001 なんか、黄色い *
視界がなぜか黄色かった。
比喩でもなんでもなくボクの目がおかしくなったのでなければ、今ボクの目の前は黄色なのだ。
黄色といってもサングラス越しに見ている感じというか……まぁとにかくボクの周囲どこを見ても黄色なのだから仕方ない。
……ちなみにサングラス越しと表現したように、原色の黄色じゃないので周りの風景も見えている。
黄色の視界にも驚いたものだけど、周囲の風景もおかしい。
でも黄色の視界のインパクトに比べたらまだ大丈夫。
1度強く目を瞑って目元を揉み解す。
もしかしたら疲れていて幻覚でも見ているのかもしれない、と言う一縷の望みというかそんな希望的観測チックな何かを期待してみたんだけど……。
「かわんないねぇ……」
さてここで3つ目のおかしいことに気づいた。
1つ目は黄色い視界。
2つ目は周囲の風景。
そして、3つ目がこれだ――
「ボクの声はこんな可愛い感じじゃなかったはずなんだけど……」
確認の意味も込めて声に出してはみたけれど周囲に人の気配がないので完全な独り言だ。
周囲の景色を揺らす風がその可愛らしい声をどこかに運んでいってしまった。
ついでに風のせいで髪が顔にかかる。
「だめだ……おかしいことだらけじゃないか……」
残念ながらおかしいことはまだまだ続くらしい。
まずボクは短く刈り上げた髪型だったはずだ。風で髪が顔にかかるとかおかしい。
視界がおかしい。風景がおかしい。声がおかしい。髪がおかしい。
1つ大きな溜め息を吐いてボクは自分の体を調べ始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――結論から言おう。
どうやらボクは女性になってしまったようだ。
おっと、もちろんなってしまったといっているように元々ボクは男だ。
股間にシンボルを持ち、髭も脛毛も生えていたれっきとしたXYの染色体構成のヒト科ヒト属の男性ってやつだ。
……だった。
今のボクは銀色――黄色い視界の中でもなぜか不思議と確信できる――の透けるような美しい肩よりも若干長い髪を持ち、小さいながらもしっかりと主張している双丘。
手足はほっそりとしていて、きめ細かい肌はテレビの通販でやっていたような肌年齢を測定する機器を使えばきっと1桁台だろう。
……いやもう少し正確に言おう。
実はズボンのポケットにボクが使っていたスマホが入っていた。
そのスマホのブラックアウトしている画面に映りこむ自分の姿はどうみても……年齢が1桁か2桁に入り始めたばかりのあどけない少女のものだったのだ。
黄金率の体現のように完璧に配置された各種顔のパーツ。
まだ幼い感じを残しつつも美貌と呼ぶに相応しいその顔立ちは見ほれてしまうほどだった。いや実際驚きと美しさで少しの間見つめ続けていた。
……ボクは少女になってしまったようなのだ。
スマホを鏡代わりに本当にボクの顔なのか体なのか何度も何度も確認した。
小さな胸は柔らかい。手に伝わる感覚は現実そのもの。
定番の頬をつねったりする行動を取ってみたりもしたが痛いだけだった。ちょっと涙が出た。
夢にしては感覚がリアルすぎる。
でも現実とは思えない。
そして見覚えも何もない姿とまったく知らない風景とおかしな黄色の視界。
その中で唯一知っている物がこのスマホだ。
ちょっとお高めの手帳型スマホカバーもボクがいつも使っていた物だ。カバーについている小さな傷が見覚えがあるものだし、スマホの側面についているマイクロSDスロットにちょっとだけついている傷もしっかりと覚えている。
ボクの知る唯一の持ち物になんだかちょっと緊張する。
だってこんなおかしな状況でこれだけがボクの知っている物なんだから。
唾を飲み込むと喉がちょっとだけ渇いていたのか少し痛かった。
そしていつものように側面の電源ボタンを押し、ロックを解除する。
「え……?」
残念ながらスマホのディスプレイに映ったホーム画面はボクのカスタマイズしたものとは違っていた。
思わず漏れた小さな声はやっぱり風に攫われていく。
ホーム画面にはいくつかのアプリのショートカットと時計のウィジェット。
時計の日付はボクの知る日付だったけれど、ショートカット群はまったく知らないものだ。
困惑しつつも目に付いた『初めにお読みください』のアプリをタップする。
「――悪い冗談だ……」
『初めにお読みください』のアプリが立ち上がり、中には植物の蔦で枠を装飾された便箋風のテキストが入っていて……。
内容は以下の通り――
『拝啓、揚羽 空様
これは現実です。
あなたは現在、所謂異世界にいます。
スマホにインストールされているアプリをうまく使って生きてください。
黄色い視界は結界です。その中にいる限りは安全です。
結界から離れるか目覚めてから2時間経過すると自動的に消滅しますので、それまでに準備を整える事を強くお奨めします。
それでは良き異世界ライフを』
実に簡潔ではあるが現状報告というやつだろう。
あ、ちなみに揚羽空はボクの名前だ。
文面を信じるならボクは異世界にいて結界に守られているけど2時間で消えちゃう。
結界の中にいれば安全ということは裏を返せば結界の外は危険という……。
「悪い……冗談だ……」
現実味が一切ない……なんて決して言えない。
なぜならボクの姿が変わってしまっている事やまったく知らない周囲の風景がソレを許さない。
とにかくもっと情報を集めなくては……。
ホームをタッチしてホーム画面に戻すと上から順番に見知らぬアプリを起動してみる。
まず立ち上げたアプリは――『スキル辞典』。
異世界、少女化ときてスキルと来れば鈍いボクでも気づく。
趣味で読んでいた小説投稿サイトではメジャーなジャンルだった、所謂『ゲーム風異世界』物の臭いがぷんぷんする。
つまりはボクはオレTUEEEの最強系主人公になれたりするのだろうか。自他共に認める鈍感だから鈍感系オレTUEEE最強系主人公かもしれない。いやもしかしたら……。
でもそれだったら奴隷でハーレムしたい。いや別に奴隷じゃなくてもいいけど。
……男のままだったらよかったのに。
百合かぁ……。
――とにかく瞬時に立ち上がったアプリ――スキル辞典は至ってシンプルなウィンドウだ。
直感でも操作できるだろうわかりやすい配置。
そういう系の小説もゲームもよくやっていたボクだから扱いに苦労することはないだろう。
実際に触ってみても操作に問題もないこともわかった。
しかし問題だったのはスキル辞典の効果だった。
ずらっと並ぶたくさんのスキル達から1つを選択して『取得』のボタンを押したら、一瞬にして頭にスキルの情報が入ってきて取得したスキルが自分のものになった事を理解したからだ。
一応本当にそうなった時に後悔せず、且つ効果がわかりやすい『鷹目』というスキルを選んだのだ。
ボクの知っている情報とほとんどあまり変わらずスキル――『鷹目』はその効果を体感できている。
ズームするように視界中央がどんどん拡大されていく様は……一言でいうと、すごい。
双眼鏡なりなんなり使わずに意思1つでできるこれは間違いなく正しくスキルだ。
「あ……へ?」
色んな方向をズーム倍率を変更しながら眺めていると兎を発見した。
しかしボクの間抜けな声でわかるようにそれは兎であって兎じゃなかった。
……丸々と太った体躯の先、額からは陽光を反射する見事な角が生えていたのだ。
生々しいほどにリアルなソレは作り物ではない事をしっかりと主張している。
ちなみにボクの周りは見渡す限りの大草原というやつで、兎のいるところの草の高さがボクのいる場所と同じなら……あの兎はボクの胸に届く大きさということになる。
ボクの体が10歳程度の少女だとするなら……大型犬くらいの兎ということになる。
「ふぁ、ふぁんたじぃ……」
体の大きさはそのまま力だ。
あんな大きさの兎に体当たりでもされたら大変な事になる。しかも角のおまけ突……付き。
……いやまだアレが好戦的な兎かどうか……あ……うわ……。
兎が急激に動いて視界から消えたかと思って探すと、近くにいたモグラ――兎に比べてずいぶん小さい――が角から生えていた。
そして開始されるグロ動画。
「ふぁ……ふぁんたじぃぃ……」
先ほどと同じ台詞なのに滲む思いはずいぶん違う。
やばい。あれは確実に好戦的な兎だ。こ、怖い……。
外が危険というのはどうやら事実のご様子。
ボクは兎から逃げる準備を整えるために制限時間を気にしながら残ったアプリを確認することにした。
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3/5 誤字修正
3/6 髪色に関する表現を追加
3/26 表紙絵追加