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下らないもの

作者: 笹舟

「ねえ、昨日の6チャンの特番見た?」

「見た見たぁ。カイがめちゃかっこよくてさぁ」

「そうそう。ミドリは特番見た?」

見てない。そう答えている自分と、「駄目じゃん、見てなきゃ」と言う友人の顔が頭の中でちらつく。

「うん見たよ。カイ良かったね」

「だよねーやっぱり?」

 …………

 始業式の後。異様なまでにはしゃいでいる同級生。耳障りに織り成されるその言葉の数々。それに同調して合わせる私。軽く感じる自己嫌悪。そう、まるで椅子と机が立てる無駄に賑やかな音みたいに。

 なんて、くだらないんだろう。


「夏休みの宿題を番号順に提出しろ」

 無駄に威圧するような声色を出す先生。

 並べられてゆく宿題の数々。

 数学は何ら目新しいものの無い課題で、繰り返される問題の羅列はただただ時間を浪費させようとの陰謀だとしか思えなかったし、国語の漢字の練習も、普段から使っているものをいちいち何十文字も改めて書く必要があるとはとても思えなかった。(しかも丁寧に、だってさ!)

 他にも家庭科の宿題なんて、誇大広告を見つけ出して、それについてレポートを書いて来い、とかいうものだった。それに何の意味があるのか説明して欲しい。

親は、将来何かの役に立つ。我慢する訓練だ。屁理屈捏ねずに早くやれ、と言った。

我慢する訓練だ、って言っている時点で既に宿題自体の意味を無視していたし、大それたことを言っているわけでもないのに我慢しなければいけない状態っていうのが、そもそも不自然な状態だと思う。それに屁理屈捏ねるなって大人が言うのは、それについてもっともな理屈を示せないからなんだ。

 ああ……

 くだらない。


 私はただ、有意義なことをしたいだけなのに。意味も無い無駄なことは押し付けられたくないだけなのに。

 私ももう十三歳だ。私にはもう分かる。今の世の中にいっぱいある矛盾と、それを認めて直さない大人たちの抱える矛盾。くだらない社会。意味の無いことばかりやっている。

 家のローンを払うためにあくせく働いて、結局仲が悪くなったお父さんとお母さん。

何をやってるんだろう。もっと幸せになりたかったんじゃないの?そんなお父さんもお母さんも私嫌いなの、知ってる?前みたいにまた仲良くしてよ。

夜ご飯くらいみんなで食べようよ。

 ただ笑顔でいて欲しいだけなのに。

 

 宿題を出さなかった私はたっぷり担任の教師に怒られたし(気安くミドリさんって呼ぶな!)それに対しての説明と抗議も親と同じような言葉でかわされた。

 親は親っていう家庭内の立場があるし、先生は先生っていう世の中の立場があるから素直になれないんだ。絶対そうだ。


 私は唇を甘噛みして下を向きながら、家路を辿った。クシコス・ポスト――あの運動会の徒競走でよくかかる曲だ――とか明るい曲を口ずさもうとしたけれど、なんか空しくなってすぐやめた。

 セミがやたらうるさかった。大声を出さなければパートナーを見つけられないなんて馬鹿みたいだ。人間並みに。


「分かりますよ、その気持ち」

唐突に低く、それでいてよく通る声が聞こえた。それは上から聞こえるようでも下から聞こえるようでもあった。私は空を見て、アスファルトの足元を見て、あちこち見回して、やっとそれに気付いた。枝じゃないよね……

「分かりますよ、その気持ち」

大きなヘビが言った。それは道脇の木に、窮屈そうにぐるぐる巻きついていた。

落ち着け、落ち着くんだ。じりじり後ずさりつつも私は、一生懸命自分に言い聞かせた。

私はヘビが苦手ではないし元々無感動な性格だ。それでも分かる。今私、結構動転してる。

「何が?」

上ずった声で私は返した。話すヘビは怖くは無かったけれど、何だかすごく不気味だった。

「無駄なことはしたくないってことですよ」

ヘビは心なしか表情を柔らかくして言った。

「今の世の中は無駄だらけですからね」

「そう、無駄だらけよ」

息を吸って、吐いて、深く頷く私。

「一つ、試してみませんか」

「何を?」

私は訊く。

「無駄の全く無い時代にあなたをお連れしましょう」

あの忌々しい話も、くだらない同級生も、宿題もない時代――。

「合理的で、システマチックな世界です」

歌うようにヘビは付け加えた。システマチックなんて言葉をヘビが言ったのには驚いたけど、その言葉は私の耳にひどく魅力的に聞こえた。

「へえ、そんな時代があるのなら行ってみたいものね」

なんて良い世界なんだろう!面倒臭いものの無いところ。最高じゃないか。

「おまかせください」

「あ、ちょっと待って。ちゃんとこの時代に戻れるんでしょうね」

幾ら良いといっても、戻れないのは嫌だ。この時代は嫌いだ。お父さんもお母さんも友達もあんまり好きじゃない。でも、勝手だけど確かに戻りたいとも思った。

「ええ、この笛を吹けば戻れます」

ヘビが口を開けると、青く光る笛が歯にぶら下がっていた。私はそれを取って首に掛けた。

「ただ、一度しかつかえませんので、よく考えて使ってください。それでは――」

 どうぞ。言ってヘビは再び口を開けた。すると意外に大きいその口の奥の方に、いかにもSFチックで未来的な世界が見えた。

 ヘビの口に入るのには抵抗があったけれど、私ははやる気持ちを押さえきれずに、すぐその中に飛び込んだ。

 

 そこは小さな部屋だった。真中にソファーがあったのでまずそれに座ってみると、うっとりするようなクッションだった。肌触りも抜群で、それだけで心が安らぐようだった。

 そこに座ってぐるりを見回すと、ソファーを中心に様々な器具が配置されている様子が良く分かった。

パソコンのプリンタみたいな黒い箱が右手の届くところにあったし、左の手元にはコードのいっぱい出たヘルメットのようなものがあった。ソファーの後ろには体を十分に動かせるくらいのスペースが取り分けられており、何かのマットが敷かれていた。寝るのはそこで、ということだろう。

 私はコードのたくさんついたヘルメットをかぶった。それが、情報を仕入れるための道具に見えたからだ。そして実際それは何でも知りたいことを直接私の脳に教えてくれた。

これはすごい。

私はひとしきり感心した後、それのくれる情報をいっぱい取り入れた。インターネットの進化版みたいなその機械を使うと、回線を通じて実際会っているかのように人と会話することが出来た。

 私は早くもその時代の友達を作った。友達の名前はリサだ。彼女とは不思議と気があった。私たちは会話を楽しんだ。過去から来た私はずいぶんな世間知らずだった。だけど彼女はそれに呆れつつも、いろいろなことを親切に教えてくれた。私は――特に機械類の使い方について――多くのことを彼女から学んだ。

私は好きな時に好きな場所で好きな人と望む話をすることが出来ることを嬉しく思った。実際に人に会わなくて済むので、くだらない話に時間を潰すことも、嫌いな人と会ったり嫌いなことをしたりする必要も無かった。

 食事は、注文すれば即座に出来たてのものが届けられた。カレーもパスタもパンもとても美味しかった。

 実際――どういう仕組みなのかこそ全然分からなかったけれど、どんなものでも例のブラックボックスで取り寄せることの出来ないものは無かった。初めプリンタみたいだと思ったのも、あながち間違いではなかった。ただそれは紙だけではなく、物も転送することが出来た。

私は些末な事柄に時間を取られずに済む、このハイテクなシステムにもいたく感心した。

 しようと思えば、どんなスポーツも部屋の中で出来た。特殊な装置を使えばどんなことでも、チームでするスポーツも山登りも海水浴も、旅行でさえも、部屋の中に居ながらにしてすることが出来た。

 部屋の照明と空調も完璧で、何の不足も感じなかった。

無駄なことに時間を取られない。無駄なことをしなくてもいい。

 これこそ本当に理想的な世界だ!

私は初めの一週間をあっという間に過ごした。それはそれは夢みたいに素晴らしい時間だった。

 多くの自由が与えられていた。したいことがしたいだけ出来た。勉強も極めて有意義な仕方で進めることが出来た。

 くだらないことに煩わされることが無い。私にとってそれは、それだけで幸せなことだった。

 

 だから。

 何の不足も無いはずだった。


「リサ、私おかしい。楽しくて楽しくてたまらないの。なのに、なんか……面白くないの」

私はリサに打ち明けた。

「え、どういうこと?ちょっとミドリの日本語、よく分からないけど」

彼女は怪訝な顔をした。

「ごめん、自分でも良く分からないの。ただ、何でもあるのに何か足りないような気がして」

本当に理由は全然分からなかった。

「そんなのよくあることじゃない。寝不足か、そうでなければ楽しみ方が足りないのよ」

「そ、そうかな」

「そうよ。ミドリは真面目だからね。まぁ、硬く考えずにまずは寝てみな。すっきりするから。睡眠薬もあるでしょ?」

リサは睡眠薬を良く使うらしい。眠りたい時に寝たいからって彼女はいつか言っていた。

「うん、ありがとう」

「じゃね」

私はそのまま回線を抜けた。

 そして睡眠薬を多めに摂って寝た。すぐに私は眠りについた。


 結論から言うと、睡眠は何も問題を解決しなかったし、いろんな面白いゲームももやもやした気持ちを追い払ってはくれなかった。

 楽しみ方が足りないのかと思って、好きなことを好きなだけすることに精を出してもみた。確かにそれは楽しかったけど、決して私を満たしはしなかった。

 そんなこんなでまた一週間が過ぎた。


 そして私は気付き始めた。

 自分が、人に会いたいのだということに。


 三日後、私は耐えきれなくなっていた。

「リサ、今大丈夫?」

私は友人を呼んだ。

「うん、大丈夫だけど?」

リサは明るく答えた。

「私あなたに会いたい」

「え?会ってるじゃない今」

リサは不思議そうな顔をした。

「いや、こんなんじゃなくて生身のあなたに会いたいの。どう?」

「どうって、そんなのする必要ないじゃない。何でこうしてちゃんと会ってるのにそんなこと言うの?」

彼女は呆れたような顔で言った。その表情が、私にはショックだった。

「会いたいの。お願い」

「そんなこと言ったって無理よ……大体無駄なことよ。あなたも言ってたじゃない」

リサは首を振った。

「無理言ってごめん」

私は言い残し、回線を抜けた。ヘルメットみたいな装置をはずし、壁に投げる。威勢の良い音がした。

 不意に視界がぼやけてきて私は目頭を押さえた。

 胸の奥が悲しかった。

 胸の中が空しかった。

 寂しかった。

 そのまま重いドアを開けて外に出る。

 初めて出る外はひどく無機質で殺風景だったけど、吹き抜ける風が気持ちよかった。

わたしは首に掛けてることさえ忘れていた青い笛を手に取った。そしてそれを口に咥え、大きくそれを吹いた。

ふわり、と世界が反転した。


「どうでしたか、あちらの世界は」

大きなヘビが言った。夢から覚めたかのように、またセミが元気に鳴いているのが聞こえる。

「うん、とっても良かった」

私は不覚にも流れた涙を隠しながら、意地っぽくなって答えた。

「もう、戻られる気はありませんよね」

それを見透かしたかのようにヘビは言う。

「もういいわ」

私は即答した。もういい。

「いいのかい?家に戻らなくて。君は二週間以上もあっちに言ってたんだよ」

ヘビはからかうような調子で言う。

 そうだ、早く戻らなきゃ。

「ありがとう。また縁があれば会ってね」

わたしは走りながら後ろに言った。何か後ろから返事があったようだったけど、それはもうわたしの耳には届かなかった。

 

 もう新しくない家はそれでも、変わらずわたしを迎えた。何年振りかのようにも思えた。

朝も早かったけど、もうお父さんもお母さんも起きていた。

私が帰ったのを見ると、飛び上がらんばかりに喜んで、抱きしめてくれた。

心配したのよ。どこへ行ってたんだ。体は大丈夫なのか。二人はわたしを質問攻めにした。

でも最後には二人とも、

「「とにかく無事で良かった」」

って言ってくれた。お母さんも、お父さんも泣いた。

 私も泣いた。

父さんも母さんも大好きだよって。

晩御飯は三人で争うようにして、同じ食卓の上ソーメンを食べた。それは何でも無いことだったけれど、私はそれに飛び切りの喜びを感じた。


 あくる日、私は学校へ勇んで出掛けていった。

 教室に入った私は、真っ先に大きく挨拶した。これまでで最高の挨拶だった。

「おはよう!」

みんなは私を振り返る。

「おはよう!」

「ぐっどもーにんぐ」

「おはろー」

そしてこれまでで最高の挨拶が、何倍にもなって返ってくる。

「ねえミドリ。しばらく休んでたけどどうしたの?」

「心配してたんだから」

「そうそう。電話も出ないし」

無駄って何だろう。まだ良くは分からないけれど、それは大事なものだということだけは言える。だってここはこんなにあったかいんだ。

私はあそこではとても暮らせなかった。理想的なはずの無駄のない世界で、だ。


「どうして休んでたと思う?」

私は友達に問う。

「え、どうしてどうして」

「病気?」

「海外旅行ってオチだけは許さないからね」

口々に帰ってくる言葉の数々。ただ、楽しかった。

「うーん、どうしようかなー。えーと……」

 みんなにあんなこと話しても、とても信じてはくれないだろう。

 何じらしてんのよー。すかさず茶々が入る。だけど、それもまた、楽しい。


 もう、何もくだらなくなんてなかった。


私が高校生の頃に、童話の賞へ応募したものです。

無論ちっとも賞などにひっかかりませんでしたが、久々に読んでなんか温かい気持ちになりました。

ちなみに、受賞作は本当に素晴らしかったです。文章もそうですが、設定のよさ、瑞々しさが桁違いだったのを思い出します。

文章の表現じょうも違和感のある部分はありますが、今回特に手を加えずにそのまま投稿します。

この作品については誰にも感想を言ってもらったことがありません。

何かご感想をいただけたなら、嬉しく思います。

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