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機甲猟竜DF  作者: 結日時生
第三話「〝いただきます〟の意味」
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第三話「〝いただきます〟の意味」〈2〉

 ちかげの指示に応え、ガリミムスのミリーは全速力で走る。

 

【ダチョウ恐竜・ガリミムス】

 大きな目とスマートな体型、そしてダチョウのような顔つき。

 しかしその最大の特徴はすらりと長く、また逞しいその脚部である。

 脚力に優れたこの恐竜は、化石から時速70‐80km程のスピードを叩き出す事ができたと推測されている。

 元来の恐竜でそれだけの俊足なのだから、遺伝子改造と筋細胞・骨格の強化が施された人造恐竜なら、その速度は最高で時速125kmに達する。人間を背に乗せていない今、ミリーはその脚力を存分に発揮する事ができた。漆黒の鎧を全身に纏い走る姿はまるで弾丸のようである。

 

 しかしながら、脚力以外にガリミムスは攻撃のための武器を持ち合わせてはいない。そのままでは〝ただ足が速いだけ〟の恐竜である。

 邪竜の合間を縫い、走り続けるミリー。相竜が確かに邪竜の注意を惹き付けていることを確認し、ちかげは胸ポケットから小さな金属の棒を取り出した。

 手の平に収まるシャープペンシル程の大きさをした、ガンメタリックの小さな棒。先端にはプッシュ式のボタンが取りつけられ、末端から伸びたケーブルは、ちかげの身を包むライダースーツに繋がれている。

「ミリー!!」

 インカム越しに、ちかげはミリーへと呼びかける。相竜が確かに自分の意思を受け取った事を確認し、彼女は親指の腹で金属棒のボタンを押した。

 次の瞬間、耳をつく高音と共にミリーの背中の鎧から刀が飛び出す。左右に刀を伸ばしたその姿はまるで翼を広げたようであり、擦れ違い様に邪竜の幼体の首を切り落としていく。


【対邪竜用高周波カッター】

 高速で振動するその刃は強固な邪竜の皮膚にも爪痕を残すことができる。

 ガリミムスが装備できる程度の刀身では、成体に致命傷を与えることは難しい。しかし、幼体の首を切り落とすには充分すぎる威力である。その脚力もあり、ミリーは次々と邪竜の幼体の群れを駆逐していく。 

「良いわよ、ミリー!」

 ……しかし次の瞬間、ミリーは路面の窪みに蹴躓き体勢を崩してしまう。

 いくら遺伝子改造を施したとはいえ、顔の両端にある眼の位置では捉えられない範囲がある。両眼視で見れる範囲が限られており、進行方向の路面状況を正確に把握するのは難しいのだ。

 体勢を崩したミリーの元へ亜成体の邪竜が近づく。獲物の隙を見つけ、邪竜は歓喜の声を上げる。  

「早く逃げて!」

 ミリーに詰め寄った邪竜が飛び掛る。開かれた口腔にびっしりと並んだ毒牙が迫った、その瞬間――


「この外道どもが……焼き殺してやる!」


 邪竜の体は貫かれていた。大きくて鋭い、鎌に似た鉤爪。

 もがき苦しむ邪竜は、深く突き刺さる痛みに苦悶の声をあげた。未発達な翼の先にある爪で鉤爪の先にある顔を掻き毟るが、テリジノは微動だにせず邪竜を捕らえている。

 相竜が目標を捕らえているのを確認し、亘は握りしめられた指示棒のボタンを押した。

 直後、地面を揺らすような低い騒音が周囲に響く。土木工事用の重機にも似た、重苦しい作動音。

 その音と共に、テリジノサウルスの籠手から太く長い杭が伸びる。真っ直ぐ伸びた杭は邪竜の体を貫き、拉げさせた。


 ――――……グゥウウン。

 辺りに響き渡るのは、邪竜が上げる断末魔の叫び声と無機質で重々しい作動音。まともな感性の人間なら耳を塞ぎたくなる程の不快な重奏が、終わりを知らずに響き続ける。

 重奏にかき消される様に、テリジノサウルスは小さな唸り声をあげた。もっとも、苦痛漏れるその声は、誰の耳にも届く事はないが。

 黄金の眼球は破裂し、水分が蒸発し続ける灰色の体からは大量の白煙が天へ昇っていく。その痛みに奇声をあげ続ける邪竜。杭を伝って高圧電流が流し込まれた邪竜の体は、内部から焼き尽くされていった。

【対邪竜用兵装・ショックパイル】の威力は絶大である。しかしこの兵器は装備しているDF自身にも多少の負担を強いるもので、テリジノの手の甲に大きな火傷を作っていた。


* * * * *

パンゲア基地内部・幼竜用ケージ前。


「どうだ、レモン! 今日はお前の好きな猫缶を用意したんだ! おいしかったろ? ……って今日もあんまり食べてないな」

 片手に持ったフライドチキンを齧りながら、修大はカルノタウルスの様子を確認した。

 全く口をつけていない訳ではないが、食欲は未だに回復していない様子だ。餌皿の中には、マグロの肉が主体になった猫缶の中身が残っている。

 愛竜のレモンが餌を摂らない事に対し、修大は不安を感じられずにはいられなかった。

「サラ、唾液のサンプルが必要だから口を開けて」

「ガウ?」

「いやお尻じゃなくて口だよ……」

 希人の指示がうまく伝わっていないのか、サラは口を開けるどころか尻を向けてきた。その有様に希人も思わずため息を零してしまう。

 当のサラは何が悪いのか解らず、頭を捻る始末だ。一応は、人間の言葉を理解できる知性を持ち合わせているはずなのだが……。

 自分の意思が伝わらないもどかしさを感じながら、希人は尻を向けたままのアルバートサウルスに語りかける。

 

 ――このままじゃ駄目だ。

 

 それぞれ理由は異なるが、希人と修大は共に焦りを感じていた。 


* * * * *


「やりましたね、勇部隊長」

 東京都西部に出現した邪竜の群はちかげと亘、彼らが従えるDFの活躍により、完全に駆逐された。

 既に日は沈み、辺りはすっかりと夜の闇に染まっている。

 

「お前は何をやっている! なぜあの程度の敵に遅れを取っているんだ!」

 亘が彼のバディであるテリジノスルスを叱責する。武装を解いたその体は一回り以上小さく見えるが、それでも巨大な生物である事に変わりはない。

 十メートル近い体長を持つテリジノサウルスだが、彼との間には絶対的な主従関係が敷かれている。亘の言葉を受け、鎧を脱いだテリジノは鮮やかなターコイズブルーの体を縮こまらせていた。


「勇部隊長……差し出がましいかと思いますが、テリジノはよくやってくれていたかとお見受けします。作戦中の失態でしたら、私とガリミムスのペアの方が至らない点が多くございました。申し訳ございません」

 ちかげは亘に対し、深く頭を下げた。汗ばんだ黒髪が、頭と共にうな垂れる。

おきな……いや、構わない。本来お前とガリミムスの役割は索敵・情報収集及び敵の撹乱だ。そのDFに無理な兵装を施し、攻撃任務につかせなければならない今の現状の方が問題だ」

 深く頭を下げるちかげに対して、亘は気にしない様に促がす。彼の切れ長な瞳は、直近の結果よりも大局を見ている様だ。

「戦力的に今は不安が残る現状だ。だからコイツにはその分の働きをしてもらう必要ある」

「直にサラやレモン……あっ、失礼しました。その、アルバートサウルスやカルノタウルスも前線に出られるようになる日も近いと思います。そうすれば隊長やテリジノの負担もいくらかは減るのではないでしょうか?」

「そうなればいいんだがな……」

 ちかげに問いかけに、亘はそれ以上答えようとはしなかった。


 

 翌日。まだ朝早い幼竜用ケージの前、少し寝不足の希人は先ほど届いた資材や飼料などのチェックをしていた。

「よし、ちゃんと全部届いてるな。俺が頼んでおいた〝これ〟もきちんと来てる」

 届いた資材に間違いがないかと確認し終えた希人は、ひときわ大きな箱に目を向ける。

 

「本当、ありがとうございます……」

  

 希人はそう言って、その箱へ向けて拝むように手を合わせた。



「ちーっす。あぁそういえば今週篭目君が資材当番だったね。ご苦労さん……て、お前何やってんだよ……」

 

 

 希人が資材整理終えた30分後。定刻どおりに出勤した修大の目に飛び込んできたのは、衝撃的な光景だった。

 

 修大が受け持つカルノタウルスのレモン。

 少し怖がりな面があるがとても賢く、また彼に対してとても従順である。その様子はまるで犬のようであり、ドッグトレーナーをしていた修大との相性も良い。

 ……だが、今彼の目の前に映るレモンの姿は、愛玩動物の様な愛らしさを持ち合わせているいつもの姿ではなかった。




 レモンの口から飛び出しているのは、白い毛に覆われた下半身と毛のない長い尻尾。

 足元には僅かに垂れ落ちた鮮血が溜まっている。

 コリコリと骨を砕く音をたてながら、レモンはそれを飲み込んでいく。

 それが何なのかは直ぐに判った。

 

 

 ……活きたネズミである。

 現に今飲み込まれた個体とは別に、レモンの右足の下にはもう一匹のネズミが既に捕らえられている。足の爪の攻撃を受け、もう逃げる力は残っていないようだ。

 

「おい、レモ――」

 

 修大が呼びかけるよりも早く、レモンはその首を足元のネズミに向けて伸ばした。

 肉食の本能をむき出しにし、瞬く間にそのネズミを捕らえ飲み込んでいく。

 

 一体誰がレモンに活きたネズミを与えてのだろうか?

 その答えは明白だ。


「おい、お前」

「木野君……どうしたんだよ、そんな恐い顔して」

「テメェ!!」 

 修大は希人の胸ぐらに掴み掛かり、そのまま壁に押し付けた。


「お前マジ頭おかしいんじゃねぇのか? 普通あのネズミが可哀そうとか思うだろ?! 何キチガイみたいな真似してんだ! コイツらは邪竜と戦うために育ててんだ! それなのに何で邪竜の真似事みたいなことさせてんだよ!」

「そんな事言ったって、現に食欲を落としてたレモンはきちんと食べただろう?! 肉食動物を育てる上で時に必要な事だ! それに君、昨日フライドチキン食べてたよね?」

「だから何だよ?」

「その鶏肉、元からあの形をした鶏肉の状態だったのかな? 違うよね? 生きたニワトリを殺して解体したからあんな風に片手で食べられてたんだよな?!」

「それはそうだけど……」

 無抵抗なネズミを〝餌〟としてレモンに提供した希人への怒りをぶつけた修大。しかし、理路整然たる弁明と客観的な事実を突きつけられた事により、修大は言葉を詰まらせる。

 沈黙しかかる修大。だが、希人は追撃の弁を緩める事はしない。


「ふんっ、何も言い返せないのかよ……大体キミが今まで手懐けてきたワンコ達だって元々は狼だろ? 狼ってなに食べてたんだっけ? 人が狼を飼いならし始めた時代にドッグフードなんてなかったよなぁ!?」

「うっ……」

 唇を噛み締め押し黙る修大。だが希人は更に畳み掛けていく。

 奥二重の目は獲物を射る様に細められ、矢継ぎ早にトドメの一言をぶつけた。それは確かな怒りを伴い、修大に投げかけられる。


「大体ドッグフードたって元々は他の動物の肉だろ……なに? 自分の手が汚れなければいいとでも思ってんのかよ? いいご身分ですな!」 

 そう言い放つと希人は修大のみぞおちに膝蹴りを見舞い、右手だけで修大を持ち上げ、床に叩きつける。

 持久力には難のある希人だが、腕力や脚力に関しては人並み以上の力を持っていた。 


「ぐぅう……いってぇ……」

「ハァ……そんなに嫌ならなぁ、俺が代わりにやってやるよ…………最初から……そのつもりだってんだよ、このチビ野郎!」

「あ? テメェ今なんて言った?!」

 息を切らしながら、苛立ちをぶちまける希人。だが、その一言が修大の逆鱗に触れる。

 〝チビ〟と言っても希人と修大の身長は三、四センチ程度しか違わない。しかしながら、平均身長にほんの少し届かない修大にとってそれは屈辱的な言葉だった。直ぐに体勢を立て直した修大は希人に殴りかかる。それには希人も負けじとカウンターを返した。

「ちょっと、二人とも何やってるんですか!?」 

 サラとレモンの様子を見に来たちかげ。しかし扉を開けた彼女の目に飛び込んできたのは、取っ組み合う希人と修大の姿だった。

 細身とは言え二人とも立派な成人男性である。ちかげが割って入る事は難しい。



 数分後。

 屈強な男たちに取り押さえられる形で希人と修大は引き離されていた。偶然近くをランニングしていた救助部隊の面々にちかげが助けを求めたのだ。

「大体オメェ気に食わねぇんだよ……何スカしてんだコラァ!」

「ハァ?! お前こそ大声でギャーギャー騒いでうるせぇんだよ! ガキかっつーの……」

「何だよ! もういっぺん言ってみろ!」

「お二人ともいい加減にしてもらえますか? どうしてもと言うのなら別の場所でお願いします。ここどこだか分かってますよね?」 

 ちかげの視線の先に目を向けると、サラとレモンの姿があった。

 主人たちの苛立ちが伝わったのか、二頭とも落ち着かない様子である。

「取りあえず片付けとこの子たちの食事の支度は、私がしますから出て行ってください」

 ちかげにたしなめられ、希人と修大はそれぞれ別の場所で傷の手当を受ける事になった。


  

「おぉ~! 意外とワイルドなところあるのねぇ、篭目くん」

「いや、僕はこういうの好きじゃないですよ……あっちから仕掛けてきたんですから」 

 希人は獣医舎で手当てを受けていた。彼の傷の手当をしながら瀞が毒づく。

「って言うかなんで僕、獣医舎で手当て受けてるんですか?」

「え~、でもキミ哺乳類でしょ? 外傷の手当てくらいならここでもできるわよ」

「まぁそうですけど……」

「何? 木野君と一緒が良かったの? 実は仲良しさんなのかぁ?」

「そんな訳ないじゃないですか……嫌ですよ、あんな軽薄そうな奴」

「ん~……それはちょっとどうなんだろうね」

「えっ?」

 修大への不満を漏らした希人に対し、同意しかねると言った様子で瀞は首をかしげた。


「木野君は確かにちょっとうるさいよね! 声も大きいし、リアクションもデカい」

「本当ですよ。俺より身長は低いくせに」

「まぁまぁそう言わないで!(結構粘着質だよね篭目君……)」

 修大への嫌悪感を露わにする希人。しかしそんな彼に、瀞は問いかける。


「確かに彼は篭目君と大きく違うタイプよね。でも全ての点に置いて君の方が彼に勝ってるって言える?」

「いや、それはないですよ……アイツは恐竜に対しての調教も上手いですし、体力もある。ついでに言えば友達も多いみたいだし、顔だって良い方なんじゃないですか?」

 希人は自分から見た修大の印象を素直に話した。実際、彼自身も修大のブリーダーとしての素質や能力、社交性に関しては認めている。

 「なんとなく気に食わない」という自分の感情に関しても、それが嫉妬を孕んだものである事は、認めたくないものの自覚していた。

 

「ぶっちゃけ、もうアイツ一人でいいんじゃないですか? 俺なんかよりずっとこの仕事向いていると思いますよ……」

「……それ、サラの前でも言える?」

「あっ、いやそれはその……言いたくないです…………」


 ――少なくともサラは自分を必要としている。

 その事に関しては、希人も自覚していた。そもそも彼がブリーダーを引き受けなければ、サラはもう既にその命を失っていただろう。

 また希人自身も、自分の役目を果たせる様に、今日まで自身に出来ることを精一杯たってきたつもりだ。


「そうだよね、良かったそう言って貰えて。これでちかげも安心するわ~」

「えっ? 翁さんがどうかしたんですか?」

「あぁ、あの娘言ってなかったんだ。篭目君がね、『アルバートサウルスのブリーダー引き受ける』って言ってくれた事、あの娘凄い喜んでたのよ」

「そうなんですか……」

 まさかちかげがそんな風に思っていると、希人は思ってもいなかった。

 ただ単にサラを見捨てられず、また自分が不用意にインプリンティングさせてしまった事に責任を感じていた希人。

 だから意外だったのだ。自分がサラのブリーダーになる事を、彼女が喜んでいたとは。


「うんまぁね。あの娘、アルバートサウルス……あぁ君のサラのお母さんね。そのアルバートと一緒に邪竜と戦った事もあるから、その子供が殺処分を免れて本当にホッとしてたわ」

「えっ? でもサラの母親って人間への刷り込みに失敗していたんですよね?」

「……ごめん、その辺の話に関しては尾ひれがついているみたいだから私の口からは何も話せないわ」

 それから瀞は、サラの人間への刷り込みが失敗した場合は間違いなく殺処分されていた事。また、偶然にも親として認識されてしまった希人がブリーダーになる事を断った場合も、同様に殺処分されていた事を順を追って話していった。 

「そうなんですか…………良かったです、高校生の時にここの入隊資格の試験受けておいて」

「まぁ入隊資格取るだけならそんなに難しくないもんね。必要なのは専門分野での実績や知識だし。逆に言えば、篭目君はその知識があるわけだよ!」

「いやぁ、それほどでも……だけどちょっとスッキリしました。ありがとうございます」

「うん、自信持ちな~♪ レモンの拒食を解決したのは紛れもなく君なんだし、サラの成育もすこぶる順調なわけだ! 向学心や考察力は君の方が上だと思うよ!」

 瀞の言葉を受け、希人の気持ちは少しだけ晴れやかになっていた。決して無力ではないと、客観的な事実と共に有識者から肯定される。

 それはどんな精神論よりも確実で、具体性のある励みになっていた。

「それに君もなかなかイイ男じゃな~い!」

「い、いや……そんな事はないですよ……」

「まぁ私は木野君みたいな少年っぽい系統の方が好きだけどね!」

「…………」

「あっ、でも夕海は君みたいに上品そうな顔だちの方が好きだと思うよ」

「あぁ、天貝さんですか」

  


 パンゲア基地・円形プール脇。

(あの野郎……次はぜってぇブッ飛ばす! でもアイツ結構強かったな……何気にガタイはいいからか……)

 

 海風に揺れる水面を眺めながら、修大は一人ぼやいていた。

 水面に映る自分の顔は希人に殴られたところが腫れている。その傷跡を見ながら、希人に言われた事を思い出していた。

 

「まぁ確かにレモンは肉食恐竜だし、俺も昨日肉食ったなぁ……」

 

 修大は希人の言い分に対して明確な反対意見を持ち合わせていなった。

 あの場で希人に食ってかかって行ったのは、何となく湧き出た安っぽい正義感と、肉食動物の本能を目の当たりにした恐怖からである。その事を彼は自覚していた。更に言えばレモンの拒食を解消したのは、活き餌を与える事を決めた希人の判断だ。


「俺、アイツに謝らなきゃいけないかな……」

「おーい! 木野く~ん!」

「あっ、夕海さん」

「こんな所で何してるの? ……ってかその顔どうしたの?」

「あぁいえ休憩中で……これはその、転んだんですよ。ハハハ」

「ふぅ~ん、気をつけなよ! 折角のベビーフェイスが台無しだよぉ」

 プールから顔を出した夕海は立ち泳ぎのまま、修大に話しかける。

 怪我の原因を聞かれた修大はぎこちなく答えた。正直に話せば、姉の様な存在の夕海にお説教をくらいそうだからだ。


「あぁそうだ! 君と同じ位に入った篭目君って子いたよね?」

「あぁ居ますよ(その名前、今は聞きたくねぇな)」

「そうだよね。それで君と篭目君の歓迎会開こうと思って! ちょうど天気もいいし、お花見なんてどうだろう?」

「まぁ良いんじゃないでしょうか……」

「そうだよね! じゃあ君から篭目君に伝えておいて〜!」

「えっ? 俺から?」

「うん! だって同じ部署でしょ? それに私これから会議あるし。じゃあお願いねー!」

 そう言い残し、夕海はまたプールに潜って行った。

 

「あーそうそう! 日程は今日の午後だからー! 折角だからサラとレモンちゃんも連れて行くから準備しといてねー!」

 

 プールの中央あたりから夕海が呼びかける。

 

「随分とまぁ急ですね……」

 一方的に決定事項を告げると夕海は再び潜っていく。

 少し不満を抱きながらも、修大は希人の元へ向かう事にした。 

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