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chap.8 序章Ⅷ

 夜の街は、『聖痕』が出現する前と何も変わらず賑わっている。

 いや、むしろそれ以上だろう。人々は眠る暇さえ惜しいと言わんばかりに、夜の喧騒にその全身を浸していた。

 聖痕による死は、酷く静かで冷たい。この夜の独特な熱気は、そうした静寂とはまるで正反対に見える。だがその実、彼らは恐ろしくて堪らないのだ。恐ろしいからこそ、対極にあるこの熱気を好むのだ。

 今日も彼らは大通りで、誰が流したかも分からぬ音楽に合わせ、見知らぬ他人と共に激しく踊る────



 そんな馬鹿騒ぎを横目に、燈司はあの廃ビルのある場所へと向かっていく。

 大通りから一歩道を外れれば、そこはもう闇が広がっているだけの死んだ世界だ。

 聖痕の影響で、電力供給は既に大きな問題に直面しており、裏路地の街灯はもう灯されることもなくなっていた。主要な大通りだけが、かつての栄光を残そうと頑張るかの如く、煌々と『死』に抗っているように映った。



 廃ビルの扉は外れていて、燈司はすんなりと中に入ることが出来た。

 コツ、コツ、コツ。足音だけが不気味に反響し、すぐに静寂の中へ吸い込まれて消える。

 何度となく見た光景と、寸分変わらない場所を歩いている。何とも奇妙な感覚だ。今見ている景色が現実なのか、幻覚なのかすら不確かに感じられた。

 ガラスが割れて窓枠だけになったところから、冷たい夜風が吹き込んでくる。冬川高校が遠くに見える……もうすぐだ。燈司はごくりと生唾を呑み込んだ。



 そして────




『それ』は、そこに……あった。




「嘘……だろ……?」



 やはり、と言うべきか。まさか、と言うべきか。

 本当の自分はまだ家に居て、今も幻覚の世界を旅しているのではないかと思うほどに。

 黒い塊は、寸分違わず、生々しく、脈打つように蠢いていた。



「何だよ、これ……」


 思わず、燈司はそれに手を伸ばす。それはあまりにも現実離れしすぎていて、自分の眼でさえも信じられなかったのだ。



「触ってはダメ」



 不意に背後から声がして、燈司は咄嗟に振り替える。心臓が早鐘のように、バクバクと鳴るのが分かった。

 ……暗がりから現れたのは、一人の少女。燈司の視線は、その銀の長い髪に引き付けられた。



「え……えるえる?」


 何度も何度も動画を見返したせいで、彼女の姿はしっかり記憶している。声も、顔も、姿も、疑いようもなくそれは『えるえる』だった。

 だが、その彼女が何故こんな廃ビルに? まるで待ち構えていたかのように、タイミングが良すぎる……

 あまりの事に、思考が上手く纏まらない。えるえるの刺すような視線に耐え切れず、燈司は思わず目を伏せた。



「あ……の、俺、キミの動画を見て。何回も、何回も……見てて……」



 彼女がこちらに歩み寄ろうとするのを見て、燈司は反射的に広げた手を彼女の方に向けた。

 動画を見たと言えば、youtuberなら喜ぶだろう。笑顔で「ありがとう」と言うはずだ。そう考えたのだが、えるえるはにこりともせず、ずかずかと燈司に接近する。



「くっ……来るな……っ!!」

「落ち着いて」



 後退りしようにも、黒い塊があってそれ以上は下がれない。えるえるは目の前までやってくると、燈司の右手をそっと握った。

 困惑する燈司をよそに、彼女は指輪のようなものを取り出すと、それを燈司の中指にさっと嵌める。

 えるえる自身も右手の指輪を翳してみせて、そこで初めて微笑を浮かべた。



「え……あ……?」


 なんだ。なんなんだ、この指輪は?

 今の笑顔はどういう意味だ? お揃いだね、とでもいうつもりか?

 もう半ばヤケクソ気味に、燈司は嵌められた指輪を同じように翳し、苦笑いをしてみせる。



「名前を呼んで」

 えるえるはすぐに元の無表情に戻った。


「え……えるえる?」

「ううん、違う。その指輪の名前を」



 燈司の右手を指差して、えるえるはそう告げる。それ以上は何も言おうともせず、二人の間に気まずい沈黙が流れた。

 指輪の名前? あまりにも馬鹿馬鹿しい、ふざけている。全てが突拍子も無さすぎて、ドッキリにしても全く面白くない。

 そう笑い飛ばしたかったのだが、とても出来る空気ではない。それに、何故か自分は名前を知っている気がした。何と呼べばいいのか、あの歌から教えられたような。



 ──止めとけよ。

 心の中の自分が、冷たく嘲るように燈司を見下ろしていた。



 ──それを口にしたら、どうなるか分からないぞ。

 二度と『こっち側』には戻れないぜ。



 心臓がバクバクと鳴り続ける。口の中が干上がったように、舌が上顎に粘っこく張り付いている。全身が、あらん限りの警鐘を鳴らし続けていた。

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