第六話「小さな世界の大きな理」〈5〉
射し込んでくる光は澄み切っていて明るく、そしてやさしい。
朝の日差しを浴びるのは久しぶりだと、篭目希人はそう思いながら、窓を開ける。
いつもよりも大分早い時間に起きた彼は既に顔を洗い終え、髪型も軽く整えられていた。
目覚めた希人の顔にかかる清澄な空気は、彼の思考をクリアにしていった。
昨晩修大から届いた「明日の夜には帰れそう」と言うメールを確認し、希人は携帯電話を閉じる。昨夜届いたメールの明日、つまり修大は今晩こちらへ帰ってくるつもりだ。
与えられた長い休暇も明日で終わる。それは篭目希人、ならびに木野修大へ選択の日が迫っている事を意味した。
〈――自分たちが育て上げたDFと並び立ち、バディとして邪竜に立ち向かうか否か〉
木野修大に与えられた選択肢は、育て上げた人造恐竜カルノタウルスの〝レモン〟と共に自分が戦うか、もしくは他の誰かにレモンを託すかと言うものだった。
対して篭目希人に与えられたのは、『アルバートサウルス〝サラ〟のバディを自分が引き受け、共に戦う』もしくは『サラのバディを引き受けず、その死を黙認する』この二択である。
自立意識を成長させ、育てたブリーダーという〈特定の人間〉への帰属意識から解放させる。その大事な時期に、希人はサラの前へと姿を現し、指示を下してしまった。
それはサラの中に残る〈希人への依存心〉とでも言うべき不安定な感情を暴発させた。もはや希人以外の人間を、〈自分と共に戦ってくれるバディ〉とは認識しないだろう。
ちかげや夕海、あるいは修大の指示を理解し、従うまでならできるかもしれない。だがそれだけでは不十分なのだ。
後ろに立つ、守るべき存在。後ろから見守り、支えくれる信頼できる存在。
そして《自分を一番大切にしてくれる》愛おしい主人。
ガリミムスやモササウルスに続く二番手では駄目なのだ。DFが人間に対して求めるバディ像は決して難しくものではないものの、誰でもいいと言うものではなかった。
それでも完全に育ての親から自立したDFならば、時間をかけて新しい主人を受け入れる事もできる。
しかしサラにあったその可能性の芽は、育ての親である篭目希人が自ら潰してしまった。まだ幼すぎる内面を持っていたサラは、もう彼がいなくては生きていけないまでだ。
澄み渡る空から、穏やかな光が降り注ぐ。しかし彼の瞳は、まるで暗雲を映しこんだように虚ろである。色素の強い黒目は輝きを鈍らせ、視線は手元へ落ちていく。
決して思い悩んでいる訳ではない。ただ自覚していたのだ。自分の中にある感情を。
――もう答えは出てる。だけど……。
罪悪感や恐怖と名がつけられた感情は、確かに彼の心の中で燻っていた。それは決意や決心とは別にある感情で、容易には消せるものではない。
その感情に支配されようとは思わないが、無視しようとも思わなかった。自分の中にあるのだと確かに自覚し、彼は目を閉じる。
ほんの僅かな時間。閉じていた瞼を再び開き、太陽の光を目に溜めてみる。虚ろだった黒い瞳が、今度はしっかりとした輝きを帯びていた。 ふと後ろを振り返る。
テーブルの上には、愛らしい鉢花が置かれていた。それは昨日、ちかげが彼の元へ持ってきたものだ。一昨日のお礼にと、彼女は希人へ小さな鉢植を贈る。白い小花を沢山つけた多肉植物。
シンプルな一重咲きで、四枚の花弁をつけた花のひとつずつは小さい。しかしその花々が集まることで存在感は増し、清楚で愛らしい雰囲気を出していた。
カランコエと呼ばれるその鉢花は、短日植物である。一定時間よりも日照時間が短くなる事が刺激となり、花芽が形成される。故に夏の盛りであるこの時期に花が咲いているのは、自然な形とは言いづらい。
だがその性質をうまく利用すれば、開花期以外でも花を楽しむ事ができる。人為的に光を当てない【短日処理】を行うことで花を咲かせた株は一年中出荷され、贈答品やインテリアとして人々の生活の中に溶け込んでいた。
もっとも、この人工島にある店ではあまり見かける事がなかった。恐らくちかげは本土まで足を運び、この鉢花を購入してきたのだろう。なぜそこまでしたのかは、希人の知るところではなかった。
ただ、この鉢花を手渡した時、優しく微笑んでくれた彼女の表情は、どこか強い意志を感じさせるものだった。細められたその目の奥を覗き込むことはできないが、何かを決心した様な力強さを希人は感じ取れたのだ。
カランコエを手渡してくれたちかげの真意を考えていた時、彼の鼻に海の香りが吹き込んできた。早朝の澄み切った空気を押し流してくる潮風が、外から入ってきたのである。
結局ちかげの真意は解らず仕舞いだったが、潮の香りは気分を晴れやかにする。連休初日に掃除したお陰からか床には塵ひとつ無く、不意に吹き込んできた爽やかな空気を、希人は全身で感じ取る事ができた。
いつまでもボーッとしている訳にもいかないと思った彼は、窓の向こう側にある太陽に向かって大きく伸びをした。厚みは無いが広い肩を持った胴体。そこから天井へと向かって伸ばされた長い腕。まるで落ちてくる餌を待ち侘びるツメガエル科のカエルの様に、希人は目一杯に空を仰いだ。
大きく吐き、両腕を下ろす。ふと、ひとつの水槽が目に入った。太陽の光は水槽の中にも射し込み、水皿の水面を輝かせている。
「……そう言えば、お腹が空く頃だよな」
水槽の中にある欠けた植木鉢を見た希人は呟く。腹持ちのいい爬虫類・両生類の基準では、日にち単位で使われるその言葉。
愛蛇の空腹を察し、希人はいつも通り冷凍庫の扉を開け、ピンクマウスの入った袋を取り出す。湯沸かし器から出したぬるま湯をボウルに張ると、ジッパー付きの袋を中に浸した。袋の中には二匹のピンクマウスが入れられている。
いつもと変わらない、彼にとっては日常的な光景。……しかしこの日の希人は、ふと考えてしまう。
――今この袋の中に入っているピンクマウスは、何のために産まれてきたのだろうか?
不意に湧いたその疑問に、彼は自ら直ぐ答えを出す事が出来た。
動物実験用の被検体として、いま希人がしているのと同じように肉食動物の飼料として。また時には、人の心を癒す愛玩・観賞用として、『マウス』は産み出される。
これら全ては人の需要であり、人の手によって供給が賄われていた。管理下に置かれたハツカネズミの大半は、実験用・飼料用のマウスとして繁殖させられる。
それが可能なのも、ハツカネズミが高い環境適応力と、「ネズミ算」の語源にもなった強い繁殖力を持つからだ。
なにもその性質は人類の為に身につけられたものではない。
一匹一匹は、力の弱い小動物であるハツカネズミ。しかし彼らは、無力でか弱い動物などでは決してないのだ。強く逞しい肉体を持たない代わりに汎用性の高い小さな体を、短い寿命の代わりに多産と言う繁殖の為の武器を、ネズミ達は持っている。
それは食物連鎖に置いて、彼らが〈他種から捕食される側〉であるが故に身に付けた、彼ら自身の為の生存戦略である。
だがその生存戦略は、人の管理下に置いて『安定供給』と言う利点に置き換えられていた。希人が愛蛇であるマリアに対し、餌としてピンクマウスを与える事が出来ているのも、その利点があっての事だ。
「……もうそろそろいいかな?」
いつもの様に希人は、解凍したピンクマウスに手を押し当て、温まり具合を確かめる。もう既にピンクマウスは、人肌に近い哺乳類の体温まで温まっていた。
妙な考え事をしていたせいだろうか? 人肌の温度まで温まるまでには時間がかかるはずなのに、この日の希人にとっては僅かな間の事に感じられた。
「お待たせ……ちゃんと食べろよ」
そよ風の様なやさしい声で語りかけ、希人はピンクマウスが乗せられた皿を水槽へ下ろしていく。すると植木鉢の欠片から、二股の舌が伸びてきた。
二股の舌は盛んに出し入れを繰り返し、周囲の空気を窺う。食べ物の匂いを感じ、細長い橙色の体は植木鉢から這い出して来た。彼女を呼び寄せたのはやさしい希人の声などではなく、温い血が内部に詰まったピンクマウスの匂いである。
「マリア、おいしいか?」
希人は声をかける。しかし体の構造から届くはずもない彼の声など、気に留めるはずもなく、マリアはピンクマウスを呑みこんでいく。
ルビーの様に赤い瞳の下にある幅広の口。それを獲物の形に合わせて広げ、ゆっくりと喉の奥まで押し込んでいく。緋色の班を乗せた橙色の体は大きくうねりながら形を変え、桃色の肉塊を呑んだ。高波が漂流物を飲み込む様に、一匹目のピンクマウスはマリアの中へと消えていった。
美しい反物の様な模様を纏った体は尚も波打ち、食物を胃袋へ押し込んでいく。波打つ度に、体の市松模様は班の形を変える。その神秘的な模様は、幾代にもわたる品種改良の結晶だ。
ナミヘビ科のナメラ属に属するコーンスネーク。ペットとしてポピュラーで様々な改良品種が知られるヘビだが、彼女たちもまた人類の為に美しい色を身に付けた訳ではない。
確かに多くの改良品種が生まれたのは、人為的な交配の成果である。しかしそれが可能だったのも、コーンスネークの体色を決める遺伝子に〈黒・赤・黄色〉の因子があり、それらの優劣が、微妙な色合いとして現れる形質を持っていたからだ。
彼女らは決して、人類の目を楽しませるために進化してきた訳ではない。
たまたま彼女らが進化の帰結として得た姿が、人類の都合とも合致しただけである。
だがそんな偶然があったからこそ、マリアはその美しさで希人の目を魅せる事ができた。
今、彼と彼女が種族を超えた家族となれているのも、コーンスネークが『美しさ』を作り出す沢山の因子を持ち、ハツカネズミが『繁殖能力』と言う生存戦略を身につけていたからだ。また、彼らの特性を利便性に組み替え、利用できる人類の知恵や感性があったからこそでもあるのだろう。
今ある彼らの姿を生み出したのは何か? その元を辿れば、生存競争の激しいこの世界の理そのものに行き着くのかもしれない。命あるもの同士が、〈食う・食われる〉の関係を繰り返し、限られた縄張りや繁殖の機会を奪い合う殺伐とした世界。
しかしそんなやさしくない世界だからこそ、息づくものたちは清らかで美しく、また力強さを感じさせた。太陽の光を浴びて堂々と咲き誇るバラの凛々しさも、数多の脚をはためかせて地を這うムカデの霊妙さも、彼らだけが手に入れ、彼らだけが持つことを許された唯一の美しさなのかもしれない。
……そんな世界を、篭目希人は守りたいと思った。
決して美しいだけではなく、時に非情さも感じ察せるこの世界。しかしそこに息づく生き物の命は、彼にとって皆一様に輝いて見えていた。
現実と対峙して抗う事は、生きるものだけが持てる特権である。生きた植物だからこそ、硬い岩をも穿ち、根を張らす。命を持った鳥だから、高い空へと羽ばたいていける。
この世界で命を持って生きているからこそ、彼らは懸命なのだ。ただひとつだけ持った命は、彼ら自身にとって代え様のない大切なものだから。
「〝命の意味〟……か」
何時になく考え込んでしまった希人は、小さく呟いた。柔和そうな奥二重の瞳から、水槽の餌皿へと、ゆっくりと視線が落とされる。
だがそんな彼の視線など、マリアは意に介する事もなく、二匹目のピンクマウスへ首を伸ばしていく。胴との境目が曖昧な首はゆっくりと伸び、幅広の口はピンクマウスをしっかりと固定する様に捉えた。
「本当、ありがとうございます……」
希人はしっかりと感謝の意を込め、両掌を合わせた。決して悲しむ訳でも、涙する訳でもないが、彼の強い眼差しはしっかりとした意思を感じさせるものだ。
餌として呑まれていくピンクマウスも、それを呑みこむマリアも、人の管理下で生み出された。人が人の都合で作り出した、小さな隔絶された世界。
生まれた時から、彼らの逝く末も生まれた意味も、殆どが決められていた。それは、生態系の中でハツカネズミやコーンスネークが請け負う役目とは、明らかに異なるものである。
例えば、今まさに餌を呑みこんでいるマリア。
彼女は種族として繁栄の為ではなく、人から『美しい』と称えられ、その寵愛を受ける為に産まれてきた。コーンスネークが持つ三色の因子のうち、〈黒色〉が消えた色彩がその証である。
蝶でも花でもないが、蛇として愛され、慈しまれる為にマリアは産み出された。だが不幸にも、彼女は尻尾の先を失ってしまう。それは生きていくだけなら、なんとかなるレベルの欠損だった。
しかし人からの寵愛を受ける上では、大きな妨げとなる。人の目から見た『完璧さ』が求められる世界に産まれた彼女にとって、この欠損は大きな痛手なのだ。
彼女自身が産まれ持った素質より安い値段をつけても、彼女を愛してくれる人間は現れない日々が続く。ヘビの幸福感など、人間には解らないかもしれない。しかし【B品】の烙印を押され、【安物】に成り下がっても、自分の生きていく場所を勝ち取れない彼女は、勝者とは言い辛いだろう。
いくら強い生命力を持っていたとしても、彼女の生きる世界ではそれ以上に大事なことがあった様だ。不幸にもその世界では、一度落ちたものの復活戦など殆ど無かった。自然界では勝者になれる素質があった彼女だが、人の作った価値観では敗者となる手前まで追い込まれていく。
……だが、そんな彼女を引き上げる存在が現れる。
白馬に乗った王子様ではないものの、ヒキガエルとハリネズミを傘下に置いた青年は彼女を家族として迎え入れた。優しい瞳と温かな手を持つ彼は彼女を美しいと称え、ガラス張りの新しい家に招き入れる。以後、〝マリア〟と名付けられた彼女は、青年の寵愛の中に生きる事を許され、今に至る。
爽やかな朝の日差しも、少しずつ熱を帯び始めた午前七時。窓から差込む光は、希人が暮らす部屋の中心まで伸びてきていた。フローリングの床は艶やかに輝き出し、清澄な空気も僅かに暑くなっていく。
ふと彼の目に、ちかげから譲渡されたカランコエが留まった。白い花弁は朝日を浴び、ほんのりと薄く黄色がかっても見える。
花を長く楽しみたいなら、この朝日も遮らなければいけないのだろうが、彼はそうしようと思わなかった。清純さと可憐さを併せ持った花形が、澄んだ朝日とあまりにもマッチしていたからである。爽やかでありながら荘厳ささえも感じさせる立ち姿に、希人の視線と心は奪われた。
「本当、きれいだよなぁ……」
日の光を浴びて輝くカランコエを眺め、希人は呟いた。少しだけ細められたやさしい目は、可憐に咲く花をまっすぐに見つめている。
……篭目希人にとって、この世界に生きるすべての生き物は敬意を払うべき対象だった。
野生に生きるものは、野性のままに生き物らしく、人が作った囲いの中で生きるものは、人に認められ価値を見出され、生きていてほしいと思っていた。
――産まれてくる世界や環境が違っても、生きる命には必ず意味がある。
それは彼が信じたいと願い、そして実現したいと働きかけてきた、彼なりの正義だ。
悲しくも叶わない事が多い彼の願いは、時に彼自身を追い詰める事もあった。しかし彼の真意は「せめて自分が責任を持てる範囲だけでも叶えたい」と、ただ遠くから願うだけに止まる事を良しとしない。
『いつの時も命を守るのは、対価に見合った行動のみだ』……いつからか呪いの様に纏わりついた彼の信念は、彼の外面を強固なものにしていった。巻き込んだ痛みや悲しみを対価にして。
しかし、それはただ悲しいだけではない。彼が信念の元に手を差し伸べた命は、彼自身にも幸福を与えていた。美しい色を纏ったヘビも、愛らしい瞳をしたハリネズミも、無骨な逞しさを感じさせるヒキガエルでさえ、決して強固ではない彼の内面を支え続けている。
彼の元にいる動物たちは、人から受けた愛情をそのままの形で返す類の動物ではないもかもしれない。だが、それでも構わないのだ。
――命あるものが、ただその命らしく生きていてくれていたら、それでいい。
理不尽で不条理で、横暴な理屈が支配する世界でも、気高く生きてくれるのなら、そう在りたいと願うのなら、力を貸したい。
篭目希人は願い続ける。決して叶うばかりではない、儚い願いを。
彼は現実が見えない程に愚かではないし、他者に理想を押し付ける程に横柄ではない。
……ただ、自分の力が及ぶ範囲では叶えたいのだ。それは、彼自身が自らの命に課した〝彼らしさ〟であるのかもしれない。
儚くはあるものの、決してか弱くはないその願いは、彼自身を導いていく。
緋色の竜に見初められた日から、一方的に課せられてきた使命。しかし彼は、自らの意志でその奥へと進んでいくと決めていた。
「もう迷う必要なんてないんだけどな。まぁちょっとは怖いけどさ……」
口角の右側を吊り上げ、希人は少し困った表情で笑う。心の中で燻ぶり続ける、決して小さくはない恐怖の火を踏み消す様に。そんな硬い笑顔。対照的に柔和で、温かな彼の視線は尚も、水槽の中にいる愛蛇へと注がれている。
独り言の様に……と言うよりも、独り言でしかない希人の語りかけ。そのはずだった。しかしこの日は、何やら違う奇跡でも起きたのかもしれない。
「なんだよ。お前、心配してくれてんのか?」
二匹目のピンクマウスも呑み込み、与えられた餌は完食したマリア。しかしマリアは、未だに希人を見つめ続けている。可動する瞼を持たないが故に、文字通り「瞬き一つせず」マリアは希人を見つめていた。
希人を見つめながらマリアは、舌の出し入れを繰り返す。盛んに出し入れされている二股の舌は、嗅覚を司る口内のヤコブソン器官へ、空気中の匂いを送り込む役目を果している。そう言う意味でヘビは、人間以上に「空気を読む」のかもしれない。
もちろん、爬虫類であるヘビに、人間の感情を理解しろと言うのは筋違いである。だがもしヘビに高い知性があったのなら、人が口に出さない複雑な思いさえも感じ取るのかもしれない。
そんな考えをつい廻らせてしまう程に、この時のマリアは真っ直ぐと希人を見つめ続けていた。窓から太陽の光が射し込む。全ての色を内包したその光線は、マリアの鱗一枚一枚をより一層鮮やかに輝かせていた。
「本当、ありがとな……」
――ただ美しくあれ。その為だけに産み出されたコーンスネークのマリア。
しかし彼女が纏った美は、希人の心を支え、勇気を与えるには充分すぎる程の輝きを放っている。彼の元に訪れたマリアは、もはや〝ただ美しいだけ〟の存在ではなくなっていた。
美しく輝くマリアへ、彼は静かに感謝の言葉を述べる。
――ただ生きていてくれてありがとう。彼女の顎を目がけ、希人は静かにそう囁いた。
カランコエの花言葉のひとつに「あなたを守る」と言うのがあります。




