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chap.5 序章Ⅴ

 凍てついた 空を 切り裂くように────



「……ただいまー」

「ああ、詩!! お帰り、大丈夫だったかい!?」



 野村詩が家に帰り着くと、玄関で待っていた両親が今にも泣きそうな顔で出迎える。

 これが野村家の日常だ。大切な一人娘、自分たちの生きる意味そのものの詩が、今日も無事に生きて帰ってきた。この夫婦にはそれだけが望みなのだ。

 詩もいつもの通り、「大丈夫」と返して家に上がる。



「さあ、今日もご飯の前にお祈りをしないと。詩、着替えて準備しなさい」

「はーい。……あ、お父さん。ちょっとだけ待って?」

「どうしたんだ?」

「軽音部の次の曲、聞いとこと思ってー」



 たったった、と軽い足音を響かせて、詩は二階の自室に入っていく。両親は溺愛しているし、何より才能もある娘だ。ほとんどさせたいようにさせている。それが才能を更に伸ばした面もあるのだろう。

 照明もつけず、暗い室内にスマホの明かりだけが煌々と浮かび上がる。ポチポチと画面をタッチして、youtubeで「えるえる」と検索すると、トップに今日投稿されたばかりの動画が上がってきた。



「……むぅ。イントロ、いまいち……乗らない……」


 少し不満そうに頬を膨らませる詩。制服のままベッドに仰向けになり、じっと画面を凝視する。



「……ん。でも、歌声は良いかも」




 落ちていく 星の 名前を呼ぶの────




「ただいまー……っと」



 同じ頃、菊池隆成も自分の家へ帰っていた。鍵を開けて中に入る。照明は全て消され、物音ひとつしない我が家が、隆成を迎え入れた。

 リビングに入り、照明のスイッチを入れる。中央に置かれた食卓の上にはラップのかかった丼ぶりと、付箋が一枚貼ってあるだけ。



「ったくもう……」



 隆成は忌々しそうに付箋を剥がす。『水道が来週止まるから申請出しといて』いつものように殴り書きされた文字は、紛れもなく母親のもの。

 家の貯金はとっくの昔に尽きている。それでも両親はふらふら外を遊び歩いては、ふと思い出したように家に帰ってくるのだ。その繰り返しだった。

 今は最低限の生活保障でなんとかやりくりしているが、それもいつまで続くか……



「ま、いいもんねぇ」



 せめてもの気遣いとして置かれた夕食にも手を付けず、隆成は自室へと向かう。俺にはえるえるがいるし、と呟きながら、イヤホンを両耳に押し込んだ。



「……くぅ~~~~っ! やーっぱえるえる最高ォー!!」




 あなたの 残した 小さな 輝き────




 その日。一人のyoutuberが投稿した動画は、静かに、だが確実に、日本中へと広がっていった。



「ふーん。悪くないじゃーん」

「日葵、ご飯中にスマホ触るのやめなさい」

「はぁーい」


 生返事をして、いつまでもスマホを片付けない芹沢日葵も。



「……これ、日葵が歌ったら合いそうだな」



 夕方の一件を思い出し、感傷に浸る五十嵐大翔も。



 そして、逢坂燈司も。


『誰も気付かずに 過ぎてゆくけれど────』

「……ふーん」



 何となく、隆成がハマるのは分かる。

 聖痕の恐怖に怯え、毎日を過ごす人々。どれだけ御託を並べたところで、その恐怖を拭い去ることは出来ない。

 この歌は、そんな人々の心に寄り添う歌なのだと、燈司は思った。自己表現、『自分の生きた証を残したい』というものではなく、あくまでも『顔も知らない、誰かのための歌』なのだ。


 だが、それは燈司の心を揺らすほどではなかった。何をしても、見ても、聞いても、どこか冷めた自分がそこにいた。他人との関りを遠ざけてきた結果、いつしか自分自身とも距離を置いていた。

 別に、死ぬのは怖くない。寄り添ってほしいなんて思わない。明日自分が死んだとしても、それは世界に何の影響も残さないだろうし、自分でも「ああそうか」と、一人納得するだけだ。



『私は立ち止まり この歌を贈ろう────』




 ────救って。


「うわっ!?」



 急に、耳元で囁かれた感覚。すぐ横に誰かが居たと錯覚するほどに、生々しい存在感がそこにあった。



『火を灯せ 心に────』



 既にそれは消え失せ、動画の再生は進み続けていた。だが耳元に残る吐息の感覚が、それに集中することを許さない。



「何だったんだ、今の……」



 燈司は確かめるように呟く。聞き慣れた自分の声が耳に入り、徐々に身体の感覚が戻ってくるのが分かった。



 あの時、耳元で囁かれたのと同時に。燈司の眼前は一瞬にして、見えているはずの自室とは別の景色に変わっていた。

 工事中の廃ビル。その一室に、人の身長くらいはある大きな黒い塊が置かれている。それは生きているかのように脈打ち、時折白い斑点が表面に浮かび上がる。

 その斑点の模様は紛れもなく、燈司がかつて目に焼き付けた『聖痕』のそれであった。



 ただの気のせいだ。燈司はそう思い直し、動画を少し巻き戻してみることにした。

 これで何も起きなければ、白昼夢か何かだったと言える。



『この歌を贈ろう────』

「うおっ……!?」



 だが期待に反し、またも同様の感覚が燈司を襲った。二回目であり、先程よりは冷静さを失わずに済んだ。

 その後、何度も動画を巻き戻してみたが、結果は同じ。ある箇所に差し掛かると奇妙な感覚に囚われ、例の廃ビルが脳裏に浮かび上がってくるのだ。



「どういう技術なんだ……?」



 考えてみても、プログラム系統に弱い燈司には見当もつかない。コメント欄を見ても、「感動した」「素晴らしい」という賞賛ばかりで、奇妙な感覚についての書き込みは一切なかった。



 訳が分からない。ファンの間ではすっかりお馴染みで、今更言及する必要もないということだろうか?

 考えながら動画を巻き戻し、また奇妙な感覚に襲われる。この奇妙な感覚は何なのか? 脳裏に浮かぶ廃ビルは? 「えるえる」とは何者なのか?

 次々に湧き起こる疑問には答えが出るはずもなく、燈司は諦めて眠りに就くことにした。だが目を閉じても、歌と廃ビルの光景が頭から離れず、ぐるぐると脳内で回り続けるのだった。

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