「大地に堕ちた竜の亡骸」
薄墨色の雲が空を覆っている。
雲の切れ間から射し込む光は真っ直ぐに、そして優しく大地へ降りていく。
もしもこの世界に神がいるのなら、この光を梯子にして天使を遣わすのだろう。
……だが、大地に降り立ったのは天使ではなかった様だ。
「――こちら勇部。目標は完全に撃破。そちらはどうだ?」
《――こちら天貝。こっちに来た奴も水中に引きずり込んだ。もうじき片付きそうね》
その降り立ったものは既に息をしていなかった。
質量で言えばミンククジラ等小型の鯨類。灰色の体毛を持ち、質感で言えば陸棲の哺乳類。
そんな印象を与える巨大な肉塊が横たわっている。
「右目をやられたか……」
青年は両目で天を仰ぐ。正確には空を見ている訳ではなく、彼の視線の先にある巨体に目を向けた様だ。
目線の先にある巨体は太陽を背負い、正確な姿が見て取れない。
ただ大きさだけは感じ取れる。十メートルを超える巨体。それは人間よりも遥かに大きく、青年を押し潰す事も可能だろう。
だが彼を見下ろすその姿に、敵意は感じられなかった。寧ろうなだれている出で立ちは、青年に敬服している様にも見える。
「成体の飛翔型がニ体か……。ここ最近、出現頻度も上がってきたな」
青年は再び大地に屈伏す肉塊に目を向けた。艶やかな黒髪の下から覗く切れ長の瞳が、冷たい視線を放つ。
視線の先には巨大な翼があった。羽毛を欠いた巨大な翼。それは大きさを除けば、コウモリのそれに近い。
既に穴だらけになったその翼は、息絶えた主人同様、再び空を切る事はないだろう。
だが、頭部は死してなお、その残虐さを感じさせる面構えをしている。
巨大な肉食爬虫類の様な顔つき。ぎっしりと並んだ牙が覗く口元は、開いたまま舌を出している。
「相変わらず醜い顔だ……。これが我々を脅かす存在なのか」
青年は軽蔑とも憎しみとも取れる言葉を口にする。
醜いと形容されたその顔には、一対の瞳がある。
見開かれたまま動かなくなったその瞳は、青年を映していた。
太陽の光を受けて光り輝く黄金の瞳。しかしその瞳に、再び生気が宿る事はなかった。