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第五話 『月光』に踊る僕らたち

「くそう、やっぱり脱出は無理か……」

 明るい二階は窓に板が打ち付けられていないんじゃないか、だったらそこから脱出できるかも。そんな僕の期待は、しかし、一階と変わらず窓に板が打ち付けられている様子に見事裏切られた。

「でも、灯りが復活しているだけでも助かるのです。それよりも……」

 暗闇に慣れつつあった目に眩しく感じられる蛍光灯の灯りの下、瑠璃ちゃんが悔しそうに三階に繋がる階段を見つめる。

 本当ならばこの階段で一気に放送室のある三階まで行けたはずなのだ。が、階段をあがってみたところ、三階の踊り場にはシャッターが降ろされていた。しかも、ご丁寧にカギまで掛けられ、今の僕たちではどうしようもない。

 すぐに目的地まで行けないのはこの手のお約束だけど、実際にそのような状況に置かれると結構うんざりするものである。

「で、このシャッターの鍵が、おそらく二階のどこかに隠されているんだろうけれど……」

 ざっと見渡す限り、両手の指ぐらい教室があるのを見て僕は絶望する。

 面倒くさい。

 果てしなく、面倒くさい。

 一つ一つ調べるなんて、やってらんない。どこかにヒントがないだろうか。

 と、嘆いても仕方がないので、僕たちはとにかく廊下を歩き始めた。


 ヒントは結構あっさりと見つかった。

 音楽室の前を通りかかった時、僕たちの耳にピアノの演奏が聞こえてきたのだ。

 まともな人間がいるはずもない音楽室で流れるピアノ演奏、これをヒントと言わず何と言うのだろう。

 ただ、問題は……

「センパイ、本気でこの部屋に入るです?」

「うーん、本当は入りたくない。でも、これ見よがしのヒントを放っておくわけにもいかないしなぁ」

 実は音楽室から聞こえる音はピアノの演奏だけではない。先ほどからドンドンと、部屋の内側から扉を叩いている音も聞こえていた。

「瑠璃ちゃんには迷惑をかけるね」

「えへへ、大丈夫ですっ。それじゃあ、いきますよー」

 瑠璃ちゃんが右足を腰の辺りまで持ち上げる。そして音楽室の扉めがけて、思い切りサイドキックをぶちかました。

「うおおおお!?」

 扉の前に屯していたであろうゾンビたちが、内開きの扉を外から勢いよく開けられて、思い切り吹き飛ばされる。

 そして僕は素早く室内に飛び込むと、激しくシャッターを切った。ルールではこれでゾンビ役の人たちは無抵抗になるはずだ。

 ところがゾンビたちに怯む様子はまるでない。

 でも、かと言って本物のゾンビっぽいのかというと、そうでもなかった。

 なぜなら吹き飛ばされたゾンビたちは立ち上がると、それぞれが明らかにそれと分かるファイティングポーズを取ったからだ。

 ボクシング、空手、中国拳法、プロレス、カポエラ、相撲、ムエタイ、サイキョー流……おいおい、あんたら、どんなゾンビなんだよ?

 どうやらこの部屋には、ルールすら覚えていないような最高におバカな人たちが集められていたようだ。

「貴様ら、一階では仲間達をよくもやってくれたな」

「だが、奴らは所詮ザコキャラ」

「主人公に経験値をプレゼントするだけの哀しき存在」

「しかし、我らは違うぞ」

「我らこそ一騎当千」

「相撲で言うところのYOKOZUNA」

「海王の中の海皇」

「俺こそサイキョー!」

 ポーズを決めながら、なんとも中二病くさいセリフを吐くゾンビたち。おまけに誰が一番最初に戦うのか、ジャンケンし始めるし。

「センパイ、この人たち、ジャンケンを知ってるです!」

 その様子に瑠璃ちゃんも驚く。

 あ、さすがの瑠璃ちゃんも、こいつらが偽のゾンビって気付いちゃったかな?

「ジャンケンを知ってるなんて、相当に知能の高い化け物に違いないです。気を引き締めて戦わないと、です」

 頬をぺちんぺちんと叩いて、瑠璃ちゃんは気合を入れた。

 うん、純粋だ。実に純粋だ。

 でも、それが瑠璃ちゃんという人物なので、僕はほっと胸を撫で下ろす。

 そうこうしているうちに「勝ったー、俺が一番だー」と声が上がり、グローブをはめたゾンビが一歩前に出てきた。

 しかし、グローブをしたままジャンケンに挑むこいつもこいつだが、そんなヤツに負ける他の連中はもしかしたら脳が腐っているのかもしれない……。

「くくく、一分だ。俺様の黄金の右で、一分以内にテンカウントを聞かせてやろう」

「うわわ、そんな」

 ボクサーゾンビの宣言に、珍しく瑠璃ちゃんがうろたえる。

「せめて三分にして欲しいです。こんな人数相手に一分ではさすがに難しいのです」

「ほざけ!」

 顔を真っ赤にしていきなり黄金の右ストレートを放ってくるボクサーゾンビ。

「あ、ちなみに」

 それを瑠璃ちゃんは前進しながら首を傾けただけで避けると

「あなたは十秒で終わらせるです」

 ボクサーゾンビの左足に強烈なローキックを一発。

 ぱぁんと弾ける音に、ボクサーゾンビたまらず顔をしかませて

「ぐはっ、き、貴様、蹴りは重大な反則だぞ。おい、レフェリー!」

 僕に訴えかけてくる。

 なんと僕はレフェリーだったのか?

 だったら答えは決まっている。僕は頭を横に振った。

「なんだと! 貴様、ボクシングの基本ルールも知らんのか?」

「いやいやいや、ボクシングの試合じゃないですし。それよりいいんですか、瑠璃ちゃんの攻撃が来ますよ?」

 僕の忠告に従って、ボクサーゾンビがはっとした表情で瑠璃ちゃんに意識を向ける。が、すでに彼の視界に彼女はいなかった。

「馬鹿な! どこに消えた!」

 きょろきょろと周りを見渡すボクサーゾンビ。そして次の瞬間、その体が後方へ力づくで引っ張られ、美しい弧を描く。

「な、な、投げ技も反則だぁぁぁあ!」

 叫び声が音楽室に木霊する中、体を「の」の字に曲げ、床で頭をしたたかに打ったボクサーゾンビは気絶した。

 彼の胴に手を回し、後方へ投げ落とした瑠璃ちゃんのブリッジは力強く優雅だった。

 僕は最後までボクシングのルールに拘ったボクサーゾンビに、せめての餞としてテンカウントを行う。

「テン!」

 ワンからナインまでは省略した。

 必要もないぐらいの気絶っぷりだった。


 三分後。

「許してほしいッス。調子に乗ってたッス。だから、お願いタスぐぼわうえあ」

 格闘家のゾンビたちは、ことごとく瑠璃ちゃんに殲滅させられていた。

「す、凄いね、瑠璃ちゃん」

「そんな事無いのですよー。センパイがカメラで弱らせてくれていたおかげですっ」

 いやぁ、仮にこのカメラにそんな力があったとしても、百キロ以上はあるようなスモウレスラーの頭を掴み、片手で押し倒すなんt真似は出来ないと思うなぁ。

「それよりもセンパイ、ピアノの演奏が止まってるです」

「え!? あ、ホントだ」

 言われてみて初めて気がついた。

 慌ててピアノに駆けつけると、楽譜を残したまま、そこには誰もいなかった。

「さっきの演奏、そこの連中の誰かが弾いてたのかな?」

「うーん、違うと思うのです。戦闘中でも曲は流れてましたし」

 ますます凄いな、あんな壮絶な戦いをしておきながら曲を聴く余裕まであったのか。

「でも、だったら誰が一体演奏を……うぉ!?」

 突然、誰もピアノの前に座ってはいないのに演奏が始まり、僕は思わずカメラのシャッターを切っていた。

 落ち着いてよく見ると、鍵盤が勝手に動き出している。奏でるは先ほどまで流れていたものと同じ調べ、ベートーヴェンのピアノソナタ第十四番「月光」だ。

 どうやら自動演奏らしかった。

 鍵盤が流暢に動き、美しくも儚い楽曲が奏でられる。先の連戦から一息ついた瑠璃ちゃんは「ほー」と、勝手に動く鍵盤を物珍しそうに眺めていた。

 対して僕はピアノを丹念に調べ始める。

 だって、冷静に考えてみれば、旧校舎に自動演奏のピアノって有り得ないじゃないか。

 壊れているのならばいざ知らず、多少の傷はあるものの、まだまだ使用に耐え得るグランドピアノ。しかも自動演奏機能付き。こんなものが旧校舎にもともと打ち捨てられていたとは考えられない。

 つまり、このイベントの為にわざわざ持ち込んだはずなのだ。

 だったらそれは何故か?

 それほどの苦労をして、実はただ参加者をおびき寄せるワナでしたってのも面白いかもしれない。でも、そんな一発ギャグの為に、ここまで手の混んだことはしないだろう。

 となると、答えはひとつしかない。

 このピアノに何か隠されているのだ!

「あった!」

「あ、また同じ所で止まったのです」

 僕がピアノの下に不自然なスリットを見つけたのと同時に、瑠璃ちゃんが呟いた。

 瑠璃ちゃんが言うように、演奏は終わっていた。

「え? 僕には演奏が終わったように思えたのだけど、違うの?」

「はい、本当はもうちょっとだけ演奏が残っているのです」

 ピンと来た。

「瑠璃ちゃん、ピアノ習ってたよね? 続き、弾ける?」

「任せて欲しいのです。えーと、ドの鍵盤がコレでしょ」

 言葉とは裏腹に、なんとも心もとない手つきで演奏を始める瑠璃ちゃん。どうやらピアノの腕前は、他の習いごとと比べてイマイチのようだ。

 それでもなんとかひととおり最後まで弾き終えると、予想通り、カタって音がしてピアノの下に何かが落ちた。

 まったくお約束にもほどがあるというか、無駄に手間隙かけているというか。

 ま、それはともかく、これで三階への鍵をゲットだ……って、あれぇぇぇぇ?


 先ほど見つけたスリットが開き、床には鍵ならぬインクリボン……でもなく、カメラのフィルムが転がっていた。


「……うそん?」

 僕は呆気に取られてフィルムを手に取る。

 しかもそれは『トライエックス』。古き良きモノクロフィルムの傑作だ。

 が、今ここにあっては何の役にも立たない。

 フィルムで三階への鍵が開くわけでもなく、おまけにモノクロフィルムで学祭イベントを撮影して誰が買うと言うのだろう?

 僕は頭が痛くなった。

 なんだよ、それ?

 あれだけの人数を相手にして(主に瑠璃ちゃんが)。

 ピアノの演奏までして(言うまでもなく瑠璃ちゃんが)。

 これだけの苦労をさせておいて(僕は何もしてないが)、手に入るのがカメラのモノクロフィルムだとぉ!?

 普通、ここは三階へのカギでしょう常考?

「ひどいクソゲーだ、これ」

 僕はショックでフラフラと壁へもたれかかる。見ると壁に貼られたベートーヴェンの肖像画が目から血の涙を流していた。おおーっ、ベートーヴェンよ、僕の代わりに泣いてくれるというのか? ありがとう、ありがとう、今まで変な髪形ってバカにして悪かったよ。

 突如胸に去来したベートーヴェンへの愛しさに感極まり、せめてその引き締まった口元に熱いベーゼをと改めて肖像画をマジマジと見る。まぁ、相変わらず寝起きみたいな髪形はどうにかならなかったのかと思う。でも、僕と同じくそんなベートーヴェンの髪型に哀れを感じた人がいたのだろう。肖像画の上から髪留めを貼り付けてあった。何とかしてあげようという労りが感じられた。

 だけど、僕は無情にもその髪留めを肖像画から引きちぎる。

「あ、センパイ、スゴイです。鍵、ゲットなのです!」

「うん、まさかこんな所に貼り付けてあるとは思ってもいなかった」

 髪留めならぬシャッターの鍵を指でくるくると回す。

「でも、よく触る事が出来たですね? 血の涙を流す絵なんて怖すぎなのです」

「見直した?」

「はいー! 男らしくてカッコイイですっ!」

 ベートーヴェンよ、本当にありがとうォォ! 瑠璃ちゃんとの結婚式には是非とも参加してくれよなっ!


 ……まぁ、でもその時はせめて床屋で髪を整えてから来てくれると助かるよ

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