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機甲猟竜DF  作者: 結日時生
第六話「小さな世界の大きな理《ことわり》」
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第六話「小さな世界の大きな理」〈6〉

 この日はよく晴れていた。果てのない青空はどこまでも突き抜けていて、全てを呑み込む広大な黒い宇宙まで繋がっているのだと確かに実感できる。

 宇宙程ではないものの、十分に広いマリアの口がピンクマウスを呑み込んだのは、もう三日前の事だ。

 パンゲア基地の会議室。壁際に置かれたパイプ椅子に、希人と修大は腰掛けていた。

「ふぅ疲れたー!」

「お疲れ」

「そっちもお疲れ。この制服さ、首の辺りきっついよな~! まぁ毎日着るわけじゃないからいいけどよー」

 天井を仰ぐ修大は、首のホックと第一ボタンを外す。きつく締まっていた首周りは解放され、彼は大きく息を吐き出した。背もたれに寄り掛かる持ち主の動きに合わせ、濃紺の詰襟は皺を作っている。


 この日、パンゲアに新しく入隊する人員の入隊式が行われた。

 それぞれDFのバディになる事を承諾した希人と修大は、共にパンゲアの制服を着込み、新入隊員と同様に出席する運びとなっていた。既に式典は終わり、今は控え室となった会議室で疲れを取っている。

 彼らの身を包む、黒に限りなく近い濃紺の詰襟。光が及ばない深い海の様な色をした生地には、肩から袖口にかけて赤いラインが入る。それは地下を脈々と流れるマグマを表したものだ。

 ――かつて一つの大陸【パンゲア】だった地上に住む我々人類は、今こそ一致団結し、共通の脅威【邪竜】に立ち向かおう。

 そんな大層な理想が、世界を繋ぐ海を示す濃紺と、融解したマントルを示す赤には込められていた。肩から走る赤いラインに、希人は触れてみる。触感はなんの変哲もない合成皮革だ。

 しかし、今彼が触れている線には、これから背負う事になる痛みや責任が込められている。生き血よりも色濃い紅は、彼らが背負った覚悟の色なのかもしれない。

「お疲れ様~! おぉ、篭目君も木野君も結構似合ってるじゃん!」

「お二人とも、今日はお疲れ様でした」

 会議室のドアを開いて入ってきたのは、夕海とちかげだった。式典がある日にも生き物の腹は減るし、掃除もしなければならない。

 この日も恐竜の世話をする彼女達は、モスグリーンの作業用ツナギに身を包んでいた。足元は汚れのないスニーカーに履きかえられているが、式典用の制服の横に並ぶと野暮ったい印象にも映る。

 だがツナギの上にある顔立ちは二人とも愛らしく、夕海とちかげは晴れやかな表情を浮かべていた。

「ありがとうございます! 俺と希人、どっちが似合ってます?」

「そうだなぁ……やっぱりこういうキッチリした格好は篭目君の方が似合ってるかも!」

「そうですか? ありがとうございます」

「ちぇ~。俺だって結構似合ってるでしょ」

 わざとらしく口先を尖らす修大の頭を、夕海は小突く。突かれた修大は着崩した制服のまま、談笑している。他愛もない会話を楽しむ彼らを尻目に、希人はちかげに優しく声をかける。

「わざわざ来ていただいて、ありがとうございます。しばらく見てないですけど、ミリーは元気にしてますか?」

「えぇ、元気ですよ。本当、お陰様で……」

 そう言うと、ちかげはほんの少し憂いを帯びた表情を一瞬だけ見せた。希人に対して明るくしようと努めていた彼女だが、無理をしている部分もあった様だ。

 これではいけないと思い、笑顔を作り直そうとしたちかげ。だが洞察力に優れる希人の目は、悲しげな彼女の顔をしっかりと捉えていた。

 彼女の見せた憂いは本当に一瞬だったのだが、カエルの舌が獲物へと伸びる時間に比べれば非常に長いのだろう。咄嗟に自分の憂いを誤魔化そうとしたちかげに、希人は語りかける。決して威圧する事のない、陽気を運ぶ南風の様に穏やかな声で。

「大丈夫。これは僕が僕自身の為に決めた事です。……だから、翁さんが何かを考えたり、感じたりする必要はないんですよ」

「え……あ、いや」

「いいですよ、何も言わなくて。これでも、動物を相手にしてきたから、観察力だけはあるつもりです」

 その後に「でもドン臭いから、女の人には結局愛想をつかされちゃいますけど!」と、おどけて見せる希人。人見知りの激しい彼だが、ある程度気心の知れた相手にはひょうきんな表情を見せる事もあり、本来は親しみやすい人柄なのだろう。

「まぁ、あんな場所で泣き出す人ですしね……」

「ちょ! その話はなしでお願いしますよ、翁さん!」

「え? 希人がどうしたって?」

「ん? なになに? 何の話?」

「あっ、いや……なんでもないですよ。本当になんでも……」

 主導権は握らせまいと、希人が泣きだした話をチラつかせただけだったちかげ。しかし修大の耳にも少しだけ入ってしまい、興味本位で近くの夕海も寄ってきてしまった。

 それはちかげにも予想外だった様で、わざとらしく視線を逸らして床に落とす。困り果てる彼女に助け舟を出そうと、希人はちかげと夕海の間に割って入る。……もっとも、それは彼自身の為でもあったが。

「そ、そうだ天貝さん! 正式な辞令も貰ったし、もう会いに行っていいんですよね?」

「んっ? ……あぁ、そうだね。寂しがってし、早く行ってあげな! きっと喜ぶと思うから」

 目的格の欠けた質問文ではあるが、希人の心情を考えればそれが何に対するものなのかは容易に想像できた。「何に会いに行くの?」といちいち確認する必要もない問いに、夕海は端的に答える。彼女の返答を受け、希人の瞳はより強く輝いた。

「ありがとうございます! ほら、修大も行くだろ?」

「まぁな……でも、希人が泣い――」

「ほらほら! 早く行くだろ!」

「いてぇよ、おい! 押すなって!」

「じゃあ僕らはこれで! お祝いありがとうございました~!!」

 力一杯に修大の背中を押して会議室を出る希人。体格で勝る希人の腕力に押し通される形で、修大も部屋を後にした。

 悪態をつく修大を余所に、希人は満面の笑みである。それは、恥ずかしい話を暴露されかけた焦りを隠す作り笑いと受け取れそうだが、そうではない。

 彼は心の底から嬉しいのだ。ここ暫く会えず、〝その相手〟には寂しい思いをさせてきた。また同様に自分も寂しかった。だから再び会える今の状況が、何よりも嬉しい。

 この日の空は、一面にスカイブルーが広がる快晴だった。だが清々しい夏の晴天より、今の希人の顔は晴れやかである。黒々とした瞳の奥。そこは真昼なのに、無数の輝く星が瞬いていた。




「……で、何があったの? 男を泣かすなんて、悪い女だねぇ~」

「もう、からかわないで下さいよ……」

 希人の後ろ姿を見送った夕海は、ちかげを肘で突く。余裕をたっぷり含んだ笑みで投げかけられる質問に、ちかげは答えを詰まらせる。

 微かに紅潮した頬の上。黒い宝石の様な瞳からは、無機質で何もない床へと視線が落とされていた。


 * * * * * 


 非常に高い天井。そこに設けられた一つの天窓。

 人は勿論、〝この部屋の主〟ですら届かない高い場所から光が射し込んでくる。


 射し込んだ光は、部屋の主の全身を撫でる様に照らす。無機質に光を跳ね返すだけのコンクリートとは違い、主の体を包む鱗は金属的な光沢を伴い輝いている。床も壁面も灰色のコンクリートで囲まれた室内で、赤々と燃える炎が如き煌めきを纏った巨体。

 だがその体は地面に伏し、覇気が感じられない。赤い鱗の輝きとは対照的に、体色の白い部分はくすんでいる様にさえ見える。

 赤い鱗が燃え上がる炎なら、白い鱗は燃え尽きた白炭とでも言えるのだろうか? それくらい、紅白の更紗模様をした部屋の主には気力を失っていた。


 しかしその耳に、よく聞き慣れた足音が聞こえてくる。普段彼が履いていた物とは違う、硬質な靴底の足音。だがそれでも彼だと判るのは、なぜだろうか。

 ……ここ最近、基地に直結する通路からは足音が聞こえなかった。いつも食事を運んで来てくれるのは、通路とは反対側の扉から入ってくるガリミムスのミリーだ。

 決してそれが不満だった訳ではない。ミリーの事も、大好きなのだ。自分より小さいはずのその背中には、自分を守ってくれる様な優しさと頼もしさが感じられる。


 だが、本当に傍に居て欲しかったのは……今も傍に居て欲しいのは、ミリーではないのだ。

 いつの間にか消えてしまったかと思えば今度は突然現れ、そしてまた、自分の元を去って行った。

 自分の気持ちを掻き乱した、とても愛おしい〝ヒト〟。

 そんな彼の足音が、地面に伏した自分の骨格を伝い、耳元まで響いてくる。革靴の底はリノリウムを叩き、希望の音を上げていた。


 少しずつ彼が近づいてくる喜びに、顔を上げる。

 顔を上げて最初に感じたのは、とても大切で愛おしい彼のにおい。

 時々彼が着けていた整髪料とは違う匂いや、嗅ぎ慣れない服のにおいも混じっているが、体のにおいは彼そのものだ。鼻先で受け取った微かなにおいは、非常に懐かしい。


 忘れもしなかった、小さな体を包み込んでくれたあのにおい。

 この世界に生まれ落ちたその体を最初に抱きかかえ、守る様に、慈しむ様に覆ってくれた優しい腕の温もり。

 時間が記憶を薄めても、彼を愛おしいと言う思いは消えない。

 それなのにもう、今は彼の胸に飛び込めない程に体は大きくなっていた。


 ……だがそれでいいのだ。彼を守る事が出来るのだから。

 それはこの世界で生きる為の、たった一つで変えられない存在理由。

 決して強制からそうする訳ではない。自らの意志で決めていたのだ。


 何時の間にか、彼の足音はすぐ傍まで来ていた。

 鼻先のピット器官に意識を集中すれば、彼の吐き出す吐息が熱を帯びているのが判る。

 そんなに走らなくても、もうどこへも行けないと言うのに……。



「サラ!」

 荒い呼吸を何とか整え、精一杯の大声で呼びかける。少し喉の奥が掠れた様に感じたが、気に留めるまでもない。

 まだ呼吸は完全に整ってはいないが、希人の表情は晴れやかだ。気負いも悲しみもなく、ただその目にサラを再び映せる喜びを噛み締めた、曇りのない表情。

 翠玉の様に美しい瞳には、ベージュにも見える落ちついた栗色の髪色をした青年が映っている。また、その中に映りこんだ黒目がちな青年の瞳も、紅白の更紗模様をした竜を一心に見つめていた。

「サラ……ずっと、さみしい思いをさせてゴメンな」

 きつく絞まりそうになる咽を振り絞り、優しい声で語りかける。愛竜を思う気持ちは声を途切れさせ、視界もも滲ませようとする。だが、その粒が目から零れ落ちないように堪え、しっかりと上を見据えた。

 そんな彼を、サラの左目は微動だせず見つめている。鮮やかな緑色をした、動きのない瞳。右目の再生が未だ完了していないサラに視線を合わせ、希人は言葉を紡ぐ。

「きっとずっとこれから……いや、もっと前からだな」

 ――グゥウウン……。

 途切れ途切れに話す希人に対し、サラは低く咽を鳴らす。

 高い知性を持っていても『鳴き声』や『におい』によるコミュニケーションを主とする彼らは、人に思いを告げる『言葉』を持ち合わせていない。

 だが希人は、サラの思いを汲み取る様に話し続ける。一度地面に落ちかけた視線を再び上げ、緋色と白に彩られた竜の汚れなき瞳を見据えた。

「俺達人類は、大そうな正義の為にお前達を一方的に生み出した。本当にすまない。仮にお前が責めなくたって、やっぱり俺は責任感じるよ。だからこんな事を頼める立場でないのは、百も承知なんだ。だけど聞いて欲しい……」

 そう言うと希人は目を瞑り、大きく息を吸い込んだ。僅かな時間、コンクリート張りの部屋を静寂が包む。冷たい室内を支配する、虚無の空気。

 その静寂を打ち破ったのは、決意を決めた希人の声だった。肺に溜めた空気を吐き出し、奥二重の瞳は再び見開かれる。哺乳類の温かな吐息は、確かな意志を持った言葉として空気に溶け出していった。


「サラ。俺にはさ、守りたいものがあるんだ。だけどそれは、一言で表せるような単純なものじゃなくて……少し長くなるかもしれないけど、いいか?」

 決して言葉を返さないサラの意思を確かめるように、希人は言葉を区切り、サラの瞳を見上げる。真っ直ぐに見上げた先。サラもまた、一心に彼を見つめていた。

 サラはゆっくりと希人の方へ首を伸ばす。鉄格子の隙間から、僅かに出た鼻先。人間の感覚では大きな手が、サラの鼻に触れる。その小さな手の温もりを感じ、サラは小さく声をあげた。

 それは、人の言葉を持たないサラなりの意思表示だったのかもしれない。不確かではあるが、サラの意思を受け取り、希人は再び話し始める。


「サラ、この世界には沢山の命が生きている。植物も動物も……あと菌類とかそう言うのもね。それは皆、【食う・食われる】とか【利用する・される】とかの関係性の上で生きている。見ように依っては残酷で、実際、結構殺伐とした世界だとも思う」

 再び言葉を区切り、希人はサラの鼻先に置いていた手を、口元へと移す。

 今は閉じられているが、びっしりと牙の生え揃った巨大な口腔。その口は今日に至るまで、数多の動物の肉と補助的に摂らせられる植物や海藻、そしてそれらを粉砕・調合したペレットフードを咀嚼し、呑み込んできた。

 もしも牙を剥けば、希人の腕も体も引き千切られるだろう。それでも牙を剥かないのは、サラが希人を〝守るべき仲間〟として見ているからである。

 尊い絆であると同時に、それは人の業でもあった。心の中で確かに感じる、人類としての咎。

 決して忘れない様にそれを飲み込み、希人は再び口を開く。彼の声帯は振動し、空気を伝ってサラの耳へと、彼の言葉は届けられていく。穏やかな口調で語りかける希人の声は、再びサラへ投げかけられた。


「だけどね、サラ。そんな世界だからこそ、生きる命は懸命なんだと思う。その姿は本当に綺麗なんだ。人によって好き嫌いや美醜の基準はあるけれど、それはとっても尊くて、大切にしなくちゃけないと、俺は思う」

 一時も目を逸らさず、希人はサラへと自分の意志を告げる。それは、彼自身も忘れない様、肝に銘じ続けてきた言葉だった。

 サラの命を繋ぐ為、今この時まで沢山の命が犠牲となってきた。そして犠牲になった生物の命を生んだのもまた、数多の死と生である。

 生と死が繰り返される、過酷な世界。しかし、その世界の理と人の英知や愛情があったからこそ、サラの体は大きく成長した。希人の腕でうずくまる程に小さかった体躯は、現在体長は7メートル超、体重は1トンを超えていた。

 今サラがアルバートサウルスとして居られるのも、多くの家畜や農作物、水産資源の存在があったからこそである。そして、それらの生物もまた、元を辿れば他の生物の死の上に生きていた。

 人類の歴史が遠く及ばない遥か昔から続く、人を含む生死の連鎖。野生から隔絶された希人やサラもまた、その鎖の一部として生を受け、死へと向かう運命の中に居た。


 この地球ほしに生命が生まれた時から決められた、命を守っては奪い、切っては繋ぐ世界のことわり

 それは生きるもの達に苛烈な競争を課し、彼らの姿を美しく強いものへと変えていった。


「……でもな、サラ。そんな世界の調和から外れてしまう生物も居るんだ」

 この日の空は澄み渡り、雲ひとつなかった。だが青いペンキをベタ塗りした様な空とは対照的に、希人の表情は陰り出す。

「もしかしたら……いや、もしかしなくても悲しい事だな、これは。だけどサラ。俺達が目を背けたら、本来その場所で産まれ、その土地を肥やす事になる生物が生まれてこれなくなってしまうんだ。まぁ、俺達が言えた義理じゃないんだけどさ……」

 自嘲気味にそう言うと、希人は笑った。頬の筋肉が強張った硬い笑顔。

 幾多の生物種を絶滅に追い込んできた人類が掲げる正義としては、あまりに分相応なものかもしれない。

 だが今、邪竜の脅威は世界各地に広がっていた。

 その土地を根付く生物種を根こそぎ食らいつくし、生態系を歪める規格外の超生物。邪竜が過ぎ去った後に残るのは、丸裸になった大地と、人や街路樹、化石燃料が消えた街だけだ。

 現在、その邪竜に対抗する手段を持った生物は、人類だけである。もっとも、その対抗手段の中には、別種の生物が含まれてはいるが……。


「だからサラ、お前にはこの世界の理から外れたしまったその命を殺してほしいんだ」

 〝殺して欲しい〟と、言葉を選ばずに告げられた希人の真意。幾らオブラートに包んだところで、現実でやるべき事は変わらないのだ。

 ならばと覚悟を決め、ハッキリとサラの瞳を見つめる。だが心には、まだ燻ぶる思いがあった。


 ――愛する存在にこんな過酷な運命は課したくない。

 しかしそれを否定する事は、サラから生きる場所や意味を奪う事になる。

 9メートルまで成長する肉食恐竜を個人的に育成する資金も設備も、土地も人員も彼は持ち合わせていない。何より、邪竜の脅威から守り切れるわけがないだろう。

 ……最初から、他の生き方など許されていなかったのである。

 金魚がその一生を人の目を楽しませる事に捧げるが如く、同じ色を纏ったサラは、人と共に戦う宿命の下に生を受けた。それはもう、変えられない現実として、サラや希人の上に鎮座している。


「ごめんな、こんな汚れ仕事を押し付けて……でも、俺だって一緒に汚れるよ! だから一緒に――って、何すんだよオイ!」

 声のトーンを落とすと同時に、下げようとした頭。人造恐竜に人間の誠意が伝わるかは分からない。だが、自分へのケジメとして、精一杯の思いを体で表そうとした。

 ……しかし、そんな希人の思いは打ち砕かれる。鉄柵の隙間から伸びてくる、ベトついた肉質の物体によって。


「わかった! わかったから、もうやめろって! ほら~、制服がベトベトじゃないかぁ~!!」

 口先から出されたサラの舌は、希人の顔から首、肩から腹の上半身を余す事なく舐め回していた。おろしたてだった濃紺の制服は、もう既に唾液塗れである。

 ポケットから取り出したハンカチで顔を拭き、サラへと向き直る希人。生臭い唾液の臭が鼻を突くが、彼の顔は晴れやかだった。


「本当……これからもよろしくな、サラ」

 サラの瞳を見据え、希人はやさしく囁いた。


 人の目的の為、人の手で生み出された命。観賞魚に愛玩動物、家畜……そして人造恐竜。

 彼らは人の手の中で、その一生を囚われ続ける存在だ。

 そんな運命を課してしまう人の世界は、酷く狭いものなのかもしれない。 

 ……だが、人の心で愛される事までは奪われていなかった。

 短い一生を終える個体もいるが、人の寵愛の下に生きる者も居る。


 篭目希人にとって、アルバートサウルスのサラは愛おし過ぎるほどに愛おしく、掛け替えのない大切な存在だ。

 それはサラがどんな生き方を選んで変わらない、絶対的で揺るぎのない愛情である。


 しかし彼らが生きる人の世界は、それを無条件で受け入れたりはしない。

 だから希人は選んだのだ。自分の手と足で、サラの命に意味を持たせることを。


 初めて出会った時、希人を見上げた翠玉の様な瞳。

 それが今は、遥か高い場所から彼を見下ろしている。


 コンクリート張りの室内に、太く伸びやかな咆哮が響く。

 愛しい相手と共に生きていける喜びを噛み締めた、紅白の竜のあげる歓喜の声が。

今回のNGシーン。


挿絵(By みてみん)



……もちろん冗談ですよ(笑)


前回の更新から間が空いてしまい申し訳ございません(><;)

『サラの感情をどう表現するか?』

悩みながらの作業でした……。

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