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第四話 空飛ぶ殺人鬼

「そのカメラが、ですか?」

「そう、コイツが僕の武器だ」

 保健室を後にした僕たちは、並んで廊下を歩いていた。

 急いで放送室に駆けつけたいのはやまやまだったけれど、廊下は相変わらず灯りがついていなかった。おまけに長年放置されていた為か、あるいはお化け屋敷としての演出なのかは知らないけれど、懐中電灯が照らす廊下には大小様々なコンクリート片が散らばっていたり、所々には大きな穴が空いている。

 慌てて走ろうものならそれらに足をとられて怪我をしてもおかしくない。

 だから僕たちは慎重に歩きながら、放送室を目指した。

 幸いにも保健室で見つけた懐中電灯のおかげで、ある程度の光量は確保できている。僕はカメラを、瑠璃ちゃんは懐中電灯を持ちながら廊下を進んだ。

 その道すがら、僕は持ってきたカメラについて瑠璃ちゃんに説明する。

「このカメラは、とある霊能力者から借りてきた物なんだ。なんでもこいつで撮影されると、不浄の生き物は彼らの動力源であるカルマを吸い取られるらしいよ」

「へぇぇ!? 凄いのですー!」

 瑠璃ちゃんは素直に感心した。こんな嘘くさい話を心から信じてくれている。ホントにいい子だ。僕なら相手の正気を疑って、拳骨を振り下ろしているかもしれない。

 瑠璃ちゃんの純粋さに関心しつつ、僕はこの話を上須賀先輩から聞かされた時のことを思い出していた。


  ★★★


「いたっ! おい、やめれ。暴力反対!」

 上須賀先輩の説明に、僕は思わず拳骨をその頭頂に振り下ろしていた。

「殴るなよぅ。そういう設定なんだってば。実際に参加者が俺たち脅かし役を攻撃するわけにもいかんだろ? だからこういう設定にして、撮影されたら脅かし役は怯むというルールにしたんだ」

 頭を押さえて上須賀先輩が説明する。

「だったら最初からそう言えばいいじゃないですか。なんですか、カルマって」

 僕は呆れつつも、握った拳を開いた。

「そういう中二病的設定があった方が燃えるだろ? あと、栗栖のカメラにはちゃんとフィルムが入ってるから、しっかり写すよーに」

「はい? 単なるお遊びだったら、フィルムを入れる必要ないじゃないですか?」

「馬鹿かお前は? その写真を後で参加者連中に売りつけるんだよ。せっかくそれらしい設定になっているんだ、それを活かさない手はないだろう? お化け役の三年生達は高校生活最後の想い出が形になって喜ぶ。そして俺も懐が膨らんで喜ぶ。栗栖だって撮影技術の向上に繋がるんだから、喜ばしいではないか」

 どう考えても先輩が喜ぶ必要性が感じられなかった。

「まぁ、タダでチケットを貰えるのには何かあるなと思っていたけど、まさかそんな商魂逞しい理由だったとは。本当にクズですね、あんた」

「クズで結構。それより栗栖、そういうわけだから早々にやられちまってゲームオーバーなんぞになったら……分かってるだろうな?」

 上須賀先輩が、ジロリと僕を睨んだ。

 怖くは、ない。

 でも、思わず僕は唾を飲み込んで黙って頷いた。

「よし、では任せたぞ。お前は頑張れば出来るヤツだって信じてるからな。あ、そうそう、フィルムは最初にも幾つか渡すが、校舎のあちらこちらにも隠しておいてやるからな」

 変なところまでゲームっぽい演出をする先輩であった。


 ★★★


「ま、そういうわけだからさ。また化け物が現れたら、今度は僕に任せてくれないかな。どれぐらい効果があるのか試してみたいし」

 僕は胸を張ってみせた。

 正直に言うと、少し不安でもある。さっきのミイラ男による、演技なのか本気なのかよく分からない行動は、このアトラクションの根本を揺るがしかねないショックを僕に与えていた。

 万が一を考えれば、今すぐにでも中断して、校舎からの脱出を考えた方がいいのかもしれない。

 でも、それだとどうなる?

 僕がやったことと言えば、数枚の写真を撮ったのと、ミイラ男に気絶させられそうになっただけだ。まったく格好いい所を瑠璃ちゃんに見せてない!

 それにもし単に僕が疑い深いだけで、やっぱり何の変哲もないアトラクションだったとしたら、せっかく瑠璃ちゃんといい関係になれるかもしれないチャンスを自らドブに捨てることになる。

 そう考えると棄権は実に勿体無い。

 運よく僕の手元には、これがアトラクションなのかどうかを判断できる材料があった。ルール上では武器扱いのカメラを使って真偽を確かめてから、どうするか考えても遅くはないだろう。

 よし、となったら僕に出来るのはただ一つ。僕が尊敬する写真家ロバート・キャパのごとく、撮って撮って撮りまくってみせるぜ。

 意気込みは勇ましく。

 でも同時に「いざって時は瑠璃ちゃんも強いしね」と思ってしまう自分がとても情けなかった。


「あの、センパイ、ひとつ質問があるのです」

 その強くて、いざという時の切り札(な、なさけない)である瑠璃ちゃんが、ポニーテールを揺らして元気良く挙手をした。

「なんだろ?」

「ねぇ、センパイ。そのカメラって生きている人の魂とかは吸い取らないです?」

 先ほどの元気とは裏腹に、今度は不安そうな表情で僕を見つめる。面白いことに、ポニーテールもどこかしゅんと元気なく萎れていた。

 これまであんまり気にしてなかったけれど、犬の尻尾みたいで興味深い。

「それは大丈夫。こいつが効くのは化け物だけだから。それにほら、さっき昇降口で一枚記念撮影したじゃない。」

「ああ、そうなのでした。よかったー」

 心底嬉しそうな声をあげる瑠璃ちゃん。ポニーテールがぴょんと跳ね上がる。

 やっぱり犬の尻尾と同じ原理だ、これ。

 まぁ、それはともかく、不安を解消して再び元気を取り戻した瑠璃ちゃんは、薄い胸元にて両手でファイティングポーズを取ると、

「だったら、私、前衛で戦うのですっ! センパイは後ろから、そのカメラで援護してほしいのですっ!」

 と言い出した。

「お化けや化け物はまだちょっぴり怖いですけど、私だって戦えるのですっ!」

 そして今度は両手を腰にあてて、先ほどの僕同様に瑠璃ちゃんも胸を張る。これまたあまり言及したくないが、まったくもってささやかな、こじんまりとした双丘がえっへんと自己主張するのに思わず見とれてしまった。

 が、しかし。

「いやいやいや、まずはカメラを使ってみるから。その効果が分かるまでは、危ないから後ろで待機していてくれないかな?」

「心配ご無用なのですっ。なんだかんだで私、まだ全然元気ですしっ!」

「あ、いや、そうじゃなくてね……」

 瑠璃ちゃんの申し出はありがたいと言えばありがたい。でも、同時に僕は、もう一つの可能性も憂慮した上で提案をしていたので、この積極性は少し困った。

 もう一つの可能性とはつまり、これが正真正銘の学園祭アトラクションで。

 脅かし役の皆さんも演技に熱が入っているとはいえ本物の先輩たちで。

 鳩尾への蹴りとか、後頭部へのハイキックなんてもちろん予想外で。

 そんなわけで、もしかして結構な怪我を負わせちゃったんじゃないかな、ということ。

 簡単に言えば、ルール無視上等しているのは、あちらではなく、僕らのほうなんじゃないかなってことだ。

 だとすれば、いきなりゾンビが攻撃を受け、その怒りに燃えたミイラが僕らを懲らしめてやろうと思ってもおかしくないわけで。

 ぶっちゃけ、本物のお化け屋敷に迷い込んでしまったという可能性よりも、ずっとこちらの方が現実的だった。

 なので、僕としてはここらで「先ほどまでのは不幸な事故でした。ごめんなさい。ここからはルールに則って行動しますので、どうかよろしくお願いします」とアピールする必要があったのだ。

 にもかかわらず、瑠璃ちゃんは相変わらず戦闘態勢を崩さない。キミはどこぞの野菜星に生まれた戦闘民族かい?

 むぅ、まさか瑠璃ちゃんを心配しているのではなくて、脅かし役の皆さんを「これ以上大変な目に会わせる訳にはいかない」と正直には言えないしなぁ。

 さて、どうしたものかと悩んでいると……


 いきなり前方の教室の窓ガラスが次々と割れた。


 さすがはお化け屋敷である。さっきから「いきなり」とか「不意に」とかのオンパレードだ。

 が、そんな余裕なんてあるわけもなく。

「な、なんだっ?」

 突然の事態に、僕は慌ててカメラを構えた。

 瑠璃ちゃんが懐中電灯で照らしてくれたので明るさは十分だ。しかし、ガラス付近に誰かがいる様子は見て取れず、にも関わらず窓ガラスは次々と割られていく。

 これは一体、どういう――

「センパイ、危ないですっ!」

 いきなり瑠璃ちゃんが懐中電灯を投げ捨てて、僕の腰に飛びついてきた。 床でくるくると懐中電灯が回り、僕と瑠璃ちゃん、そして大柄なもうひとりの影を映し出す。僕は思わずのけぞって、その場に仰向けに倒れこんだ。 そして次の瞬間、僕の頭があった辺りを何かが猛スピードで通り抜け、僕はレンズ越しに襲撃者の姿を捉えた。

 白いホッケーマスクを被った、身長百八十センチはある大柄の殺人マニアだ。

 僕はすかさずシャッターを切る。

 暗闇にフラッシュが吼えた。

「ぐおおおおおおおおおっっっっ!」

 暗闇に慣れた目に、至近距離でのフラッシュはよっぽど効いたのだろう。ホッケーマスクの怪人が咆哮する。襲い掛かった時の得物は、先ほど一瞬見えた感じだとプラスチック製のバットのように思えた。でも、なんだろう、今もむやみに振り回されるそれは妙に重さが感じられる。空を切る音なんか、まるで金属バットのようだ。

 もしかして中に砂鉄とか入れているのかもしれない。だとしたら、あんな物で思い切り後頭部を殴られたら怪我はおろか、下手したら死んでしまってもおかしくないように思える。さっきの包帯による締め落としも危険だけど、それ以上にヤバイ。やっぱりこれはアトラクションでもなんでもないのかもしれない。

 おまけにカメラのルール的効力も今はフラッシュが実際に目を潰したから、その真偽ははっきりと分からなかった。

 って、とにかく今は考えている場合じゃないっ。

 大切なのは、ここをなんとか乗り切ることだ。

 それにしても、まさか前方の怪奇現象に注意を払わせておきながら、後ろから不意打ちが来るとは。なかなか危ないところだった。

「よし、瑠璃ちゃん、今のうちに逃げるよ!」

「いえ、アレを見てください」

 懐中電灯を拾い上げた瑠璃ちゃんは、前方を照らす。見ると先ほど窓ガラスが割れた教室から、ゾロゾロとゾンビたちが廊下に出てきていた。その数大小合わせて三人。

 僕はすかさずカメラを構えてシャッターを切る。

「うわぁぁぁぁぁ!!」

「うぎゃぁぁぁ!」

「目が、目がぁ~!!」

 今回もカメラのルール的効能というよりも、フラッシュでの目くらましによる実質的ダメージに悶えているようだった。

 でも、先ほどのホッケーマスク男と比べると、反応が学園祭のそれっぽい。

 特に最後のヤツなんてどさくさに紛れてム○カ以外の何者でもないし。

「よし、この隙を見て逃げよう!」

 やはり思い違いだったかと少し安心した僕は、瑠璃ちゃんの手を握ろうとする。ところが、

「ううん、それよりもここはこうした方がベターなのです!」

 言うが早いか、瑠璃ちゃんは僕に懐中電灯を投げて寄越すと、まだ視力が回復せず暴れている怪人の攻撃を避けて懐に素早く入り込んだ。胸のプロテクター越しに襟を持つ。そして右足を相手の腿の付け根辺りに当てつつ、自ら後ろに倒れこんで怪人を己の後方へ押し飛ばした。

「うお? おおおおおおおっっっ!」

 怪人が空中を舞いながら、驚きの声をあげた。

「うわわわわわ!?」

「ひえー!」

「見ろ、まるで人がゴミのように空を飛んでいる!」

 地上のゾンビ達も、ちっちゃな女の子が大男を投げ飛ばす光景に信じられないと呆気に取られた。が、そのぶっ飛ばされた怪人が自分達のところへ向かって飛んでくるのを見て、我を忘れて悲鳴をあげる(ただ一人を除いて)。

 ちなみに僕はその一部始終を心のカメラに収めていた。

 怪人を巴投げで投げ飛ばす瑠璃ちゃん。

 空中を、両手をばたつかせて飛ぶ怪人。

 呆気に取られるゾンビたち(とムス○)。

 そして気絶した怪人と、その怪人に押しつぶされて同じく気絶しているゾンビたちの絵だ。

 どれもなかなか迫力ある、会心のショットである。これがもし本当の写真ならば、後日、これらを学園祭の良い想い出として彼らは買ってくれるだろう。

 ただ、巴投げで瑠璃ちゃんが怪人を投げ飛ばすシーン、これだけは一般公開できない。

 なぜならまたまたお姿を現された瑠璃ちゃんの縞パンは、他の誰でもない僕だけのものだからだ!

 しかし、ミイラ男の時といい、どうして肝心のショットを写真に取り損ねるのか。

 天国でキャパが笑っているように思えた。

 

「ふぅ、上手く行ったのです!」

 倒れこんだ際に服についた埃を払い落としながら、瑠璃ちゃんが笑顔で僕にピースサインをする。

「ね、センパイ、私だって役に立つでショ?」

「あ、うん、そうだねー」

「えへへ。やたっ」

 満面の笑みを浮かべる瑠璃ちゃんを見ながら、僕は心の中で脅かし役のセンパイ方々へ深くお詫びした。

 ゴメンナサイ、僕は皆さんの安全より、想いを寄せる女の子の笑顔を選んだサイテーな人間です。

「じゃあ、センパイ、先に進みましょう!」

 瑠璃ちゃんが僕から懐中電灯を受け取り、進行を促す。

「ちょっと待って。少し調べたいことがあるんだ」

 しかし、僕はそんな瑠璃ちゃんを呼び止めると、あたりを懐中電灯で照らすようにお願いした。瑠璃ちゃんは不思議そうな表情を浮かべながら床を照らす。うっすら埃の積もった床にいくつもの足跡がくっきりと形を残していて、あとはお決まりのコンクリート片と、気絶して蹲る先輩の皆様が山を作っているだけだった。

 そして廊下の片隅に、放り投げられたバットを見つける。僕は慎重に駆け寄ると手に取ってみる。

 普通の、プラスチックのおもちゃバットだった。

 中には何も入っておらず、これで思い切り殴られてもたかが知れているだろう。

 まるで金属バットのような空気を切り裂く音を出していたのは、単純に振り回す先輩が力持ちだったに違いない。

 これで僕の疑問は完全に晴れた。

 やっぱりこれは学園祭のアトラクションなんだ。

 ミイラ男はきっと先ほど予想したように、仲間のゾンビが酷いやられ方をしてカッとしただけなんだ。それにもしかしたらミイラ男とゾンビ男は、いわゆるウホッな関係かもしれない。だったら逆上しても仕方がない。うん、仕方がない。

 僕は肩の荷が下りたように、ほっと息をついた。

 アトラクションと分かったら、心配することはひとつ。

 瑠璃ちゃんがやり過ぎないように注意するだけだ。

 まぁ、もちろん、僕が格好いい所を見せるのも忘れてはいない。決める時にはしっかり決める所存だ。

「センパイ、そろそろ調べ物は終わったです?」

「ああ、ごめんごめん。そろそろ行こうか。そだ、足元の窓ガラスの欠片には気をつけてね」

「はいです。でも、ほとんど無いみたいですよ」

 言われてみて、そう言えばと気付く。確かにあれだけ派手に割れたわりには、さっき見た時はほとんどガラスの破片が落ちていなかった。もしかしたら大道具が作ったもので、ガラスに見せかけた氷かなんかだったのかもしれないけれど……

 僕は気になって窓枠に近付く。と、そこへ

「せんぱーい、二階は明るいみたいですー」

 すでに階段の前に立ち、上を眺めている瑠璃ちゃんが僕を手招きした。

「分かった。すぐ行くよー」

 僕は返事をすると、頭を捻りつつも教室の中の様子を一枚だけ写真に収めた。

 フラッシュが焚かれ、教室の床のあちこちでガラス片がキラキラと反射する。

 なんで、割れたガラスが教室の中に散乱してるのだろう?

 さっきファインダー越しに見た時は、窓を割っている人物は見えなかった。

 だから、てっきり窓ガラスは教室の中から割られたものだとばかり思っていたのだけれど……

 晴れたはずの疑問に、また黒い雲が立ち込めてきた。

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