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第02話『黒い違和感』

 あの入学式から、数日が経った。


 結局、俺は軽音楽サークルに入った。

 理由は単純で、ギターを続けたかったからだ。


 上手いわけじゃない。

 誰かに自慢できるほどでもない。


 それでも、

 一人で弾くより、

 誰かと音を合わせる方が、

 楽しいと知ってしまった。


 授業も、始まった。


 正直に言えば、

 高校よりはずっと楽だ。


 出席さえしていれば、

 ノートを取っていれば、

 いきなり怒鳴られることもない。


 ――そして何より。


 法学部は、

 一年生からゼミがある。


 これが、想像以上に大きかった。


 自然と顔を合わせ、

 自然と話す機会が生まれる。


 気づけば、

 「友達」と呼べる存在ができていた。



 俺が所属するのは、

 岩田ゼミ。


 堅そうな名前とは裏腹に、

 教授は割とゆるい。


 そして、このゼミには――

 俺を含めて、四人の固定メンバーがいた。


「おーい、なりあつ!

 今日のレジュメ誰やるんだっけ?」


 声がでかい。


 振り向くと、

 そこには魚みたいな顔の男がいる。


 毛受裕太めんじょう ゆうた


「お前だろ、魚」


「はぁ!?

 誰が魚だよ!!」


 即座にキレる。

 ここまでが、もはや様式美だ。


 うるさい。

 とにかく、うるさい。


 だが、不思議なことに、

 いないと空気が重くなる。


 ムードメーカーとしては、

 間違いなく有能な男だった。


「トゥフフフフ……」


 次に聞こえたのは、

 特徴的すぎる笑い声。


 村上永和むらかみ とおわ


 背が高く、

 純也よりもさらにがっちりした体格。


 いかにも強そうだが、

 中身はいい意味での“馬鹿”だ。


 いつもニコニコしていて、

 初対面でも距離を詰めてくる。


「なりあつさー、

 最近俺、太ってきてない?」


「今さら気づいたのかよ」


「トゥフフフフ……」


 笑い方が独特すぎて、

 つられて笑ってしまう。


 そして――


「ねえねえ、

 この判例って、結局どっちが勝ったの?」


 紅一点。


 上町加恋かみまち かれん


 可愛い。

 それは、誰が見ても分かる。


 そのせいか、

 男受けはやたらいい。


 ただ――

 空気を読むのが、壊滅的に下手だ。


 無自覚に地雷を踏み抜き、

 無自覚に話題をぶった切る。


 その可愛さも相まって、

 女受けは、あまり良くないらしい。


「吹奏楽やってたんだっけ?」


「うん!

 でも軽音は初めてでさ。

 ドラム、ちょっと憧れてるんだよね」


 そんな会話をしながら、

 ゼミは進んでいく。


 ……悪くない。


 少なくとも、

 思っていたよりずっと、

 大学生活は充実していた。


 もちろん、

 純也とも相変わらず仲はいい。


 サークルの話をしたり、

 授業の愚痴を言い合ったり。


 ――このまま、

 何事もなく過ぎていけばいい。


 本気で、そう思っていた。



 その日の講義中。


 ノートを取ろうと、

 カバンに手を突っ込んだ時だった。


 指先に、

 いつもと違う感触が当たる。


「……?」


 カバンの底。


 そこにあったのは――

 黒い布に包まれた何か。


 心臓が、

 小さく跳ねた。


 あ。


 ――あの時の。


 入学式の日。

 人混みの中で、

 ぶつかった女の子。


 無言で押しつけられた、

 あの包み。


 ……まだ、

 持っていたのか。


 思わず、

 そっと取り出す。


 見た目は変わらない。

 黒い布。

 無愛想で、意味を語らない塊。


 手に持つと、

 やはり、少し重い。


 硬い感触が、

 布越しにも伝わってくる。


「……」


 喉が鳴る。


 これ、

 見ていいんだろうか。


 そもそも、

 俺宛てなのかすら分からない。


 間違いかもしれない。

 誰かの落とし物かもしれない。


 ――なら、

 なぜ、あの女の子は、

 俺に渡した?


 講義の内容が、

 まったく頭に入ってこない。


 黒い布が、

 やけに重く感じられた。


 この時の俺は、

 まだ知らなかった。


 これを開くか、開かないか。


 その選択が、

 俺の人生を、

 静かに、

 確実に、

 分けることになるなんて。

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