プロローグ
この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・組織はすべて実在するものとは一切関係ありません。
自身の初作品となりますので、読める内容になっているか判断出来かねますが、どうぞ暇な時にでも目を通して見てください。
入り組んだビルの隙間、その暗がりの中を足音も無く駆ける影がいる。
それは人の形を取ってはいるが、その速度は平原を駆け抜ける獣もかくやという程で走り、跳ぶ。
辺りにはすでに使われなくなって久しいのが目に見えて分かる程に荒んだ雑居ビル群に、放置され腐敗が進みきり最早臭いすら放たなくなっているゴミの残骸。明かりは等間隔に並ぶ電灯から微かに届く仄暗いと、ビルの隙間から僅かに覗く月明かりぐらいのものであり、この様な場所に人がいるのであれば、まず間違いなく正気を疑われるであろうことは想像に難しくない。
だが、もしこの様な場所に人がいるとすれば彼らはどの様な目的があってこの場所にいるのだろうか。
暗闇を駆ける影は、未だにその足を止めず迷いも無く走り続ける。
影はその背になにかをおぶる様に担いでいる。そして、その背に向け聞き取るのも困難な声で一言、
「しっかり捕まってろ」
男の声でそう呟いた。
その直後。
影の男がまるで、時間が止まったかの様にぴたりとその足を止める。
そこは、何も無いただの円形の広場だ。
そう、まるで誰かが意図的に片付けた、とでもいう程に何も無い。
その中央で足を止めた男は辺りの暗がりに向け言い放つ、
「よぉ、そろそろ出てきてくれてもいいんじゃねぇの?」
すると、それまでは一切聞こえなかった足音が辺りのビル影から無数に響き渡り、そして男は完全に包囲された。
「こりゃあまた、ド派手な歓迎会を開いてくれたもんだな」
男はその口許に笑みを浮かべ、おどけるな口調で述べ、そして、更にもう一度暗がりに言い放つ。
「アンタも大変だな、俺みたいな野郎の対応を任されちまったみたいでよ?」
その言葉に応える様に、男の正面の暗がりから現れたのは身長が二メートルを軽く上回っている熊の様な男だ、と言えば陳腐に聞こえてしまうかもしれないが、その巨体を目にすればその様な表現があながち間違いではないことがうかがえるであろう。巨体の男はその身に、喪服とも思える様な黒色の艶の無いスーツを身に付けている。
だが、一目見ればそのあまりの異様さに目を見開いて見入ってしまうであろう。男のスーツは内側からその筋肉の膨らみにより今にも弾けんとばかりに盛り上がっていて、見る者に強烈な威圧感を与える印象がある。
そして、巨体の男がその無骨な口から言葉を発する。「ふむ、逃走屋・荻窪海斗。貴様が現場に自ずから姿を現したというのであれば、それぐらいの用心があっても致し方の無いことだ」逃走屋・荻窪海斗。それが影の男の正体だ。
「つっても、こりゃあ少し人数集め過ぎじゃねぇの?ざっと二十人ってとこか、そんな数の戦闘屋に囲まれちゃ、俺のチキンハートが砕けちまうぜ」
「相変わらずの減らず口だな。貴様の逃げ足を考えればこれでもまるで足りん事は明白だろうが」
巨体の男は肩をすくめ、嘆息するが、次の瞬間にはその眼光に殺意にも似た気配を漂わせていた。
「さて、些末な話はこれで終いだ。荻窪、大人しくその少女をこちらに引き渡せ」
少女とは海斗がその背におぶる様にして担いでいたものだ。
そして、その少女こそが逃走屋として海斗自身が二年ぶりに仕事を引き受けた原因とでもいうべき存在だ。「そいつはできねぇ相談だな。アンタみたいな熊野郎にこいつのお守りは務まらねぇよ」
「ふむ、ならば仕方あるまい。力ずくで奪い取るまでだ」
「いいぜ、上等だ」
不適な笑みを浮かべ、そして海斗は、
「鬼ごっこの始まりだ」
軽い一言を告げる。