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指数関数的に膨らむ複雑性

指数関数的に膨らむという言葉がある。

これは時の経過と共に、ものすごい速さで増加していくことを意味する。

例えば、最初は1ずつしか増えないように見えても、次第に2倍、4倍、8倍と倍々のペースで増えていくというのが、指数関数的に膨らむという言葉の意味だ。


経営は極力シンプルな方がいいと言われる。

それは、ほんの些細な変化であっても、それが引き金となって、指数関数的に複雑性が増すからだ。


俺は売上を上げようと思えば、多店舗展開をすればいい。

そう考えた。

多くの経営者もそう考えるだろう。

しかし、ここに複雑性の罠があった。

多店舗展開していくと、組織がどんどん複雑化するのだ。


例えば、居酒屋を1店増やしたとする。

すると店長が一人、調理人が数名。そして給仕が数名必要になる。

これらのスタッフの教育が必要となる。

そして場所が変われば、店を仲介する不動産屋も変わる。

鍋や食器も追加で必要となるし、場合によってはメニューもかえる必要がでてくる。


そして店を管理するのは店長だが、店長を管理する管理職も必要になってくる。

複雑性は変わらず、規模だけ大きくなるのならいいのだが、そんなことは滅多となく。


大きくなればなるほど、通常は複雑性が増す。

そして複雑性は多くの場合、コストを増やす。

コストが増えれば、利益が減る。


これが複雑性の怖さだ。

経営をしていると、この複雑性の怖さを度々感じる。

複雑性は、まるで鍋にカエルを入れて煮るように、じわじわ中のカエルをゆでていく。

そのカエルは誰か?複雑性に気が付かない人間だ。


そして商店やレストラン。国も家計もそうだ。みな複雑性の罠にはまり、じわりじわりと死へと、いざなわれる。


そしてうちのレストランチェーンも、その複雑性の罠にはまり、借入金の負担も重く、利益が上がらなくなった。


見かけは優秀な経営者だが、実際は借入金を返済するだけの奴隷だ。


ひとつ間違えれば破綻。

そういうビターな世界で生きている。

仕方なくいく経営者の集まりで、よく言われる。

「あなたのようになりたい」

と、

俺はふと言いたくなる。

「金を返すだけの奴隷になりたいのか」

と。


うちの経営状況を知ってか知らずか、

毎月のように縁談が舞い込んでくる。

中級貴族の令嬢。

商人の令嬢。

学者の令嬢。

いずれも、元孤児という俺の身分から考えれば、高嶺の花だ。


しかし、結婚なんて考えられなかった。

このままでは、いずれ破綻が来るのはわかっている。

つまり、俺との結婚は彼女たちにとっての『死地』だ。


そんな事に他人を巻き込むことなどできない。

それに俺はもともと孤児だ。

愛を知らない俺に、幸せな家庭など築けるはずがない。


……


リラに出会ってから、私の運命は変わった。

犬のリラといい、オーナーのリラといい、

両方私の恩人だ。あれ犬のリラは恩犬か……。


しかし、この国語辞典には驚いた。

まさか、前の国語辞典の持ち主のところに、私を連れてくるとは。

こういうのを運命というのだろうか。


同僚の女の子に聞いたけど、私は変わっているらしい。

国語辞典を必死で読む人なんて見たことないって言ってた。

まぁそういう本人も、私の真似をして今国語辞典を読んでるから。

人のこと言えなくなったけど。

同い年くらいの子は、だいたい恋愛小説とかを読むらしい。

でも、私は読んだことがない。

恋の甘酸っぱい気持ち。

そういうのを知らない。

国語辞典でどういう状況か、調べてみた。

どうも特定の相手に対して深い愛情を抱くことらしい。

特定の相手に対して深い愛情……。

母親には、そんな愛情を感じた記憶がないし。

知り合いでも、そんな愛情を抱いた記憶がない。


あれ?愛情ってなんだろう。

国語辞典には、かけがいのない存在としていとおしく思い。

とあった。

いとおしいは守ってやりたい。

とあった。


守ってやりたい。そう思ったのは、犬のリラだけだ。

私は犬のリラに恋をしていたのか?


まるでわからない。でも愛するという気持ちが守ってあげたいという気持ちだというのはわかった。


そうか。私は母親から守られている感覚がなかった。

やはり愛されてはいなかったんだ。

私は守られたことなんかあったっけ?

犬のリラには守られた。

あっ人のリラにも守ってもらった。

人のリラは、私のことを愛しているのか?


いいや。違う。

そんなはずはない。

母親にすら愛されない私が愛されるはずはない。


じゃあ。犬のリラは私のことを愛してなかった?

いや違う。

命がけで助けてくれた。

じゃあやっぱり愛してくれていた。

私は犬のリラの事をきっと愛していた。

守ってあげたいと思ったもの。

これが相思相愛か。

たしか、お互いにお互いを愛していること。

素敵な言葉だ。


じゃあ恋は一方通行で守ってあげたい。

相思相愛は、お互いに愛が行き来するってこと。


そうか。みんな恋愛小説で、一方通行からの恋が相思相愛。

両想いに変わるように祈るのか。

初めてのキスは甘酸っぱい恋の味がするとか。

そんなこと書いてあったな。

恋……、

それは素敵なことかもしれないな。


でも、私は恋なんてできるのだろうか。

人間ってものを信用できない私に。

守ってあげたい人なんてできるのだろうか。

今まではいなかった。

でも人のリラと会ってから、私の見る世界が変わった。

もしかしたら、意外とカンタンに世界なんて変わるのかもしれない。

だって、そうじゃない。

恋がわからなかった私が、

恋愛小説も読んだことがなかった私が、

国語辞典を読んで、少し考えただけで、ここまで変わったのだから。

知識が入れば人は変わる。

人が変われば、見え方が変わる。

見え方が変われば、世界は変わるのだから。


もしかして私も……


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