第6話:爆発音とバケツの穴(……だと?)
資料室で、エリーナとカイルは膨大な農政資料を確認していた。
古い収穫記録、貴族領ごとの作付面積、年貢率の推移――数字は正直だ。
「収穫が増えても、貴族がすべてを吸い上げていては、民の暮らしは変わりません」
エリーナの進言に、カイルは黙り込んだ。
(そっか……いくら頑張って作っても、取られたら終わりだ……)
(農民は必死に水を汲んでるのに、貴族がその水を全部こぼしてる……)
(これじゃまるで、水を注いでも全部下から抜ける……“底の抜けたバケツ”じゃん)
カイルの中で、何かがピタリと繋がった。
「……そうか!穴だ!」
思わず口に出た。
「……え?」
エリーナが静かに目を瞬いた。
その場にいたメイドも、ペンを止めてこちらを見ている。
「穴……ですか?」
カイルはハッと我に返り、少し顔を赤くするが――
「ありがとう、エリーナ。少し、見えた気がする」
そう一言だけ残して、満足そうに資料室を後にした。
「……ま、魔王様?」
エリーナは一瞬戸惑ったあと、急ぎ足でその後を追った。
静まり返る資料室に残されたメイドたちは、ぽかんと顔を見合わせる。
「……“穴”?」「どこの穴?」「また爆発の話……じゃないわよね?」
「使い魔、飛ばします!」
貴族たちの屋敷に次々と届く、使い魔からの報告。
> 『魔王様、「穴を埋める」とのご発言。直後に退出されました』
「穴を埋める……!? 我々の立場を“埋める”おつもりか!?」
「“穴”=“貴族制度の腐敗”!? 粛清の前触れか!?」
「こ、これは非常にまずいぞ……」
平民からの搾取を当然と考えてきた一部貴族は、青ざめながら慌てて耕作地の手入れを始めた。
一方その頃――
カイルは倉庫の片隅で、静かに鍬の修理をしていた。
「まず、民の負担を減らす……できることから、始めるだけ」
エリーナの理論書を片手に、慎重に符式を調整する。
「今度こそ爆発しませんように……」
マナを流し込んだ瞬間――
ボンッ!!
「……少しだけ爆発控えめになったかも」
「……申し訳ありません……」
その晩、修理した魔道具を村の倉庫にそっと置いた。
「これで、少しでも……」
農民たちは気づく。
「これ、使いやすいな」「誰が直したんだ?」
「まさか、あの変な貴族……?」
レントは無言で空を見上げた。
(……あいつ、何者なんだ?)
その晩、カイルは日記を開く。
《“まず、穴をふさぐ”。じゃないと、何を注いでも無駄になる――》
彼がつぶやいた“穴”の一言が、貴族社会に爆弾のように投げ込まれていたことを、
この時のカイルはまだ知らなかった。