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第01話『合格発表ーーそして春』

「なりあつー! 大学受かったか!?」


「お前、大学生なれそうか??」


 ……くそ。

 今日が大学の合否発表日だってこと、

 皆に言わなければよかった。


 多少は茶化されるだろうとは思っていた。

 だが、ここまでとは思わなかった。


 気づけば、

 成田敦裕なりた あつひろ――通称“なりあつ”の机の周りには、

 人だかりができていた。


 ざっと見て、十数人。


 同じクラスの連中だけじゃない。

 隣のクラス、

 文系と理系が違うクラス、

 ほとんど話したことのない顔まで混じっている。


 三限目と四限目の間。

 ほんの短い休み時間だというのに、

 どれだけ俺の合否が気になるんだよ……。


 いや。

 理由がないわけじゃない。


 ――俺は、勉強ができない。


 定期テストを受ければ、

 赤点、赤点、赤点。


 赤点者に課せられる追加テスト、

 通称・追考査ついこうさ


 それを一度も回避できなかった三年間。

 俺は、そういう“馬鹿キャラ”だった。


 そんな俺の大学受験だ。

 注目されない方がおかしい。


「就職じゃね?」

「推薦ワンチャンあるんじゃね?」


 冗談半分で言われてきた言葉が、

 今になって、やけに現実味を帯びて胸に刺さる。


 教室中の視線が、

 じわじわと俺に集まってくる。


ーーカチッ。


「あ、十一時だ」


 誰かが言った。


 俺の机の上には、

 学校支給のタブレットが置かれている。


 すでに大学の公式サイトは開いてあり、

 青く光る【合格者一覧】の文字が、

 やけに目立っていた。


 クリックすれば、

 一瞬で結果が出る。


 ……それだけのことなのに。


 ドクン。


 心臓が跳ねる。


 さっきまでは正直、

 周りがうるさいとか、

 時間が進むのが遅いとか、

 そんなことしか考えていなかった。


 だが、いざその瞬間が来ると、

 緊張が一気に押し寄せてくる。


 少し前に水を飲みすぎたせいか、

 胃の奥がむずむずと落ち着かない。


 手足の先が冷たくなり、

 寒いはずの教室で、

 頬を汗が伝った。


 ……覚悟を決めろ。


「見るぞ」


 カーソルを【合格者一覧】に合わせる。


 あとは、

 クリックするだけだ。


 周りでは、

 手を合わせて祈るやつ、

 ニヤニヤと笑っているやつがいる。


 だが、そんな光景はもう目に入らない。


 自分の心臓の音で、

 他の音が全部かき消されていた。


「……えい!!!」


 カチッ。


 無機質なクリック音。


 画面が切り替わり、

 ずらりと並ぶ受験番号が表示される。


 俺の番号は――100862。


 数字は大きいが、

 並び的には割と前の方のはずだ。


 ……。


 ない。


 この画面には、映っていない。


 震える指で、

 画面をスクロールする。


「…………」


 頼む。


 あってくれ。


 あってくれ……。


「あっ!!」


 誰かが声を上げた。


 その瞬間、

 教室の空気が跳ねる。


「……あ」


 100862。


 あった。


 成田敦裕。


 こうして俺は、

 大学への切符を掴んだ。





 桜が咲き乱れる日。


 まだ肌寒さは残っているが、

 春の乾いた風が心地いい。


 雲ひとつない快晴。

 まるで、この日を祝ってくれているかのようだ。


 今日は、

 あずま大学の入学式。


 この地域では、

 「誰でも入れる」と有名なFラン大学。


 だが、俺にとっては、

 夢と希望が詰まった新天地だった。


 勉強してこなかったのは俺だ。

 周囲に何を言われようと、

 それを気にしすぎるのは筋違いだろう。


 そのくらいの常識は、

 持っているつもりだった。


 大学は、思ったよりも綺麗だった。


 ガラス張りの外観は、

 田舎の高校に通っていた俺からすれば、

 完全に都会の建物だ。


 実際、

 実家から電車で一時間少々。

 都市部にある大学なのだから、

 都会なのは分かっている。


 それでも、

 感動してしまう自分がいる。


 キョロキョロと見回してしまって、

 完全に田舎者丸出しだ。


 人の多さにも、圧倒された。


 一学年二百人ほどだった高校とは違い、

 ここには一学部で二百人以上、

 全体では千人を超える新入生が集まっている。


 人に酔いそうだ。


 俺は法学部。

 人数は二百五十人ほど。


 人気学部よりは少ないらしいが、

 高校の同級生全員分と考えれば、

 十分すぎる数だ。


 それに――

 皆、お洒落だ。


 雑誌で見るような髪型、

 奇抜な色、

 メイクをしている男までいる。


 一方、俺は生まれつきの天然パーマ。


 ……場違い感が、じわじわと込み上げてくる。


 息が、少し苦しくなった、その時。


「あれ、なりあつ?」


 後ろから、

 聞き慣れた声がした。


「あ、じょん!」


 振り返る。


 俺よりさらに高身長で、

 厳つい体格。


 牧野純也まきの じゅんや

 通称“じょん”。


 保育園からの幼馴染で、

 小・中・高と一緒に過ごしてきた親友だ。


 第一志望の東大、

 第二志望の慶應、

 第三志望の早稲田。


 全てに落ちて、

 この東大学に来ることになった。


 一時期は塞ぎ込んでいたが、

 今は元気そうだ。


 ……正直に言えば、

 一緒に来てくれたことが、

 少しだけ嬉しい。


「じょん、理工学部だっけ?」


「ああ。厳つい男ばっかでさ。ちょっと怖かった」


「いや、お前も十分厳ついだろ」


 いつものやり取り。


 それだけで、

 肩の力が抜けた。


 やっぱり、

 持つべきものは友だ。





 説明会が終わり、

 サークル勧誘が始まる。


 教室を出た瞬間、

 チラシを持った先輩たちに囲まれた。


 バスケ、サッカー、軽音。


 俺が気になったのは、

 軽音楽サークル。


 ギターは、

 一人で弾くより、

 誰かと音を合わせる方が楽しい。


 だが、まずは純也と合流だ。


 人混みをかき分けて進む。


「……っ」


 その時。


 右側から、

 不意に衝撃が走った。


「……いだっ」


 ぶつかってきたのは、

 同じくらいの身長の女の子。


 漆黒の髪。

 大きな黒いリボン。


「大丈夫ですか?」


 声をかけると、

 彼女は何も言わず、

 黒い布に包まれた小さな包みを、

 俺の胸元に押しつけた。


「え……?」


 ずしりと、重い。


 中身は分からない。

 ただ、硬い感触だけが残る。


「あの――」


 顔を上げた時には、

 もう彼女の姿はなかった。


「……なんだ、今の」


 手の中の包みを見下ろす。


 意味は分からない。

 理由も、目的も。


 ただ、

 小さな違和感だけが、

 胸に残った。


「あ、いた。なりあつー」

「じょん!」


 合流する二人。


「じゃ、サークル見に行くぞ」

「ああ。帰りラーメンな」


 肩を並べて歩き出す。


 この先、

 自分たちが大きな事件に巻き込まれるなんて、

 まだ、誰も知らなかった。

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