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心をみせない男

雨が降っている。

今この情景を描写する場合、

「ざあざあ」

なのか

「しとしと」

なのか

「ぱらぱら」

なのか

「ぽつぽつ」

なのか

「ぴちょぴちょ」

なのか。

どれが適切な表現なんだろうか。

この情緒からして、しとしとというのが妥当だろう。


たしかあの仔犬と出会ったのも、しとしとと雨の降る夜だった。

孤児だった俺は、ちょうどこの辺りでゴミ拾いの仕事をして、生活をしていた。

そして俺のいつもの寝床にいたのが、その仔犬だった。

雨が降る夜で仔犬も震えていた。

可哀そうに思ったわけではないと思う。

ただなにかの気まぐれで。

子犬に明日の朝食う予定だったパンを少し分けてやったら、バクバク食って、すぐに懐いた。

そして俺にくっついてきた。

俺も寒かったから、 だっこして一緒に寝た。

雨の日のレンガの壁に石畳は体に堪える。

いつも寒くてなかなか寝付けないのに、その日はよく寝れた。

俺は白いメス犬だから、リリーと名付けた。

それからリリーと俺は一緒に仕事をするようになった。

ゴミ拾いの仕事だ。

リリーはお宝を見つけるのが得意だった。

特に鳥の残りを探すのが得意だった。

最初は養ってやる気だったが、いつしか俺の相棒となっていた。

俺はいつか立派になってリリーと小さくてもいいから、屋根と暖炉のある家で住みたいと願った。


必死で頑張った。

来る日も来る日も、ゴミを漁った。

白い目で見られようが、噂をされようが、必死でゴミを漁った。


リリーと出会って3か月ほどした時、俺は酔っぱらったチンピラに絡まれた。

あいつら子供相手に3人で襲ってきた。

俺は一方的に殴られた。

怒ったリリーはチンピラに噛みついて俺を助けてくれた。

そしてリリーは俺の目の前で蹴られて壁に叩きつけられた。

(キャイーン)

その時の鳴き声が、今も耳を離れない。

自警団が来て、チンピラたちは逃げて行った。

俺はリリーにかけよった。

血まみれだった。

俺はリリーを抱いて、医者に行った。

「リリーが蹴られたんだ。助けてくれ」

と俺は言った。


医者には、

「気持ち悪い」

と言われ、

バケツで水をかけられ、追い出された。


徐々にリリーの身体が冷えていくのがわかる。

俺は街のあちこちをさまよった。

涙を流し、

「誰か。リリーを助けて」

とお願いした。


皆、遠目で俺を避けて通った。

まるでここに。

まるでこの世界に。

いてはいけないもののように。


そして遂にリリーは冷たくなった。


俺はリリーを丘の上の見晴らしが良いところに埋めた。


今俺は大きな暖炉のある家に住んでいる。

立派にもなった。

でも……、

リリーはいない。


リリーの事を考えると、時々俺のすべてが見せかけだけで、空っぽなのではないかという気持ちになる。


たった三ヶ月だったが、リリーとの暮らしは、俺にとってかけがいのない時間だった。


俺はその後ある人のお陰で、学ぶことを覚えた。

ゴミ拾いの合間を見て、もらった国語辞典をずっと見ていた。

満月の日には月の明かりで国語辞典を読んだ。

国語辞典を見る事で、大人の会話の内容がわかるようになった。

大人たちがなぜ喧嘩しているのかわかるようになった。

言葉は言葉とつながっている。

そのつながりを知ることは、世界のつながりを知る事だと知った。

言葉を知るということは、その言葉の持つ力の一部を手に入れることだと知った。

言葉を覚える事は世界を知る事だと知った。

そしてその学ぶことを覚えたお陰で中堅商人の養子になることができた。


中堅商人の養子になり、そこでリラという名前をつけられた。商人の亡くなった子供の名前だったそうだ。

俺はそれまで『オイ』や『坊主』としか言われたことがなかった。

名前をつけられるのが照れ臭かったし、誇らしかった。

きっとリリーもそんな気分だっただろう。

俺はその時初めて、リリーとつながった気がした。


俺は大事に育てられた。

飯もたらふく食わせてもらった。

キレイな新品の服も買い与えてもらった。

暖かいベッドを与えてもらった。

学校にも通わさせてもらった。

はじめ学業の進みを心配されていたが、国語辞典を読み込んでいたお陰で、本の知識や学校の勉強はすんなり入ってきた。

そして俺は暇さえあれば、本を読み漁った。

そしてあらゆることを学んだ。

教師にも、育ての親にも、時間が許す限り、いろいろ教わった。


そして中堅商人だった育ての親も亡くなった。

商店は俺が跡をつぐことになった。

はじめはそのまま引き継ごうかと考えたが、時代の変化で売上が低迷していた商店を閉めレストランチェーン店経営に切り替えた。


商売は上手くいき、今では王国全土に158店舗を構える一大レストランチェーン店に育った。


リリー、恩師、育ての親、大事なものはどんどん消えていった。

それとは反比例するかのように、俺は成功していった。

世間からは若手の敏腕経営者とか言われている。


何が敏腕経営者だ。バカバカしい。

敏腕経営者どころか、きっと私は呪われているに違いない。

俺の行くところ。行くところ。人々が不幸になる。

俺が人の幸せを食うのだろう。

たぶん俺の親はそれを知って、私を捨てたのだろう。


こんな呪われた俺なんか。いっその事、山深く、子供が生きてはいけないようなところに捨てて欲しかった。

そうすれば、こんなに悲しい目にあうこともなかったのに。


貧民街で孤児は沢山見てきた。

だから子を捨てることに関しても、

捨てられた子たちに関しても、特別な感情はない。


それが社会の一態様であり、どんなにシステムが整ったところで、どうしようもないものだとは思ってはいる。


しかしそれならば、せめて孤児たちを受け入れて欲しい。

せめて話だけでも聞いてやって欲しい。

そう私は願う。



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