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『獄中にて、過去を思う』

 もう春だというのに、

 一切の温もりを感じない石の床。


 背中から冷気が染み上がってくる。


 俺と外界とを完全に遮断する、太く、無機質で、やけに静かな鉄格子。


 ここは牢獄だ。


 空気は澱んでいる。

 湿っていて、重い。

 息を吸うたびに、肺の奥がきしむ。


ーー本来なら、この時期。

 俺、成田敦裕なりた あつひろ、二十歳は、

 大学二年生へと進級しているはずだった。


 講義の抽選に文句を言って、新入生の浮かれた声に少し苛立って、それでも「去年よりはマシだな」と笑う。


 そんな、どうでもよくて、どうしようもなく普通の日常。


 だが現実は違う。

 俺は今、この冷たい牢獄の中にいる。


 名前を呼ばれることはない。

 番号で呼ばれる。

 それだけで、人間は簡単に「物」になる。


 ……不思議なものだ。

 怒りも、恐怖も、もうない。


 当たり前だ。

 俺は、取り返しのつかないことをした。


 世間がどう言おうと、正義でも、英雄でも、もちろん被害者でもない。


 ただ、選んだ結果が、ここにあるだけだ。


 後悔は――ない。


 もし時間を戻せたとしても、同じ道を選ぶかどうかは分からないが、少なくとも「あれをしなければよかった」とは思っていない。


 ただ一つ。


 心残りがあるとすれば、

 それは――


 あの時、俺の話を、最後まで聞いてくれる人間が、一人でもいたら、何かは変わっていたのか、ということだ。


 ……いや。

 きっと、変わらなかっただろう。


 そう思えるほど、俺はもう、ここまで来てしまった。


 鉄格子の向こう。

 窓と呼ぶには小さすぎる四角から、薄い春の光が差し込んでいる。


 その光を見て、俺はようやく思い出す。


 すべての始まりは、あまりにも些細で、あまりにもありふれた、大学一年の春だった。


 ――これは、

 俺が「そうなるまで」の話だ。

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