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機甲猟竜DF  作者: 結日時生
第一話「こんにちは、赤ちゃん」
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第一話「こんにちは、赤ちゃん」〈2〉

 荒川・旧岩淵水門前。

 改修の際に塗られた赤い色から赤水門とも呼ばれている。


「せっかくのお天気だって言うのに、いやですねぇ~」

「しょうがねぇよ、これが俺達の仕事なんだから」

 水門の手前で浮かぶモーターボート。その上では二人の男がぼやいていた。

「ママ~? あれは何してるの?」

「見ちゃいけません! ホラ、早く行くわよ!」

 橋の上からボートを見つけた子供が母親に尋ねる。そのボートが何をしているか、また、そこに何があるかを察した母親は、足早にその場を去ろうと子供の手を引いた。自分の子供が、不必要にグロテスクなものを目にするのを避けたかったのである。

「こりゃあ男だな……」

「そんなの見ればわかりますよ。うつぶせに浮いてるんですから」

 男たちがやりとりをする視線の先には、力なく漂う衣服を纏った人の体があった。川の流れに押されたそれは、水門にしきりに頭を打ち付けている。

 既に息をしていないそれは、命を失っているため水流に流されるままだった。

「僕、どざえもんを見るの、初めてなんですよ」

「結構グロいからな……覚悟しておけよ。ちなみに俺は初めて見た日、ずっと飯が食えなかった」

「えぇ~マジですかぁ? ヤダなぁ……」

「でも回収しないことには検死もできないからな。ホラ、覚悟決めろ!」

 若い方の男の尻を叩き、もう一人の男はボートを目標へ近づける。

 ……その時だ。


「えっ?」


 若い方の男が思わず声をあげてしまうのも無理はない。

 たった今の今まで目の前にあった水死体は、音もなく水の中に消えていったのだから。

 見えていたそれが見間違いだったとしたら良かったのだが、緩やかに波紋が広がる水面がその光景が真実である事を物語っていた。


* * * * *


 自宅の最寄り駅まで着いた希人。駅の改札を過ぎ、外へ出る。時刻は十四時を過ぎたくらいだろうか。

 学校帰りの小学生低学年の児童や買い物に出かけにいく主婦、早上がりだったと思われる制服姿の高校生たち。

 出かける前よりも人の数は多く、駅前は賑やかさに包まれていた。


「はぁ……」


 不意に溜息がこぼれる。

 希人の横を通り過ぎていく賑やかで騒がしい人の群れ。それはうるさくもあり、不快に思えることもある。

 だが今の希人にとって、自分の横を通り過ぎていく人たちは親しい友人と笑いあっていたり、家族のために自転車を走らせていたりと、なんだかとても幸せそうに見えていた。

 もちろん、皆が皆、幸せの中で暮らしているわけではない事など彼自身も解っている。


 しかしながら無職の一人暮らしで、誰の為でもなく一人分の家事をこなすだけの生活。加えて気軽に話せる相手もおらず、日常の会話は買い物に行った時くらいだ。

 そんな生活に寂しさを感じていた今日この頃。自分を慰めるために花見に行ったはずなのに、かえって傷口に塩を塗りこむ結果になってしまった。

 行きかう人の群れの中に、希人の居場所はどこにもなかった……。


* * * * *



「あれ? 一体どうしたんで……ってなんなんですか! 急にスピード出して!」

「いいからちゃんと掴ってろ! ついでにそこにある拡声器で周りの住民に避難するように伝えるんだ!」

 年上の男はボートのモーターをフル回転させる。その顔色には焦りが見えた。むしろ、恐怖が彼を駆り立てていると言っていいかもしれない。


 先程まで水死体が浮いていた水面が、静かに隆起する。

 除々に水の膜が剥がれ、水柱の中から巨体が姿を現す。


「あ、あれって……」


 ボートの上の若い男は言葉を失った。橋の上の人々は混乱の中を逃げ惑う。

 太陽を背にした巨体からは、生物特有の底知れぬ威圧感が発せられている。長い首の先にある、幾重にも並んだ鋭い牙を持った口。

 その牙には、先程まで水面を漂っていた水死体がしっかりと捕えられていた。腐った肉が千切れ、腕だけが水面に落ちる。

 静かに水面に飛沫が跳ねると、その巨体は口の中の水死体を呑みこんでいく。死肉を呑みこむ際、一瞬金色の瞳が見開かれた。


 ――キョオオオオ!!

 空を割くような甲高い声が響く。苛立ちや怒り、もしくは沢山の獲物を見つけた歓喜だろうか?

 更に牙が密集した口は、高々と咆哮をあげる。声の主は長い尾を赤い扉へ叩きつけた。

 その強靭な筋肉の鞭の前では、鉄製の扉はその強固な性質が意味をなさない。分厚い鋼鉄でできた水門はトタン板の様にひしゃげ、コンクリートの枠組みは粉々に砕かれ、水面に崩れ落ちる。

 歪な形に変えられた水門は崩壊し、その巨大な生物の進行を許した。


* * * * *


 気まぐれで出かけた公園への花見。結構な距離を地道に歩いたためか、希人の足には若干の疲れが溜まっている。

 バスローターリーにあるベンチに腰を下ろし、休もうとした。

 その時である。


『緊急避難警報! 緊急避難警報! 付近に邪竜が出現。数は一体。岩淵水門を破壊し出現した邪竜は現在、埼玉県との県境を南下中。住民は速やかに最寄りのシェルターへ避難してください。これは訓練ではありません。繰り返します……』


 けたたましいサイレンが響いた後、駅や町中に設置されたスピーカーから同じ内容が繰り返されている。

 人々がざわめき出し、賑わいが混乱へと移行しかけていた。

「みなさん落ち着いてください! 我々の誘導に従い落ち着いて避難してください! 現在、邪竜はまだこちらには向かっていません! どうか落ち着いてください!」

 路線バスの一・五倍はあろうかという巨大な装甲車と共に、パンゲアの救助部隊が現れた。傍らには協力に来た陸上自衛隊の姿も見える。

 彼らの到着により、人の群れは混乱に向かう前に落ち着きを取り戻していた。

 まだそれほど切迫した状況ではないが、邪竜の脅威が近くに迫っていることは確かである。希人も避難した方がいいのだが……。




 薄暗い無機質な部屋。日の光の差しこまない空間の中で、いくつか並んだ液晶モニターの光だけが周囲を照らしていた。


「今回出現した邪竜はどうだ? 昨日の相手に比べてみると小さく思えるのだが?」

「えぇ、昨日群馬県に出現した個体よりは小型ですね。しかしながら、私のものも先の戦いで手負いでして、必ず勝てるかと聞かれれば疑問符がつきます。加えて言うなら、今回の個体は小型である分動きが速い。残念ながら分が悪いかと……」

 通信機から聞こえる中年とおぼしき男性の問いかけに対し、清涼感のある若い男の声は冷静に答える。

 しかしながら自分の出番がないという事実を口にしなくてはいけない為か、若い男の声は何処か悔しさをかみ殺しているようだった。更に若い男は『私の指揮が行き届かず、申し訳ありません』と続けた。

「なに、心配する事はない。君のものが厳しいというのは私の目にもわかる。だからこそ〝アレ〟を連れてきたのだろう?」

「はっ! 誠に恐れ入ります。……ですが、アレは現在身重だと聞きます。果たして、充分に戦えるでしょうか? また、中の子供の方も無事でいられる可能性は低いのでは?」

「仕方あるまい。アレは言うことを聞かないじゃじゃ馬なのだから。無論、その子供にも期待はしとらんよ。寧ろ、ただ施設の中で安楽死させられるより名誉な事だと思わんかね?」

「そうですね。我々にも使える資材には限りがあります。有効な活用法を見出し運用しなくてはいけません」

 男たちは淡々と会話を続けていた。男たちが〝アレ〟と呼ぶ存在はどうやら彼らにとってあまり重要なものではないらしい。


「では、頼んだぞおきな。今回出現した邪竜のデータ収集と〝A1〟の監視を」

「了解です!」

 若い男の問いかけに、凛とした声で彼女は答えた。

 強く意志を感じる眼差しを男からそらすと、彼女は頭上にある大きな窓を見上げる。窓の向こうには周りを鉄で囲まれた牢獄の中を動く巨大な影が見えた。

 ――グルゥゥ……。

 巨大な影は低く唸る。

 その影を見つめる彼女の瞳はどこか悲しげだった。




 アパートの一室。綺麗に整頓されていた室内をぐちゃぐちゃにしながら、希人は大きめのタッパーと厚手の布袋、プラケースを取り出していた。


「はやく逃げないとまずいなぁ……ホラ、だから動くなって!」

 希人は急ぎながらも優しく慎重に、布袋にコーンスネーク、タッパーにヒキガエル、プラケースにハリネズミを入れていた。愛情深い彼は、動物たちを見捨てて避難などできなかったのである。


 また、この場に戻ってきたのは一人の人間かつ一飼育者としての義務感からだった。

 コーンスネークは温帯産の種類であり、飼育施設から脱走すれば日本の環境に適応し、生き残るかもしれない。また彼の飼育しているハリネズミは、合法的に飼育が許可されたヨツユビハリネズミではあるが、もし万が一本種が野生化することがあれば本種の飼育も規制されるかもしれない。

 彼の手元を離れた動物たちが、日本の自然環境の中で野性のままに生きていくことは彼にとって最も避けたいことである。

 彼の大切な家族が生態系に害をなす存在、【侵略的外来種】になってしまうからだ。


「よし!! みんな大丈夫だな」

 そう言って彼らの状態を確認すると、下からプラケース、タッパー、布袋の順で重ねて大きめのリュックに入れる。リュックを背負い、彼は部屋の扉を開けて外へ踏み出した。


 人の気配がすっかりと消えた住宅地。

 希人は家と家の間の路地や塀の陰に身を隠しながら、腰を落とし慎重に進んでいく。普段の日常の中なら不審者として即通報される姿だ。しかし今はそんな事を言っていられる状況ではないし、何より通報する住民もかけつける警察官も皆シェルターに避難している。

(姿を隠しても匂いまでは消せないからなぁ……何とか見つかりませんように!)

 邪竜は視覚・嗅覚・聴覚いずれの感覚も格段に優れている。その邪竜から完全に身を隠し、気配を感付かれない様にする事は難しい。

 また邪竜という生き物は身体能力もずば抜けている。直線での追いかけっこになれば人間が勝てる見込みは無きに等しい。

 その為、運悪く邪竜に見つかっても邪竜が入り込めないであろう狭い路地を進んでいく。

 恐怖混じりの緊張と焦りからか背中にびっしりと汗をかいている。リュックサックとの間のシャツがぴったりと貼りついて気持ちが悪い。

 その不快感に耐えてながら、民家と民家の間を進んでいく。外壁に対して体を水平にしながらカニ歩きで進み、狭い路地を抜けた先の道路へ向かっていた。


 ……ちょうど中間地点を過ぎた所だろうか。先ほどまで光が見えていた路地の先が急に暗くなった。


 太陽が雲に隠れたのだろうか? いや今朝の天気予報では終日快晴だと言っていた。

 公園に桜の花を見に行った時も雲ひとつない青空と桜の花の対比を目で楽しんだ。



 では何が影を落としているのか?


 希人は恐る恐る視線を上へ向ける。




 そこにはこちらを見つめる金色の大きな瞳があった。


 邪竜である。


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