表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第4章(7)時空の精霊王が連れて来た助っ人

作者: 刻田みのり

 中ボス戦の直後ですが時空の精霊王リーエフが知らない人を連れてきました。



 *



「この者の名はジョウイチロウ・ジョウジマ。仲良くしてあげて欲しいでおじゃる」

「ど、どうも。ジョウイチロウ・ジョウジマです」


 ジョウイチロウが深々と頭を下げる。


 ちょい……いやかなり偉そうなリーエフと比べてとても低姿勢だ。


 ギロックたちとシャルロット姫、それにリアさんとアミンが手に入れたアイテムについてああだこうだ言いながら楽しくしているのを横目に俺はリーエフに訊いた。


「で、どうしてこの人をここに?」

「助っ人でおじゃる」


 シャク(?)で口を隠しつつリーエフが細い目をさらに細くした。こいつこれでちゃんと見えているのかと疑問に思えるくらい細い目である。


「強欲のラ・プンツェルは一応まだ君主級と分類されておるが実質魔王級の力を持つ悪魔でおじゃる。いくらジェイがエミリア様のお気に入りでも勝てるかどうか微妙な相手でおじゃる」

「なるほど、それで助っ人か」

「そうでおじゃる。しかもこのジョウイチロウは麿の今一番のお薦めでおじゃるよ」

「へぇ」


 俺はジョウイチロウを見た。


 肩まで伸ばした黒髪にどこかあっさりとした印象の顔。眉は薄く垂れ目が彼のおどおどした態度と相まって気弱さを思わせる。鼻と口はまあどこにでもありそうな形と大きさだな。


 褐色と言うより黄色の肌はこの大陸では珍しい。しかし、ファストやリーエフの着ている物に近いひらひらした衣服はこの肌の色とマッチしていた。


 あ、そうだ思い出した。


 これ、前にお嬢様が教えてくれた「時代劇(という物語があるらしい)に出て来る浪人」の服装なんだ。着物の一種のはずなんだけど……うーん、詳しくは憶えてないか。


 とにかく着物だ。着物を着ている。


 腰には大小一振りずつの剣。マリコーの一件で戦った刀使いが持っていた物によく似ている。こんな物を腰に差しているということはこいつは剣士なのかもしれない。


「……」


 何だこいつ。


 足に奇妙な物を履いてるぞ。


 俺の視線に気づいたのかジョウイチロウが苦笑いした。


「あ、こっちではワラジなんて履かないですよね。素足か靴もしくはブーツとかでしたっけ? でもやっぱりこの格好ならワラジなんですよ。着物に靴はなーんか合わないですし、かと言ってブーツはどうなんでしょうって感じですし……あ、でもでも人によってはブーツもアリかも知れませんよね。片手に拳銃、もう片手に刀というスタイルで着物にブーツなんてちょっと浪漫がありそうじゃないですか? こだわりとしたら少し踵を高めにして語尾も『ぜよ』とか言っちゃって……」

「お、おう」


 突然すげー勢いで喋りやがんの。


 おいおい、こいつアレか。


 お嬢様の同類か?


 俺がちょい引いているとリーエフのシャク(?)の先端がびろーんと伸びて話が止まらなくなったジョウイチロウの頭をぺちんと叩いた。


「その辺にしておくでおじゃる」

「え、あ、はい。すみません、つい」


 ジョウイチロウがリーエフと俺にペコペコする。


 何だかこのままお帰りいただきたくなってきた。


 こんなんでこいつ戦力になるのか?


 ……とか思ってたら。


「ジョウ、腹減ったぞ」


 いきなりジョウイチロウの刀(大きな刀っていうか太刀?)がカラスの姿に変わって喋りだした。変身した時に腰からジョウイチロウの頭の上へと移動している。


「ド、ドンちゃん。駄目だよ、勝手に変身解いちゃ」

「変身を維持するのも腹が減るんだよ。俺様燃費が悪いんだからそのあたり気を遣えって言ってるだろ」

「んもう、しょうがないなぁ。後でちゃんとしたご飯をあげるから今はこれで我慢して」

「ん。約束な」


 ジョウイチロウがカラスに右手人差し指を差し出すとカラスがぱくっとその指に食いついた。


 青白い光がジョウイチロウの指からカラスへと流れていく。


「すみません、連れが失礼しました」

「あ、ああ。まあ気にするな」


 連れ?


 俺が軽く動揺しているとジョウイチロウの腰に差していたもう一振りの刀(小さい刀というか小太刀?)がキラキラと白い光を放ちながら姿を変えた。こちらも変身の際に移動しておりジョウイチロウの右肩にぶら下がっている。


 あ、こっちはウサギだ。白くてもふもふ。いいなあ。


「ラ・ドンが変身してないんならパンも止めるぅ。ジョウ、パンにもおやつぅ」

「わぁ、パンもなの? 僕今人と話しているところなんだけどなぁ」

「おやつ食べたらお昼寝してるから邪魔しないよぉ。ラ・ドンとは違うもーん」

「なっ、俺様はお前みたいな寝てばっかりの怠け者にそんなこと言われたくないぞ」

「ジョウ、ラ・ドンがパンのこと睨んでる。パンこわーい」

「はいはい、二人とも仲良くね。パンもおやつあげるから」


 ジョウイチロウがウサギに左手の人差し指を差し出すと、ウサギがその指をゆっくりと咥えた。カラスの時のように青白い光がジョウイチロウからウサギへと流れていく。


「……」


 俺はカラスとウサギにおやつ(?)を与えているジョウイチロウを見ていた。


 しきりにジョウイチロウが「すみませんすみません」と謝ってくるがもう何が何だかという感じだ。


「あ、鳥しゃんとウサギしゃんだぁ」

「このカラス目つき悪い。ジューク、ポゥちゃんの方が好き」

「ウサギだらーん、眠そう」


 カラスとウサギに気づいたシャルロット姫とギロックたちがこちらに駆け寄ってきた。


「このひらひらした服ってどこの商会で扱っているんでしゅか? 私どっかで見たような気もするんでしゅけど」

「このカラスグーグーお腹鳴らしてる。お腹空いてる? アカカラシーのパン食べる?」

「ウサギ起きろっ、ニジュウと遊ぼう」


 わいわい騒ぐ子供たちにジョウイチロウが眉をハの字にする。


「わぁ、僕あんまり子供の相手って得意じゃないんだけどなぁ。でもでも別に嫌いって訳でもないんだよ。ただどう接したらいいのかわからないというか……」

「おいジョウ、このガキども何とかしろ。それとも喰っていいか?」

「ううっ、うるさくて眠れないよぉ。ジョウ、黙らせて」


 黒猫が俺の横に並んだ。


 ジョウイチロウと子供たちを見上げながら呆れたようにため息をつく。


「ニャー(こりゃまたとんでもないもんを連れていやがるな。てか子供らが無警戒過ぎるだろ。竜人の姉ちゃんなんてあっちで震えながら近づこうともしねえってのに)」

「とんでもないもん? 無警戒?」


 俺が首を傾げると黒猫が尻尾でぺしぺしと俺の足を叩いた。


「ニャア(そこがわからねぇとは小僧もまだまだだな)」

「?」

「ふふっ、どうやらあの二匹の正体に気づいている者がおるようでおじゃるな」


 リーエフが笑っているが俺には言葉の意味がさっぱりわからない。


 いや、そりゃ刀が変身したのには驚かされたが、どうせシュナやマルソー夫人みたいに精霊がついてるだけだろ?


 今さらそんな人間なんて俺には珍しくもないんだが。


「ね、ねぇ」


 イアナ嬢が遠慮がちに訊いてきた。


「そのウサギちょっと抱いてみていい?」

「あーうん、えっと」


 ジョウイチロウがウサギから指を離し。


「パン、いいかな?」

「眠いからどうでもいいよぉ」


 ウサギはだらーっとしている。


 とても、物凄く、めっちゃ眠そうだ。


「じ、じゃあ……」


 イアナ嬢が抱っこしようと両手を伸ばすが。


「ずるいでしゅ、私も抱っこしたいでふ」

「おっかない聖女、ウサギ怖がらせるだけ。ジュークなら優しく抱ける」

「ニジュウも抱っこしたい抱っこしたい抱っこしたい!」


 子供たちのブーイングが凄まじい。


 イアナ嬢は怯んだように手を引っ込めると何故か子供たちではなく俺を睨んできた。


「ジェイ、保護者なんだから躾はちゃんとしなさいよね」

「はい?」


 いや確かにギロックたちの保護者は俺だが(自称だけど)、シャルロット姫の保護者は俺じゃないぞ。


 俺はシャルロット姫のすぐ後ろに控えている……というかほぼ付属品と化しているリアさんに目をやった。


「……」


 リアさんは慈愛に満ちた眼差しでシャルロット姫を見守っている。はぁはぁと息遣いがちょい変態っぽくなっているがそこは気づかなかったことにしよう。


「……」


 うん。


 あの人にまともな期待をするのは止めよう。


 人じゃないけど。


 だからといってあれが精霊王ってどうなの?


 あ、分身体だからセーフ、なのか?


 リビリシアの意思(ウィル)的にどうなんだ?


「ジェイさん」


 俺が思考の迷路に入り込みかけているとリアさんに声をかけられた。


「小動物と戯れたがる姫様って可愛くないですか? 永久保存したいとか思いません?」

「……」


 リアさん。


 俺に同意を求めるのは止めてください。



 **



 ジョウイチロウ・ジョウジマが助っ人として加わった(なお、リーエフはさっさとどっかに行ってしまった)。


 彼には二匹の連れ(?)がおりその二匹はカラスから太刀、ウサギから小太刀へと変身する能力をそれぞれ持っていた。ひょっとしたら他にも能力があるのかもしれないが今のところわかっているのはそれだけだ。


 つーか。


「ぎゃあ、止めろ止めろっ! 俺様の羽根を引っ張るんじゃねぇ!」

「おおっ、カラスの癖に凄くもふもふ。ポゥちゃんピンチ。もふもふ担当の座を取られるかも」


 ニジュウがカラスのドンちゃんを抱えて羽根を撫でたり引っ張ったり匂いを嗅いだりしている。


 ドンちゃんがめっちゃ迷惑そうだ。


「ジョウ、このガキどうにかしろ! それとも喰っていいか?」

「食べちゃ駄目だよ、」

「じゃあどうにかしろっ! こらっ、背中に鼻を押しつけるんじゃねぇ。てめーの鼻水ついたらどうすんだよ」

「ニジュウ、鼻水なんて垂れてないし」

「だあーっ! 口答えなんてすんじゃねぇ。このチビッコがぁっ!」


 ドンちゃんとニジュウが楽しくじゃれ合ってる横ではシャルロット姫とジュークがイアナ嬢と争っていた。


「むふぅ、もふもふ。もふもふでもふもふなもふもふのもふもふ。ああ、ポゥちゃんもいいけどこっちも捨て難いわぁ。あたし幸せ。このままもふもふ死してもいいかも♪」

「もういい加減にして私と替わるでふ。ウサギしゃんの独り占めなんてずるいでふ」

「おっかない聖女、顔だらしない。ただでなくても遅れそうな婚期遠ざかる。というか遠ざかれ」

「ううっ、この人たちうるさいよぉ。パン、眠れないよぉ」

「ふふっ、あたしの腕の中で眠っていいのよ」

「早く替わるでふ替わるでふ替わるでふっ」

「おっかない聖女図々しいにも程があるっ。マムと同類。つまりおばさん」

「うーるーさーいー、ねーむーれーなーいーっ」


 あれだ。


 イアナ嬢、シャルロット姫が王族だってこと忘れてないか?


 シャルロット姫はシャルロット姫でめっちゃカミカミ過ぎてもう……あ、あまりの可愛さにリアさんが鼻血出してぶっ倒れた。


 あの人、精霊王だよな?


 精霊って鼻血とか出るのか?(つっこまない方がいい系の疑問)。


 それとジュークは後々のことを考えて発言すべきだと思います。


 イアナ嬢に「婚期が遅れる」とか「おばさん」て言うのは後でどんなお仕置きが待っているか想像しただけでも……あわわわ。


 子供たちの小動物との触れ合い(ちょい違うかも。てか、イアナ嬢は成人してるしギロックたちも外見はお子様でも中身は15歳の大人だ)を眺めながらジョウイチロウが苦笑いしている。


 そんな彼に黒猫が歩み寄った。


「ニャー(おう兄ちゃん、あんたかなり強いな)」

「いやいや僕なんて大したことないよ」

「ニャン(その割に強者の気配が滲み出ているぞ。あ、俺はダニーだ。よろしくな)」

「こちらこそよろしくね、ダニーさん」


 ジョウイチロウが黒猫の頭を撫でようとすると、黒猫はその手を猫パンチで払った。


「シャーッ(野郎に気安く撫でられる趣味はねぇぞ)」

「あ、ごめんなさい」


 ジョウイチロウが眉をハの字にして謝った。


 黒猫はフンと鼻を鳴らしてジョウイチロウから二匹の連れに視線を向ける。


「ニャ?(で、あいつらは何だ?)」

「な、何って?」

「ニャー(ただの変身できるカラスとウサギって訳じゃねぇよな? いやぶっちゃけ精霊や悪魔の類だろ?)」

「え、えーと」


 ジョウイチロウの目が泳いでいる。


 というか笑顔が引きつっていた。


 だらだらと汗までかいてるよ。すげー量だ。滝汗って奴か?


 まあ俺も気になるので訊くけどね。


「ウサギがカラスにラ・ドンって呼んでたよな。もしかしてあの暴食のラ・ドンか?」


 俺は昨夜のことを思い出していた。


 ラ・プンツェルは確か「暴食のラ・ドン」と「怠惰のラ・パン」の名を口にしていたはずだ。それらはかつてアルガーダ王国が獣人の国を攻め滅ぼした時に「強欲のラ・プンツェル」共々戦利品として持ち帰っている。


 俺は「暴食のラ・ドン」も「怠惰のラ・パン」もどんな物か知らない。もちろん実物を見たこともない。


 ただ、何となく偶然とは思えなかった。


 俺がじっと見つめるとジョウイチロウの困ったような眉の形がさらに角度を増した。


 小声で。


「わぁうざーい、今回は謎めいた気弱キャラでいこうとしてるんだからつっこみとかマジ勘弁して欲しいんだけど」

「はい?」


 思わず俺は耳を疑った。


 こいつ、今何て言った?


 ジョウイチロウがあからさまに作り笑顔をする。


「えへへーっ」

「……」


 おや?


 こいつ、さっきのを聞かれてないと思ってる?


 それとも聞かれたのを承知でごまかそうとしてる?


 また小声で。


「あーもう、人が笑ってやりすごそうとしているんだから少しは空気を読んでよ。あれなの? そういう機微もわかんないくらい鈍いミジンコなの? この人『ときファン』のどの作品にも出てないモブみたいだしやっぱりその程度なのかなぁ」


 ジョウイチロウの声は小さ過ぎて俺にはほとんど聞き取れなかった。


 てか、もしかしなくても悪口言われた?


「おい、あんた……」

「さっきの奴らが引き返して来たぞ」


 プーウォルトの言葉に俺たちははっとした。


 皆が空を見上げる。


 遠ざかっていたはずの敵が近づいていた。先程以上に早い速度で迫っているらしく敵影が大きくなる勢いが早い。


 ちっ、とシーサイドダックが舌打ちした。


「んだよ、あいつの下僕が殺られてビビったんじゃねーのかよ」

「奴らの事情はわからん。だが、こちらに向かってくるというなら迎え撃つまでだ」


 プーウォルトの発言が男前だ。


 アミンが不安そうに質問した。


「何だかさっきより増えてない?」

「増えてるな」


 プーウォルトが即答する。


 彼はシュナに向き直った。


「ミジンコ勇者、別に亜空間に隠れていてもいいぞ」

「え」

「勇者の力は魔王に対して絶大な効果を発揮する。これまでそうだったしこれからもそうだ。ただ、その力は無限ではない」

「どういうこと?」

「勇者と魔王はある意味で対の存在なのだ。故に今貴様が魔王級を討伐すれば貴様は勇者の力を失う、確実にな」

「……」


 シュナが黙ってしまった。


 聞き捨てならないやりとりに俺は口を挟まずにはいられなかった。


「おい、それはつまりシュナはラ・プンツェルと戦うなってことか?」


 マリコー・ギロックは春先の大規模討伐の際に魔王が復活すると言っていた。


 お嬢様はその魔王によって命を失うと俺に告げている。


 大規模討伐の時に復活する魔王は何としても倒さなくてはならない。つーか可能な限り俺は復活を阻止するつもりだ。お嬢様の身を守るためにもな。


 シュナにはいざという時に魔王を討ってもらわねばならない。


 そのためにも今はシュナに後ろで控えて……いやそれシュナが納得してくれるのか? すげぇ無理っぽいぞ。


「僕が勇者の力を失う……」


 シュナが目を閉じた。


 ぐっと聖剣ハースニールを握る手の力が強まる。


「例えそうだとしても、今ここで僕が戦わなければこの国が災厄に見舞われるかもしれないんだよね?」

「そうだな。ラ・プンツェル本体はもちろんあいつに操られた者たちを放置すれば間違いなく大きな災いとなる。このランドの森エリアに閉じ込めておけるうちに決着をつけておくべきだ」


 プーウォルトの口調には厳然としたものがあった。


 再び空から攻撃が降ってくる。


 光線……いや違った。


 何本もの光の槍だ。


 俺たちはテーブルからも離れて散開した。防御結界で防ぐ手もあったのかもしれないが貫通されたら終わりというリスクを抱えて強行できる猛者はここにはいなかった。


 つーかね。


「結界内に閉じ篭もっていたら反撃もままならないのよねぇ。あたしのクイックアンドデッドも結界の内から外には射出できないみたいだし」


 イアナ嬢。


 俺は彼女の横に併走しつつ訊いた。


「一瞬だけ結界を解いてその隙にクイックアンドデッドを使えばいいんじゃないか? 早撃ちは得意なんだろ?」

「あたしにそんな器用な真似ができるとでも?」

「……」


 あーなるなる。


 要するに結界のコントロールと円盤のコントロールを同時にはできないと。


 とか無言で思っているとイアナ嬢に睨まれた。


「こ、コントロール自体はできるんだからねっ。ただ、精度が荒くなるからどちらかもしくは両方雑になると言うか」

「あ、うん、わかった。わかったからそう睨むな」

「単なる早撃ちならあんたより凄いんだからねっ」

「はいはい」

「ううっ」


 イアナ嬢が悔しそうに呻く。


 俺は降ってきた光の槍をぎりぎりで躱した。続け様に放たれたもう一本もサイドステップで回避する。


 割と近くに居たジョウイチロウがぼやいた。


「ああもう、ラ・プンツェルなんて復活してすぐなら君主級の強さで済んでいたのに。これ、レーザースピアだよね? 余裕で魔王級になっちゃってるじゃん。攻略難易度上がっちゃってるじゃん」

「……」


 あれだ。


 こいつ、絶対何か知ってるぞ。


 けど、きっと質問してもそう簡単には喋らないんだろうなぁ。


 下手したらこちらに情報流す代わりに無茶振りしてくるかもだし。


 ジョウイチロウは避けきれない光の槍をドンちゃんの化けた太刀で防いでいる。


 刃に光の槍が触れると音もなく消滅……いやあれは吸収しているのか?


「フフン♪ この程度のエネルギーなんぞ俺様のおやつにもならねぇぞ。余裕だ余裕っ! 幾らでも喰ってやるぜ!」

「ドンちゃん調子に乗り過ぎてお腹壊したりしないでね。僕、回復はあんまり得意じゃないんだからさ」

「わあってるからてめーは回避に専念しろ。おい、パン」

「なーにー?」

「この軽くて味のしねぇ攻撃はラ・プンツェルのじゃねぇ。下っ端のだ。あいつクソ生意気にも隠蔽なんて使って自分はこそこそ隠れて下っ端に攻撃させてやがる。てめーの探知ならあいつの居場所くらい探せるだろ?」

「探せるけど面倒くさいよぉ。ドンちゃんだって探知できるでしょ?」

「俺のは燃費喰うからパス」

「パンだって眠いのにぃ」


 ジョウイチロウが身のこなしによる回避とドンちゃんでの防御で光の槍を対処している。


 その姿は結構優雅で格好良いのにドンちゃんとパンちゃんの会話の呑気さのせいで台なしだ。


 そして、ジョウイチロウ……正確には腰の小太刀から発せられる探知用の魔力波……。


 なかなかに協力そうだ。まあ強いからってそれで相手を攻撃する訳ではないが。


 てか、このやり方は魔力を波のように飛ばして相手を探るってあれだよな。


 これ相当魔力を消費するんだがいいのか?


 パンちゃん、あんまり疲れることしたがらないタイプだと思うんだけど。



 **



「見つけたよぉー」


 ジョウイチロウの腰に差したままの小太刀、いやパンちゃんが間延びした声で告げる。


 別に俺が何かした訳でもないのに物凄く罪悪感を覚えてしまった。だって、めっちゃ眠そうで可哀想だったんだよ。


 しかし、そんなパンちゃんにドンちゃん(太刀)がさらに仕事を押しつけた。容赦ないな。


「よしっ、じゃあ一っ飛びして仕留めてこいっ!」

「ええーっ、無理だよぉ、。眠くてそれどころじゃないよぉー」

「ちっ、使えねぇな。ジョウ、仕方ないからお前がやれ」


 ご指名を受けたジョウイチロウが眉尻を下げた。


「駄目だよ、。僕はルールがあるからボスキャラへのラストアタックを禁じられている」


 ちっ、とドンちゃんがまた舌打ちした。。


 太刀の姿でどうやって舌打ちしたのかは謎だが、まあそのあたりはご都合主義的な力が働いているのだろう。気にしたら負けだ。


 俺は尋ねた。


「で、ラ・プンツェルはどこだ?」

「あっちだよぉー」


 小太刀が鞘をくいっと曲げてこちらに向かってくる一群とは逆方向を指した。


 その方向には敵影はなく、ただただ空が広がっている。雲一つない実に清々しい青空だ。


「……」

「いるの?」

「俺様に訊くな」


 俺、ジョウイチロウ、そしてドンちゃん。


 俺にはラ・プンツェルがいるのかわからなかったしどうやらジョウイチロウとドンちゃんもわからなかったようだ。


「ニャー(あぁ、よーく見るとそれっぽいもんがいるような気がするな)」

「マジか」


 俺、ショック。


 わぁ、黒猫に見えて俺には見えないのかよ。


 めっちゃ負けてるじゃん。


「え、敵はあっちでしょ。何明後日の方を見てるのよ」


 俺たちの話を聞いていなかったらしくイアナ嬢が怪訝な表情をした。


 面倒だがここはきちんと教えておくことにしよう。


「あの連中は雑魚だ。本命(ラ・プンツェル)はあっち(と何もない空を指差す)。どうやら隠蔽で姿を隠しているみたいだぞ」

「へぇ」


 と、イアナ嬢は何もない空に向かって両手を腰の位置に構えた。


 おい、それは……。


「クイックアンドデッド!」


 両手を突き出しながら叫ぶイアナ嬢の声に合わせて四つの光が飛翔する。


 阿呆か。


 ちゃんと見えてない上に距離も高度もあるんだぞ。


 当たる訳ない……。



 斬。



 四つの光が空で交差したかと思うとその中心にヒビが走った。


 女の物と思しき細い右腕が肘のあたりから切断されて落ちてくる。ドレスの右袖のおまけ付きだ。


「惜しい、もうちょっとずれていれば……でも適当でも当たるものね」

「……」


 イアナ嬢。


 やっぱお前「ぶった斬り聖女」だよ。


 あれきっとラ・プンツェルが右腕で防御しようとしたんだろうな。


 右腕を犠牲にして防いでなかったら首飛んでたぞ。


 恐ろしいな。


 イアナ嬢に対してつくづく敵でなくて良かったと思っているとヒビ割れた空に右腕を失ったラ・プンツェルが現れた。


 遠目だがその表情が怒りに歪んでいるとわかる。


 そりゃ、余裕こいて隠れていたらいきなり攻撃されて首を斬られそうになったんだから怒りたくもなるか。やむなし。


「よ、よくも妾の右腕を……おのれ」


 後頭部から無数の触手が伸びた。先端に一つ目がある気色の悪い触手だ。まあ、気色の良い触手というのもアレではあるが。


 その触手の先端が一斉に俺たちに向く。


 そう、俺たちに。


「……」


 て。


 おいおい、やったのは俺じゃなくてイアナ嬢だぞ。


「あの光線は厄介よねぇ」


 イアナ嬢が何層にも重ねられた分厚い板状の結界を張った。結界ではなく障壁と呼ぶべきかもなのだが今はそれどころではない。


 これなら光線を止められ……わぁ、ブチ抜かれた!


 足下に光線が届いてじゅわっと地表を融解させる。やばい、やば過ぎる。これ食らったら絶対死ぬぞ。


「うーん、板状なら盾のようにして守りつつ攻撃できそうだったのに。上手くいかないわね」

「阿呆か。実践中に実験するな!」


 一つ間違えれば死ぬぞ。


「でも防御結界じゃこちらから攻撃できないじゃない」

「どちらにしろお前の結界じゃ撃ち抜かれるだろうが」

「わあ、それ言ったらお終いでしょ。ジェイの馬鹿!」

「馬鹿に馬鹿って言われたくねぇ」


 連射される光線を逃げまくる俺とイアナ嬢。


 案外、身のこなしだけでも何とかなるものである。


 そして、安全圏に退避して俺たちを見守る頼もしくも愉快な仲間たち。てめーら後で憶えてろよ。


 あ、でもジョウイチロウ(と二匹)だけは最初の一群と交戦中だ。


 俺より身体の動きがいいし攻守に無駄がない。


 雑魚どもの大半は俺がランドの森で倒したフォレストウルフ(やけにでかい)で森にいたのとは異なり背中からコウモリの羽根を生やしていた。違いは羽根の有無なのだがこいつらは別の魔物なのだろうか?


 狩人も数名おり、こちらは全員血走った目をぎらつかせている。正直めっさ怖い。これまでの人生のお陰で魔物よりこういう連中の方が危ないのだと俺は学習しているのだ。


 俺の親父とマルソー夫人には感謝するべきなのだろうな……すげぇもやもやするが。


 それはさておき。


 一群の中に金色の髪に黒いローブのケチャたちがいるのだが。


 王都で俺が戦ったピンクケチャのように何体も揃っているのは……あれか、これはもうそういうものだと思うことにした方がいいのか。


 ええっと、とりあえずあいつら何て呼ぼう?


 ゴールドケチャ? それともブラックケチャ?


 俺が悩んでいるとドンちゃんが叫んだ。


「何匹いてもなぁ、てめーらケチャリムビホルダーは俺様の敵じゃねぇんだよッ!」


 ジョウイチロウが太刀を振るうと剣撃が飛んでケチャもどきを両断した。


 その攻撃は一体のみでなくその後ろにいた他の数体のケチャもどきをも斬り捨てていく。


「……」


 うん。


 これ、ケチャもどきが弱いんじゃなくてドンちゃんが凄いんだよね。


 いや、この場合ドンちゃんは武器(太刀)なんだからそれを使っているジョウイチロウが凄いのか?


 別のケチャもどき(もうこの呼称でいいや)が頭の左右に魔方陣を展開させて中から触手を伸ばしてくる。


 触手の先端には赤々と光る一つ目。


 その一つ目が光を増し、赤い光線を発射する。


 左右同時の光線攻撃がジョウイチロウを襲うが……命中せずに途中で消えた。


 パンちゃんだ。


「もぅ、眠いのにぃー、静かにしてよぉー」


 ジョウイチロウを守るように見えない壁が展開していた。肉眼では視認できないが魔力探知でなら判別できる、そういう類の魔法障壁だ。


 結界の一種なのだろうが俺の知る魔法とはどうやら毛色が違うようだ。


 まあ、シュナと一緒に居るラ・ムーが無茶苦茶な雷を操っている訳だしパンちゃんも似たようなことをしているのだろう。


 ご都合主義にいちいちつっこんでいても疲れるだけだ。


「眠りの邪魔するならぁ、許さないんだからねぇー」


 パンちゃんがそう宣言すると見えない壁から幾筋もの光が放たれる。


 普通に見たら何もない位置から光が発射されたように見えただろう。


 その攻撃でジョウイチロウを囲んでいた敵はもちろん離れていた敵も消滅した。


 圧倒的だった。


 ジョウイチロウは認めていないが「暴食のラ・ドン」と「怠惰のラ・パン」の凄さに俺はごくりと唾を飲み込んでしまった。


「ねぇ」


 イアナ嬢。


「あたしたち要らなくない?」

「言うな、俺まで虚しくなる」


 つーか、眼前にあれの元同類(?)がいるのだ。


 テンション下げている場合じゃないぞ。


 ラ・プンツェルが空中からこちらを睨んでいる。


 悪魔の顔を模したサークレットの目が妖しく赤く光った。


「妾の右腕の代償は高いぞ」

「……」

「べ、別に脅したって恐くないんだからねっ」


 俺が横目でイアナ嬢を見ると彼女は顔を青くしていた。


 イアナ嬢。


 十分恐がってるじゃねーか。


 威圧されてんじゃねぇぞ。


 ラ・プンツェルが後頭部から伸びた触手を俺たちに向ける。


 魔力をチャージするかのようにラ・プンツェルの殺意が膨らんでいった。触手の先端にある一つ目も赤々と光を強めていく。


 やばい。


 直感で俺やイアナ嬢の結界では防げない攻撃が来ると理解した。


 ならば下手に防御しようとせず逃げの一手なのだがそれもしくじりそうな気がする。


 どうしたものか。


「後悔する暇もなく滅ぶが良い」


 一斉に光線が放たれる刹那。


 ぐおん。


 周囲の空間ごとラ・プンツェルが歪んでぐにゃりと回転した。


 ゆっくりと周りながらラ・プンツェルと周囲の空間が小さくなっていく。巻き込まれていない空間との境がどうして普通に見えるのかは謎だがきっとこれも何かのご都合主義的な力が働いているのだろう。だから俺はあえてつっこまないぞ。


 それより。


「ふふっ、このワルツちゃんの隠蔽に気づかないなんてとんだお間抜けさんね」


 空間から滲み出るように現れた彼女は箒に股がった格好で上機嫌に言った。


「疾風の魔女ワルツちゃんはそう簡単に滅びたりしないんだからね♪」

「……」


 こいつ、またキャラが変わってないか?


 俺はつっこみそうになるのをどうにか堪えた。


 誰か褒めてください。



 **



「メラニア様がね」


 ぐるぐると回転しながら小さくなっていく空間を見ながら疾風の魔女ことメラニア付き宮廷魔導師ワルツが嗤いながら言った。


「ランドの森に封印された災厄が復活していた場合、どうやって遊ぶ……じゃなくて攻略したらいいか教えてくれたのよねぇ。ワルツちゃんどうしてそんなことをメラニア様が知っているのかすっごい不思議だったんだけどあのおっかないおばさ……ゲフンゲフン、マイムマイム様が睨みを利かせていたから質問は止めておくことにしたの。危機管理って大事だよね♪」

「こんな、こんなっ! おのれぇぇぇぇぇぇぇぇーっ!」


 バキボキグチャグチャと聞いちゃいけない類の音を響かせながらラ・プンツェルが絶叫する。


 どう考えても全身の骨が折れまくっているだろうし肉や内臓も潰されまくっているだろう。あれで生きていられるなんてさすがは化け物というか……あれちょい待て、身体はマンディて名の人間だったのでは?


 ほら、シャーリー姫の従姉妹の。


 あれか、やっぱ悪魔に身体を乗っ取られたからか。


 そういや昨夜の戦いでも常人ではできない動きや回復力を見せていたものな。


 仰向けに倒れた姿勢のまま高速で離脱したりプーウォルトのイースタンラリアットを食らって顔を陥没させられても再生したり。


 あ、こいつって、サークレットに憑いてる本体(?)を倒さないと駄目なんじゃ?


 バキボキグチャグチャと鳴っていた音が回転の緩みとともに聞こえなくなった。


 歪んでいた空間の面積も大分小さくなっている。


 つーか生身の肉体をぐっちゃにした割に血とかは流れないんだね。


 勝ちを確信したからかワルツが得意気に胸を張った。


 残念ながらそそるお胸ではない。まあ言わんけど。


「どう? 重力と空間に作用させて回転によるエネルギーも活用して……」

「ラ・プンツェルを倒したのか?」


 自分が用いた魔法について説明し始めたワルツを制し、俺は訊いた。


 いや、どうせ説明なんて聞いても俺じゃ再現できないし。


 イアナ嬢が「ああもうこいつは、説明くらい聞いてあげなさいよ」みたいな顔しているがそれも無視。


 とにかくラ・プンツェルを倒したのかはっきりさせたい。


 俺がじっと見つめていると、説明を邪魔されて機嫌を損ねていたワルツが諦めたようにはあっとため息をついた。


 あ、ちょっと憂いた感じの表情は色っぽくて良いな。


 とか思ったらイアナ嬢に脇腹を小突かれた。痛い。


「この魔法は最終的に相手を亜空間に引きずり込んでバラバラにするの。それがどこの亜空間かは術者のワルツちゃんにもわかんないわ」

「倒せたんだな?」

「あれでこの世界に戻れたらジグ様以上の魔王になれるわよ。そんな奴いるはずないけどね♪」

「ジグ様?」


 どっかで聞いたようなないような?


 俺の質問にワルツがむっとした。


「ジグ様を知らないなんて信じらんない。あの方こそ真の魔王、魔王オブ魔王よ。そこらの分類だけの魔王級がミジンコに見える程の……」

「ねぇ」


 再び饒舌になりかけたワルツをイアナ嬢が止めた。


 今度はかなり露骨にワルツが睨んでくるが。


「その空間の歪み、大きくなってない?」

「え?」

「は?」


 俺とワルツがほぼ同時に目を見張った。


 慌てて空間の歪みを見ると……ワォ。


 サイズが倍に広がってるじゃねぇか。


 同様しまくったワルツが声を震えさせた。


「ううう嘘よ。これメラニア様直伝の魔法なのよ。シリーズ四作目の災厄の復活編の終盤でヒロインが会得する究極魔法っていう物凄い魔法なのよ。ワルツちゃんメラニア様の説明の早い段階でもう理解不能になっちゃったけどとにかくとんでもない魔法なのよ。それが、それが、それが」

「もう一回やれないのか?」


 目の前でどんどん壊れていくワルツに俺は一応確認した。


 まあ、何となく答えは想像できたが。


「そ、そうね。よしっ、ワルツちゃん頑張る!」

「……」


 あれ?


 てっきり一回しか使えない究極魔法の類かと思ったんだけど。


 もっかいやれるの?


「ジェイ、変な顔。ぷぷっ」


 予想の外れた俺の顔が余程面白かったのかイアナ嬢が吹き出した。おのれ。


 呪文の詠唱をし始めたワルツの周囲を取り囲むようにぼんやりと青白い光が発光する。


 二重、いや三重の魔方陣がワルツの足下に展開していた。俺の知らない魔方陣だがたぶんこれらは術者本人を魔法の効果から守るためのものだろう。何かそんな気がする。


 そして、ワルツの唱えている呪文。


 かなりの早口で正直ちゃんと聞き取れていないが俺の知識にはない言語だった。強いて言えば古代魔法語に似ているが、明らかにおかしな文法が混じっているし全く意味不明な単語も使われているから恐らく違うだろう。


 まあ、そうは言っても俺は魔法言語の専門家ではないので知らなくても仕方ないのだが。


 ワルツが詠唱を続けていると、拡大していた空間の歪みがその勢いを増した。


 やばい、と思ったのかワルツの表情に焦りの色が浮かぶ。


 呪文は相当に長いものだった。最初の攻撃の際ワルツが姿を見せずに魔法を発動させたのもうなずける。あれだけ呪文が長ければ発動させる前に攻撃を受けてしまうだろう。


 詠唱中の術者はほぼ無防備だ。


 俺は急いで空間の歪みとワルツの間に防御結界を張ろうとした。これだとワルツの魔法が俺の防御結界に阻まれてしまうかもしれないが無防備状態のまま反撃を食らうよりはマシだろう。


 だが。


「!」


 俺の魔法はキャンセルされた。


 キラキラと金色の光の粒子が煌めいたもののそれだけだった。まるで何もなかったかのように光は消え、防御結界は展開しなかった。


 空間の歪みの奥で悪魔の顔を模したサークレットの目が妖しく赤く光っている。


 強欲のラ・プンツェルだ。


 サークレットを装着しているマンディの肉体が急速に復元していた。


 それはかつて俺が目にしたケチャの切断された左腕の再生や頭を吹っ飛ばされたランバダの超回復を思わせるものだった。


 いや、ひょっとするとそれ以上かもしれない。


 ワルツの詠唱はまだ終わっていなかった。


 ラ・プンツェルが空間の歪みからこちら側へと出ようとしている。


 間に合わない。


 そう俺が判断してマジックパンチの発射態勢に入った時、イアナ嬢が叫んだ。


「クイックアンドデッド!」


 四つの光が飛翔し、まだ完全には空間の歪みから出きっていないラ・プンツェルへと向かう。



 キラリ。



 ラ・プンツェルのサークレットの目が光った。


 強烈な魔力が放たれ光を迎撃する。


 イアナ嬢によって魔力操作されていた四つの円盤は光を失い粉々になって落下した。


 ニヤリと嗤ったラ・プンツェルがワルツを睨み……。



「トゥルーライトニングサンダーフォールッ!」



 既に上方にジャンプしていたらしいシュナの大技が炸裂した。


 シュナごと降ってきた聖剣ハースニールがラ・プンツェルを頭から真っ二つにする……はずだった。


「くっ」


 短くシュナが呻く。


 雷を帯びた聖剣ハースニールはラ・プンツェルの頭に食い込んだものの、悪魔の顔を模したサークレットのあたりで止まってしまった。


 まるでそこから先を斬ることは許されないと言わんばかりに刀身は微塵も進めずシュナが力を込めてもぴくりともしない。


 サークレットの悪魔の顔の目が嘲笑するようにチカチカと光った。


「不意打ちで妾を討とうとは随分と姑息よのう」


 ラ・プンツェルが目だけでシュナを見上げる。


「しかし、妾の身体を幾ら傷つけようと妾は滅びぬぞ。そして、妾が宿るサークレットは雷を帯びた剣撃程度では傷すらつかぬ。かつて管理者の称号を持つ者でも妾のサークレットを破壊できず封印に止めたのだからな」

「このっ、化け物めっ!」

「ふふっ、その言葉は賞賛として受け取っておこう」


 ラ・プンツェルの後頭部から何本もの触手が伸びる。


 それら全てが先端をシュナへと向けた。赤々とした一つ目たちがシュナを注視する。


 慌ててシュナが聖剣ハースニールを抜いて離脱しようとするが、マンディの頭が剣をしっかりと挟んでいるようだ。なかなか抜けず焦っているのが表情からもわかる。


「ほれほれ、早く逃げぬと妾の光線の餌食になるぞ」


 ラ・プンツェルが愉快げに声を弾ませる。


 わざと発射を遅らせているのか触手の先の一つ目たちは光線を撃とうとしない。


「この感じ、実に良いぞ。そなたから流れてくる恐怖と焦り、真に甘美なエネルギーが妾の糧となって流れてくる」

「こ、このっ! どうして抜けないんだッ!」

「そして……そこにいるのであろう? 嫉妬のラ・ムーよ。今のそなたの魔力はあまりにも卑小過ぎて哀れに思えてくるぞ」


 ラ・プンツェルに呼びかけられたからかシュナの右肩に儚そうな少女の姿をしたラ・ムーが現れた。


 キッとラ・プンツェルを睨みつける。


「昨夜の妾なら今のそなたでも辛うじて相手になったのであろうな。だが、今の妾は大分力を取り戻した。いや、もしかしたら昔の妾以上の力を得ているやも知れぬ」


 そう言って嗤うラ・プンツェルから吹き出すように黒いオーラが立ち上った。


 長い髪の女のシルエットを形作る。


 その頭部に一つ目が浮かんだ。


「かつては同胞であった者への情けだ。今一度そなたに妾の姿を見せてやったぞ。どうだ、恐ろしかろう?」

「……」

「今の妾の光線ならその者のみならずそなたをも滅することができる。これだけの数だ。最早逃げられまい。ふふっ、悔しいか? 悔しいと言って良いのだぞ?」

「……」


 ラ・ムーは答えない。


 あるいはラ・プンツェルを睨み続けることが彼女の「答え」なのかもしれない。


 返答がないことに少しだけつまらなそうな目をするとラ・プンツェルは告げた。


「そうか。では、さらばだ」


 シュナを狙っている全ての一つ目が一斉に光線を発射した。

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ