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機甲猟竜DF  作者: 結日時生
第五話「ごめんねの後に……」
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第五話「ごめんねの後に……」〈3〉

 ――――……ブゥウゥウウン!

 水中で響く鯨の鳴き声の様に低く、そしてどこか物悲しい声が成竜用ケージの中に響いていた。コンクリートで囲まれた無機質な独房の中、唸り声は木霊しづける。


「サラ、大丈夫なんですかね?」

「う~ん……体は大きくなっているけど、年齢的には未だ子供だからね。情緒が安定しないのは仕方ないかな……」

 隣接した管理棟の窓からは、ケージの中にいるサラの様子がよく見える。中の一室から強化ガラスを隔てた先で、しきりに何かを求め、鳴き続けるサラ。

 サラの身を案じた夕海は、瀞に質問を投げかける。冷静に現状を纏めて説明する瀞だが、その声色には覇気がなく、どこかに不安を内包したものだった。

「そうですよね……本当だったら未だ小さいもん。しかも新しいご主人に引き渡されたと思った矢先に、育ての親が目の前に現れちゃったし」

「本当にね……まぁ仕方ない部分もあったのかもしれないけど、それにしたって……せめてもう少し心理的に安定してからなら、なんの問題もなかったでしょうに……」

 瀞はやりきれないようと言った様子で肩を落とした。その表情には落胆の意が見て取れる。

 邪竜との交戦で劣勢に陥ったレモンを救う為、希人の行動には意味があったのだろう。寧ろあの状況で糾弾きゅうだんされるべき人物が居るとすれば、当初レモンのバディだった男、次いで一人独断で走り出した修大の順であるはずだ。

 しかし、結果的に育て上げたDFのメンタル面に負担を強いてしまったのは、他ならぬ希人の行動である。瀞とて希人の心情を察していない訳ではないが、気持ちの面では割り切れずにいた。

「もし薬殺する事になったら、それ私の仕事なんだよね……まぁ篭目君だって、好きであんな事をしたんじゃないだろうけどさ」

「…………」

「あっ、別に彼の事を責めてるわけでも、嫌ってるわけでもないのよ。でもね、やっぱりダメよ。育てた人間自らその命を無下に意味も理由もなく、ただの〝物〟として殺されるような選択をしちゃ」

 パンゲアにDFを治療する獣医として勤務する瀞。

 人類の盾として戦うDFを支える彼女は、その傷みを間近で目にしてきた。その光景は致し方ないとは言え、何も感じずにはいられない。

 出来る事なら人造恐竜の命が失われる時には、その犠牲が有意義なものになる様な最期であって欲しいと考えていた。例えそれが自身の独善だと解っていても……。

「そういえば、レモンの方は?」

「まだ本調子じゃないわね。でももう、峠は越えたわね。まぁ正式なバディが決まったら、暫くリハビリが必要でしょうけど……」

「そうですか……」

「まぁでも、レモンの方は木野君の事を強く求める様な状況にはなっていないから、新しいバディを受け入れる余裕もあるかな」

 レモンの方も完全に情緒が安定している訳ではない。だが、命令権を完全にブリーダーが〝略奪〟してしまったサラに比べれば、レモンはまだ新しいバディを受け入れる余裕があった。

「じゃあまだ暫くテリジノに負担が集中しちゃう状況が続く訳ですね。沿岸部なら私とティラミスも出られますけど」

「本当、無理をして貰うわね」

「いえ、仕方ないですよ。じゃあ私、もうそろそろ行きますね」

「うん、お疲れ様。あっ、そうだ!」

 部屋を後にしようとした夕海を瀞は呼び止めた。

「サラとレモンのバディって、どんな人がなるんでしょうね?」

「さぁ……私には見当もつきません」


 ――それがどうなるかは、彼ら次第だから……。

 夕海は自覚していた。自分が希人と修大に対して、あまりにも難しい選択を強いてしまった事を。

 「イエス」と答えれば、彼ら自身のやり切れない思いもサラやレモンの寂しさも、同時に解消できるかもしれない。

 しかしその為には、邪竜に対する恐怖や人造恐竜に対する甘さ、様々な障壁を彼らに乗り越えさせる必要がある。

 夕海もちかげも、そして亘も、元々は民間人である。

 それが人造恐竜を育てる課程で、邪竜と対峙した時の立ち回り方や戦闘の訓練を積んだから今バディとして並び立っていられる。

 だが、希人や修大に同じ事が出来るかは正直不安だ。彼らは少し優しすぎるかもしれない。

 ……だからもし、彼らがDFのバディとなる事を引き受けないとしても、彼女はそれを肯定するつもりだ。

 何も知らないと言った口ぶりで瀞の問いに答えると、夕海はそのまま部屋を後にした。


* * * * *


 一日目。彼は部屋の掃除をした。

 しばらく部屋の掃除をサボり気味だった彼。ベッドの下やテレビ台の後ろからは、おびただしい量の埃が掃き出された。

 もっとも、ハリネズミやヒキガエルの水槽が置いてあるラックとその水槽の中は清潔そのものではあったが。


 二日目。彼は録画していたドラマやアニメをまとめて鑑賞した。

 新しく始まったOL達が主役のドラマは、彼が小学生の時に放映されていた作品の完全な新作にあたるらしい。

 慣れ親しんだキャストが変わってしまった事は寂しくもあったが、新しい出演女優もなかなかの粒ぞろいだ。一通り見終えた彼は、インターネットの掲示板に「木林カンナが程良くエロくてムラムラした」と書き込み、その日は眠りについた。


 三日目。彼は去年放映されたTVアニメの劇場版を観に行った。

 きらびやかな衣装を身に纏った可憐な少女たちが、悪と戦う魔法少女もののアニメだ。いたいけな少女たちが過酷な運命に立ち向かうその内容は、求職中の彼の心を支えていた思い出深い作品でもある。

 ……だが、新たに新作カットを加えられていたものの、その内容は殆んどTV放映版の総集編と言っていいものだった。

「クソが……これで新作もクソだったら一生叩くからな……」

 幸いと言うべきか、来年の秋に完全な新作ストーリーの劇場版が公開されるらしい。

 彼の出した入場料は見事に新作の養分とされてしまった。



 ――そして四日目の正午。

 特にやる事も思いつかず、篭目希人の視線は中空を彷徨っていた。

 一週間と言う長い休暇を与えられた彼だが、動物を飼育している彼は長期間家を空ける事もなかなかできない。ヒキガエルとヘビだけならまだしも、ハリネズミには毎日の世話が必要である。

 もちろん日数分の餌と水を入れておけば、二、三日は外出可能である。だが今、季節は夏だ。エアコンで温度・湿度ともに調節できるかもしれないが、やはり夏期の外出は不安が付き纏う。

 そこまでしても精神衛生上よくない上、心から余暇を楽しむ事ができなければ本末転倒である。

「今日は何しようかな……」

 自分の頭を掻きながら、希人はぼやいた。少しクセのある髪は寝ぐせがついたままだ。

 深緑色のタンクトップとハーフ丈のカーゴパンツを組み合わせた部屋着姿が、彼の弛み具合を表していた。

* * * * *


「おつかれ! あれ? でも今日休みじゃなかったっけ?」

「ちょっと気になる事があったので立ち寄っただけですよ〝天貝さん〟」

 恐竜の寝床となる成竜用ケージのあるエリアから、広い活動スペースのあるエリアへと向かう渡り廊下の途中、夕海はちかげとすれ違った。

 強化アクリルで作られたチューブトンネルには、青空から降り注ぐ太陽の光が差し込む。

 だが、晴れ渡る青空とは対照的にちかげの顔色は曇りがちだ。非番だと言うのにつなぎ姿の彼女は、目を向けようともせずに夕海の横を通り過ぎて行った。

「私嫌われちゃったなぁ……」

 遠くに消えていくちかげの背を見送り、夕海はそう呟いた。


 ――人造恐竜育成エリア・第一ビバリウム。

 希人とサラがパンゲア基地内で初めて対面した第二ビバリウムが密林だとすれば、この第一ビバリウムは草原と言ったところだろう。

 人工島の中にある限られたスペースとは思えないほどに広々とした緑の平原が広がっており、十メートルほどの恐竜が寝転がるのに丁度良さそうな平たくて凹凸の少ない岩が点在している。他のエリアとの境を分かつ隔壁の前には針葉樹による植林が施されており、人工的な雰囲気は見て取れない。

 見渡せば、目に映る光景は一面に広がるライトグリーンとその先に広がる深緑の木々、そして頭上に広がる障害物が一切ない青空。海の上に建造された人工島の一画とは、にわかには信じ難いほどに壮大で美しい光景が広がっている。

「オイ、腕をあげろ。それでは脇腹にブラシをかけられないだろ」

 眉根ひとつ動かさず命令する亘。つなぎの袖から覗く、血管が浮き出た彼の太い腕。その先に握られたデッキブラシが、メタリックブルーの体毛を梳かしていく。太陽の光が体毛の金属光沢をより一層輝かせていた。

「……別にお前が可愛くてやっている訳ではない。お前にまで倒れられたら困るからな」

 ――クウオォン♪

 亘からのマッサージを受けて、テリジノは嬉しそうに鼻を鳴らした。十メートル近い巨体から発せられる鼻歌は、牛の鳴き声の様に野太い。

 だが、目を閉じて一心に彼の僅かな気遣いを感じるその姿は、昼寝をする猫の様に愛らしかった。


 遺伝子改造の末に生み出された人造恐竜とは言え、ダニや寄生虫の侵入にまでは対処できない。

 特にこのテリジノサウルスは復元当時、生前の生態について充分な解明が成されていなかった。その不安材料から、管理面の利便性を考慮して多くの現生生物の遺伝子を組み込まれる。

 結果、ニワトリやウシ等の家禽・家畜の管理技術を転用できる人造恐竜として生み出された。

 しかしその反面、様々な種類のダニやノミの標的とされる体質を持ってしまう。よって小まめな体毛の手入れと日光浴は、テリジノサウルスの日課となっている。


 ――このままでは戦力が足りないのは動かしようのない事実だ……どうするべきなんだ俺は……。

 亘の心に暗雲が垂れ込める。隊長として隊員の命を預かる責務、課せられる任務を遂行する責任。そして世間から向けられる期待……全てが今の彼に重く圧し掛かっていた。

 晴れない彼の心が手元を狂わせ、テリジノの毛並みを逆撫でさせてしまう。

「あっ……」

 集中力の途切れから凡ミスをしてしまった亘。自らの失態に思わず声をあげてしまう。

 しかしそれに苛立つ事もなく、テリジノは普段と違う様子の亘に鼻先をすり寄せる。

 彼の顔色には、焦りや不安が確かに表面化していた。その事に気づいたテリジノは彼の心に寄り添おうと、自らの吻端ふんたんを彼の体に寄せたのだ。

 鮮血を垂れ流していなくとも、赤々と燃える様なグラデーションに色付いた長く鋭い爪。その巨大で鋭利な爪は、人から見れば爪と言うよりも刀に近いだろう。それは例えどんなに力を加減しても、人体を傷つける凶器になる。

 対して丸みの帯びた吻端は、余程の力を込めなければ人の体を傷つける事はないだろう。相手を潰してしまい兼ねない巨体。刀の様に巨大な爪。人の側から見れば全身が凶器の様なテリジノサウルスにとって、それは自ら押し当てる事の出来る唯一と言っていい箇所だった。

「なんだ……俺を気遣っているのか? 余計なことを……」

 自らに鼻先をすり寄せるテリジノに対し、亘は冷淡な言葉を投げかける。彼の瞳は冷たく輝き、その言葉が照れ隠しやはじらいではなく、明確な怒りが込められたものだと物語っていた。

 細められた切れ長の秀麗な瞳は、凍えるような視線を投げつけた後にテリジノから逸らされる。

「……気分が悪い。行くぞ、立て」

 亘の言葉を受け取り、テリジノサウルスはその巨体を立ち上がらせた。

 長い首の先にある頭部は、しっかりと彼の方を向いている。しかし、そこから向けられる温かい視線が、亘の瞳に届くことはなかった。

「次はガリミムスがここを使うはずだったな。今日は翁が非番だから、天貝が代わりに連れてくるのか」

「その必要はないみたい」

「天貝? どうしたんだ?」

 亘は夕海に連絡を入れようとしたが、それよりも先に彼女は目の前に来ていた。亘と同じように作業用つなぎを着込んでいるが、近くにガリミムスの姿はない。

「なんかミリーの日光浴はもう済ましちゃってたみたい。ミリーの管理日誌に書いてあったの」

「…………」

「私、ちかげちゃんに嫌われちゃったみたい。もう今日の分はあの娘がやったって」

 躊躇いがちに笑顔を交えて話す夕海。しかしその視線は、亘に向けられる事はなく青空を仰いでいる。どこか引きつった笑顔には、彼女なりの苦悩が窺えた。

 雲を追いかける夕海の目とは交わる事のない視線を送る亘。特に言いたい事がある訳でもない彼は口を真っ直ぐに引き結び、彼女の言葉を静かに待った。

「ここさ、景色いいよね。だから結構好きなんだ。それで息抜きしに来たんだけど、使用中だったね。ごめん」

「別に構わんさ。俺達も出る頃合いだったからな」

「そんな事言わないでさ、もっとゆっくりしていったら? テリジノだってもう少し日向ぼっこしたそうだよ?」

 立場上は亘が隊長で、夕海は副隊長の肩書きを持つ。だが、パンゲアでDFの育成任務についたのは夕海が先で、加えて年齢も五つ夕海の方が上である。

 そのため夕海は、亘と対等に話せる数少ない隊員の一人だった。

「なら、お前がこいつの世話をしてやってくれ。どうせ暇なんだろう? 俺は少し外す用事がある」

「うん、オッケー! やっぱりテリジノは綺麗だよね。宝石みたいに光ってる」

 もっとも高い高度まで昇りつめた正午の太陽が、テリジノサウルスの羽毛に跳ね返った。鮮やかなスカイブルーは、時折緑がかっても見える。

 朝日よりは鈍くなった真昼の光も、オパールの様に芸術的な色合いの羽毛を輝かせるには十分だった。

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