第02話『黒い違和感』
あの入学式から、数日が経った。
結局、俺は軽音楽サークルに入った。
理由は単純で、ギターを続けたかったからだ。
上手いわけじゃない。
誰かに自慢できるほどでもない。
それでも、
一人で弾くより、
誰かと音を合わせる方が、
楽しいと知ってしまった。
授業も、始まった。
正直に言えば、
高校よりはずっと楽だ。
出席さえしていれば、
ノートを取っていれば、
いきなり怒鳴られることもない。
――そして何より。
法学部は、
一年生からゼミがある。
これが、想像以上に大きかった。
自然と顔を合わせ、
自然と話す機会が生まれる。
気づけば、
「友達」と呼べる存在ができていた。
◇
俺が所属するのは、
岩田ゼミ。
堅そうな名前とは裏腹に、
教授は割とゆるい。
そして、このゼミには――
俺を含めて、四人の固定メンバーがいた。
「おーい、なりあつ!
今日のレジュメ誰やるんだっけ?」
声がでかい。
振り向くと、
そこには魚みたいな顔の男がいる。
毛受裕太。
「お前だろ、魚」
「はぁ!?
誰が魚だよ!!」
即座にキレる。
ここまでが、もはや様式美だ。
うるさい。
とにかく、うるさい。
だが、不思議なことに、
いないと空気が重くなる。
ムードメーカーとしては、
間違いなく有能な男だった。
「トゥフフフフ……」
次に聞こえたのは、
特徴的すぎる笑い声。
村上永和。
背が高く、
純也よりもさらにがっちりした体格。
いかにも強そうだが、
中身はいい意味での“馬鹿”だ。
いつもニコニコしていて、
初対面でも距離を詰めてくる。
「なりあつさー、
最近俺、太ってきてない?」
「今さら気づいたのかよ」
「トゥフフフフ……」
笑い方が独特すぎて、
つられて笑ってしまう。
そして――
「ねえねえ、
この判例って、結局どっちが勝ったの?」
紅一点。
上町加恋。
可愛い。
それは、誰が見ても分かる。
そのせいか、
男受けはやたらいい。
ただ――
空気を読むのが、壊滅的に下手だ。
無自覚に地雷を踏み抜き、
無自覚に話題をぶった切る。
その可愛さも相まって、
女受けは、あまり良くないらしい。
「吹奏楽やってたんだっけ?」
「うん!
でも軽音は初めてでさ。
ドラム、ちょっと憧れてるんだよね」
そんな会話をしながら、
ゼミは進んでいく。
……悪くない。
少なくとも、
思っていたよりずっと、
大学生活は充実していた。
もちろん、
純也とも相変わらず仲はいい。
サークルの話をしたり、
授業の愚痴を言い合ったり。
――このまま、
何事もなく過ぎていけばいい。
本気で、そう思っていた。
◇
その日の講義中。
ノートを取ろうと、
カバンに手を突っ込んだ時だった。
指先に、
いつもと違う感触が当たる。
「……?」
カバンの底。
そこにあったのは――
黒い布に包まれた何か。
心臓が、
小さく跳ねた。
あ。
――あの時の。
入学式の日。
人混みの中で、
ぶつかった女の子。
無言で押しつけられた、
あの包み。
……まだ、
持っていたのか。
思わず、
そっと取り出す。
見た目は変わらない。
黒い布。
無愛想で、意味を語らない塊。
手に持つと、
やはり、少し重い。
硬い感触が、
布越しにも伝わってくる。
「……」
喉が鳴る。
これ、
見ていいんだろうか。
そもそも、
俺宛てなのかすら分からない。
間違いかもしれない。
誰かの落とし物かもしれない。
――なら、
なぜ、あの女の子は、
俺に渡した?
講義の内容が、
まったく頭に入ってこない。
黒い布が、
やけに重く感じられた。
この時の俺は、
まだ知らなかった。
これを開くか、開かないか。
その選択が、
俺の人生を、
静かに、
確実に、
分けることになるなんて。




