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chap.3 序章Ⅲ

「……あーあ」



 帰り道、燈司は気の抜けたような声を漏らした。前をずんずん歩く大翔に遅れぬよう、やや小走りになりながら。

 二人は軽音部で初めて知り合った仲だが、家の方向が同じなのでしばしば一緒に下校している。途中でファストフード店に入ることもあるし、軽音部らしく楽器店を覗くこともある。



「なんで俺らまで、そのyoutuberの曲を聞かなきゃいけないんだろうな。日葵が聞けばそれで済むのにさ」

めんどくさい、と燈司は呟く。


「皆で演奏するんだから、一回は聞いといた方が良いだろ」

「それはそうだけど、まだ決まったわけじゃないじゃん。どーせ決定権は日葵なんだから、俺らが聞かなくても良くない?」

「俺らとはいうが、俺もえるえるの歌声は嫌いじゃないぞ」



「あれ、そうなんだ」

嫌いなのかと思ってた、と燈司は驚いた顔をした。

「大翔はyoutuberみたいな連中、認めないタイプなもんだとてっきり」


「隆成には言うなよ。あいつすぐ調子乗るから」


 そう言って冗談っぽく笑ってから、大翔は続ける。



「こんな時代だろ。自分が何のために生きてるのか、なんて考えたことないか?」

「なんだよ、急に……?」

「今生きてる人間の二人に一人は、三十年以内に聖痕で死ぬ計算だ。たった三十年だぞ? やりたいことも見つかってないのに、三十年で何が出来るって言うんだろうな」



 聖痕によって、いつ死ぬかも分からない恐怖。来るかどうかも分からない『未来』より、確かな『今』に人々が目を向けるようになったのは、ごく自然な流れだった。

 混乱の初期には、明日も分からぬこの時代に今を犠牲にするのは馬鹿馬鹿しい、という考えが急速に広がった。子供だっていつまで生きているか分からない。結婚率、出生率も次第に減少していった。今さえ良ければいい、そんな考えで犯罪に走る者も増加した。



 だが、それらの変化は一時的だった。「今さえ良ければ」の考えの先には、何も残せない虚しさだけがあった。

 人々はやがて、こんな時代だからこそ何が出来るのか、何が残せるのかを考えるようになっていった。



「『終焉の歌姫』。一部ではえるえるをそう呼ぶらしい。俺達と同じくらいの歳で、多くの人の心を支えてるってのは、凄いことだと俺は思う」

「…………」



 燈司は足元に目を落とす。ゴミやガラスの破片、くしゃくしゃになったビラの切れ端などが散らばり、かつての清潔な大都市は見る影もない。犯罪が減少したとはいえ、社会秩序はもう戻らないだろう。



「音楽の力、ってやつかあ……」

「燈司だって、音楽が好きだからこの部活入ったんだろ?」

「いや、俺は……」



 別に、特段音楽が好きだったわけではない。たまたま同じクラスだった日葵に目を付けられ、熱心に勧誘されただけだ。

 下手に断って、日葵のようなタイプに睨まれると学校生活がやりにくくなる。ただそれだけの理由だった。



 逢坂燈司は、今の時代にありふれた若者の一人だった。

 まだ聖痕の存在が公になる前に、彼の父親は聖痕で亡くなった。母親も、未知の病気への恐怖、将来への不安から、自ら命を絶った。

 やむなく父方の叔父に引き取られたものの、燈司と一緒に暮らすわけでもなく、時折生活費を渡しに来るだけの関係。

 身の上を揶揄われるのが嫌だったので、燈司は人と深く関わるのを避けるようになった。適当に周りに合わせて、面倒事には関わらない。一緒に下校している大翔とも、付かず離れずの距離感を保っている。



 そんな燈司の心を知ってか知らずか。大翔は何かと燈司を気にかけてくる。


「……今夜、ウチで食っていけよ。どうせコンビニ飯だろ?」

「あー……いや、いいよ。いきなり行ったらおふくろさん困るだろ」

「いいんだよ、そんなことは」


 不意に大翔は燈司を羽交い絞めにして、ぐりぐりと頭を押さえつけてくる。余計な気を回すな、という彼なりのスキンシップだろう。

 大翔のこういうところは苦手だ。毎回理由を付けて断るのも大変なのに。内心で舌打ちをしながら、燈司は何か良い口実を考え始めた。



 ──ガッシャアアアアアン!!!!



 盛大に何かが割れる音。二人は一瞬動きを止め、身を強張らせる。

 裏通りから、何者かの怒鳴り声が聞こえてきた。続けて、また何かが割れる音が響く。

 燈司と大翔は顔を見合わせ、裏通りへと駆け出した。



「くそぅ……くそぉ!!」


 一人の男が、まだ開店前の酒屋の前で怒鳴り散らしている。先程の割れる音は、店の前に放り出されていた空き瓶のようだ。

 男は既に相当酔っぱらっているようで、足取りが覚束ない。男は片手に持った空き瓶を振り上げ、店の窓ガラスに勢いよく叩きつけた。



「二十年! 二十年仕事に捧げた! 俺はもう用済みだから死ねってか!」



 とりあえず警察に電話だ、と大翔は燈司に指示する。

 今の時代、このような事態は珍しくない。聖痕による確実な死を前に、大抵の人間は正常ではいられなくなる。絶望して自ら命を絶つ者もいれば、ヤケを起こして犯罪に走る者もいる。この男もおそらく、聖痕によって死を告げられたのだろう。



 スマホを取り出し、110番に通報しようとする燈司。だが、なぜか大翔がそれを手で制した。

 どうしたんだ、と燈司が顔を上げる。大翔は目を見開き、震える声を振り絞った。



「……黒木先生……?」

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