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花束

作者: 増田陸人
掲載日:2026/01/04

これで7ショット目。毎朝のエスプレッソの味の調整を終えた。その日は一段と冷え込んでいて、夜には雪が降ると予報されていた。空は落ちてきそうな色をしていた。


コーヒーの味は気温や湿度など外的要因で変わる。特にエスプレッソにおいては、微妙な挽き具合や豆の量で酸っぱくなったり、苦くなりすぎたりする。その日みたいにぐっと冷え込む時は、味の調整に時間がかかり、自然とテイスティング回数が増える。梅雨の時期なんかは湿度の影響で10回以上テイスティングする日もあるくらいだ。慣れないうちは営業前にカフェイン中毒みたいになることもしばしばあった。

そんな地道で絶妙な調整の末、納得できるエスプレッソができたら、いつもと変わらない営業が始まる。



このコーヒーショップは1年前にオープンした。山の麓の田舎にある、古着屋さんの一角を借りて営んでいた。2席しかない小さなお店だ。自分で言うのは烏滸がましいが、コーヒー好きに愛されるお店だった。


これから、というところだったが、実はその日でこのコーヒーショップは閉店することになっていた。受け入れたくない現実を見ようとするが、直視できず、視界の彩度が低い。閉店を決めた日から閉店の日まで、そのような心持ちが続いた。


そんな気持ちを孕みながら、最終日の営業をいつも通り終えようとした。事業としてうまく行かなかったが、やってよかったと思えた。この1年、短い夢でも見たように感じた。



店の看板をしまうために外にでた。大量の大粒の雪が真っ直ぐゆっくりと落下していた。地面は真っ白で辺りは暗く、音もなくしんと静まり返っている。冷え切った空気が顔を刺した。一つの区切りを実感した。



一通り締め作業を終え、浅めに椅子に座り、しばらく店内を見渡していた。すると当時付き合っていた恋人がやってきた。おつかれさま、と花束をくれた。素直に笑顔になれなかった。必死に口角を上げて下手な笑顔でありがとうと言った。誰にも埋められない寂しさを感じたのと同時に、素直に喜べない自分が嫌いになった。帰ろうと外にでると、既に雪が靴が埋まるくらいには積もっていた。積もった雪をぎゅっと踏み締め、白い息を吐きながら、滑らないように小走りで帰路についた。


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