表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機甲猟竜DF  作者: 結日時生
第一話「こんにちは、赤ちゃん」
4/28

第一話「こんにちは、赤ちゃん」〈3〉

「あ、あぅ……」


 全身の毛が逆立ち、汗以外の体液も噴き出しそうになる。ひとつの身体で受け止めるには強大すぎる戦慄。

 背中にびっしょりとかいた汗が、まるで氷水の様に冷たく感じる程の悪寒が全身を包んだ。失意に囚われ、瞬きすらもできない。

『蛇に睨まれた蛙』という慣用句がある。

 〝天敵である蛇に睨まれた蛙は恐怖のあまり身動きがとれなくなってしまう〟という俗説から作られたことわざだ。

 実際は蛇の様な爬虫類に表情筋はなく「睨む」といったことはできない。動かない蛙に関しても、恐怖にすくんでいるのではなく、動く物に対して強く反応する蛇の特性を考えれば合理的な自衛手段と考えることもできる。


 だが残念な事に、いま希人を文字通り「睨んで」いるのは蛇ではなく邪竜である。視覚・嗅覚ともに優れた邪竜は対象が動いていようが静止していようが、それは些細な事である。

 残念ながら、身動きを止めることは邪竜に対しての自衛手段とはなりえない。ことわざの中の蛙同様、希人は恐怖のあまり動けずにいた。


 ――――ショオォォォオオオオ!

 鼓膜を裂くような甲高い鳴き声で邪竜が吠える。獲物を見つけたことで色めきっているのだろうか?

鎌首をもたげるとその反動を利用し、弓を弾く様に首を伸ばし、希人に噛み付こうとした。



 ……間一髪、邪竜の肩が細い路地への侵入を阻み、その牙は希人に届かなかった。「狭いところへ身を隠す」という希人の賢明な判断が、とりあえず命を繋いだ。


 だが、次また同じ攻撃が飛んできたらどうだろうか? 長い首を持つ邪竜がよりスナップを効かせてきたら、びっしりと生えた鋭い牙は彼の体を捕らえ、引きずり出されるかもしれない。


(このままじゃまずい!!)

 すぐさま今来た道を引き返し、距離を取らなくてはと考える。狭い路地を抜けて反対側の通りに出られたとしても、高い運動能力を持つ邪竜は民家を乗り越え襲いかかってくるだろう。

 しかし首を伸ばしてきたタイミングに合わせて路地を抜け、その隙に再び身を隠す事が出来れば、上手くやりすごせる可能性は僅かだがある。

 寸前まで迫った邪竜の生臭い口臭に意識が朦朧とする。しかしそんな事を気にしていられる状況ではない。希人は恐怖心を振り切り動き出す。


 ……だが、無情にも運命は彼の味方をしてはくれなかった。

「ちょ!嘘だろ!!」

 背中に背負ったリュックサックが、外壁のガスメーターに引っかかってしまった。平時ならば冷静にリュックサックを外す事も考え付くのだろう。

 だが今、恐怖と焦りに支配されてしまった彼にそれは難しい。


 再び鎌首を持ち上げ、両方の目でしっかりと希人を見定める邪竜。

 狙いを定め、首を伸ばそうとした、その時――



 何かが叩きつけれる鈍く大きな物音がした。その衝撃は地面を伝い、希人の足元まで伝わってくる。

 その物音と共に、眼前の視界は明るく開かれる。たった今希人へ食いかからんとしていた邪竜の体は、消え去っていたのだ。


「……えっ!?」

 一体何が起きたのか?

 間一髪、難を逃れた希人は危険を感じながらも状況を確かめずにはいられなかった。

 

 冷静さを取り戻した彼は引っかかっていたリュックを外して地面に起き、引き返していた路地をまた進み始める。

 慎重にゆっくりと、恐る恐る民家の陰から顔を出し様子を窺う。するとそこには、邪竜とは全く異なる巨大な影が存在していた。



 鼻先から尾の先までゆうに9メートルはあろうかという巨体。

 ナイフのような鋭い牙がびっしりと生え、大きく裂けた口。

 そんな威圧感に満ちた巨体を支える逞しく頑丈な二本の後ろ足。



「恐竜? ティラノ……サウルス?」

 希人の目の前に現れたその巨体は、子供のころに図鑑で見た肉食恐竜の姿そのものだ。

 もっとも、図鑑で見たその恐竜は、今彼が目の前にしているような無骨な鎧を身に纏ってはいなかった。しかし、そのフォルムはまさしく恐竜そのものである。

 一見それは恐竜の形をした機械のようにも見えるが、呼吸に合わせ収縮と膨張を繰り返す剥き出しの腹部が生物であることを物語っていた。


「何だありゃ……」


 素朴な疑問を感じながら、物陰に身を潜めつつその恐竜を見上げる。

 よくよく見れば記憶の中にあるティラノサウルスの復元図と比べて細身で、目測で測った9メートルという大きさも若干小さいのではないだろうか?

 指の数が三本ではなく、二本である点からアロサウルスでもないだろう。

 恐らくはティラノサウルスに似たほかの種類の肉食恐竜なのかもしれない。


 ――一体この恐竜がなんなのか?


 疑問を抱きながらその姿を凝視していたが、好奇心を打ち砕くように恐竜は重く太い声で雄叫びを上げた。その雄叫びに対抗するかのように、邪竜も甲高い奇声を上げる。

 状況から察するに、邪竜から自分を救ったのはこの恐竜が加えた一撃だろう。

 無論、この恐竜が自分を助けるために邪竜と戦ったとは言い切れない。肉食であるが故、今度は自分を狙ってくるかもしれない。


「それじゃ失礼しますねぇ……」


 邪竜と肉食恐竜は取っ組み合い、互いに牙や爪をいつきたて始めた。

 幸運にも二頭の興味は希人から逸れている。この隙に希人はこの場を後にすることにした。





 低く唸るような雄叫びと甲高い鳴き声だけが響きわたる。人気の消えた町でその叫喚だけが、静寂の中に響いていた。邪竜は鎌首をもたげて臨戦態勢を執るものの、首を伸ばすより先に肉食恐竜が間合いを詰め邪竜の首元に喰らいつく。

 一度食いついた恐竜は、更に牙を押し込み、首を回しながら邪竜の肉をねじ切らんとした。邪竜も首を伸ばして応戦しようとするが、強固な装甲に阻まれ、邪竜の毒牙は恐竜の体には届かない。


「こちらポインター1。邪竜とA1は交戦中。現在、A1が優勢を保っています」


 双眼鏡越しに黒い宝石のような瞳が邪竜と恐竜の戦いを見つめる。高台には一人の女性が立っていた。その女性は手首の通信機に話しかけ、現在の状況をどこかに伝えている。

 現在の戦況は恐竜にとって〝優勢〟と伝えられていた様だが、恐竜の側もおびただしい量の血を流しており、二頭の周囲には血の海が広がっている。その様子を、彼女は愁いを秘めた瞳で二頭の戦いを見つめていた。


「これが〝あの子〟の最後の戦いになるのかな……」


 少し震えた声で小さくそう呟くと、彼女は鼻をすする。一瞬だけ気弱な表情を見せていたが、すぐに毅然とした表情を取り戻し二頭の死闘に再び目を向けた。

 鮮血で口元を赤く染めながらも恐竜の牙は邪竜をしっかりと捕らえ、なおも押し込み続けている。一方、邪竜は口から泡を吹き出し、劣勢そのものだ。


 だが、次の瞬間――長い腕を持つ邪竜の肘から鋭い骨が飛び出す。その骨は日本刀のように薄く鋭い刃状で、邪竜は骨の刀で恐竜の腹部を切りつけた。

 装甲に覆われていない剥き出しの恐竜の腹部はパックリと裂かれ、鮮血が噴出す。堪らず恐竜は噛み付いていた牙を放し、後退した。

 一瞬の隙をついて邪竜は身を翻し、恐竜の喉元へ長い尾を叩き込む。その衝撃はすさまじく、恐竜の体は大きく弧を描いて吹き飛ばされていった。


「こちらポインター1! 邪竜の反撃によりA1負傷。直ちに状況を確認へ向かいます!」

 彼女は再び通信機に報告を入れると、彼女は傍らで待機していた〝相竜〟に飛び乗った。


「ミリー、走って!」

 彼女の声に応えるように、その巨体は足を踏み出した。二、三歩踏み込むとその巨体は、弾丸のような凄まじい速度で走り去っていく。



 リュックサックを前にかけ、抱きかかえるようにして希人は小高い坂道を下っていた。背中に背負うよりも、幾分かは中に伝わる振動は少なく済むからである。中の動物たちを気遣いながらも全速力で走り、希人は息をきらしていた。


「さっきの避難勧告によれば出現した邪竜は一体……って事はあの恐竜と戦っている間はこっちになんか興味ないはずだ。今のうちに早くシェルターヘ!」

 恐竜と交戦中であれば、邪竜もこちらの事など眼中に無いだろう。その好機を逃げさせまいと必死で希人は走り続けた。

 しかし彼は疲れ知らずの馬車馬ではないし、持久力に関して同年代の男性と比べてあまり自信の無い方だ。まして今は大切な荷物を抱えながらの全力疾走。

 流石に疲れたのか、一瞬だけ立ち止まり、後ろを振り返る。


 邪竜や恐竜の影も形も見当たらない。

 ホッと一息をつき、再び前を向き直った瞬間、空から巨大な肉塊が希人の目の前に降ってきた。

 まるで地面が波打つかのような凄まじい衝撃にバランスを崩し、尻餅をつく。顔をあげた先には、先ほどの肉食恐竜の体が横たわっていた。

 まだ生きてはいるが、腹部はパックリと切り裂かれ、傷口からは腸も飛び出している。「ヒュー……ヒュー……」と音を立てて漏れる吐息は、今にも途絶えそうだ。


「嘘……負けちゃったってことか?」

 希人の脳裏に再び鮮明な恐怖が甦る。

 いまこの場に重傷の恐竜が横たわっているという事は、傷を負わし、この巨体を吹き飛ばした相手がいるという事だ。

 幸いにもその相手ははるか遠くにいるのか、まだ視認できない。

 だが、相手は強靭な筋力を持つ邪竜だ。追いつかれるのも時間の問題だろう。

 彼は体勢を立て直し再び走りだそうと腰を上げる。しかし……



 パックリと切り裂かれた恐竜の腹部。

 邪竜の攻撃によるものなのだろう。中に見える内臓は寸断され原形を留めていない。


 しかし、そんな肉の掃溜めの中に一つだけ、希人は傷のない丸みを帯びた物体を見つけた。

 その物体の正体に気付いた彼は動きだそうとしていた足を止める。


 それは、鱗に覆われた爬虫類に似た表皮を持っていた。

 長い尻尾と小さな体。そして不釣合いに大きい頭。

 尻尾と頭をくっ付けるようにうずくまり、その瞳は固く閉じられている。


 ――紛れもなくこの恐竜の赤ん坊だろう。


 まだ胚膜に包まれてはいるが、その姿はもう既に一個体として完成されている状態だった。


 この恐竜の親を最初に見た時の姿を思い出す。あの時希人は、呼吸するように動く腹部を見て機械的な兵器なのではなく、生きた恐竜であると仮定した。


 よく考えれば、それもまた少し不自然である。

 なぜなら、爬虫類であるはずの恐竜に哺乳類のような横隔膜はなく、呼吸に伴って腹部が動くはずはない。

 あのとき動いていたのは恐竜自身の筋肉ではなく、この子供だったのだ。

 よく見ればこの子恐竜は随分と立派に育っている。恐らく臨月を過ぎても産まれず、母体にも相当な負担がかかっていたのだろう。

 恐竜といえば大多数の爬虫類と同じように、卵生で発生するものだと希人は思っていた。しかし、この恐竜にその定義は当て嵌まらないらしい。

 ……だが恐竜の定義に当て嵌まらずとも、生物としての命がひとつである点に差異はないだろう。




 鮮血と肉塊の海を掻き分ける腕。

 足元に転がる内臓の破片を踏み(しだ)きながら進む脚。

 時折顔に跳ねてくる血飛沫にも怯まない。


 考えるよりも先に、希人はその赤ん坊恐竜を助け出そうとしていた。お気に入りのジャケットも、真っ白なスニーカーも、元が何色だったのか判らなくなるくらい真っ赤にしながら赤ん坊をめざす。

 ――助けてどうするかなんてわからない。

 ただ、偶然にも自分の命を救ってくれた恐竜の子供を見殺しにするのも後味が悪い。それに、せっかく産まれたこの命を邪竜の餌にはしたくなかった。


 ――だが本当に助けてもいいのだろうか?

 この恐竜は果たしてなぜここにいるのだろう? もしこの恐竜も邪竜同様、生態系を脅かすような存在だったとしたら助ける価値など無いのではないか?

 そんな生き物だったとしたのなら、希人が自宅の動物たちを助けに行った理由の半分と矛盾する事にすることになる。

 それでも彼は、迷いながらも歩みを止める事は無く、遂にその子恐竜を引きずり出し、両腕に抱え込んだ。

「よし、まだ生きている」

 子恐竜の胸に耳を当て、心音を確かめる。

 希人はこの恐竜を連れて逃げる事を決めていた。

 この恐竜と連れてきた自分自身の処遇に関しては、事態が落ち着いてから幾らでも裁きを受けるつもりだ。

 それに、外来生物法の【特定外来生物】の項目にも、動物愛護法の【特定動物】のリストにも恐竜の名前なんて見たことはない。取りあえず法律で裁かれる事はまずないだろうとも思っていた。


「あなた、民間人ですか? ここは危険です。すぐに避難をしてください!」

 ようやく一息ついて安堵の表情を浮かべた希人に、後ろから涼やかな声が語りかける。振り向き顔をあげると、鳥のような顔つきの恐竜に跨った女性が自分を見下ろしていた。


「あ、あの……」

 『その恐竜はなんですか?』と聞きたいところだが、彼女の視線が突き刺さり、喉まで出かかった言葉は足を止めた。だが不思議と彼女の視線には温かさも感じられ、嫌悪感は抱かなかった。


「ハイ! ……了解です! 逃げ遅れた民間人も発見しましたので共に退避します」

 彼女は手首の通信機にそう告げると、希人に話しかけた。


「あなた、体重は?」

「えーっと……最後に量った時は六十三キロくらいでした」

「じゃあ私と合わせて、約百二十キロですね……大丈夫、何とかなります」

 遠回しに自分のおおよその体重を漏らしてしまった事にどうやら彼女は気づいていないようだ。

「あの、細身の割に結構重たいんですね」

「……あっ! あなた妙齢の女性に対して失礼じゃないですか? そんな無駄口叩いてないで早く私の後ろに乗って下さい!」

 少し気分を害したのか、彼女は少しキツイ口調で希人へ自分の後ろに乗り、恐竜に跨るように促す。

 その恐竜はダチョウのような顔つきで、希人の後ろに横たわっている肉食恐竜に比べて二回りほど小さく細身であった。だがその脚部は長い上に逞しく、強靭な筋力を持っているのだと一目で判る。


 彼女の指示に従い、ダチョウ竜は希人が乗りやすい様に腹部を地面につけて姿勢を低くする。自宅から連れてきたペット達の入ったリュックを背負い、彼もダチョウ竜に跨った。先ほどの肉食恐竜同様、このダチョウ竜も人工的な装甲に覆われており、背中に乗りやすい様に足がかりがついている。


「そのリュック大事なものでも入っているんですか? 大抵のものなら邪竜による被害で損失した金品は補償されるとおもいますが……」

「すみません。お金には換えられない大切なものが入っています。恐らくこの荷物を足しても百二十キロを大幅に超える事はないのでどうかお願いします」


 体重の件を思い出したのか、少し不機嫌そうではあったが「わかりました」とだけ言い、彼女はそれ以上深く追求してこなかった。


「じゃあ私に掴まってください。腰のあたりに手を回してしっかりと体を付けてくださいね」

「えっ!?」

 希人は頬を赤らめる。希人の私生活に女気は殆どなく、成人して一年以上経つが女性に対しての免疫というものがなかった。


「何をはずかしがっているんですか! 中学生じゃないんですから、こんな事くらいで恥ずかしがらないでください!」

 中学生じゃないんですからの文言に、希人の男性としての自尊心は痛手を負う。

 だが躊躇っていられる状況でもなく、希人は恐る恐る彼女の腰に手を回し、体を彼女の背中に密着させる。


「じゃぁ出ますよ。しっかり掴まっていてください……なんか結構お腹出てますね。本当に六十三キロの体重で計算して大丈夫ですか?」

「え!? あぁ、大丈夫ですよ! これでも前よりは痩せたんですから!」

「なら大丈夫ですね」

 さして興味もなさそうに彼女は言い捨てると、ダチョウ竜を走らせようと手綱を引く。ダチョウ竜が立ち上がろうとしたその時、


 ――ギョォォオオオ!

 忌まわしく甲高い声を怒り狂ったように喚きちらし、近づいてくる影があった。

 骨をむき出し、血に塗れ、それでも尚、獲物を諦めない貪欲な捕食者。



 ……邪竜だ。

 肉食恐竜との死闘により深手を負っているため本調子ではないが、それでも高い身体能力を持った生物である。

 声が聞こえた瞬間、もうすでに五十メートルほど手前まで距離を詰められていた。


 だが危機を察したダチョウ竜が走り出そうとした瞬間、もう一つの巨大な影が起き上がった。


 肉食恐竜が立ち上がったのである。瀕死の重傷を負いながらも、邪竜に向かって牙をつき立て向かっていく。



 ダチョウ竜とすれ違う時、肉食恐竜は希人を一目する。

 正しくは希人というよりも、彼のシャツの下に隠された自分の子供を見つめたのかもしれない。


 どちらにせよ、希人はその恐竜の眼差しに、高等生物に近い母性を感じずにはいられなかった。


 赤い血を滴らせながら肉食恐竜は邪竜に果敢に挑んでいく。邪竜もまた深手を負っているため、恐竜に対してとどめを刺せずにいた。




「こちらポインター1、退避完了しました」


 高台に退避し希人と荷物を降ろした後、自分もダチョウ竜から降りると彼女は手首の通信機に語りかけた。

 非常に濃い逃走劇の主人公を演じたせいか、疲れ果てた希人は糸が切れた人形のように地面に腰を下ろした。


「ここにいて大丈夫なんですか? あの恐竜が負けちゃったら邪竜はまたこっちに向かって来るんじゃ……」

「心配要りません。既に手は打たれています。ただ……その、少し刺激が強いと思いますのであまりあちらを見ないほうが賢明かと思います」

 伏し目がちな彼女は、希人へそう警告する。

 次の瞬間、高台の下の町並みから突如いくつものポールが飛びだしてきた。


 何かを察したのか必死に逃げ出そうとする邪竜。しかしその邪竜に肉食恐竜は決死の覚悟で食いつき、放そうとしない。

 二頭を囲むかの様に、ポールとポールの間からは透明な板が地面から迫り出し、町一帯を包む檻を作り上げた。

「一体何が始まるんですか?」

「高出力マイクロ波フィールド……中にいる生物や物体に高出力のマイクロ波を照射して内部から焼き殺す対邪竜最終兵器。言うなれば町全体を巨大な電子レンジにして敵を焼き殺すというものです」

「……でも、まだあの恐竜の残ってますよね? それに街路樹や草花、他の生き物だって」

「仕方ないですよ……どちらにせよあの恐竜はもう助からないでしょう。それに他の生き物の話だって、ここで邪竜を取り逃がした方がきっと多くの犠牲が出ます」

「…………」


 彼女の言うことは合理的でもっともだった。だが、その言葉を口にする彼女の表情は暗く悲しげで、今目の前で起きていることを納得して受け入れているとは言い辛い。


 希人は展開されたフィールドの中に目を向ける。


 中では邪竜がもがき苦しんでいる。体中からは沸騰した体液が飛び出し、眼球は既に両目とも破裂している。それでもなお、怨念めいた叫び声を上げながら暴れ狂っていた。

 対する恐竜の方は、もうすでに力尽きたのかぐったりと地面に横たわっている。剥き出しになった内臓には焦げ目がつき、どんどん変色していく。


 怒り狂う邪竜の表情も合わせて、顕現した地獄のそのものだった。

 その様子を見つめながら、希人は眉間に皺を寄せる。

 あまりに惨いその殺し方は、彼の心に嫌悪感を抱かせるに充分すぎるものだった。気持ちを少しでも落ち着けようと、彼は自分の腹に手を当ててシャツの下の恐竜の子供を擦る。


 ……すると希人の手に対して明らかに反応するような感触がある。

 あわててシャツに中から恐竜の子供を取り出す。


「えっ? どうしたんですかその子!」

 傍らの彼女が問いかけるも、今の希人の耳に彼女の声は届いていなかった。


 生唾を飲み、瞬きひとつせずに子恐竜を真っ直ぐ見つめる。


 恐竜は胚膜を破り、産声を上げてゆっくりと目を開ける。


 そこには恐竜を一心に見つめる姿があった。




 ――――篭目希人。

 彼はこの恐竜にとって、産まれて初めて目にした人間である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ