「死にたくなる季節に、世界は綺麗すぎる」
季節の変わり目が、昔から少し苦手だった。
気温や気圧、天気、人の声色、空気の変化。たぶん他の人なら気にも留めないようなものまで拾ってしまって、その積み重ねで、突然何もかもが重くなる日がある。
そんな時ほど、自分の中にある「正しさ」まで信用できなくなる。
正しいことを言っているはずなのに、言葉が誰かを傷つけそうだったり。間違っているものを見過ごせないくせに、それを指摘する自分自身にも嫌気が差したり。
この作品は、そんな時期に感じていたことをベースに書いた。
死にたいわけではない。
ただ、世界から少しだけ離れたい時がある。
何も解決していないのに、空だけは綺麗で、季節だけは勝手に進んでいく。
そんな理不尽さを、僕は昔から少し美しいと思っている。
死にたくなる季節、理不尽が暴走する季節…
十月になると、世界の輪郭が少しだけ鋭くなる。
夏の残骸みたいな湿気がまだ街のどこかに残っているのに、夜になると突然、冬のふりをする。昨日まで半袖だった人たちが今日は薄い上着を羽織っていて、空は雨になるでも晴れるでもなく、何かを決めかねている人間みたいに高崎の上でずっと灰色のままだった。
こういう日は昔から苦手だ。
理由を説明しようと思えばいくらでも言葉にはできる。ただ、説明したところで大抵は「考えすぎじゃない?」で終わってしまう。
考えすぎ。気にしすぎ。繊細すぎ。
そんなことで怒るなとか、そんなことで傷つくなとか。世界には昔から、傷ついた側にだけ「気にするな」と要求する妙な習慣がある。
だから僕も、いつからか説明することをやめた。
午前十一時。パソコンを開いた時点で、もう頭の奥が重かった。
デザインの修正、スタッフからの相談、入金確認、取引先への返信、店舗のトラブル。誰かのミスと、誰かの言い訳と、誰かの「聞いてません」。
画面の右上では通知だけが増えていく。
僕が考えなければ、たぶん誰かが困る。誰かが忘れていることを覚えて、誰かが見落としている違和感を拾って、三日後に起きる問題を今日の段階で想像する。
看板の位置とか、文章の一行とか、スタッフの声色とか。会計の数字、返信までの時間、店の匂い、照明の明るさ、人間関係のわずかな濁り。
普通なら通り過ぎるようなものが、やけに目につく。
それは仕事では随分役に立った。デザインにも、店づくりにも、人を見ることにも。
でも、感度の高いアンテナというのは、美しいものだけ拾ってくれるわけじゃない。
悪意や嘘、怠慢、嫉妬、矛盾。言っていることと、やっていることの微妙なズレ。むしろ、そういうものほど鮮明に入ってくる。
たまに、世界そのものがノイズみたいに思える日がある。
午後四時十三分、雨が降った。
細い雨粒が窓を斜めに滑り落ちていく。道路は黒く濡れ、交差点の赤信号がアスファルトの上に長く伸びていた。
赤、黄色、青。
交通なんて三色で整理できるのに、人の感情だけは何色用意しても足りない。
正しいと思ってしたことが誰かを傷つけることもある。優しさが人を甘やかすこともあれば、厳しさに救われる人もいる。助けた相手に裏切られることもあるし、裏切った人間にだって、その人なりの事情はある。
悪役にも正義がある。
そんなことは、嫌というほど分かっている。
むしろ分かってしまうから、面倒なのだ。
もし世界が善人と悪人、正解と不正解、白と黒だけで出来ているなら、僕はもう少し簡単に怒れたのかもしれない。
現実はほとんど灰色で、その灰色の濃淡ばかりが僕にはよく見える。
夜になって、また一つ連絡が入った。
送った本人に悪気はなかったと思う。普段なら「了解です」の四文字で済ませられる程度の話だった。
でも、その日は駄目だった。
返信欄に長い文章を書いた。
相手の矛盾も、原因も、責任も、この先どうするべきなのかも、全部書いた。自分の中では筋が通っていたし、間違ったことを書いたつもりもなかった。
それでも、送信ボタンを押す気にはなれなかった。
正しい言葉は、正しいタイミングを間違えると、ただの刃物になる。
昔、誰かが言っていた。
良い時と悪い時ほど、口を紡いだ方がいい。
その言葉を思い出して、書いた文章を全部消した。
午前零時を過ぎる頃、雨は止んでいた。
外に出ると、雲の隙間からほんの少しだけ月が見えた。
濡れた道路、コンビニの白い灯り、遠くのマンションの窓。雨粒の残った電線やガードレールまで、妙に綺麗に見えた。
こういう時、世界は残酷だと思う。
こちらがどれだけ参っていても、景色は勝手に綺麗になる。
誰かが泣いている夜にも月は出るし、大切な人を失った朝にも鳥は鳴く。会社が潰れた日でも桜は咲く。
でも、たぶん世界は残酷なんじゃない。
ただ、僕らに無関心なだけなのだ。
それが少し寂しくて、同時に救いでもある。
「死にたいわけじゃないんだよな」
小さく口にして、自分で少しだけ驚いた。
死にたいわけではない。
ただ、全部を一回止めたい。
責任も、期待も、判断も、通知も、人の感情も。自分の感情さえ、少しの間だけ止まってほしい。
三日くらい世界から消えて、その間は誰からも何も求められない場所にいたい。
それを逃げると言う人もいるのかもしれない。
でも、機械は調子が悪くなれば電源を落とす。車だって点検に出す。なのに人間だけは、止まると弱さみたいに扱われる。
変な話だと思った。
部屋に戻ってスマートフォンを開き、SNSの投稿画面を眺めた。
何度か書いて、消して、最後には短い文章だけを残した。
「少しの間、黙ります。
今は自分の言葉をうまく扱える気がしないので、心身のメンテナンスに入ります。」
投稿して、画面を閉じた。
翌朝、何かが劇的に変わっていることはなかった。
問題は残っていた。仕事も、支払いも、人間関係も、昨日まで自分を苛立たせていたことも、全部そのままだった。
天気予報を見ると、気圧はまだ低く、朝と昼の気温差も大きい。
たぶん今日も調子は良くない。
それでも僕は、会社へ向かわなかった。
カーテンを少しだけ開けると、朝の光が細く床に落ちた。その中を埃がゆっくり漂っている。
静かだった。
僕がいなくても世界は普通に回っている。
それを見て少し安心して、少しだけ寂しくなった。
必要とされたかったくせに、必要とされすぎて疲れた。一人になりたかったくせに、本当に一人になると寂しい。
人間なんて結局、そういう矛盾の中で生きているのだと思う。
窓の外では、昨日まで緑だった葉が一枚だけ黄色くなっていた。
秋は、何かが終わる季節というより、終わり始めていることに気づく季節なのかもしれない。
夏は勢いで誤魔化せる。冬は寒さのせいにできる。春には希望という名前がついている。
でも秋だけは、何も言ってくれない。
ただ静かに、失われていくものを見せてくる。
だから僕は、この季節が少し苦手だ。
死にたくなる季節。
理不尽が暴走する季節。
正義と悪意の境界が、夕暮れみたいに曖昧になる季節。
僕は別に、誰かを許したわけではない。
自分を許せたわけでもないし、何かを乗り越えたわけでもない。
ただ昨日、言葉を一つ飲み込んだ。
それだけだった。
でも少なくとも、その言葉で誰かを傷つけることはなかった。
それを幸福と呼ぶには少し寂しすぎるし、不幸と呼うには朝の光が綺麗すぎた。
だから今日は、どちらでもいいことにした。
カーテンを閉めて、もう一度ベッドに潜る。
世界は相変わらず、僕の都合なんて待ってくれない。
だから今日くらいは、
僕の方が世界を待たせてもいいと思った。
人間は、調子が悪い時ほど何かを決めたくなる気がする。
辞めるとか、切るとか、怒るとか、全部壊してしまうとか。
逆に、上手くいっている時も同じで、勢いのまま大きなことを言ってしまったりする。
だから最近は、良い時と悪い時ほど黙っていた方がいいのかもしれないと思うようになった。
沈黙は逃げではなく、自分の言葉が自分に戻ってくるまで待つ時間なのかもしれない。
この物語の主人公は、何も克服していない。
誰かを許したわけでも、自分を好きになれたわけでもない。翌日になれば、嫌だった現実も仕事も人間関係も、そのまま残っている。
だから、いわゆるハッピーエンドではない。
でも、あの日言わなくてよかった言葉がある。
傷つけなくて済んだ誰かがいる。
そして何より、自分自身をこれ以上壊さずに済んだ。
それくらいの救いで終わる物語があってもいいと思っている。
秋は不思議な季節だ。
何かが始まるというより、何かが静かに終わっていくことを教えてくる。
葉が落ちても、また春になれば芽は出る。
でも今は、春の話なんてしなくていい。
散っていく葉をただ眺めながら、少し休む。
それだけで十分な夜もある。
世界はこちらの都合なんて待ってくれない。
だからたまには、
こちらから世界を待たせてやればいい。




