。
魔石ギルドは言わずと知れた劣化魔石コイン変換機を管理している組織で、冒険者ギルドには魔石が大量に持ち込まれるので協力関係にあるというわけだ。
他にも商業、鍛冶、魔法など様々なギルドがあるが、冒険者ギルドと魔石ギルドほどは大きくはないようだ。
ただそれも街の規模によって様々らしいけれど。
ちなみに村にはギルドは設置されない。利用者数が少なすぎるからだ。
互助組織とはいっても営利団体なのだから仕方ない。
そんな冒険者ギルド所属のPTである黎明の雷は今この村に滞在しているらしい。
気さくな人達で村のために色々しているみたいだし、冒険者やギルドの話を聞けたらラッキーだろう。
検索して出てくるものは詳しい解説まではしてくれないし、やっぱり生の声というのは大事だ。
おばちゃんからの情報収集も一通り済ませて、本題に移る事にした。
「あの、門番の人からここで毛皮の買取もしていると伺ったんですが」
「あぁしているよ。何の毛皮だい? 見せてご覧」
今のボクは当然ながら無一文だ。
毛皮を売ってお金を稼がないと村長さんに一晩の宿として空家を貸してもらう時に困る。
鞄から取り出す振りをしてアイテムボックスから販売用の毛皮を取り出す。
『皮革』のLvをある程度抑えて品質を上げすぎないようにしたものだ。
Lv5で毛皮を加工すると品質がとても高くなってしまうので、自分で使う分にはよくても売るときにはちょっと困った事になる。
特にニルギル村のような小さな村だと買い取ってもらえなかったりする恐れがありそうだからと、わざわざ品質の低い毛皮を用意しておいたのだ。
「……これはリーファグルホーンラビットの毛皮だね。自分で獲ったのかい? 大きさも品質もかなり良い……腕がいいね。
……そうだね。1000ラルコイン5枚でどうだい?」
ボクが取り出したリーファグルホーンラビットの毛皮を見て驚いたおばちゃんだったが、すぐに商人の目になり毛皮を検分して結論を出した。
こんな小さな村のたった1軒しかないお店でもやっぱり商人は商人らしい。
しかしわざわざ品質を落としたのにこの評価か……。
そして『1000ラルコイン5枚』という言い方でも色々な情報がわかる。
10進法で増えて行くので○○コイン何枚という言い方は計算能力が低いものでもわかりやすい。
それを当たり前のように使っているということは計算能力が低い者が多いと言うことだ。
付随して識字率もそう高いとはいえないことがわかる。
……まぁあくまでもおばちゃんから得た情報での判断だけどね。検索ではこの辺の情報は出てこないのだ。
「じゃあそれでお願いします」
「あいよ、1000ラルコイン、1枚、2枚……5枚ね」
「ありがとうございます。あのぅ、実はもう一枚同じ物があるんですけど……」
交渉らしい交渉は必要ない。
なぜなら相場情報の裏取りとして『目利き』スキルを使っていたからだ。店の品の値段はどれもこれもスキルのおかげでAR表示される値段とほとんど変わらない。
小さな村で唯一の店だからか、商人とはいってもがめついタイプでは決してないようだ。
言い値で即決してさらにもう1枚毛皮を売っておいた。
これでボクの所持金は1万ラル。
おばちゃんの話では空家は500ラル程度――一般的な宿屋で大部屋雑魚寝の料金――で借りられるそうなので問題はなさそうだ。
ちなみに下級生命のポーションは1本6000ラル。
他の生活雑貨はどれもこれも500ラル以下。
まだちょっと物価の調査としては全然情報が足りないけれど、店が1軒しかないのだから仕方ない。品揃えも生活雑貨中心で偏っているしね。
それでも『目利き』とおばちゃんが割りとお喋りだったのも手伝って色々と情報を手に入れられた。
例の冒険者PT――黎明の雷は近場の街――『迷宮都市ラバドゥーン』でも今1番勢いのあるPTであり、現在はニルギル村の北東にある森の奥に住み着いたオーク討伐を請け負ってこの村に滞在しているそうだ。
ここ数日森の調査をして今日討伐が行われているらしい。
お金も手に入ったし、そこそこ情報も集まったのでおばちゃんの店を後にする。
別れ際、また毛皮が手に入ったら売っておくれと言われたので了承しておいた。まぁ社交辞令って大事だよね。
さてお次に目指すは村長さん宅。
村で1番大きな家――他の家より一回り程度大きいだけ――を目指して歩を進める。
もうすぐお昼のためか家々の煙突からは煙が立ち上り、美味しそうな香りも漂い出している。
お昼ごはんが始まってしまう前には村長さんから空家を借りたいところだ。
ゆっくりだったボクの足も自然と速くなる。
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