chap.6 序章Ⅵ
翌日、燈司たちはいつものように、軽音部の部室で集合した。
そこで大翔は、昨日の一件を皆に伝えた。皆神妙な面持ちで、真剣に耳を傾ける。
……ただ一人燈司だけは大きなあくびを連発し、遂には日葵の顰蹙を買ってしまった。
「燈司さあ、それはいくらなんでも、黒木センセに失礼すぎない?」
「いや違うんだって。昨日、ちょっと寝不足で……」
「言い訳してもダメですー。マイナス三十点!」
言い訳ではなく事実なのだが、そんなことを言ってみても仕方がない。結局、昨夜からずっと歌の謎に頭を悩ませているのだ。授業中でも食事中でも、気付けばあの廃ビルについて考えている自分がいた。
「悪いが、俺もそう思う。黒木先生の最期の言葉、燈司も聞いとくべきだったんじゃないか」
大翔も日葵と一緒になって、燈司に厳しい目を向ける。
「そんなこと言ったってなぁ……」
「んー。でも、私も燈司にさんせー」
と、詩が手を挙げた。
「だって、重いもん。自分のフォーム、崩しちゃったら演奏できないから。誰が何言っても、私は私。……いけない?」
「詩……」
恐らくは、黒木の「周りに合わせる努力を」という言葉を受けての発言だろう。詩は詩なりに考えて結論を出したに違いない。
「そりゃ、ダメじゃないけど……」日葵もどう返していいか分からず、言葉を濁す。詩の言うことももっともであり、それを否定することは誰にも出来ない。
だけど、と燈司は自分を省みる。それは、詩が確固たる『自分』を持っているからこそだ。反面、自分にはそれが無い。ただ、重いものを背負い込みたくないだけだ。
「……あー、やめやめ! この話やめようぜ。暗くなっちまう」
不意に隆成が手を叩いて、無理やりに場の空気を変えようとした。日葵もそれに乗り、「昨日の件だけど」と、次の演奏曲の話題を切り出す。
「お、そうだったそうだった! みんな、えるえるの新曲聞いてきた!?」
隆成が身を乗り出して、目を輝かせながら聞いてきた。皆は縦に頷いて、悪くなかった、というような表情をしている。
「まあ……いーんじゃない? てか、むしろ良い。かなり」
日葵が前髪を弄りながら独り、しきりに頷いている。こういう時に加点はしないのかな、と燈司はぼんやり思った。
「だっしょ!? 分かるっしょ、えるえるの凄さ!? 俺が今まで言ってたこと分かるっしょ!?」
「なんそれ……褒めてんのはえるえるであって、隆成じゃないんだけど」
日葵の呟きなど耳に入らないようで、隆成は満面の笑みを他の三人へ向けた。お前らも何か言え、という無言の圧を感じる。
「歌声は良かったよー。でも、後ろのピコピコが嫌」
と、詩が率直な意見を述べる。大翔もそれに同調した。
「俺も……演奏する曲としては、どうかな」
「いやいやいや……詩に言われちゃ返す言葉ないけど、でも仕方ないんだって! えるえるって作詞も作曲も自分でやってて、メロディー部分は全部打ち込みだからどうしても……」
「……あ」
必死に擁護する隆成を見て、燈司はふと思いついた。隆成はかなり前からえるえるのファンをやっている。なら、昨日の妙な現象についても、何か知っているのではないかと。
「隆成、えるえるの曲ってさ……こう、知らない景色が見えるみたいな」
「分かるっ! 燈司の言いたいこと分かるぞ! 目に浮かぶよなあ、えるえるの見てる世界が!」
「いやそうじゃなくて。なんか、そういう仕掛けみたいなのがあるのか? 人に幻覚を見せるメロディーライン……みたいな」
「はぁ?」
さっきまで気持ちよく語っていた隆成が、途端に嫌悪感満載の表情に変わった。馬鹿なことを言うな、と燈司に食ってかかる。
「お前、えるえるがそんな気持ち悪い小細工するわけないだろ! さてはアレだな、お前えるえるアンチだな!?」
「違うって! 何だったら一緒に確かめてもいい、サビの前の『救って』って部分で……」
「……救って?」
「そんな歌詞、どこにもなかったはずだけど?」
隆成の言葉は、あまりにも予想外なものだった。
存在しない歌詞? いや、そんなはずはない。自分は昨夜、何度も何度も繰り返し聞いたのだ。今でも耳に残っているくらいに。
だがいくら主張してみても、隆成は取り合わない。他の部員達も怪訝な顔をしている。誰もその歌詞を覚えていないのだろう。
「あー、分かったかも」
日葵がニヤニヤしながら、燈司の鼻先に指を突き付ける。
「燈司だけ別の動画見てたんだ」
「バッ……!? 違う、俺は確かに……!」
そこまでだ。大翔が二人の間に割って入り、燈司を押しとどめる。
「寝ぼけて夢と混ざったんじゃないか? よくあることだ、気にするな」
「そーそー。んじゃ、早速練習始めよっか」
この話はそれで終わりだった。ただ一人燈司だけが納得出来ず、なおも悶々と悩み続けるのだった。




