第十三話 チャンスは一瞬って、ちょ、そんなの聞いてない!
「では、作戦を発表するでー」
これ以上モニターを見ても仕方ないと判断したのだろう。陳さんはくるりと椅子を回転させると、モニターを背に僕たちと対峙した。
「まず、上須賀君は立歯に憑依されてしもたようやが……」
神妙な顔つきの陳さんに、僕たちも無言でコクリと頷く。
「大成功や」
ええええええ?
「ごめんなさい。幽霊に取り憑かれて大成功って全然意味が分からないんですけど」
「ああ、それもそうやな。それじゃあ、一階で栗栖君を襲った二人と、今の上須賀君を見比べてみて何か違いを感じへんか?」
違い? 改めてモニターを覗き、記憶の中の二人と照らし合わせる。
「んー、センパイを襲った人たちはあんなオーラを纏ったり、目が赤く光ってはいかなったのです……」
瑠璃ちゃんの呟きに僕も頷く。そうなんだよな。違いと言われても、そんな外見上の違いぐらいしかないように僕にも思える。でも、それがなんで大成功に繋がるのかが分からない。
いや、待てよ。違いそのものよりも、どうして違っているのかを考えるべきなのか?
僕は違いの理由に思考をチェンジして、再び記憶を辿っていく。そして
「あ、そういうことか」
陳さんの言わんとする内容が分かった。
「さっき陳さんは『ミイラ男とホッケーマスクは操られた』って言ってましたよね。でも、上須賀先輩は操られているのではなく憑依された。これは言い換えれば、先輩の体に立歯を閉じ込めたってことになる。そういうことですよね?」
「さすがやね。その通りや」
陳さんがうんうんと頷く。
「うー、二人で納得しないで、私にも分かるように説明して欲しいのです」
そんな僕たちを恨めしそうに瑠璃ちゃんが見上げる。
「そもそもさっきのトライ・テンってフィルムで写せば、立歯を捕らえられるんじゃないんです?」
極楽研究会の大本である組織が秘密裏に開発した幽霊捕獲フィルム『トライ・テン』。これがそのお題目どおりの力をいつでも発揮出来るのなら、対幽霊において人類は圧倒的有利に立てるだろう。
が、
「残念やけど、そんな簡単な話やないんやなぁ、これが」
瑠璃ちゃんの質問に陳さんは空しく首を振った。
「トライ・テンは幽霊を捕獲できるが、その肝心の幽霊が見えんことにはどうにもならん。幽霊が自我を現す状態になって初めて効果を発揮するんや」
陳さんの指先でくるくる回る秘密兵器トライ・テンに、僕たちの目は自然と釘付けになる。
「幽霊の自我ってのは、簡単に言えば、うちらにも普通に姿が見えるような状態を言うんや。火の玉とかではあかん。生前の姿こそが自我やな。では、その自我を現すのはどんな時かと言うと、はい、瑠璃ちゃん、思い当たる節があるやろ?」
突然陳さんに指名された瑠璃ちゃんは、驚きながらも考えを巡らす。
きっかり十秒後。彼女の顔が赤く染まった。
「えと、その……トイレ覗いている時、です?」
恥ずかしそうにごにょごにょと瑠璃ちゃんが答える。
「そや。幽霊ってのはこの世に未練が残っているからこそ存在しとる。だから未練を少しでも解消出来そうな状況に出くわしたら自我を現すんや。なんやかんや言っても、幽霊も成仏したがっているんやそうやで」
未練を解消して成仏、か。そう考えると幽霊にも同情の余地があるような気がする。
もっとも瑠璃ちゃんのを覗いた立歯は別だが。
「でも、陳さん。それと上須賀先輩への憑依は、今は何の関係もないですよね?」
「もう、栗栖君はせっかちやなぁ。せっかく瑠璃ちゃんにもう一度トイレに入ってもうて、立歯を呼び出してなって、からかうつもりやったのに」
陳さんがつまらんって顔で不満を顕わにする。
しまった、そういう流れだったのか。
「ふぁ! 陳さん、酷いです。それにセンパイも『しまった』って顔はやめてほしいのです。先輩までヘンタイさんなのですか?」
「まさか。そんなわけないじゃないか。あはは」
「笑いが引き攣っとるで、栗栖君。まぁ、キミのヘンタイぶりは今さら言うまでもないと思うけどな。瑠璃ちゃん、男はな、みんな基本的にはどすけべぇなんやで。そやから、むしろそこを利用してやれば男なんてちょろいちょろい」
おいおいおい、何て話をしてるんだ、あんたは。
おまけに瑠璃ちゃんも瑠璃ちゃんで、そんな陳さんの言葉を神妙な面持ちで頷いたりしてるし。
そりゃあまぁ確かに、ちょっとえろっぽい感じで迫られたりしたら嬉しいよ。嬉しいけれどもっ。でも、瑠璃ちゃんは瑠璃ちゃんらしくあって欲しいと、僕は思うわけですよ。
「……ってそうじゃないでしょ。今はそんな話をしている場合じゃないですよね」
僕は頭を横に振って、無理矢理邪念を振りほどいた。
「立歯の奴の自我を引き出す別の方法を教えてください」
ホント、話がこれ以上脱線する前にお願いしますっ!
「ホンマにせっかちやなぁ、キミは。今から瑠璃ちゃんに実践方法について伝授してあげるところやったのに」
瑠璃ちゃんに耳打ちしていた陳さんがぶーたれる。
「しなくていいから。瑠璃ちゃんは今の瑠璃ちゃんのままでいいから」
「ホンマにええの? これ、彼女が会得したら、絶対栗栖君も喜ぶと思うんやけどなぁ」
「それは是非教えてやって欲しいですが、後でお願いします」
「センパイ、エッチです!」
ああ、もう。
思わず本音は出るわ、でも話を進行させたいわで、わけわからん。
「さすがは栗栖君、体と同じように心も正直やね」
陳さんがあっはっはっと笑う。てか、体と同じようにって、どうして知ってるし?
「まぁ、でも。ここはおっしゃるようにしておこ。二人に変な気持ちになられたら、うちも困るしな」
掌をひらひらさせながら、陳さんはようやく話を元に戻した。
「さて、幽霊が自我を出すもう一つの条件についてやけど、ここで上須賀君に憑依してくれて大成功やって意味に繋がる」
長かった。ここに辿り着くまで無駄に長かった。
「憑依ってのは霊が生きている人間の体を乗っ取るわけで、そのおかげで霊体では出来なかったことが出来るようになるわけやな。例えばモノに触れたり、匂いとかも感じるようになる。しかし、その反面、霊体の時には出来てたのに、出来なくなる場合もある。物質を通り抜けるなんてその際たるものや」
僕たちはなるほどと頷いた。
うん、このあたりは僕でも分かる。いわゆる幽霊と呼ばれる存在の一般常識だ。本当かどうかはこれまで考えたこともなかったけど。
「つまり、憑依は霊体にとって必ずしもパワーアップとは言いがたいわけやな。いや、むしろ弱点が生まれるぐらいやから、弱体化していると言ってもええ」
「弱点、ですか?」
瑠璃ちゃんがピクンと反応した。
「そや。瑠璃ちゃんは格闘経験が豊富やろうけど、実体のない幽霊と戦えって言われたらどないする? パンチとかキック、それに投げ技や締め技も利かへん相手にどう戦う?」
「うーん、私はまだ使えないけど、体内の気を練り上げて、こう、えいやーと放出すればなんとかなるかもしれないのです」
瑠璃ちゃんが腰の辺りで左右の手首を揃え、掌を開いて前に押し出す格好をした。
「まぁ、それやったら何とかなるかもしれんけど。残念ながら、それを使えるのはほんの一握りの格闘家か、とある星の戦闘民族ぐらいなものや。私たちには出来へん。つまり、霊体の状態では私たちは手も足も出されへんってわけや」
「しかし、人間に憑依して、感覚を共有している状態ならば攻撃が可能になる……ですよね?」
上須賀先輩の体を乗っ取られたという事実は、視点を変えれば先輩の体に霊体の立歯を閉じ込めたということだ。一階で僕を襲ってきた二人は、ただ操られているだけだった。だからそいつらを倒しても立歯には何のダメージもない。だけど、先輩の体内に入り込み一体化した今ならば直接ダメージを与えられるはずだ。
「うわっ、美味しいとこ持っていかれたわ。ううっ、さっきの物言いから気付きよったなぁって思っとったけど、油断してもうた」
しまったと嘆く陳さんに、僕はようやくひとつやり返せたと溜飲を下げる。
だが、ここで終わらせるつもりはない。僕のターンはまだまだ続く。
「そして上須賀先輩に取り憑いた今、先輩を攻撃して気絶させれば、同様にダメージを受けた立歯が自我を剥きだしにして出てくる。そこをトライ・テンで撮影すればいいわけですね」
「くっ、さすがやな、栗栖君。そこまで分かっとるとはうちの完敗や」
おおう、まさか陳さんからの敗北宣言?
色々とこれまで僕をおもちゃにしてくれたけど、意外と打たれ弱い人だった。
「いえいえ、すべては陳さんのヒントのおかげです」
「謙遜せんでええ。あんなやけど上須賀君の目利きは確かやからな。あいつが栗栖君を推薦してきた理由がよう分かった」
「へ? 上須賀先輩が推薦?」
なんだか急にきな臭くなってきた。
あの人の名前が出てきて、まともな話で終わったためしがない。
「『俺に万が一の事があったら、栗栖に全てを託す。ヤツなら、たった一枚撮りのトライ・テンであったとしても。さらにわずか一秒にも満たないシャッターチャンスだったとしても、臆することなく果敢に挑戦し成功を収めるであろう』……上須賀君の生前の言葉や」
生前って、先輩まだ生きてるし!
てか、落ち着け僕。ツッコむところはソコじゃないだろう?
僕は深呼吸して、今明かされた衝撃のミッションを頭の中で反復する。
撮影チャンスはたった一回。
しかも、許された時間は瞬きのようなほんの一瞬。
えええええええええ? なんだ、その無理ゲー。
「ああああ、あの、参考までに聞きたいのですが?」
「なんや、英雄・栗栖君?」
「もし万が一僕が撮り損ねたら……どうなっちゃうんでしょうか?」
あははと笑った。
陳さんも僕と同じように笑った。
瑠璃ちゃんもなんだかよく分からないけれどつられて笑った。
気付けば三人で大笑いしていた。
「その時は死ぬまで、仲良くここで暮らすだけやな」
陳さんの言葉に、空気が一気に重くなった。
「心配せんでええで。『こち亀』全巻があれば、退屈せえへんし」
そういう問題ではない。
「センパイ、顔色が悪いのです。大丈夫です?」
ずーんとプレッシャーに押しつぶされて項垂れる僕を、瑠璃ちゃんが覗き込む。
って、ダメだダメだ、こんな情けない所を瑠璃ちゃんに見せちゃいけない。
僕は瑠璃ちゃんの先輩で、頼りになって、格好良くて、一緒にいて安心できる人間じゃないとダメだ。
だから僕は思いっきり強がってみせる。
「大丈夫、何てことないよ。瑠璃ちゃんは大船に乗ったつもりでいてくれたまへ」
もっともどんな大きな船だって沈む時は沈むけどな。
もちろん思っただけで、口にはしていない。
「はいです。センパイのこと、信じてるです!」
それでも僕の強がりが功を奏したらしく、瑠璃ちゃんは笑顔で応えてくれる。が、また急に不安げな表情を浮かべ、
「あの、ところで私もひとつ気になることがあるのですよ」
と、少し恥ずかしそうに切り出した。
「憑依した立歯を攻撃できるのは分かったのです。でも、それだと憑依された上須賀先輩も同じように攻撃を受けるわけで、ただでは済まないと思うのですが……大丈夫です?」
僕と陳さんは思わず顔を見合わせる。
そしてふたりともニカっと笑って、同時に答えた。
「「それは全く問題ない」」
殺しても死なないような人だ。きっと大丈夫だろう。




