表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機甲猟竜DF  作者: 結日時生
第六話「小さな世界の大きな理《ことわり》」
22/28

第六話「小さな世界の大きな理」〈1〉

 アルバートサウルス・サラの命令権を略奪してしまった篭目希人。

 望まずとも、自らの労を水の泡としてしまった彼は、そのまま力尽きてしまう。


 目覚めた時、彼は選択を迫られた。

 そこで彼は、自らの行いの責任を取るひとつの方法を提案される。


 しばしの休息を与えられた希人は、自らの心の在り処を探す様に古巣を訪れる。

 だが少し変わった町の風景は、彼に些細な変化以上の違和感を与えた。


 坂の上にある公園で、彼は翁ちかげに出くわす。

 彼女の漏れ出す本音や罪悪感。それは希人の胸をも締め付けた。

 

 少しずつ気持ちのずれ始めていく彼と彼女。

 そんな二人の距離を埋めたのは、この世界に生きる生物の姿だった。



 ――篭目希人は未だ答えを出せていない。

 選択の期日は刻々と迫っていた。

  

「すみません……なんか取り乱しちゃって……」

「いやぁ……普通の反応だと思いますよ」

 鳩に糞をかけられた帽子を、水で洗って戻ってきた希人。

 一瞬前までは鳥の糞が自然の摂理で果たす役割について、冷静に解説していた彼。しかし自身にそれが振りかかれば、流石にいい気はしない。

 げんなりとした表情で希人は戻ってきた。糞を浴びせられた時の狼狽ぶりといい、成人した男性の行動としてあまり胸を張れるものでもないだろう。恥ずかしそうに地面へ視線を落とし、切れ切れに言葉を繋いだ。

「本当、お恥ずかしいです……」

 水を吸い、重くなった帽子を希人は頭に乗せる。

 髪を通過して伝わってくる布の湿り気。見栄え云々もだが、不快感が生半可ではない。

「別に無理して被らなくてもいいんじゃないですか?」

「えっ……」

 無理に我慢しながらも帽子を被ろうとする希人を、ちかげは不思議に思う。対して希人の方は、帽子を被らないと落ち着かない。

 今日、まさかちかげに出会うとは思っていなかった。そうでなくても、この日の彼は寝癖を少し直してきただけの適当な髪型だ。その為、人前に頭部を露わにするのは気が乗らない。相手がちかげなら尚更だ。

 少し気恥ずかしそうにする希人。彼の様子を覗き込み、ちかげは何かを考える。


 ――そう言えばこの人、割と洒落っ気があるんだよな。

 初めてパンゲアの基地へ来た日。彼はペタンコになった髪を恥らって帽子を被っていた。

 次の日。彼は少々の外出にも関わらず、日焼け止めを欠かさなかった。


 その事を踏まえ、今自分の前にいる彼の姿を改めて見てみる。彼にしては珍しく、全く手の入れられていないヘアスタイルだ。ずっと帽子を被ってきたからか、量の多い髪はペタッと寝ている。

「もし良かったら、私の帽子被ります?」

「いや悪いですよ、そんな……」

「いいですよ、遠慮しなくて。……ホラ、結構似合ってます」

 背筋を伸ばし、希人の頭に自分が被っていたハットを乗せる。まるで猫の様にしなやかな彼女の体は、背中で美しい弧を描いていた。

「なんかスミマセン。ありがとうございます」

「いいですよ、別に。……何だか日も落ちてきましたね。そろそろ帰りますか?」

「そうですね。ここからだと、人工島に帰るまで結構かかりますし」

 夏の長い陽射しも序々に沈みかけていた。雲の切れ間から射す太陽が燃えるように輝き、紫から濃紺に染まり始めた空に強い赤みを加えている。

 正直な話、ペタンコに寝た髪を気にする希人を、ちかげは少し女々しいとも思った。

 しかし、女々しくも繊細な彼がサラのブリーダーだったからこそ、彼女はお気に入りのワンピースに草染みを作らずに済んだのだ。その時のお礼だと思えば、これくらいはしてやってもいいと、ちかげは考えていた。

 公園を後にし、希人たちは坂を下り始めていた。

 目に入る町並みは、夕陽に染められている。坂を上る時には散漫に見えた景色。

 だが今は、皆等しく橙色のベールに包まれている。どぎつい原色の花々でさえ、太陽の輝きには打ち勝てない様だ。補色関係にある紫と黄色でさえ、オレンジ色に抱かれて溶け合う様に入り交じっている。

 しばしの沈黙。希人は特に話すこともなく歩いている。沈黙を気にしない彼とは違い、ちかげの方は少しばかり気まずい。

 精一杯に話題の種を探し、彼女は口を開いた。

「そう言えば、ちょっと気になっていた事があるんですけど、聞いてもいいですか?」

「ん? 何?」

「前に言ってた『うに太』って何ですか?」

 ちかげは好奇心から彼に問いかける。以前、希人の口から出たこの名前。これが何を指し示しているのか、彼女は気になっていた。

 別に知ってどうしたいと言う訳ではない。ただ、彼の事を少しでも知って置きたいのだ。

 彼の選択次第では、直に離れてしまう関係。ちかげは希人の事をどれだけ知れたのだろうか。彼には感謝していたが、きちんと話せる時間は思ったよりも少なかったかもしれない。

 寂しさと名残惜しさ。割り切れないその気持ちが、彼女の唇を動かした。

「えっ……うに太の事なんて話したっけ?」

「あっ、いや……そのなんていうか……」

 『うに太』と言う名前。それは確かに希人の口から出ていたが、彼自身の意思で話した訳ではない。

 サラを譲渡した日の夜。寂しさと酒に溺れた彼は、うわ言でその名前を呟いた。少しだけ垣間見えた彼の悲しみ。その在り処を知りたいと思ったのは、些か浅慮だったかもしれない。

「ごめんなさい! もし話したくないんだったら、話していただかなくても良いです……」

「んっ……? いや、別にそんな事はないよ。『うに太』ってのは、僕が昔飼っていたハリネズミの名前だよ。だから気にしないで」

 〝気にしないで〟と言うあたり、彼もちかげに気を遣わせてしまった自覚はあったのだろう。また言葉のとおり、やましい事などなかったとも見える。笑顔で答える希人の表情に、気負い等は感じられなかった。

「へぇ、そうなんですか」

「うん。具合が悪くなった時、そのまま死んじゃったんだけどね」

「やっぱり私、辛い事思い出させちゃいました?」

「あっいや、大丈夫だよ! ちゃんと獣医さんへ診せに行く事ができなくてね。確かにそれが今でも引っかかってる部分はあるけど……でもね、それは仕方ない事だったんだ。だからもう、必要以上に悔やんだりはしてないよ!」

 言い終えた後、希人は笑顔を向けてくれた。

 だが、目を細める前に一瞬だけ覗いたほの暗い瞳。それは後悔や贖罪しょくざいと言うよりも、無力感に打ちひしがれ故の虚しさ ――そんな思いを内包している様に見えた。

 きっと「悔やんだりしていない」と言うのは嘘だろう。しかし、もうこれ以上彼の傷に触れる事は、今のちかげにとって不可能な事だった。


* * * * *


「ブリッツ……お前は最後まで立派だったよ。なのに、俺は……」


 悔やんでも悔やみきれない。そんな気持ちと共に、自分の唇を噛み締める修大。

 線香の煙へ向かって合わせた両手。徐々に高ぶる感情と共にその両手は崩れ、硬く握り締められていく。

 こらえ切れずに漏れ出す、かすれた嗚咽おえつ。力が入った眉間が瞼をきつく閉じ、その隙間から熱く塩辛い液体が流れだした。


 神奈川県の某所にある動物霊園。長い休暇の一日を使い、修大はその仏間を訪れていた。

 広い板の間に並べられた沢山の棚。区切られた一室一室には、それぞれ埋葬されたペットの写真が飾られている。

 仏前の椅子に彼は越し掛けていた。広げられた供養帳に記されている『ブリッツ』という名前。それは木野修大がかつて飼育していた犬の名前である。

 ブリッツはこの霊園で合同葬儀を行い、供養された。 ……しかし、その遺体は霊園の墓地に埋葬されている訳ではない。


 遺体が消えた先も、なぜ消えたのかも判っていた。

 寧ろ愛犬の最期は目にしていた彼は、その行方を知っている。


「……すまん、ここにずっと居るわけにもいかないんだ。今日のところはもう帰らせてもらうな……大丈夫、また来るよ」

 仏壇にそう語りかけた修大は、目の周りを手で拭うと椅子から立ち上がった。ほんの少し湿った手の甲を振り歩き出すと、彼の見知った顔が現れた。

「あれ? 木野くん?」

「美紗さん!……でもどうして?」

 声の主はかつて修大の同僚だった女性、周防美紗すおう みさだ。

 茶髪のロングヘアーを揺らし、修大へ歩み寄る。女性としては長身な方で、その身長は修大とさほど変わらない。

「どうしてって……木野くんと一緒だよ。うちの子もさ、今日が命日なわけだし……」

 そう言って彼女は供養帳へ目を向ける。帳簿には、ブリッツ以外にも沢山の犬の名前が記されていた。 またその多くの没年月日が、ブリッツと同じ日付になっている。

「そうだ! 久々に会ったわけだし、この後ちょっと食事でも一緒にどう?」

「あぁ、いいですよ。じゃあ外で待ってますね」

 彼女も自分の犬に線香をあげたいだろう。

 美紗が手を合わせている間、修大は仏間の外で待つ事にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ